天皇家の生活費を職員が着服していたという前代未聞の事件で一番驚いた点は…

篠田博之月刊『創』編集長
天皇家の前代未聞のニュースとは写真:代表撮影/ロイター/アフロ

天皇家の生活費を職員が着服という驚くべき事件

 最近驚いたニュースと言えば、天皇家の生活費というべき内廷費を侍従職の職員が着服していたという話だ。5月1日に宮内庁が発表したのだが、まさに前代未聞の事件だ。新聞・テレビは発表内容を報じただけだが、『週刊新潮』5月15日号の報道がとても詳しい。まさに皇室報道に力を入れてきた同誌の面目躍如だ。

『週刊新潮』5月15日号(筆者撮影)
『週刊新潮』5月15日号(筆者撮影)

 何しろ、その職員の祖母に話を聞き、本人にも電話で直撃を行っている。本人は「お話しできることはございません」という答えだが、祖母の話はかなり詳しい。見出しは「天皇ご一家の『生活費』を盗んでクビに…祖母が語った『宮内庁職員』の育ち方」だ。

 記者の当たり方がよかったのだろう。この祖母が異例と思えるほど詳細に、様々な経緯や孫たちについて語っている。元職員は幼少期に母親を亡くし、父親も肝臓を壊して入院中。祖父母が孫を育ててきたというから、この祖母にとって、今回の事件は衝撃だったのだろう。こう語っている。

「もうショックで……。実際の話、私、倒れちゃったんです。意識がなくなって、ご飯もあまり食べられず、今はおかゆを作って食べている。寝ても1時間くらいで目が覚めてしまいます」

公務員試験を経て宮内庁へ。配属は「オク」

 記事によると、宮内庁職員の採用は、公務員試験の合格者が宮内庁の面接を受けて採用されるケースと縁故採用と2つのルートがあるという。宮内庁職員は一般事務を担う「オモテ」と皇族のおそばに仕える「オク」に分かれるが、問題の職員は公務員試験を経て採用され、「オク」の仕事に就いていた。公務員試験組から「オク」に選ばれるのは、「人当たりがよく、仕事もできる」という評価を得た場合だという。

 元職員は、大学進学の経済的余裕がなく、高卒の資格で公務員試験に合格したのだという。祖母の話によると趣味はアイドルの“追っかけ”だったというから、ごく普通の20代の若者だったわけだ。

 その若者が2023年から今年にかけて宿直勤務中に計360万円を着服したことが明らかになった。祖母の話によると、「4月28日までにお金の返済をすれば示談になる」という趣旨の説明を聞いて、親族がお金を工面したという。

 しかし実際には、宮内庁は皇宮警察本部に刑事告発し、それを発表した。前代未聞の事件だけに宮内庁もどう対応すべきか悩んだに違いない。

 記事には元職員が何年か前の新嘗祭(にいなめさい)の時に、白装束姿で灯明をつける役目を果たしたという写真も掲載されている。また、全国の特産品が天皇家に寄せられたのを食べきれないからと職員らに配られた話や、愛子さまが職員と花火をしている写真を見せられたこともあったなどと、なかなか知り得ない話を記者にいろいろ語っている。事件が報じられて動転し、精神的に落ち込んでいたところに訪れた記者につい気を許してしまったのだろうか。

 内廷費は基本的に口座の管理だが、急な支出のために現金も置かれていたという。その現金と帳簿の照合が1年以上もなされなかったなど、ずさんな管理だったことを、記事中で皇室解説者の山下晋司氏が指摘している。しかし、ずさんというより、それが盗まれるといった事態を誰も想像していなかったというのが実態ではないだろうか。

宮内庁の隠蔽体質に2誌とも言及しているが…

『女性セブン』5月22日号も「前代未聞 天皇家生活費着服 宮内庁側近の正体」という記事を掲載している。そしてこの記事には「宮内庁が犯人の素性をひた隠すのはなぜか」という副題がついている。前出『週刊新潮』もそうだが、宮内庁の発表では元職員の性別さえ明かされなかったそうで、いずれも「宮内庁の隠蔽体質」を批判している。

 宮内庁が隠蔽体質であることは確かだ。ただ今回の事件の場合は、元職員の個人情報についてなど神経質にもなったのではないだろうか。

 個人情報が流出すれば、この元職員がネットで激しいバッシングを受けるのは当然として、それだけではすまない怖れもあるからだ。かつて「皇室タブー」が社会を支配していた時代なら、元職員はテロの標的になった怖れもある。

 

 私が今回の事件やその報道から感じたのは、皇室のあり方、かつて「皇室タブー」と言われたものが大きく変容しつつあるということだ。

 宮内庁はこの何年か、SNSを使っての情報発信など、皇室のイメージをどう伝えるか、「開かれた皇室」づくりに腐心してきた。インスタグラムに続いてYouTubeでも配信を始めるなど、試行錯誤を重ねながら様々な取り組みを行ってきた。もちろんSNSといっても直接皇族が個人として発信するのでなく、いかにも宮内庁が監修した映像で、大きな限界を孕んではいるのだが、宮内庁にとっては過去になかったチャレンジだったのだろう。フォロワー数の多さなど、効果が得られている手ごたえを感じていたに違いない。

 ただそうした流れは、恐らく皇室の保守派にとっては危惧ももたらしていたに違いない。皇室のイメージは、ある種の「畏怖の念」によって支えられていた面もあるゆえ、へたに開かれてしまうと、皇族がタレントと同じ受け止められ方をされていくことになりかねない。そういう不安を感じた向きもあったに違いない。

 

今回の事件が示した「皇室タブー」をめぐる変容

 実は、かつての美智子皇后バッシングや、雅子妃バッシング、近年の秋篠宮家バッシングの背景には、皇室の尊厳を重視すべきとの保守派の意向が反映されている。眞子さんと結婚した小室圭さんに対するバッシングというかある種の憎悪の背景には、「身分をわきまえろ」という感情が見え隠れしていた。そして皇室のあり方をめぐる伝統的考え方と近代化を進めようとする考え方の確執は今も続いていると思われる。

 長らく続いてきた「皇室タブー」は、皇室の伝統への畏怖の念を含む社会意識を背景にしてきたのだが、今回のニュースで驚いたのはそれが大きく変容しつつあることが浮き彫りになったことだ。元職員の祖母は恐らく昭和天皇を知っている世代だと思うが、その祖母の話しぶりにも皇室タブーの意識は比較的希薄だ。ましてや天皇家のお金を着服した20代の元職員には、それが発覚した場合には一般社会での盗みとは重みの違う事態に至ってしまうことへの認識が感じられない。

 私は『皇室タブー』という拙著の冒頭で、ノーベル賞作家の大江健三郎さんの作品が、皇室タブーに触れて長い年月封印されていた実態を書き、テロを引き起こした「風流夢譚」事件についても紹介したが、そういう日本社会を長い間覆ってきた意識は、天皇の代替わりを経て大きく変わりつつある。今回の事件はそれを反映したものだと感じた。

 タブーがなくなっていくこと自体はもちろん良いことなのだが、天皇制というのは、ある種のイメージの上に成立してきた制度で、眞子さんの結婚問題や最近の女性・女系天皇をめぐる議論がジェンダーをめぐる時代意識と乖離していることなどにもそれが大きく影を落としている。

 今回の事件も、天皇制を支えてきたイメージが崩れつつあることをとてもわかりやすい形で浮き彫りにした。天皇制を揺るがすような問題をこの事件は含んでいる。報道に接して、何よりもそのことを痛感した。

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月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の書籍紹介

皇室タブー
著者:篠田博之
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