人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

泣かないで!、貴方の苦労は魂を輝かせる

私が子供の頃に臨んだ声、それは五十数年以上昔のことですが、不思議なことを私に告げられました。
それは、新しい世に行く為に、人の下座にすわりなさい。今の世では、決して人の上に行こうとしてはいけない。もし、そなたより上座が欲しい人があるならば、その席を譲ってあげなさい。
新しい世に向かっては、人の下座にすわる競争ぞ。どれだけ他の人の下座に行くことが出来たのか。今の世で他の人より下座に居た者が、新しい世の上座に行く。今の世の上座を欲しがる人は、新しい世の下座に行く。
私はまだ子供でしたので、【新しい世】に行く意味そのものが解りませんでした。その新しい世とは、人々が嬉し嬉しで暮らせる世だと言われます。
まさか、一八十(イワト)開きとは考えもしていませんでした。無論、それだけで新しい世の上座が決まるのではないのです。

私が子供の頃に臨んだその声は、そなたを【社会の底辺】に置く。その社会の底辺を例え便所虫の如く這ってでも生きよ。その社会の底辺で【人の心の在り方】を学びなさいと告げられた。
誰も社会の底辺を便所虫のごとく這ってでも生きるなどしたくはありません。まして、【人の心の在り方】とは何だろうです。この心の在り方が、同じ社会の底辺で生きていても、人によって違うのです。何の努力もしていなければ魂は磨かれません。

その声の為なのか、ある期間だけ、私は社会の底辺を歩きました。そこで見て来たのは、社会の弱者達の悲しみとその心の温かさです。一方では威張り散らしている官僚達です。まさに腐敗だらけの高級官僚達の実態でした。あの官僚、公金で銀座を豪遊している。やがて逮捕されるぞと思っていたら、やはり逮捕されました。
まだ若い若い官僚が人を人も思ってもいない態度でふんぞり返っています。こんな人間に国家の行政が任せられるのだろうか?。役所と業者の癒着がひどい時期でした。日曜日になると、公務員官舎からゴルフバックを持って、業者差し回しの黒塗りの車で接待ゴルフに行く。それは辿れば役所の公金に、業者が蟻のごとく集って来ているのです。そうしたことが日常的にまかり通っていました。
政治家は政治家で、毎夜毎夜料亭で宴会政治です。その当時の赤坂は、黒塗りの高級乗用車が列をなして駐まっていました。料亭で渡されたお土産の中には、大金がしまい込まれていました。上の腐りはひどいものでした。上に立つ者と下に居る者。誠の人は下にしかいないと解ったほどでした。

人は権力を得ると、どうしてもその権力にしがみつきます。自分の権力を何時までも保持しようと謀略を画策します。その為に人を陥れる。そうしたことはテレビの刑事ものの物語の世界ではなくて、実態なのです。
最近のテレビはお笑い芸人のオンパレードです。そんな番組は一時の笑いにはつながりますが、人間の機微、人情を知るにはほとんど役立ちません。それならば、ドラマが描く人間の機微とか情の物語を見ていた方が、心の養いに役立ちます。
皆さん、ドラマを見て泣くでしょう。【人の心の在り方】をそうした物語を通して学んでいるでしょう。人は愛や情がある故に犯罪も犯す者なのです。

甘い言葉の教えには、蟻が集まります。蟻は「義」を無視した者の意味合いです。甘い教えにしか、人は群がらない。厳しいことを言う者は「鬼」と嫌われる。
群れに未来を告げる羊(未)の君よ!。今、いずこ。
聖書は何故に【羊】を告げたのか?。未(羊)来を告げる為に。
人類は滅びるのではなくて、新しい世にと向かうのです

私が神霊の世界に修行に飛び込んだある時、師匠が私にあることを言います。豊受様が、あれ(私)に苦労をさせそこなった。もっともっと苦労をさせるつもりであったが、出来なかったと嘆かれたと言われます。
私は誰よりも苦労したとは言いません。しかし、世間一般に言えば、苦労を積んで来た一人です。
豊受の神は伊勢外宮神でもあられますが、稲荷大神首座神です。多くの人は稲荷信仰と言えば、現世御利益をくださる神だと思っておられるわけです。その神が苦労を課していることを言われたのです。
現世御利益は、その人を神の元に集わせる一時の手段であって、甘やかす為のものではないのです。最初から厳しくすると、人は神を避けてしまう者です。
苦労をせずに、魂は磨かれません。昔から、苦労は買ってでもせよの諺があります。甘やかされて育った魂は腐ります。自分の子を甘やかすのが愛情だと錯覚している人があまりにも多いのです。生きるのはこの世だけではないのです。逆に魂の世界の方が長いのです。本当の愛情は厳しいのです。
昔より、鬼の様な人に鍛えられた者ほど弱さに負けない強い人となるように、魂が光輝くのです。

口先で神は愛だ!光だ!と言われて、それでどうして自分の魂が磨けるのでしょうか?。自分の魂が磨かれてもいなのに光輝くのでしょうか?。結局は、コトバに踊らされて悔い改めも出来ずに自分の魂を落とすだけなのです。

自分の魂を磨けよと試練を課す存在を、人々は「鬼」として追ったのです

今、自分はどうしてこんな苦労が襲って来るのだと泣いている方があるでしょう。
泣かないでください。あなたが泣いた涙の数だけ、あなたは優しさを知るのです。そうした人達の魂は光輝いているのです
新しい世には、この世で苦労した人は人の機微とか人情を知る方でしょう。神はその人達を新しい世の指導者とされるのです。
それは、天帝が「鬼」だから、あなたに苦労の試練を与えていたのです。
魂(云鬼)と云う鬼
コトバの仕組みを創られたのは天帝。

大本教の出口喜三郎。元は上田喜三郎。出口家に養子に入って出口喜三郎。
神は喜三郎から、鬼(キ)三郎に変更して名乗れとの御指示。
言われた喜(キ)三郎は、鬼(キ)はあんまりじゃ。で、王仁(オニ)三郎。
鬼(キ)が王仁(オニ)へと変わるコトバの仕組み。
【仁】は、いつくしみ。思いやり。礼にもとづく自己抑制と他者への思いやり。
神が愛だ慈悲だと言うのであれば、その前に「鬼」を知る。

みろくの世とは、自己抑制と他者への思いやり。ですから、弥勒の世の住民は、嬉し嬉しの世の住人となるのです。

他を救いて世根となれ。

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