人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

天の岩戸のトリ違い

この世は【移し世】、あるいは【写し世】と呼ばれています。
と言うことは、この世の元となる世界が在るというこです。その元の世界から、この世に元の世界を「移した」か、あるいはその世界を「写し」たのが、この世であるというこです。
人は、死んであの世に帰ると言います。それは、元となる世界のことです。

では、どうして私達にはその世界のことが解らないのでしょうか?。
それは私達はこの世に魂の修行、修学、過去のカルマの更生の為に来ているからなのです。魂に更生しなけれならない部分がありますと、この世に【甦(更生)】るをしなければなりません。それは黄泉の国から帰るの「黄泉帰る」でもあるのです。為に、私達の肉体には特殊なフイルターというかシャッターがあるのです。真実を解らせない為にです。
過去にすがっていても仕方がないのです。向上することが大切なのです。過去に自分がどんな高い地位にあったとしても、それは過去のことです。

この世は【瑞の世】と言います。横の世界です。ですから、この世では魂の世界での上下は関係しません。皆が平等で暮らす世界なのです。この世の自分しだいで、魂の世界に帰れば階級を上げる方もあれば、落とす方もあります。ハイリスク・ハイリターンなのです。この世では元は正神界の方も居れば邪神界の方もあります。皆で切磋琢磨してより魂の向上を図る為です。
だが、私達は本来は【元の世】に居たのです。元の世は【厳の世】と言い、縦社会。階級世界なのです。この二つを組み合わせて厳瑞で神に【十】字記号を使うことになります。

その階級世界は、この世の階級世界と違い、上の者が威張っているような社会ではなくて、階級毎に世界を創っているのです。そこが、この世の階級世界とはまるで違うのです。
そうした階級世界では、住人の一人一人が同じ階級に所属しますので、ドングリの背比べとなります。天国界には争いが無いと言われるのは、愛善の実行者ばかりが集まった様な世界なので、住民同士の中で争いは生じないのです。
だが、下の階級世界に行きますと、自己中とか俺が俺がの者達ばかりが集まる社会なので、争い毎が絶えないのです。
魂が本格的に修学する場所は、この世しか存在しないのです。為に、元の世界では天人クラスでもこの世に降りるのは、悪を反面教師として学ぶ為です。高次元世界では悪は存在しなくなるからです。この世は魂を磨く場所で在り、遊んで暮らす場所ではないのです。

西洋でも東洋でも天国・地獄論を展開しますが大雑把にしか説かれていません。
大別すると天国(正神界)・中有界・地獄界(邪神界)となり、死後の世界への道は三途あるので三途なのですが、更に天国(正神界)は3段、地獄界(邪神界)も3段となるのですが、さらに細かく言われているのが、大本教霊界物語にある正神界180段、邪神界180段です。
この180は、よく注意して見ますと、日月神示に天の岩戸開けがありますが、その岩戸に一八十(イワト)の漢数字を振りました。天のイワトと言われた時、私達はどうしても岩戸と思ってしまうのは、日本神話に騙されているからです。

私が子供の頃に臨んだ声は、日本神話の天の岩戸開けなどの事実はどこにも存在していない。あれは、私が神の仕組みの関係で、あのような神話を創らせた。予告の為の神話である。その意味が何かをよく考えなさいと言われましたが、それ以上のことは教えて貰えませんでした。ですから、180(イワト)であれば、グレンと返すことが出来るのです。大本教神諭、上の者が下に行き。下の者が上に行く。これが宇宙開闢以来となるのです。
神と呼ばれる存在でも宇宙創造に関わった根元の神々と、宇宙の膨張で膨れあがった後発の枝葉の神達があります。それは次元という論理で語られますが、高次元界の神の存在は次元が低い神には解らないのです。

私の元に大江の元伊勢から参られたいと霊便が来たので、車で30分ほどなので行ったところ、参道の入口で〇〇親王霊が出て来られて、その時は話をしながら本殿に行くと誰も出て来られない。人を呼びつけておいて、神々はどこにと思って天の岩戸神社の方に行くと神々が並んで居られて、神々がここの天の岩戸開けの仕組みは解るかと言われるので、その仕組みは解りましたが、本当の天の岩戸開けはそんな仕組みではありませんと言って帰って来ました。
自分で解っているのかと言えば、何も解っていないのに、自分の口からそんな仕組みではありませんというコトバを発してしまったのです。自分で否定しておいて、天の岩戸開けとは何だろうと?。思案の種となってしまいました。時々、神々や天使に向かって、そうしたコトバを発することがあります。それは、私の内在神の発露なのです。

人は誰でも肉体を持ってこの世に出た時は、魂の核として天帝の分魂たる直霊(良心神の働き)を保有しています。その良心神が存在する間(この世に肉体が有る間)に成長して行きますと、魂の世界での階級がぐーんと上がります。
大本教神諭に、こんな者があんな者になった。あんな者がこんな者になった。牛の糞が天下取るの例え話が出されていますが、内在神は天帝の分魂なので、自分の内在神がどうだったかで決まるのです。その内在神は、コトバとして口から出るが起きるのです。

天使と呼ばれる存在は軍隊の階級に等しく、単に天使が自分に臨んだだけでは、その天使がどこに所属して、いかほどの階級かが解らないのです。
これは、あなたが仮にソニーの誰々さんとしましょう。その時、あなたは外部にはソニーの誰々さんで通用します。しかし、社内では貴方は平社員なのか、主任さんなのか、係長さんなのか、課長さんなのか、次長さんなのか、部長さんなのか、本部長さんなのか、平取り締まりなのか、常務さんなのか、専務さんなのか、副社長さんなのか、社長さんなのかがあります。
平社員は上層部の意向を知るとは限りません。天使とはメッセンジャーと言われて、「羽根」がある者として知られています。すなわち天からの鳥の役。
全てを決めるのは取締役会です。これは、鳥締まり役。締まるは天の帝の意図(糸)で、天帝の意図(糸)によるトリでないと行けないのです。

大本教神諭は福知舞鶴、十里四方外囲いと告げました。福知も舞鶴も十里も遠くにありません。こういうのをトリ(十里)違いと言うのです。
本来の天のメッセンジャーは、トリは十里でも「八根」の教え。

天の岩戸(一八十)のトリ違い。

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