目眩ましという言葉があります。相手の目を一瞬見えなくさせることです。霊的世界においては、一瞬ですが強烈な光を浴びせて、その人に神は光だという意識を植え付けるがあります。
そこに愛の教えを入れてやると、人は面白いほど愛の教えの餌に引っかかります。そこに少し奇跡力があれば、愛の教えさえ言っていれば入れ食い状態になります。人は愛さえ言っていれば、あの人はいい人だと頭から錯覚して信じてくれるからです。
邪神は別に邪悪な教えを説いているのではありません。やはり、神は愛だ!光だ!と説いているのであって、一瞬の強烈な光を見せられたからと言って、そうした霊能者が正神界の方と思うと間違えます。ほとんどの場合、蛇霊に従う教祖様なのです。
そして、その特徴は教祖様絶対信仰になるのです。そこには人に内在する良心神は出て来ません。教祖様が神だと思うので、自己の魂の中に天帝の分魂があるなど考えようともしないのです。
まして、その教祖様に悪龍が存在していると、単なる霊感者・霊能者だと、クモの糸に絡まったようなもので、入信したら逃げるなどは至難の業となります。悪龍から見せられる映像が宇宙的になりますので、自分は教祖を信じることで宇宙に繋がっていると錯覚に入ります。
ほとんどの場合、キチンとしたサニワがされておらず、サニワをした場合、そうしたものは正神界とは違うとされているようです。サニワは霊能者の様に霊視で見るのではなくて、その神霊が話すコトバの内容が正しいか間違っているのかを調べるのであって、その神霊以上の知識を保有していない務まりません。そうした神霊より知識が劣れば、間違えてしまうので博学を必要とします。
また、サニワ者は立場上霊的攻撃を受けやすいので霊的防御力が必要で、その発するコトダマが悪しき神霊に対しては劔のように働きます。コトダマすら解らないとサニワは出来ません。
ある霊能力がある方から、お釈迦様の再来の方が居られるので会いませんかと誘いが来ました。お釈迦様はもう二度とこの世には出ないと言われたのであって、再来などあり得ないのです。だが、人々はお釈迦様の教えを忘れ去り、そのお釈迦様の代わりにお釈迦様の悟りがなんであったかを説くのが未来仏の弥勒菩薩様とされているのです。
弥勒菩薩が出る時は、今の世は終わりであり、新しい時代に入るので未来仏と言われているのです。弥勒菩薩の教えに従った者は未来の世に行くわけです。
で、自分が弥勒菩薩です名乗っているのならばともかく、自分の前世がお釈迦様と言うのであれば、頭からこの人物はニセ者と解ります。
オーム真理教の麻原も自分がお釈迦様の再来の様なことを言い、上祐が弥勒菩薩?。二人一緒に出るとはどこにも書いてないのですが、そうした嘘に人は引っかかって、信者になったりします。しかし、どうしてそんなに自分が仏陀とかキリストとか名乗る教祖が続出するのでしょうか?。どうやって証明するのでしょうかね?。
私はこの弥勒の意味が369(みろく)であり、お釈迦様が悟られたのは人には良心と呼ばれる神が内在すると説いていました。その霊能力がある方も、私のホームページを見て、私を訪ねて来られたほどなのです。だが、私の教えよりも、自分の感覚ではあの方は前世がお釈迦様だと言われます。
私は奇跡力を示しませんので、なかなか言葉だけの仕組みの教えは、奇跡力を示す人に比べると理解されにくい面があります。
あまりにもバカバカしい話なので会う気はありませんでしたが、他の方達からもその教祖様を紹介したいと言われるので会うことにしました。
出会ってびっくりしたのは、その教祖様の周囲に多くの信徒さんが集まっているのですが、皆さん、霊的には亡者に見えるのです。無論、説かれているのは自分を仏陀と信じる者はアセンションで五次元界に行くでしたが、その為には自己の波動を上げなさいだったのです。
幾多の著本を出し、全国各地で講演会を催して自己の波動を上げると称する商品やグッズ等を売っていたようですが、私にはその集団は五次元界にアセンションでなく、地獄道に向かって進んでおられるようにしか感じられませんでした。
お釈迦様の再来どころか、お釈迦様とは月とスッポンほどの違いがある方でした。
著本は愛、愛、愛。何でこんな教祖に狂ったか解らなかったのですが、そこに出入りして瞬間の強烈な光を見させられて、この方は絶対だと思い込んでしまわれたようです。
面と向かって、貴方達が仏陀の再来と信じている人に付いて行けば地獄道ですよと言うわけにも行かず、時を待つことにしました。この教祖様が脱税犯罪で刑務所に収監された時、解ったかと思っていたら、教祖が自分はイエスと同じで弟子達の罪を被って刑務所に行くのであって、自分が救世主で有ることを世に示す為で、以前から刑務所に行くことは解っていましたと説かれて、どこまでもついて行きますでより強固の結びつきとなりました。
イエスは悪事の犯罪者で処刑されたのではありません。こんな詐欺師まがいの言葉に騙されて信じる。それはその人が自己の霊感に頼りすぎて、知識を得る学びを一切していないからです。その人は他人に知識を得ずに自分の霊感に従うのだと言っていましたが、こうした方は邪神界からすれば鴨がネギを背負っているようなものなのです。
神霊世界に修業に入れば、神霊から嘘が出て来るのは常識です。それをお試しとか言います。嘘が解らずに墜ちて行くか?。嘘を乗り越えて来るかです。神霊のコトバすら疑いに疑ってかかれよなのです。それを突き抜けて行くのは、自分の良心の働きなのです。嘘を叩いて、誠の骨とせよ。
あるスピリチュアル系で一時期評判の方は、周囲からきちんとした先生について修業しないと危ないと忠告されたら、自分は天使で有り自分に修業など必要はないのですと修業せず、最終的にはポシャってしまわれました。神は愛だ光だ。自分は天使だで、邪(蛇)神界の怖さが解っておられなかったのです。
お釈迦様は再来しない。代わりが弥勒様だと理解していれば、ニセ仏陀には引っかかりません。また、イエスは悪事の犯罪に関わったのではありません。
本人の良心神(善悪を判断する知識)が、教祖から出される蛇に巻かれている為に善悪の判断すら出来なくなっているのです。その教祖に逆らえば霊的攻撃を受けてしまいます。
もし本人に良心神が働いていれば、宗教家にあるまじき犯罪で刑務所に入る人がイエスではない。お釈迦様ならば、自分から離れようとする者に決して霊的攻撃はなされないと理解出来ることなのです。
大本教霊界物語に、信者を天国に案内すると言いながら地獄に導く取次ばかりとあります。私はそれを読んだ時、大本教が自教の優位を誇示する為に、出口王仁三郎さんが勝手に書いた文章かと思っていました。が、実際に地獄に導いている教祖が多数居られると解ったしだいです。そうした教祖様の教えは神は愛と光どころか、もっと凄いことを言っていました。
ここの信徒さんは、はっり言えばオーム真理教の信徒さんと同じで、何を言ってもダメな方達だと解りました。もう魂が狂っていて元に戻れない。
大本教霊界物語。人は邪(蛇)教の真理に狂うことを覚るべし。
一人一人の魂には、天帝たる神の分魂があるのです。それはこの世の閻魔(良心神)。
自分さえ好ければでなく、人は助け合って生きるもの。
それは愛ではなくて、良心の働きなのです。
カンナガラ タマチハエマセ。
神は言葉なりき。

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そこに愛の教えを入れてやると、人は面白いほど愛の教えの餌に引っかかります。そこに少し奇跡力があれば、愛の教えさえ言っていれば入れ食い状態になります。人は愛さえ言っていれば、あの人はいい人だと頭から錯覚して信じてくれるからです。
邪神は別に邪悪な教えを説いているのではありません。やはり、神は愛だ!光だ!と説いているのであって、一瞬の強烈な光を見せられたからと言って、そうした霊能者が正神界の方と思うと間違えます。ほとんどの場合、蛇霊に従う教祖様なのです。
そして、その特徴は教祖様絶対信仰になるのです。そこには人に内在する良心神は出て来ません。教祖様が神だと思うので、自己の魂の中に天帝の分魂があるなど考えようともしないのです。
まして、その教祖様に悪龍が存在していると、単なる霊感者・霊能者だと、クモの糸に絡まったようなもので、入信したら逃げるなどは至難の業となります。悪龍から見せられる映像が宇宙的になりますので、自分は教祖を信じることで宇宙に繋がっていると錯覚に入ります。
ほとんどの場合、キチンとしたサニワがされておらず、サニワをした場合、そうしたものは正神界とは違うとされているようです。サニワは霊能者の様に霊視で見るのではなくて、その神霊が話すコトバの内容が正しいか間違っているのかを調べるのであって、その神霊以上の知識を保有していない務まりません。そうした神霊より知識が劣れば、間違えてしまうので博学を必要とします。
また、サニワ者は立場上霊的攻撃を受けやすいので霊的防御力が必要で、その発するコトダマが悪しき神霊に対しては劔のように働きます。コトダマすら解らないとサニワは出来ません。
ある霊能力がある方から、お釈迦様の再来の方が居られるので会いませんかと誘いが来ました。お釈迦様はもう二度とこの世には出ないと言われたのであって、再来などあり得ないのです。だが、人々はお釈迦様の教えを忘れ去り、そのお釈迦様の代わりにお釈迦様の悟りがなんであったかを説くのが未来仏の弥勒菩薩様とされているのです。
弥勒菩薩が出る時は、今の世は終わりであり、新しい時代に入るので未来仏と言われているのです。弥勒菩薩の教えに従った者は未来の世に行くわけです。
で、自分が弥勒菩薩です名乗っているのならばともかく、自分の前世がお釈迦様と言うのであれば、頭からこの人物はニセ者と解ります。
オーム真理教の麻原も自分がお釈迦様の再来の様なことを言い、上祐が弥勒菩薩?。二人一緒に出るとはどこにも書いてないのですが、そうした嘘に人は引っかかって、信者になったりします。しかし、どうしてそんなに自分が仏陀とかキリストとか名乗る教祖が続出するのでしょうか?。どうやって証明するのでしょうかね?。
私はこの弥勒の意味が369(みろく)であり、お釈迦様が悟られたのは人には良心と呼ばれる神が内在すると説いていました。その霊能力がある方も、私のホームページを見て、私を訪ねて来られたほどなのです。だが、私の教えよりも、自分の感覚ではあの方は前世がお釈迦様だと言われます。
私は奇跡力を示しませんので、なかなか言葉だけの仕組みの教えは、奇跡力を示す人に比べると理解されにくい面があります。
あまりにもバカバカしい話なので会う気はありませんでしたが、他の方達からもその教祖様を紹介したいと言われるので会うことにしました。
出会ってびっくりしたのは、その教祖様の周囲に多くの信徒さんが集まっているのですが、皆さん、霊的には亡者に見えるのです。無論、説かれているのは自分を仏陀と信じる者はアセンションで五次元界に行くでしたが、その為には自己の波動を上げなさいだったのです。
幾多の著本を出し、全国各地で講演会を催して自己の波動を上げると称する商品やグッズ等を売っていたようですが、私にはその集団は五次元界にアセンションでなく、地獄道に向かって進んでおられるようにしか感じられませんでした。
お釈迦様の再来どころか、お釈迦様とは月とスッポンほどの違いがある方でした。
著本は愛、愛、愛。何でこんな教祖に狂ったか解らなかったのですが、そこに出入りして瞬間の強烈な光を見させられて、この方は絶対だと思い込んでしまわれたようです。
面と向かって、貴方達が仏陀の再来と信じている人に付いて行けば地獄道ですよと言うわけにも行かず、時を待つことにしました。この教祖様が脱税犯罪で刑務所に収監された時、解ったかと思っていたら、教祖が自分はイエスと同じで弟子達の罪を被って刑務所に行くのであって、自分が救世主で有ることを世に示す為で、以前から刑務所に行くことは解っていましたと説かれて、どこまでもついて行きますでより強固の結びつきとなりました。
イエスは悪事の犯罪者で処刑されたのではありません。こんな詐欺師まがいの言葉に騙されて信じる。それはその人が自己の霊感に頼りすぎて、知識を得る学びを一切していないからです。その人は他人に知識を得ずに自分の霊感に従うのだと言っていましたが、こうした方は邪神界からすれば鴨がネギを背負っているようなものなのです。
神霊世界に修業に入れば、神霊から嘘が出て来るのは常識です。それをお試しとか言います。嘘が解らずに墜ちて行くか?。嘘を乗り越えて来るかです。神霊のコトバすら疑いに疑ってかかれよなのです。それを突き抜けて行くのは、自分の良心の働きなのです。嘘を叩いて、誠の骨とせよ。
あるスピリチュアル系で一時期評判の方は、周囲からきちんとした先生について修業しないと危ないと忠告されたら、自分は天使で有り自分に修業など必要はないのですと修業せず、最終的にはポシャってしまわれました。神は愛だ光だ。自分は天使だで、邪(蛇)神界の怖さが解っておられなかったのです。
お釈迦様は再来しない。代わりが弥勒様だと理解していれば、ニセ仏陀には引っかかりません。また、イエスは悪事の犯罪に関わったのではありません。
本人の良心神(善悪を判断する知識)が、教祖から出される蛇に巻かれている為に善悪の判断すら出来なくなっているのです。その教祖に逆らえば霊的攻撃を受けてしまいます。
もし本人に良心神が働いていれば、宗教家にあるまじき犯罪で刑務所に入る人がイエスではない。お釈迦様ならば、自分から離れようとする者に決して霊的攻撃はなされないと理解出来ることなのです。
大本教霊界物語に、信者を天国に案内すると言いながら地獄に導く取次ばかりとあります。私はそれを読んだ時、大本教が自教の優位を誇示する為に、出口王仁三郎さんが勝手に書いた文章かと思っていました。が、実際に地獄に導いている教祖が多数居られると解ったしだいです。そうした教祖様の教えは神は愛と光どころか、もっと凄いことを言っていました。
ここの信徒さんは、はっり言えばオーム真理教の信徒さんと同じで、何を言ってもダメな方達だと解りました。もう魂が狂っていて元に戻れない。
大本教霊界物語。人は邪(蛇)教の真理に狂うことを覚るべし。
一人一人の魂には、天帝たる神の分魂があるのです。それはこの世の閻魔(良心神)。
自分さえ好ければでなく、人は助け合って生きるもの。
それは愛ではなくて、良心の働きなのです。
カンナガラ タマチハエマセ。
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