北条政子(姓:平)と源頼朝(姓:源)は、まさに「夫婦別姓」の関係にありました。
これは当時の日本社会では極めて一般的なことであり、むしろ夫婦同姓の方が珍しかったのです。理由は以下のとおりです
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■ 当時の日本社会における氏・姓の扱い
•姓(かばね)や氏(うじ)は血統の象徴であり、結婚しても変える必要はありませんでした。
•特に武家社会では、婚姻は「家」と「家」の結びつきであり、女性は自分の実家の氏(姓)を保ち続けました。
•男性側に入婿する場合や、家を継ぐ関係など特殊なケースを除けば、**基本的に「夫婦別姓」**が自然でした。
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■ 現代との違い
明治時代に入ってからの民法(1898年施行)で初めて、「夫婦は同一の氏を称すること」が義務化されました。つまり、現代日本の「夫婦同姓」は、伝統でも慣習でもなく、近代の法律による制度なのです。
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したがって、北条政子と源頼朝のように「別姓で結婚する」ことは、むしろ日本の伝統的な婚姻のあり方を体現していると言えます。
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TakaakiTabuchiNeu
@NeuTabuchi
Replying to @ytsuji2001
読史備要によると、北条政子の「姓」は「北条」ではなく、「平」でした。