参
──なるほど?
会話が途切れたのを機に通音術を解除した
「外套の出どころは、そこだったか」
こぼれ落ちた声は、誰にも聞き取られることなく閉ざされた部屋の中に消えていく。
そんな部屋の中に、永膳は寝かされていた。一応気を使ったのか、体は長椅子に横たえられ、掛布が一枚かけられている。
もっとも、永膳の意識を刈り取った
──まだまだ俺も侮られたもんだな。
まあ、今はそれでもいい。その方が色々と動きやすいだろうから。
──薀長官だけではなく、軍部も都が置かれた状況に気付いた、か……
何やら様子がおかしい涼麗が永膳から離れて単独行動を取りたがっていることは察していた。永膳によって軍部との関係をこれ以上
だからわざと策にはまったフリをして、涼麗を泳がせた。何があの『お人形』に自我を持たせたのかを探るために。
元から涼麗が下げている佩玉には、永膳によって様々な細工が施されている。
確かに涼麗は
あの佩玉が涼麗の腰元にある限り、永膳は呪力的に隔てられていても涼麗の様子を手に取るように知ることができる。居場所が把握されていることも、会話が筒抜けになっていることも、涼麗が気付くことはないだろう。
「……」
永膳は長椅子に寝転がったまま、片腕を真横へ伸ばす。そのまま呼び付けるように指先だけを曲げると、周囲の空気がユラリと揺れた。
紅の燐光とともに蜃気楼の隙間から姿を現したのは、炎で形作られた虎だった。三頭の虎は永膳の指先に
従順な己の式達に向かって、永膳はピッと指先を振ってみせた。
「探れ」
さらに一言命じれば、
永膳が使役する煉虎は、何も攻撃だけが能ではない。地脈に潜って移動ができる煉虎達は、密偵にもうってつけだ。
その能力を駆使して、すでに永膳は誰よりも都が置かれた状況を把握している。
──この状況を作り出している呪詛師は単独犯。今は宮廷奥深く、皇帝の傍らに身を隠している。
皇帝が泉仙省に非協力的なのは、すでにその呪詛師の方が皇帝の懐深くに潜り込み、寵を得ているからだ。
熟した果実は、食べ時を過ぎれば内から腐る。今の沙那国政中枢部は、まさしく熟しすぎた果実だ。
栄華を極めきった皇帝も、その周囲を固めた臣下達も、自分達が甘い汁を啜ることに必死で、国が傾いている状況になどこれっぽっちも関心を払っていない。
享楽に目がくらんだ彼らにとって、現実を突きつけようとする存在は一律して悪で、害だ。
だから薀長官の進言も、軍部からの苦言も、皇帝の耳には届かない。各地で上がる叛乱の狼煙も、軍部に投げておけばどうとでもなるとしか思っていないのだろう。
恐らく呪詛師は、快楽を求め続ける彼らの望みを一手に叶えているに違いない。だからこそ皇帝は小うるさい泉仙省を遠ざけ、呪詛師を懐深くで重用している。
それこそが呪詛師の狙いで、自分達が呪詛師の術中に囚われていることになど、気付くこともないまま。
──国が中心から腐るように、長い時間をかけて少しずつ毒を流し込む。さらに巨大な陣を都に敷き、都全体の地脈を陰に傾ける。都の外の気まで陰に傾いてんのは、都の気の均衡が狂った余波だな。
恐らく
随分と気が長い仕込みだ。呪詛師は随分と執念深くこの国と皇帝を呪い落とそうとしているらしい。永膳が全体の仕込みに気付いた時には、もうすでに手がつけられないところまで事態は進行していた。
もはや都全体が忌地……陰が極まった不毛の地に堕ちるのは時間の問題とも、呪詛師の気分次第とも言える。呪詛師が都全体に仕込んでいる陣を発動させさえすれば、いつでも呪詛は発動可能な状態だろう。それくらい、すでに都の気は陰に染まりきっている。
そうでありながら呪詛師が呪詛陣を発動させないのは、こんな状況でも呪詛師を阻んでいる『最後の砦』とも言える守りが残されているからだ。
──
平素、呪術的な側面から都の治安を守っているのは、泉仙省の退魔師達だ。
だがその裏で、都という土地を恒久的に守るべく、四鳥が暗躍していることを永膳は知っている。特に四鳥の長が代々起点を担ってきた守都陣は、この場所に都が置かれた時から展開されており、あらゆる脅威からこの都を守り続けてきた。
その守都陣が、最後の最後で呪詛の発動を阻んでいる。
だが永膳はそこまで考えを巡らせてから、ふと考えを改めた。
──いや。守都陣だけならば、すでに突破されていてもおかしくはない。
何せ守都陣は、呪詛師がこの国を呪い落とすことを決めた時には、すでに何百年にも渡って展開されてきた後だったのだ。呪詛師がその陣を破る算段を立てていないとは思えない。
ならば何者かが、呪詛師への対抗策として別の陣を仕込んでいる可能性が高い。
──薀長官は、
翠家は四鳥の一角だ。分家の出とはいえ、薀長官には翠家との
さらに厄介なのは、当代の泉仙省には
薀長官を軽くしのぐ結界呪の才を持ち、『歴代類を見ない』とまで称される天才後翼退魔師である
もっともそれは、呪詛師側に協力者がいなければ、という前提での話だが。
永膳は無言のままもう一度指を振ると、新たに一頭の煉虎を召喚した。その一頭に気だるく視線を投げた永膳は、低く命を投げる。
「探しだせ。連れてこい」
その言葉に、虎は無言のまま一礼するとシュルリと蜃気楼の中に溶けて消えた。
再び天井を見上げた永膳は、声を発さないままうっそりと笑みを浮かべる。
──丁度いい機会だ。
全てを把握していながら、永膳はそのことを誰にも報告していない。泉仙省にも、皇帝にも、
全ては、己の理想郷の実現のために。
──全部焼き払っちまえば、鬱陶しいしがらみは全部消える。
己を『次期当主』という役柄に押し込めようとする郭家も。目の上のたんこぶである泉仙省も。
自分の手からあの氷牡丹を取り上げ、代わりに面倒なことを押しつけようとする存在を全部、全部。
呪詛師が皇帝を滅ぼすついでに、この国を焼き払うついでに、全部一緒に焼き払ってくれればいい。
そうすれば、自分が涼麗を愛でることに苦言を呈する
そのためならば、沙那最高峰の後翼退魔師の位階を持ち、郭家当主次期最有力候補として名高い自分が、……守都陣とそれに付随した守りの破り方を一番知っている自分が、件の呪詛師に手を貸してやってもいい。
「ああ、違うか」
二大勢力ではなく、新たな勢力が増えて、三大勢力になったのだった。まあ、みっつ目には、早々に消えてもらうつもりだが。
「浮気だなぁ?
少し目を離した隙に、いつの間にかあれの視界に入り込んでいた
あいつもしっかり、徹底的に、叩き潰しておかなければ。
その上で、あれに教え込んでおかなければならない。
「浮気者には、罰を与えなければ」
お前は、ヒトの形をした虚無。ヒトに生まれついていながら、ヒトになりきれなかったモノ。
お前はヒトの形をした氷の牡丹。
そう
──あぁ、でも。
「ヒトの真似事を覚えたお前の瞳が、絶望に割れるところを見るのは」
その上で虚無に戻ったお前の瞳が、自分だけに向けられる様は。
きっと今以上に美しく、永膳の心を満たしてくれるだろう。
その未来を夢想し、わずかに満足の笑みを浮かべた永膳は、
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