先日の修祓現場であった極東坊はそれなりに賑やかな酒家街だったが、今回の現場であるれんぼうは打ち捨てられた家々が連なる廃墟街だった。こういう場所は陰の気が澱みやすいから、退魔師には馴染み深い場所であるとも言える。


 ──猛華もうか比翼ひよくに託して大丈夫なのかと思っていたのだが。


 慈雲じうん貴陽きようの一対『猛華比翼』は、確かに氷煉ひれん比翼と並ぶ泉仙省せんせんしょう屈指の一対ではある。だが氷煉比翼とはまた違う意味で、彼らが現場に出される頻度は低い。


 猛華比翼が得意としているのは、殲滅戦だ。


 前翼として攻撃全般を担う慈雲の力の属性と得意にしている技の関係で、猛華比翼の攻撃はあまり小回りが利かない。


 周辺の建物全てを薙ぎ倒し、地形さえをも変形させるような猛々しい戦い方が猛華比翼の持ち味だ。


 戦場や荒野といった周辺を一切気にしなくていいような乱戦には滅法強いが、都の中のような周囲を気遣わなければならない場面では真価を発揮しづらい。


 もちろん、技量に優れる二人は周囲を気にした戦い方もできる。だがそれをやらせるくらいならばわざわざ猛華を現場に出す必要性はない、というのが涼麗りょうれいの見解だ。


 その点、今回は猛華比翼の真価が発揮できそうな場所だった。らん将軍名代に面識がある、という理由以外でも、今回猛華比翼が抜擢された意味はきちんとあったようだ。


 ──案外、整地まで込みであいつらが呼ばれたのかもしれないな。


てい涼麗さん?」


『廃墟という上物うわものがなくなった方が、再開発するのも楽だろう』とぼんやりと考えた瞬間、控えめな声に名を呼ばれた。


 その声に、涼麗は弾かれたように声の方を振り返る。


「やっぱり! お久しぶりです!」


 ピョコリと建物の影から姿を現したのはおうだった。先日、酒家街で出会った時と似たような装いに身を包んだ黄季は、頭から被っていた外套を肩まで下ろしながら涼麗の元に駆け寄ってくる。


「今日も現場にいらしてたんですね。今宵ご一緒してくださるのは猛華比翼だと聞いていたのですが」

「ああ、まぁ」


 黄季に会いたくてわざわざ現場に出てきた涼麗だったが、まさかここまですんなり再会できるとは思っていなかった。


 普段滅多に口を開かない涼麗は、『口下手』という言葉でくくれる以上の会話下手だ。まさか『お前に会いたくてわざわざ出てきたんだ』と言うわけにもいかず、涼麗は曖昧に返事をしたまま口を閉じる。


「先日は、任務の邪魔をしてしまって、申し訳ありませんでした」


 そんな涼麗を気にすることなく、涼麗の前までやってきた黄季はペコリと頭を下げた。思わぬ謝罪に、涼麗は無言のままパチパチと目を瞬かせる。


「極東坊全体に澱んでいた瘴気を浄祓するために、泉仙省泉部から退魔師が派遣されていたという話は、黒鸞こくらん将軍が暴漢一団を取り押さえた報告を皇帝陛下にご報告した時に伝えられたんです。そもそも最近の極東坊に暴徒が集まりやすかったのは、土地に溜まった陰の気そのものにあるって話も、その時にうかがったそうで」


『でもまさか、派遣されていた退魔師が二人きりだったなんて』と、黄季は分かりやすくしょげ返っているようだった。黄季の中ではあの夜、自分の行動が明確に涼麗の足を引っ張ったということになっているらしい。


「問題はない。あの時にも言った。『助かった』と」


 涼麗は淡々と黄季に答える。平坦すぎる声は感情がうかがえないせいで本音なのか建前なのか判断がつかないのだろう。ソロリと顔を上げた黄季は、まだどことなく気まずそうな顔をしている。


「お前こそ」


 その憂いを払う良い言い回しなど、涼麗には分からない。


 だから涼麗は、己からぎこちなく問いを向けた。


「持ち場を離れて、大丈夫だったのか?」

「え」

「一兵卒が現場を離れて、上から叱責はなかったのか?」


 涼麗が問いかけると、黄季はキョトンと涼麗を見上げる。そんな黄季の無垢な視線に耐えきれず、涼麗はソロリと視線を黄季かららした。


「私を助けるために、持ち場を離れることになっただろう」

「……あ、あー! 大丈夫、です! でしたっ!」


 さらにぎこちなく言葉を続けると、ようやく合点がいったらしい黄季はワタワタと両手を振り回す。その慌てぶりに思わず涼麗が視線を戻すと、なぜか今度は黄季の方が視線を宙にさまよわせていた。


「あの日の俺は、遊撃要員だったというか。固定の持ち場がなかったというか。待機要員だったというか!」

「待機要員」

「俺、あの近辺の出身でして!」


『一兵卒をそんな遊ばせておくような配置を、わざわざ?』という言葉尻に乗せた疑問を正確に汲み取ったのか、黄季は両手を引き戻しながら涼麗を見上げる。黄季が纏う雰囲気はまだどこか浮ついているが、涼麗を見上げる瞳には真摯な色があった。


「俺の四番目の兄が、あの辺りの警備の取り仕切りをしているのもあって、あの辺りの地理には詳しいんです。だから、みんなの道案内役といいますか、いざという時のために同行していて」

「あぁ」


 その言葉に、ようやく得心がいった。


 確かにあの夜、彼の兄達が自分達の窮地を救ってくれた。黄季自身もあの辺りの地理や事情に詳しそうな様子を見せていた覚えがある。地の利に明るい人間ならば、各所に散った仲間への伝令役にうってつけだ。


「あの日の晩、軍部が取り押さえた一団は、とある黒幇極道家から放逐を喰らった者達を頭に据えた、ならず者集団だったんです。以前は別の酒家街を取り仕切っていたんですけど、好き勝手をしすぎて元の主家から追放されていて」


 都の治安維持を任されている部署複数しょに、前々から『危険人物』として目をつけられていた人物が何人かいた。そんな人物達がしばらく前、数人纏めて主家から追放されたらしい。そいつらが寄り集まって新たに徒党を組み、似たような境遇の者を集めてそれなりの規模に成長したのがあの集団だったという。


 徒党は新たに根城とする場所を見繕うために都の中をさまよっていたが、しばらく前にあの酒家街に目を付けたらしい。


 黄季いわく、あの酒家街は酒家の主達が作る行によって運営されていて、特定の黒幇の支配を受けていないのだという。そういう場所ならば新勢力であっても根を張れると、ならず者一行は目論んだのだろう。


「あの。……あの街で最近よく揉め事が起きていたのは、そういう理由の他に、陰の気が濃く澱んでいたのも原因だったと聞いたのですが……」


『それは、本当のことなのでしょうか?』と黄季は涼麗に問いかけた。その問いを口にした黄季の顔には、隠しきれない不安が見え隠れしている。


 ──それも無理はない。


 出身地に近いということは、生家があの近辺にあるということだ。家族は今でも極東坊周辺で暮らしているのだろう。


 さらには兄が警備の取り仕切りをしているのだ。肉親が今後も土地の気脈のせいで厄介事に巻き込まれるかもしれないともなれば、黙って見過ごすことはできないはずだ。


「もう、心配はいらない」


 黄季の内心に思いを巡らせた涼麗は、再び短く答えた。


「修祓は、完了している。極東坊の気脈は、正された」


 涼麗の言葉に、黄季はホッと顔に安堵を広げる。


 だが次の瞬間、その安堵はかき消されていた。


「今の戸簾坊も、似たような状況にあるんですよね?」


 新たに涼麗に問いを投げた黄季は、軍部の一員として任務にあたる一兵卒の顔になっていた。それを察した涼麗も、心持ち姿勢を正して黄季に向き直る。


「『土地が陰の気に傾いているから、いくらそこから暴徒を排除しても根本的な解決にはならない』……この話を黒鸞将軍は、正確には噂話として耳にしたそうなんです」


 何でも、鸞将軍が皇帝との謁見に臨むために紫龍殿に上がった際に、他の将軍達がそんな噂に興じていたのだという。


『そうであるならば、いくら我々が兵を出しても無駄だ』『管轄は泉仙省になるのでは』という話が出ながらも、皇帝は軍部に対処を続けさせており、現状の改善を訴えるうん魏覚ぎかく泉仙省泉部せんぶ長官の奏上には耳を傾けていないのだという。


 根本を放置して場当たり的な対処を続けていれば、状況は悪化の一途を辿るばかりだ。さらに言えば、争い事は陰の気を増長させる。兵も疲弊する一方で、良いことなど何ひとつとしてない。


 まるで皇帝自身が、現状の悪化を望んでいるかのような。


 その状況を目の当たりにした鸞将軍は、現状をいくら皇帝に訴えても無駄だと見切りをつけた。だから自ら泉仙省へ協力を依頼する形になったのだと、黄季はより詳しい経緯を涼麗に説明する。


 ──確かに、正しい判断だ。


 軍部に呼び出され、鸞将軍名代として黄季から協力を打診されたあの時。


 慈雲と貴陽が険しい表情になっていたのも、まさしく黄季が口にした通りの事情があったからだ。鸞将軍からの協力の依頼は、泉仙省側から見ても渡りに舟だったと言える。


 ──この問題は、根本的には泉仙省の管轄。だが泉仙省は現状まったく手が回っておらず、皇帝も泉仙省には不自然なほどに非協力的。


「他の将軍達も、その話は承知なのか」

「鸞将軍が他の将軍達に協力の件を相談せず、いきなり泉部に話を持っていったのが不思議ですか?」


 涼麗の短い言葉から、黄季はそこに含まれた意図を正確に読み取る。そのことに少なからず驚きながらも頷くと、黄季は真剣な表情のまま説明を続けた。


「軍部の中でも、黒鸞将軍の立場はちょっと微妙な感じで」

「微妙」

「んーと。……あー、簡単に言ってしまうと、下手な動きをすると簡単に足元をすくわれると言いますか」


 五大将軍の一角とはいえ、鸞将軍は圧倒的に年若い。将軍としても、一兵士としても、挙げた戦功はまだしも、戦歴が圧倒的に不足している。


 そんな鸞将軍を『古い家名だけで将に上がった青二才』『あんな若造が五大将軍などとは認めん』と蔑む風潮は、将軍間だけではなく軍部全体にあるのだという。


 案外、『剣弓けんきゅう武神』はその武勇に反して、軍部の中では肩身が狭い思いをしているらしい。


ほう将軍とかは良くしてくれているんですけども。将軍とかりゅう将軍とかは取り付く島もないというか、そもそも会話も成り立たないくらいこちらを毛嫌いしていて」

「大変なんだな」

「ええ。黒鸞将軍が十五で将軍職に取り立てられたのは、まぁ家名が理由の九割って感じなので、そこに腹を立てられるのは仕方がないんですけども」


『でも、同じ戦列に駒を並べた時くらい、こっちに協力してくれてもいいんじゃないかと思うんですよねぇ』と遠い目で呟いた黄季は、どこか殺伐とした殺意を纏っていた。


 ──やけに実感がこもっているな。


 黄季は鸞将軍旗下の一兵卒だ。鸞将軍に非協力的な将軍旗下の兵とともに出陣して、何やら大変な目に遭ったことがあるのかもしれない。命がかかった戦場において将同士の個人的な軋轢に揉まれるなんて、一兵卒にはたまったものではないだろう。


「まぁともかく。軍部で先に協力者を募るよりも泉仙省と先に手を結んだ方が確実だと、黒鸞将軍は判断したんです」


 話が逸れたと感じたのか、黄季はサクッと話を本筋に引き戻した。


 その上で言葉を続ける黄季の表情に、スッとわずかに影が差す。


「黒鸞将軍は、五大将軍の中でも圧倒的に立場が弱い。そのせいで理不尽な出兵命令や、危険度が高い戦場への出陣命令が、他将軍に比べて圧倒的に多いんです」


 皇帝から将軍へ向けられる悪感情は、そのまま旗下の兵にも影響を及ぼす。


 現状、黒鸞将軍には、その悪感情をうまくかわせるだけの技量がない。


 そんな中、状況の根本原因に向き直ろうとしない皇帝に唯々諾々と従うだけでは、旗下の兵が使い潰されてしまう。黒鸞将軍は、そんな強い危機を抱いた。


「本当は、黒鸞将軍と薀長官で直にやり取りができれば良かったんですが」


 さすがにそこまで独断で突っ走ってしまうと、間違いなく皇帝から目をつけられてしまう。


 その点、黒鸞将軍が『軍部と泉仙省で現場が被った』という名目で現場担当者を軍部に呼び付けるのは、ギリギリ誤魔化せる範囲であるらしい。


「それで、あの。軍部側の事情はこんな感じなんですけども、泉仙省側の見解はどんな感じなんでしょうか?」


 黄季の説明で、軍部側が抱えていた事情はおおよそ把握できた。問題があるとすれば、黄季から聞いた説明を涼麗がきちんと泉仙省側に伝えることができるか、という一点だけだろう。


 黄季から真摯な視線を向けられた涼麗は、どこから説明したものかとわずかに眉間にシワを寄せた。そんな涼麗の態度に怖気づくこともなく、黄季はゆったりと涼麗からの言葉を待ってくれている。


 ──あぁ、


「……本来、土地に流れる力というものは、陰も陽も帯びていない」


 こうやって言葉を待たれるのは、嫌いじゃない。


 そんなことを思った瞬間、説明の言葉はポロリと口からこぼれ落ちていた。


「土地の上に街ができて、活気が生まれる。そうなると土地に流れる力は、陽を帯びる」

「はい」

「反対に、土地の上で戦が起こったり、疫病が流行ったりして死が折り重なると、土地は陰を帯びる」


 涼麗が根本的な部分から始めた説明に、黄季は真剣に耳を傾けている。それが分かった涼麗は、少しだけホッと肩の力を抜きながら説明を続けた。


「逆に、気脈の陰陽が、その土地で暮らす人々に影響を与える場合もある。陰の気が強い土地で長く暮らしていれば、住民は気鬱や病を抱える。気性が荒くなることもあるし、争い事も増える。……元から多くの陰の気を抱えた人間は、陰が強い土地に引かれやすい」

「だから暴徒の一団は、陰の気が強まった極東坊に引かれたんですか?」

「そうだ」


 黄季の中で色々と話が繋がったのか、黄季の表情の中にパッと理解の色が散る。


 その素直な反応にひとつ頷いてから、涼麗は再び口を開いた。


「本来ならば、そこまで土地が陰に傾く前に、退魔師が派遣されて土地の修祓にあたる。……だが正直、最近はそこまで手が回っていない」

「え?」

「都の中も、外も。地脈は日々、陰を強くしている」


 涼麗の言葉に小首を傾げてしばらく思考を巡らせた黄季は、状況に理解が及ぶとジワリと顔色を悪くした。そんな黄季の様子に、涼麗は思わず感心してしまう。


 ──理解が早いな。


 飲み込みが早いのは、正直助かる。口下手な涼麗では、これ以上に掻い摘んだ説明は難しい。というよりも、泉仙省側が抱えた事情をどこまでつまびらかにしていいのかが分からない。


「え? え、でも……そんなことって、自然に起きるものなんですか?」

「起きない」


 いよいよ核心に迫ろうとしている黄季に、涼麗は端的に告げた。


「恐らく誰かが、何かしらの手段を使って、地脈を陰に染めている」

「えっ!? そんなこと、誰が……っ!?」

「呪詛師のたぐいだろう、ということしか、泉仙省もまだ把握ができていない」


 陰の気を祓い、気脈を正し、人々を守る術師が退魔師だ。


 呪詛師はその逆で、周囲の陰を煽り、増長させた陰の気を用いて呪詛を執り行い、人々を害する術師のことを言う。


「具体的に姿が掴めたわけではない。ただ、今まで地道に浄祓を続けてきた退魔師達が、その手応えから口を揃えて言っている。この陰の気の増加には、裏から手を回している者がいると」


 同じ所感を涼麗もいだいた。先日の極東坊だけではなく、直近の他の現場でも。


 ここ最近の地脈の乱れには、……その果てに発生する妖怪による被害にも、誰かの作為を感じる。


 自分達が勝手に盤上に上げられて、駒よろしく踊らされているような。そんな作為を。


 ──戦があったわけでも、大量の人死が出たわけでもないのに、陰の気の発生観測からたった数日で、坊ひとつが丸ごと忌地いみちに落ちかけるような染まり方など、自然発生で起きるはずがない。


「都と周囲の土地一帯を丸ごと陰に落とそうとしている呪詛師がいる。単独犯か複数犯かは分からないが、並大抵の術師でないことは確かだ」


 涼麗の言葉に、黄季は顔を強張らせた。自分が予想していたよりも深刻な状況に言葉もないのだろう。


「泉仙省は、この対応に、手を焼かされている」


 それでも涼麗から視線を背けない黄季に、涼麗はひたと視線を据えた。涼麗からの視線を正面から受け止めた黄季は、コクリと喉を鳴らしながらも挑みかかるように涼麗を見据えている。


「正直、鸞将軍からの協力要請は、泉仙省にとっても喜ばしいことであるはずだ」

「そこまでの事態に、むしろ軍部が手伝えることって、あるんでしょうか?」

「先程も説明した。土地に暮らす人間が帯びる陰の気が、その土地の気脈を傾けることもあると」

「つまり、……えっと」


 涼麗の言葉に、黄季は一瞬思考を巡らせるために視線を伏せる。


 だがその視線はすぐに涼麗に引き戻された。


「軍部の人間が、強烈な陰の気を抱えている人間を適切にシバき回るのは、土地が陰の気に傾くのを防ぐ効果がある?」

「正解」


 独特な言い回しは気にかかったが、黄季の答えは的を射ている。やはり、理解が早い。


「泉仙省泉部の退魔師は、人間とも戦えるが、本領は対妖怪だ」


 陰の気によって暴走してしまった人間の制圧も退魔師の仕事の内には入る。だが本来そうならないように未然に防ぐのが退魔師の本領であって、そこまで引き受けていては根本的な解決まで手が回らない。


「対人戦は、そちらで引き受けてもらえると、助かる」


 それだけでも随分と手間が減る、と言外に伝えると、黄季は神妙な顔で頷いた。


「分かりました。とりあえず対人戦なら、軍部の人間でも対処は可能です」


 そんな黄季に涼麗も頷き返す。


 その瞬間、どこからか豪快な破壊音が轟いた。ハッと二人が揃って視線を投げれば、音の出どころと思わしき場所から燐光を伴った土煙が上がっている。


「……時に、今回の任務は」

「えーっと」


 話し込んでいてすっかり忘れていたが、今回この任務に派遣されているのは猛華比翼だ。猛華比翼と軍部の打ち合わせが完了すれば、涼麗と黄季が合流しなくても任務は開始される。


 今の破壊音は、間違いなく慈雲が振るう退魔術によって周辺一帯が薙ぎ払われた音だ。


「うちに回された仕事内容としては、廃墟街を根城にしているならず者達の一斉検挙、なんですけども……」


『え? あれって、死人出てませんよね?』という内心を黄季の表情から読み取った涼麗は、一瞬この場に留まるべきか、現場に向かうべきか思案する。


 ──あの二人が、軽率に人死を起こして、陰の気を増長させるような真似をするとは思えんが。


 何せ猛華比翼の立ち回りは豪快だ。うっかり何人か巻き込んでもおかしくはない。それを防ぐためにも、自分は真面目に援護に向かうべきだろう。


「えっと。避難誘導って、必要ですか?」


 恐らく似たようなことを考えたのだろう。土煙が上がる先をぎこちなく指さした黄季に、涼麗は曖昧に頷く。


「私も、向かう」

「あ、では、対暴徒用として護衛役を務めます」

「助かる」


 守られなければならないほど弱くはないが、この青年の隣という場所は、なぜか不思議と心地よい。どうせこのままともに今宵の任務に関わるのだ。行動をともにしていても不利益にはならないだろう。 


「あ。そういえば」


 一瞬、タッと走りかけた黄季が、涼麗を振り返る。その反応に前へ進めかけた足を止めて黄季を見やれば、黄季はフワリと柔らかく笑った。


「その外套、お役に立てたみたいですね」


 今宵の涼麗の姿を包み込む外套を示しながら、黄季は嬉しそうに笑う。


 その指摘を受けてようやく、涼麗はこの外套の礼をまだしっかりと黄季に伝えていないことを思い出した。


「……ああ」


 だがやはり内心は上手く言葉に纏まらず、曖昧な肯定が転がり出てきただけで言葉は終わってしまう。


 それでも黄季は、そんな返事とも言えない一言に笑みを深めた。


「お節介が空回ってなくて、良かったです」


 心底嬉しそうに告げた黄季は、涼麗の返事を待たないまま、今度こそ駆け出していった。涼麗は黄季に遅れないように、口よりも足を動かすことを優先せざるを得ない。


 ──なぜ、こんなにも。


 内心を言葉にすることが、難しいのだろうか。


 そのことにモヤリと、今まで感じたことがない不快感を胸に抱きながら、涼麗は黄季の後を追うべく地を蹴る足に力を込めたのだった。

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