密行
壱
陰の気、というものは通常、夜間に活性化しやすい。昼の陽光がそもそも陰の気を祓う力を持ち合わせているのだから、ある意味当たり前な話だ。
退魔師とは、陰の気を祓い、気脈を整える術者である。
何が言いたいのかというと、退魔師達の本領が発揮されるのは、主に夜間帯であるという話だ。
「
「何してるの? こんな所で」
日が沈み、最後までしぶとく残っていた夕焼けも深い藍色に追い払われようとしている時分。
泉仙省の入口に
そんな二人の様子に、涼麗は思わずそっと目を
涼麗が
ただ今の自分には、そんな珍しい行動を取ってでも、二人に接触したかった理由があった。
「お前達を、待っていた」
「は?」
「また何でさ?」
視線を逸らしたままボソリと呟くと、二人は揃って首を傾げる。泉部退魔師の中でも特に仲が良い一対として知られている
そんな二人から突き刺さる視線に、涼麗は意を決して視線を上げた。
「今晩
「おー、今から行くけど?」
「軍部との合同任務だと」
「そうだね」
「私も、行く」
腹を
今まで涼麗が自発的に何かを考え、行動しようとしたことは稀だ。ほぼなかったと断言してもいい。
涼麗も人間である以上、己の思考回路も感情も有しているが、それらを発露させることを永膳は嫌う。さらに言えば、永膳は涼麗が人間らしい素振りを取ること全般を嫌っている節がある。
花街の裏路地で『
何者でもなく、ただ莫大な霊力を持て余していただけだった自分を『退魔師』として、また永膳の『相方』として
そのことに特に何かを思うことなど、今まで一度もなかった。
永膳から涼麗に向けられる常軌を
ただの事実だったから。
永膳は涼麗という『お人形』にひどく執着している。永膳は涼麗が自我を見せることを、……人間らしく振る舞うことを、決して許しはしない。
──だが、今は。
「先の修祓で、私は図らずも軍部と共闘する形になった」
常の自分の中には存在し得ない、形にならない『何か』。
その『何か』に突き動かされるがまま、涼麗はひたと同朋二人を見据える。
「一番勝手が分かるのは私だ。だから、私も行く」
初めてとも言える涼麗の自己主張に、慈雲と貴陽は再び目を丸くして視線を交わしあった。
そんな二人のうち、先に涼麗に対して口を開いたのは慈雲だ。
「俺は別に構わねぇけど。お前、永膳は?」
「確か軍部に喧嘩売ったのがバレて、今晩は
『涼麗さんとの別行動を、永膳さんが許すとは思えないんだけども』と続けた貴陽に、涼麗はひとつ頷いてから口を開く。
「永膳ならば、寝ている」
「寝っ!?」
「薀長官が、今晩の修祓を決して邪魔しないようにと、強制的に意識を落とした」
前回、軍部に呼び出された時の首尾に関しては、目付として同行した慈雲から薀長官へ報告がされている。
永膳の性格をしっかり把握している薀長官は、永膳が逆恨みから泉仙省と軍部の合同任務を邪魔するのではないかと憂慮したらしい。
現場に
そうでもしていなければ、そもそも涼麗が今単身でここに現れることからしてできていない。
──まぁ、その入れ知恵をしたのが、そもそも私なのだが。
「だから、明日の朝日が昇るまで、私がどこで何をしていても、永膳が知ることはない」
『永膳の監視下から抜け出した私と行動をともにしていても、お前達が報復に遭うことはない』と言下に告げると、慈雲は片眉を跳ね上げ、貴陽は瞳を煌めかせる。
反応こそ違えど、二人の表情の変化がともに好奇心から来ていることは一目瞭然だった。
「お前がそこまでするのは、その外套と何か関わりがあるのか?」
「そういえば涼麗さん、軍部であの子……
二人から向けられる矢継ぎ早な質問に、涼麗は思わず眉をひそめる。
元より涼麗は人との会話も、己の内心を言葉にすることも苦手だ。ここまでのやり取りだけで、すでに自分がうっすらと疲弊している自覚がある。
──それでも。
「この、外套の、礼を、伝えに。鷭黄季に、会いに行きたい」
それでもこんな労を
あまりにも自分らしくない言動にこの場を立ち去りたい衝動に駆られるが、それでも涼麗は何とか両足を踏ん張ってその場に立ち続ける。
「思いっきり私情じゃねぇか」
「びっくりするくらい私情しかない……」
二人からこぼれ落ちた言葉は、形は違えど同じ内容だった。指摘されずとも自覚できていた内容に、涼麗は思わず唇を引き結ぶ。
だがそんな涼麗に、二人はなぜかニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「いいねぇ、お前が『私情』だなんて」
「面白いじゃん。永膳さんを出し抜いてでも貫きたい『私情』。最っ高だね!」
不意に前へ踏み込んできた二人は、涼麗との間合いを詰めるとガシッと肩を組んでくる。そのいつになく近い接し方に思わず涼麗が目を見開くと、二人はニヤニヤと笑みを深めながら言葉を続けた。
「出撃の許可は?」
「『単騎』という形で、長官から得ている」
「頼もしいね、涼麗さんが援護についてくれるなんて」
そのまま涼麗を引きずるように歩き出した二人に流されるがまま、涼麗も泉仙省の外へ向かって歩き出す。
西の空にわずかに残っていたはずである茜色は今や完全に姿を消し、周囲は闇に包み込まれていた。その中を意気揚々と退魔師達は進む。
「離せ、歩きにくい」
「歩きにくいなら、転送陣で飛ぶか?」
「いいね。涼麗さんがいるならひとっ飛びできるじゃん」
「そういう話じゃない」
何やらいつにも増して楽しそうな二人の様子に顔をしかめながらも、涼麗は二人からの要望を叶えるべく転送陣を起動したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます