「……呼び出し主は、らん将軍だったんじゃねぇのかよ?」


 泉仙省せんせんしょう側で、真っ先に口を開いたのは永膳えいぜんだった。


「副官に、一兵卒のガキだぁ? そんなやつらが『剣弓けんきゅう武神』の名を語って氷煉ひれん比翼ひよくを呼びつけるとは、一体何様のつもりだ?」

「なっ……!」

「お怒りはごもっともです」


 永膳の物言いに、安湛あんじんの顔にサッと朱が走る。


 そんな安湛を引き止めたのは、隣に控えたおうだった。


「申し訳ありません。将軍当人も、直々に皆様をお出迎えする心づもりでいました。しかし直前になって予定外の召集がかかり、それを泉仙省にお伝えする間もなく」

「召集? 誰に」

「皇帝陛下です。黒鸞こくらん将軍は、現在陛下の御前にいらっしゃいます」


 黄季からの返答に、永膳は面白くなさそうに鼻を鳴らす。


 そこですかさず慈雲じうんが両者の間に割って入った。


「そちらにも事情があったのに、このように不躾な物言いをしてしまって申し訳ない。何せ鸞将軍といきなり直々に対面するのかと、緊張を募らせていたものですから」

「その件に関しても、連絡が不行き届きで申し訳ありませんでした」


 慈雲の背後に押しやられた永膳は、表情が相手に見えないのをいいことに憮然ぶぜんとした顔を隠していない。この召集に不満を抱いていることが丸分かりだ。


 そんな永膳がこれ以上余計な物言いをしないように、貴陽きようがさり気なく永膳の袖を引いている。下手に口を開けば容赦なく禁言術が発動されることだろう。


 ──気位が高いからな、永膳は。


 軍部に『五獣ごじゅう』が君臨しているように、呪術師界には『四鳥しちょう』という名家がある。


 永膳はその一角であるかく家の次期当主候補筆頭だ。


 当人が三位の上という破格の位を得ていることもあり、呪術師界で永膳の上に立てる人間は数える程度にしかいない。永膳も己がその立場にあるに相応しい技量を備えているという自負があるから、大抵の相手には強気に出る。


 だがその態度がどこにでも、誰にでも通じるわけではない。


 ──彼らは、鸞将軍の名代としてここにいる。


 一度軍部から退いたとはいえ、いまだに『五獣』を数える時の筆頭は鸞家だ。今目の前にいる二人は、その名を負う人物の代理としてここにいる。


 鸞将軍は五大将軍の中でも飛び抜けて年若い、……まだ幼いとまで言えるよわいではあるが、軍部の中でも特に部下からの忠誠を集めている将であるという。


 鸞将軍を敵に回すということは、鸞将軍に忠誠を誓う旗下の軍勢を丸ごと敵に回すということに他ならない。そして五大将軍の中でも特に実戦経験に富む鸞将軍旗下の兵士は、群体で見ても個体で見ても、間違いなく軍部の精鋭達だ。


 そんな集団が永膳の気分ひとつで泉仙省の敵に回るなど、たまったものではない。それが分かったからこそ、慈雲と貴陽はここまで必死に永膳の口を塞ぎにかかったのだろう。


 涼麗りょうれいはひとしきり永膳を眺めてから、チラリと視線を軍部側に向けた。


 慈雲が永膳を後ろへ押しやったように、軍部側は黄季が気色ばむ安湛を後ろへ押しやったようだった。安湛はまだ何か言いたそうな顔をしているが、黄季がそっと安湛の胸を押すとそのまま素直に後ろへ下がる。


 その力関係に、涼麗はハタハタと目をしばたたかせた。


 ──采安湛は鸞将軍副官、ばん黄季はただの一兵卒、……という話だったが。


 永膳は『副官』とさい安湛を軽んじる発言をしたが、五大将軍の副官ともなれば采安湛自身もそこそこ高位の軍人であるはずだ。


 鸞将軍旗下に限定すれば、将軍不在時の軍を取り仕切る立場に采安湛はいる。つまり黄季から見れば、安湛は鸞将軍に匹敵する上官であるはずだ。


 軍部は泉仙省以上に上下関係が厳しい世界であると聞いている。そんな環境の中にいるはずである黄季が安湛をなだめるのも、安湛がそんな黄季にすんなり従うのも、不自然な状況ではないだろうか。


「申し遅れました。私はおん慈雲。きょくとうぼうでの修祓を執り行いました郭永膳とてい涼麗の……あー、目付? のような立場にいます」


 涼麗は漠然とそんなことを考える。だが永膳にこれ以上余計な口を叩かせないことに必死になっている慈雲は、そんな部分に疑問を持つ余裕など微塵もないようだった。


「恩慈雲の相方を務めております、こう貴陽です」


 貴陽が拱手とともに慈雲に続けば、永膳と涼麗も続かざるを得ない。


「……郭永膳」


 永膳は形だけの一礼とともに憮然と名乗る。


 それに続く形になった涼麗は、一瞬だけ迷ってから、自分にしては心もち丁寧な挙措で黄季へ一礼した。


「汀涼麗、……と、いう」

「ご丁寧にありがとうございます。氷煉比翼ともう比翼の名は、軍部にも轟いていますよ」


 そんな泉仙省一行の名乗りに、黄季はもう一度拱手を結ぶとニコリと笑った。


 屈託のない笑みからは、不機嫌の気配は感じ取れない。明るく穏やかな表情に思わず慈雲がホッと息をつき、安湛が『仕方がないな』と言わんばかりに怒りを解いたのが気配で分かる。


 永膳がフンッとわずかに顔を背けたのは、自分の不満があっさりと流されてしまったことが面白くなかったからだろう。


「さっそくなのですが。先日極東坊で行われた修祓は、氷煉、猛華両比翼が陣頭指揮を取った、という認識でよろしいですか?」


 そんな永膳の反応も見えているはずなのに、黄季は永膳に構わずサクッと話題を変えた。


 先程からの受け流し方を見るに、黄季は案外こういう場に慣れているのかもしれない。


「あー、っと」

「陣頭指揮なんざとっちゃいねぇ」


 黄季からの問いに、慈雲が説明の言葉を探す。


 だが慈雲が分かりやすい説明を思いつくよりも、永膳が憮然としたまま口を開く方が早かった。


「え?」

「あの現場は、俺と氷柳ひりゅうで片付けた。他の人間なんざ、一人も出てきちゃいねぇんだよ」


 さらに続けられた永膳の言葉に、黄季が驚きで目を丸くする。


「え、でも、確か坊ひとつ丸ごとの浄祓だったんですよね? それをたった二人で完遂できるものなんですか?」

「お前、誰を相手に物言ってんのか分かってんのか?」


 そんな黄季に、永膳は小馬鹿にしたような言葉を投げつけた。黄季に戻された視線も、ハンッと吐息だけでこぼされた笑い声も、隠しきれない嘲笑に彩られている。


「お前が今相対してんのは、この沙那さなで最高峰と言われてる一対『氷煉比翼』なんだぞ? 他の人間なんざ出てこられても邪魔なだけだ」


 ──事実、ではあるが。


 永膳の言葉は、確かに的を射ている。


 自分達が現場に出るならば、他の人員は邪魔になるだけだ。そこがどんな現場であれ、派遣されるのが自分達であるならば、自分達二人だけで事足りる。逆に自分達だけで事足りない現場ならば、他の誰が出てきても解決の目処めどなど立ちはしない。


 確かにそれは、事実ではあるのだが。


 ──言い方。


「えーっと! ここにいる二人は特別でして!」

「技量が飛び抜けて高いというのもあるのですが、何分性格がこんなんですからっ!!」


 再び険悪な空気が流れそうな気配を察知したのか、慈雲が再び前へ飛び出し、貴陽が容赦なく禁言符を永膳の背中に叩き付ける。


 その上で貴陽が発した言葉に『あぁ、こいつの問題発言には泉仙省も手を焼いているのか』と軍部側も納得できたのか、今回はあまり空気が悪化することなく永膳の発言は流された。


 黄季が背後に片手を回している辺り、背中に隠して安湛へ何か指示を出していた可能性もなきにしもあらずではあるが。


「申し訳ありません。退魔師の領分に関して、こちらは不勉強なものですから」


 貴陽が操る禁言術は永膳をしても破れないのか、永膳は眉間に深くシワを刻みながらも口を開けないようだった。


 一方、申し訳なさそうに眉尻を下げた黄季は、あくまで柔和な語調のまま慈雲に言葉を向ける。


「退魔師が行う浄祓というものは、規模が大きくても技量に優れていれば、少人数で行えるものなのでしょうか?」

「あー」

「……本来ならば、個の技量が優れていようとも、頭数は必要だ」


 その問いかけに、ふと自然に説明の言葉が漏れていた。


 そんな涼麗に、目を丸くした同朋達が弾かれたように視線を向けてくる。


「ただ、私が特殊体質だから。今回は、私達二人だけで事足りた。本来、あの規模の浄祓を行うならば、比翼三対……六人態勢が妥当だった、……と、思う」

「……うそぉ」

「涼麗が、初対面の相手に、口をきいただと……?」


 ポツポツと囁くように言葉をこぼすと、説明を受けた黄季よりも先に貴陽と慈雲が愕然とした声音で呟いた。


 チラリと視線を投げれば、二人ともが声からの想像をたがえない表情で涼麗を見つめている。『明日は天から槍が降り、太陽が西から東へ移動するに違いない』と信じて疑わない顔だ。


 確かに、自分らしくないとは思う。


 顔見知りと言える泉仙省所属の退魔師相手にさえ、涼麗が口を開くことは稀だ。口をきく相手など、ここにいる三人を除けばうん長官くらいしかいない。他の人間など、涼麗にとっては見分けがつかない背景に等しいのだから。


 だがなぜか目の前にいる黄季の率直な問いには、己の口で答えを告げたくなる。


 ──初対面では、ないから。


 それに加えて、彼から向けられる言葉は、不思議と心地よい。


 あの夜も、今も。


 だから彼からの言葉には、自然と答えが漏れてくるのかもしれない。


「そうなのですね。漠然とですが、何となく状況は分かりました」


 涼麗の説明を受けた黄季は、ニコリと笑うと快活に答えた。『御教授いただき、ありがとうございます』と頭を下げる黄季に、思わず涼麗も控えめに会釈を返す。


「実は今回、黒鸞将軍が皆様をお呼びしたのは、軍部と泉仙省で協力態勢を取れないか、という考えがあったからなんです」


 頭を上げた黄季は、表情を正すと本題を切り出した。温和な雰囲気を残したまま真剣な顔になった黄季に、慈雲と貴陽が背筋を正す。


「先日、氷煉比翼の御二方が出張った現場には、暴徒鎮圧の命を受けた黒鸞将軍旗下の者が派遣されていました。潜入していた仲間の働きにより、暴徒と目されていた一団は大きな騒ぎを起こす前に捕獲されています。しかし皇帝にその一件についてご報告申し上げた黒鸞将軍は、気になる話を耳にしました」


 黄季の話がどこに繋がるか推測ができたのだろう。話の途中でありながら、慈雲と貴陽の顔には納得の色が見え始めていた。


 同時に、事の重大さも理解したのか、二人の顔には険しさも混ざり始める。


いわく、ここ最近の暴徒の活性化には、都の気の流れが関係している、と」


 黄季には恐らく、二人の顔色の変化が読めている。その証拠に、スッと黄季の顔から表情が消えた。


「日に日に増える出動要請。一方、戦への出陣命令も減ることはありません。旗下の兵の消耗を、黒鸞将軍は憂えております」


 雰囲気に残されていた笑みまでもがかき消えると、後にはヒヤリとした圧だけが残される。


 いつの間にか全身にのしかかるように展開されていた圧に、交渉事に慣れている慈雲と貴陽までもがゾッと血の気を失ったのが分かったような気がした。


 先程、采安湛が醸した怒気などとは比べ物にならないその圧を、永膳からの侮蔑を全て笑みで流しきった黄季が、たった一人で作り出している。


 その事実に、永膳さえもがコクリと喉を鳴らした。


「気脈の流れに関しては、泉仙省の領域。ならば根本を解決するために、我々は泉仙省に協力を仰ぐべきである、という判断になりました」


 ヒタリ、と喉元に白刃を突きつけるような圧を展開したまま、黄季は静かに泉仙省一行へ頭を下げる。


「どうぞ我々にお力をお貸しください」


 そうでありながらあくまで丁寧な申し出に、泉仙省側が口にできる言葉などひとつしかなかった。

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