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Conversation

父は戦争のことをほとんど話さなかった。神戸空襲で低空飛行するグラマン機の機銃掃射に遭い、実家(病院を経営していた)を焼かれ、疎開先の鳥取では、広島で被爆し立ったまま貨車に詰め込まれて京都に移送される包帯姿の兵士たちを目撃した。毎年どんな気持ちでこの日を迎えていたのだろう。