尖閣領空侵犯、直前に日本の民間機飛行 日中が不測の事態回避へ動き
沖縄県・尖閣諸島周辺での中国海警局のヘリコプターによる領空侵犯に関連し、直前に尖閣周辺を飛行した日本の民間機をめぐり、日中両政府が事前に不測の事態の回避に向けた動きをしていたことが分かった。だが、民間機は日本政府の飛行中止の要請を聞き入れず飛行を決行。結果的に中国ヘリの領空侵犯を誘発したとの見方が政府内にある。
複数の日中両政府関係者や民間機を操縦していた京都市の会社役員男性(81)が朝日新聞の取材に明らかにした。中国ヘリの領空侵犯をめぐっては3日昼ごろ、尖閣沖の領海に中国海警局の船が4隻侵入。うち1隻から搭載ヘリが飛び立ち、午後0時21分から36分まで約15分間にわたり領空侵犯した。中国側は「右翼分子」操縦の日本の民間機が尖閣周辺を「領空侵犯」したことへの対応だと主張している。
複数の日中両政府関係者や男性の話を総合すると、男性は今年1月、那覇市にある国土交通省の出先機関に「尖閣に行こうと思っている。問題ないか」と電話し、飛行計画を説明。この情報は尖閣諸島をめぐる危機管理案件として政府内で共有された。飛行直前の5月2日に海上保安庁から接触があり、「尖閣は日本の領土だが、周辺を飛べば中国が何をしてくるかわからない。機体に危険が及ぶなど不測の事態が起きる可能性がある」と飛行中止を要請された。
一方、中国政府も民間機が尖閣周辺を飛行するとの情報を察知。日本外務省に「飛行を認めれば新たな事態になる。あなたたちが制止するべきだ」と警告。海保が男性に接触した2日も、在日中国大使館が外務省に念押ししたという。
しかし、男性は3日午前、同乗者3人とともに新石垣空港を離陸し、正午過ぎに尖閣周辺を飛行。曇っていて視界は悪く、魚釣島に接近したが、島影がうっすらと見える程度だったという。中国船やヘリは全く見えなかったが、海保巡視船から無線が入り、「中国の船からヘリが飛び立った。大変危険なのでこの海域から退避せよ」と複数回警告された。機内には緊張が走り、すぐに現場を離れたという。
男性は朝日新聞の取材に、2015年にも尖閣上空を飛行したことがあったが何事もなく終わったことから10年ぶりに今回の飛行を計画したと語った。「海保の諸君へエールを送ることが目的だった」と話し「自分は右翼ではない」と述べた。
識者「中国側の『領空管理』準備を暗示」
尖閣周辺では近年、中国海警局の船が「法執行」という名目で活動を常態化させ、少しずつ現状を変えていく「サラミ戦術」を取る。中国ヘリによる領空侵犯は今回が初めてで、日本の民間機が尖閣周辺を飛行すれば中国側はヘリを飛ばすという前例を中国側が作り上げたことになる。日本政府関係者は「中国は何かのきっかけをとらえ、自らの領有を主張する既成事実化を進めようとしている。今回も結果的に中国の手に乗ってしまった」と嘆く。
中国外交に詳しい九州大学の益尾知佐子教授は、「今回の事案は、中国側が尖閣で『領空管理』の準備を進めてきたことを暗示している」と指摘。中国が日本側の「領空侵犯」を主張していることに「中国が尖閣上空をコントロールしているような発信を強める可能性がある」と語る。
一方、尖閣諸島は日本の固有の領土だが、14年に日中両政府が交わした文書では「対話を通じて情勢の悪化を防ぐ」「不測の事態の発生を回避する」ことで一致。日中両政府は今回、こうした方針に基づき、水面下では事前に沈静化を図ろうとした。今回の事案発生後、日中両政府はお互いに抗議し合っているが、日本外務省のある幹部は「相手につけ込まれるような口実を与えなければ中国側も攻めづらい。冷静に見るべきだ」と語る。
林芳正官房長官は9日の記者会見で、領海侵入と領空侵犯は「極めて遺憾」としたうえで「日本の民間小型機が尖閣周辺を遊覧飛行していた」と指摘。領空での日本の航空機の飛行は「法令の制約を満たす限り妨げられるものではない」としながらも、飛行目的が遊覧飛行だったことや不測の事態を防ぐ観点から「運航者との間で意思疎通を行いつつ、飛行の安全性を考慮すべきであるとの考えを伝えた」と説明。日本政府から民間機側に飛行中止の働きかけをしたことを示唆した。
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