日本銀行は利下げへ転換せよ、トランプ関税下の利上げ路線が招く「デフレ逆戻り」のリスク
● 日銀は機会主義から決別を 日銀は、昨年3月以降の利上げ局面において、自ら積極的に動くことでインフレ率を引き上げ、それによって利上げの環境を整えるということはしてこなかった。むしろ、インフレ率が外生的な要因で上がるのを静観し、インフレが訪れると間髪入れずに利上げに踏み切るという、いわば機会主義的な戦略を取ってきた(日銀の機会主義については、『植田日銀の利上げ手法が「日銀への信認」を揺るがしかねない理由』を参照)。 5月1日の植田総裁の記者会見を見る限り、日銀は今回の局面でも、外生的な力によってインフレ率が2%に戻ってくるのをじっと待つ作戦を取ろうとしており、これまでと同様、機会主義的だ。 しかし、今必要とされているのは「待つ」ことではない。日銀自らが積極的に行動し、利下げによってインフレ率を引き上げるべき局面だ。ここで日銀が利下げをためらえば、「好循環」の勢いが失速し、かつての慢性デフレに逆戻りするリスクが高まる。そのような事態は何としても回避しなければならない。 ● 財政はインフレ税の活用を 筆者は、3月10日に開催された経済財政諮問会議において、「好循環」が実現すれば、これまでのインフレ率ゼロ%の経済から2%の経済へと移行することになり、その際に恩恵を受けるのは債務者であると指摘した。中でも、日本で最大の債務者である政府は、約180兆円の利得、いわゆるインフレ税を手にすることになる(試算の根拠は「賃金・物価・金利の正常化:2040年までの展望」、SBI金融経済研究所所報、2025年2月を参照)。 ただし、「180兆円も儲かるのだから、その分を大盤振る舞いしてよい」といった趣旨を政治家たちに伝えたかったのではない。財政が厳しい状況にあることは紛れもない事実であり、大盤振る舞いの余裕はない。 筆者が強調したかったのは、180兆円というのは、インフレ率ゼロ%から2%への移行が実現した場合にのみ得られる利得であり、もし移行に失敗すれば“捕らぬたぬき”に終わってしまうということだ。したがって、2%経済への移行を確実にするために必要な財政措置があるのだとすれば、その実行を躊躇すべきでない。これが政治家たちに向けた提言だった。今回のような大規模な関税ショックは筆者にとって想定外であり、この提言も関税ショックを念頭においてのものではなかった。あくまで一般論として、今後万一のことが起きた場合には財政措置が必要になる、という程度の提言だった。 しかし、提言からわずか1カ月もたたないうちに、残念ながら「万一のこと」が起き、2%経済への移行が危うくなる事態となっている。今こそ、躊躇のない財政措置が必要だ。 その際に、決して忘れてはいけない要諦がある。それは、日本に必要なのは、賃金と物価の「引き上げ」であるということだ。物価の上昇が先行し、賃上げが追いつかない状況では、物価の上昇を抑え込もうという方向に議論が向かいがちになる。しかし進むべきはそちらではなく、一層の賃上げだ。 物価は市場メカニズムに委ねる。その一方で政策の力で賃上げを加速させ、物価上昇に負けない経済構造を創出する。これが進むべき方向だ。 選挙目当ての近視眼的な施策ではなく、中長期の視点に立った、建設的な政策論議を期待したい。
渡辺 努