TS吸血鬼には人権ないらしいので、人助けをしようと思います   作:アッシュベルト

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第2話 案内人の朝は早い

 案内人の朝は早い。

 

 日が昇らぬうちに目を覚まし、一のびしたのちに近くの小川で顔を洗いさっぱりする。ジルハイルは……まだ眠っている。いい寝顔だ。そのまま眠っていてくれるとありがたい。

 

 眠気が取れたらさっさと夜の間に勢いがなくなってしまった火の世話を。そこら辺から乾いた木の枝を探し、くべる。とはいってもこれが結構大変。

  

 乾いた木なんてあんまり落ちていないのだ。

 必要な量を集めるには、この作業は結構時間がかかる。

 だから、朝早くから起きる必要があるのだ。

 

 そうして、火の勢いが戻ったら、そこに昨日使ったものとは別の鍋をくべ、水と魔法を用いて土から抽出した塩をぶち込む。土から抽出した塩であるため、いささか風味と言うのが悪いため、本当は海の塩で調理したいのだが、残念なことにここは森だ。

 

 とまあそんな訳で水と塩を加えた鍋に、次々に香辛料をぶち込んでいく。

 香りが立ってきたら、肉を加え加熱。

 しばらく待つと、チキンスープ的なヤツが完成。

 

 なんとも旨そうな香りだ。

 

 スプーンですくって一口味見……うん、ちゃんと旨い。

 

 スープだけだと物足りないから持ち込んだパンを添える。

 ……なかなかいいんじゃないか?

 

 前世ではコンビニ頼りの現代人であったため、この世界に来たて美味い飯にありつけなくなった時は気が狂うかと思った。吸血鬼に転生してしまったから飯と言う飯を食わせてもらう機会がなかったのだ。

 

 だが、オレは舌の肥えた現代人。

 どうにかして味の良い食い物が食べたい。

 食欲は三大欲求の一つなのだ。たとえ今のオレが吸血鬼で人間の生血を求める生き物であろうと、心が美味い食べ物を求めるのだ。

 

 だから、こういう旨い飯にありつけるように香辛料集めはめっちゃ頑張ったし、うまい料理が作れるようになるまでそこそこ苦労もした。

 

 とまぁ、そういうワケでチキンスープが完成した訳だが、いい香りが鼻をくすぐったのだろう、しばらくするとジルハイルは目を覚ました。

 

「これは……」

 

「飯だ、さっさと食え」

 

「なんだこれ、お前朝早くから起きてこんなもの作ってたのかよ」

 

「これも案内人の仕事だからな。人間の生血をもらう以上、それ相応の仕事をしなきゃ気が済まないんだ」

 

「……」

 

 皿に装われたチキンスープ。さらにはオレが持ち込んだパン付き。

 目をまん丸くしてジルハイルはそれらを見た。

 いい顔だ。そういう顔を見るためにオレは頑張ったんだ。

 やはり人を喜ばせるというのは、嬉しい事だ。

 だが、オレは吸血鬼だ。決してそのような事は口にしない。

 

「なんだ、その顔は。冷めないうちにさっさと食ってくれ」

 

 その言葉に、ジルハイルは神妙な顔つきになり、ぽつりと零した。

 

「……なぁ、昨日の夕飯も旦那が用意したよな?それに加えてこんな旨そうな朝飯まで……本当にお前、吸血鬼なのか?本当は中身人間だったりしないか?」

 

 まぁ、その指摘は当たりではある。

 基本的にオレは案内者に身の上話をしない。

 ”この森を案内するから生血を対価として寄こせ”、としか言わないのだ。

 だからこそ、この男はオレの事を見た目通りの吸血鬼だと思っていたのだろうが、昨日の夕飯や、今日の朝飯を見てそれに疑いを持ち始めたのだろう。

 

 だがしかし、仮にそれが正解だからなんだという話ではあるのだ。

 オレが元人間であり、異世界の人間であると説明したとて現状が変わるわけでもない。男にそれを理解してもらったからと言って、”人間”に受け入れてもらえるわけじゃない。

 

 そっけなく、オレは言った。

 

「──馬鹿なこと言ってないでさっさと食え」

 

「いや、マジで言ってるんだが」

 

「馬鹿なことを言ってると飯を抜くぞ」

 

「分かった分かった、触れられたくない事なんだろう」

 

「物分かりのいいヤツだ」

 

 そうしてジルハイルは渋々話を切り上げ、オレから皿を受け取る。

 スープンを使い、朝日に輝くスープを啜る。

 

「……旨い」

 

「そうか」

 

 ……ふふふ、そう言ってもらえると嬉しいな。

 やっぱり料理と言うのは人を喜ばせるためにある。

 こうして喜んでもらえると、ものすごく嬉しいのだ。

 

「……おい、口元がにやけてるぞ。そんなにスープが旨いって言ってもらえたことが嬉しいのか?」

 

「別に、嬉しくなんてない。オレは吸血鬼だからな、お前の血の味を思い出してしまったんだ」

 

「そうかよ、随分と素直じゃねえ吸血鬼だな」

 

「ふん」

 

 そうして再びジルハイルはスープを啜った。

 

 

▽▲▽▲

 

 そうして腹ごしらえを終えたら、オレたちはすぐさま出発した。

 

 移動できるのは日中だけだ。夜は魔物が活発になるためあまり動かないほうがいい。そのため、移動できる時間と言うのは限られてしまっている。日が出ているうちは急いで行動した方がいい。

 

 ザクザクと土を踏みしめ、森の中を歩いてゆく。

 基本的に荷物は交代で持っている。

 ジルハイルは完全に手ぶらでこの森に入ってきたため、リュックサックの類を持っていなかった。だから、荷物と言うのはオレが持っていた分だけであった。

 

 だが、なぜか彼が「お前だけに持たすわけにはいかない」と言い出し、断ってもしつこく言い続けたため仕方なく交代で荷物は持つことになった。オレは吸血鬼で人間とは比にならないくらい力が強いんだから、別にこれくらいの荷物はなんてことはないんだけど……。まぁ、持ってもらって嬉しくないわけではないけどね。

 

 とまぁ、そんな感じで森の中を歩いていると、ふとジルハイルは口を開いた。

 

「そういえばリリィの旦那の話では、”護衛”も案内の仕事のうちに入るんだっけか?」

 

「そうだぞ。飯から案内、それから護衛まで、全部セットのお得プランだ」

 

「……だというのに、金は要求しないんだろ?随分とお得なプランだ」

 

「まぁ、金は持っていたところで役に立たないからな。役に立たないものをもらう趣味はない」

 

「……だとしても破格だけどな。飯はクソ旨いし、迷う節もない。今のところ最高の案内人だ。それで報酬は少しばかりの生血だけ。お前、本当は無理してないか?」

 

 なるほど、ジルハイルが言いたいことも分かる。

 確かに今オレがやっていることは、人間の金に換算するとなかなかの額になるだろう。なにせ、オレはこの森を知り尽くしたガイドだ。そんなガイドを雇おうとすれば、普通かなりの金がかかる。

 

 だが、それをほとんど無償でやっている訳だ、オレは。

 そりゃ確かに、無理していないかと不安になるのも仕方がないだろう。

 

「……本当に生血だけでいいんだ。それだけで十分。生きていけるだけでありがたいんだ」

 

「……そうかよ」

 

 ジルハイルはそれでも腑に落ちない様子だ。

 はぁ、この男は理解していないようだ。オレが吸血鬼であることを。

 人間とは相いれぬ化け物だというのに、そんなものに同情の念を抱いてしまっている。全く、オレを何だと思っているのだろうか。

 

 そろそろ一発言ってやるか……。

 

 と、そう思ったその時だった。

 藪の方から何かの気配を感じる。

 

「──魔物だ!」

 

 ガサガサという音と共にそれは姿を現す。

 

 醜い爛れた皮膚に、鋭い目つき。

 口からは黄色い涎が垂れており、手にはこん棒。

 

 それの名は、ゴブリン。 

 この森では極めてスタンダードな魔物だ。

 

「下がっていろ」

 

「ああ」

 

 オレはジルハイルを後ろに下がらせ、腰からマチェットを抜く。

 1年くらい前に案内人をしていた時に、ジルハイルと同じようにオレに対しての報酬が少なすぎることに案じたのかもらった物だ。

 生活のありとあらゆることに使えるうえ、戦闘にも使えるので大変気に入っている一品。

 

 それをゆっくりと構え、腰を落とす。

 

「【強靭】【瞬発】【剛化】」

 

 基礎的な強化術を体に付与。

 わずか0.1秒の間に、それは付与されてゆく。

 

 圧縮された魔力が紫電として、体の周りに散った。

 

 刹那、地を蹴りゴブリンとの間合いを詰める。

 

 一切の無駄なく、剣が滑った。

 

 

 ドシャ

 

 

 鈍い音。

 ゴブリンの頭が地面に落ちた。

 

 

「おお、すげえな!」

 

 鮮やかな一閃に、ジルハイルは称賛した。

 だがしかし、今はそんな称賛に浮かれている場合ではない。

 

「ゴブリンは群れる魔物だ。じきに仲間もここにやってくる。さっさと逃げるぞ」

 

「いや、別にリリィの実力があれば全部蹴散らせると思うけどな」

 

「案内人の仕事はゴブリンを一掃する事じゃない。ジルハイルを守る事だ。魔物に囲まれでもしたら守ることが困難になる。だから、さっさと逃げた方がいいんだ」

 

「なるほど。確かにおっしゃる通りだ」

 

 オレの説明に納得したのか、ジルハイルは頷いた。

 そして、オレたちは仲間のゴブリンに見つからないようその場をさっさと離れたのであった。

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