遠くから聞こえた小鳥の囀りで目が覚める。
身体をよじり、重い頭を起こす。
上体を起こして耳の裏をぽりぽり掻き、大きく伸び。
「ふぁ~あ」
欠伸を一つするとベッドから降り、鏡台の前の椅子に腰掛ける。
口に紐を咥えながら髪を櫛でとかし、そのまま後ろへと持ってゆき、後頂部で結う。
ベッドの上ではまだベルーシが静かに寝ていた。
確か今日は……仕事は休みだったと思った。
寝室を出て、居間に出ると寝ぼけ眼のままのフィーが起きてきた。
さらさらとした赤い髪は、私と同じ髪型だ。
ただ違うのは、父親譲りの『決して寝ない頭頂のアホ毛』を色濃く受け継いでいる事。
寝起きのため、そこかしこに寝グセがついている。
「おはよー ママ」
「おはよ、フィー」
二人とも寝巻き姿のまま挨拶を交わす。
洗面台に行き、顔を洗って、熱持った脳を覚醒させる。
「ふぅー」
タオルで顔を拭くと、フィーに洗面台を譲る。
寝室に戻ると、ベルーシはまだぐっすりと眠っていた。
口をすこし開き、間抜けな顔をしている。
くすっと軽く笑い、寝巻きを脱ぎ始める。
袖が肘までのチュニカを上に着て、下にはブレーを履いて、しっかり尻尾を尻尾収めに通す。
準備万端、と台所に向かい、私は朝食の支度を始めた。
鼻歌を歌いながら、まな板と包丁を取り出すと、顔を洗い終えたフィーが私の後ろへと来る。
まだ背丈が高くないフィーは調理の様子がまったく見えないが、それでも楽しそうに見ているのだ。
身体を左右に揺らし、頭の頂上のクセッ毛と尻尾をゆらゆらと泳がせている。
いつも通りの、朝。
釜に火が点され、熱された鉄板の上にコカトリスの薄切り肉と鳥の卵が落とされる。
大きな音と共に熱され、焼き上がってゆく。
盛り付ける皿を取り出した所で、その手を休め一旦フィーの方を向き、その頭を撫でる。
「フィー、ちょっとパパを起こしてきてくれる?」
「はーい」
満面の微笑で答える我が娘に、胸が温まる。
ぱたぱたっと駆けて行く後姿を愛らしいな、と思い朝食の支度の続きを始めた。
三人分焼きあがると、次はお茶のためのお湯を沸かし始める。
ブレッドを三人分切り、皿に置く。
「よし」
出来上がった朝食を居間のテーブルへと運ぶ。
食卓の椅子には、フィーと起きたばかりのベルーシが座って………はいなかった。
「あれ……」
フィーにベルーシを起こすよう頼んだのに、と首を傾げる。
「あっ、もしかして」
寝室へと足を向ける。
そっ、と顔だけ覗かせて中の様子を窺う。
予想していた通りでそこにはベルーシの胸の上で、すやすやと眠るフィーの姿が。
「まったくもう」
フィーはベルーシを起こす際に、その胸の上に乗って父の寝顔を楽しむのだ。
で、『パパ起きてー、朝だよー』と今度は寝転がり、語りかける。
そして、『もう少し寝かせて』とベルーシはフィーの頭を撫でながらお願いする。
ベルーシからの頭ナデナデ攻撃を跳ね返せないと、こうしてフィーも一緒に寝てしまうのだ。
やれやれ、とため息を一つ。
「ほら二人とも、さっさと起きなさいって」
「ぎにゃっ」
フィーが飛び跳ねる。
尻尾を軽く引っ張った悲鳴だ。
その声に驚いて、ベルーシも重い瞼を開かせる。
「あっ……おはよう」
眼を擦り、フィーを抱きかかえたまま上体を起こす。
「はい、ねぼすけさん、おはよ。朝ごはんよ」
ベルーシの腕から離れると、フィーは尻尾を逆立てて怒り出した。
「ママひどい、シッポをひっぱるのはやめてっていつも言ってるのにぃ」
頬を膨らませ、口を尖らせるフィー。
それを見て、ベルーシと私は笑う。
「あはは、ごめんごめん」
「ほらほら、フィー。朝ごはんだってさ、冷めないうちに食べようよ」
ベルーシが優しく頭を撫でると、フィーの尖った口はすぐに微笑みの形に戻っていった。
「はーい」
小走りに寝室から出てゆくフィー。
「ほら、ベルーシも早く着替えて。朝ごはんよ」
「解った、ありがとう」
朝食を終え、食後のお茶を淹れる。
親子水入らずの朝が始まる。
他愛も無い会話が行き交い、時に笑い、時に口を尖らせるフィー。
穏やかな笑顔のベルーシ。
何でもない一時だが、それが一番幸せだと解っている。
食器を洗いに台所に立つと、洗った食器をベルーシが拭いて仕舞ってくれた。
しばらくして、お腹一杯になったフィーは遊びにいった。
急に寂しくなったような、静かになってほっとしたような、微妙な感じだ。
二人でお茶を飲み、一息つく。
半分だけ開けた窓から零れる光が、家の中を暖かく感じさせる。
外から感じる植物の青い香りや、遅い朝食の香り。
遠くから聞こえる子供達の声。
平和な時間に捕らわれて、このまま惚けてしまいそうだ。
そんな鈍った頭の中で、昼食と夕飯の献立を練る。
頬杖をつき、しばらく考え込む。
漠然とだがメニューが思い浮かびだす。
「よし、昼はスパゲッティで、夜はオムレツ」
あっ、と思わず口を押さえる。
献立内容が決まったら思わず言葉になってしまい、独り言を呟いてしまった。
「それは楽しみだね」
一緒にお茶を飲んでいたベルーシが、くすりと笑う。
「い、いつもはこの時間、私一人だからね……あはは」
気恥ずかしくて、人差し指でおでこを掻く。
ジールのその様子に、ベルーシはにっこりと暖かく微笑んだ。
時が止まったかのような平和な一時。
こうして二人で一緒にいると、時が過ぎ去ることすら忘れてしまう。
『こうやって、ずっと死ぬまで一緒に居るんだろうな……』
本に読み耽る夫の横顔を見て、そんな思いがよぎった。
平凡で、何事も無く、刺激のない当たり前の毎日を過ごす。
それがこんなにも幸せなことだとは知らなかった。
好奇心が旺盛だった、昔の自分の思考とはまるで真逆の思い。
いつからか、自分の好奇心に突き動かされるよりもベルーシの傍に居ることのほうが、己の心を満たしていた。
冒険者に命の保障は無い……故にいつ死ぬか、いつまでこの世にいられるかも解らない。
刺激的な冒険者の毎日は楽しかったが、同時に不安も大きかった。
もし、ベルーシが何らかのことで、死んでしまったら―――
と、考えた時にとてつもない恐怖感を感じた事がある。
おそらくベルーシも同じ考えだったと思う。
だから結婚を申し込んだ後、冒険者を引退しようという話を持ちかけたのだろう。
はっ、と我にかえる。
ベルーシは椅子に座ったまま眠っており、静かな寝息を立てていた。
外からは子供達の遊ぶ声が遠くから聞こえる。
いけないいけない、このままボーっとしてたら時間がもったないない、っと己を奮い立たせる。
窓を完全に開放して気分を変え、洗濯にとりかかろうとした時。
外から軽い足音が二つ聞こえた。
一つは走ってくる音からして、子供……恐らくフィーの足音。
もう一人は大人だろうか。
てっきりお腹が空いたのだろうかと思ったが、壁にかかった時計を見ても、まだ午後には遠い。
遊びに行ったらお腹が空くまで帰ってこない、ワンパク娘が何故こんな時間に?
「ママー」
ガチャンッ、と勢いよくドアが開けられる。
同時にベルーシが浅い眠りから呼び覚まされた。
「おかえりフィー、ドアはもっと優しく開けなさいって言ってるでしょ」
軽い叱責の言葉をフィーに浴びせる。
「ごめんなさーい」
当人にはまったく反省していないように謝り、興奮した様子で言葉を続ける。
「ママ、お客さんだよー」
ん? と疑問の眼差しを向けると、ドアの陰から、
「はぁ~い」
顔を覗かせる。
「リリンさん」
「リリンさん」
ベルーシと私、二人揃っての言葉に、いつもの優しい微笑みで返すリリンさん。
「それじゃあママ、また遊びに行ってくるねー、リリンおばちゃん、またねー」
フィーはそう告げるや、矢のような速さで走りだし外に行ってしまった。
「あっ、ちょっとフィー!」
私は娘に止まるよう呼びかけたが、その足の速さには敵わず、玄関のドアから顔を覗かせた時には既に遠くに走っていた。
「………『おばちゃん』って言っちゃダメって教えたのに……」
リリンさんには『おねえちゃん』って呼ぶようにいつも言ってたのに。
「あはは、気にしなくていいわよぉ、あたしはジールちゃんのお姉サマみたいなものなんだしぃ。そしたらフィーちゃんにとっては『叔母』なんだしさぁ」
顔を覗かせた私の頭を手のひらでポンポンと軽く叩く。
「ごめんなさい、リリンさん。恥ずかしいところを見せちゃって」
リリンさんに向き直る。
美しい青と金の装飾の施された、白いクロークの一式に身を包んでいた。
聖職者、と言うに相応しい優美な装備。
「二人とも元気そうでなによりよん」
そう言って、ベルーシのほうを一瞥し、私の頭を撫でるリリンさん。
「どうぞ家の中にあがってください」
ベルーシが席を立ち、家の中へと招き入れる。
「おじゃましまぁ~す」
我が家に訪れる客人は少ない。
ご近所に住むナフルラフルさん、マシュシュさん、アックスアームにリリンさんくらいだ。
「それじゃあ、僕はちょっと魔法図書館に出かけるよ」
ベルーシは読みかけの本を手にし、
「リリンさん、ごゆっくり」
と言い一礼すると、軽装のまま外出していった。
アックスアームが訪れた場合は、私が席を外し、リリンさんが訪れた時にはベルーシが席を外す。
二人っきりで、気兼ねなしに話をしてくれと言う、夫婦の中の気遣いのつもりだった。
「毎度毎度、別に気を遣わなくてもいいのにねぇ」
「あはは、一応ベルーシなりの気遣いのつもりですから」
「たまには三人でお喋りしたいんだけど……ねぇ?」
リリンさんは私に向き直り、同意を求めるように首を傾げる。
リリンさんとの会話は、本当に他愛の無い話から、ヴァナ・ディールの獣人達の様子からと様々だ。
最近では近東諸国の開国からか、そっちの方面の話が多い。
「ビシージって呼ばれる、皇都防衛戦でぇ……」
「ナジャって言うトンでもない女がいてぇ、それが傭兵会社の社長でねぇ……」
「アサルトって言う傭兵のお勤めがあってぇ……」
……と、私の知らない楽しい話を沢山聞かせてくれる。
そして、最後に決まって、
「でさぁ……二人目の予定はないのぉ?」
必ずこの言葉になる。
いや、リリンさんはむしろ『こういった』話題のほうがメインであって、自分の体験談は布石にすぎないのだ。
「うーーん………」
私はその言葉に、顔を伏せる。
「フィーちゃんも、もう六歳になるしぃ……ワンパクだけど、そこまで手はかからないでしょぉ? ミスラって自立心強いしさぁ」
考え込む様子を楽しそうに見つめるリリンさん。
「正直に言うと………欲しいです」
私の返答にパッと顔を明るくする。
「やぁっと答えてくれたわねぇ。いつもはうま~く流すのにさぁ」
「やっぱり……その……こうやって、平和に暮らしていけるなら……もっとベルーシの子供が欲しくて……」
恥ずかしさに頬を染める私とは裏腹に、リリンさんは身を乗り出している。
「うんうん、素直でよろしくてよぉ」
「でも……一つ問題があるんですよね」
「ん? なにかしらん? 精力増強剤ならいくらでもあるわよぉ」
リリンさんの言葉に思わず噴出してしまう。
「そ、そうじゃなくて……」
「それじゃ~なぁに? お姉さんが相談に乗りまくってあげちゃうわよん」
一拍 間を置く。
「フィーのこと、なんですけど……」
「フィーちゃん?」
私のその言葉に疑問を感じたのか、首を傾げた。
「あのコ……私に似たせいか、耳や鼻がとってもよく利くんです」
ふんふん、と頷いて答えるリリンさん。
「赤ん坊の頃からそうでして……寝ている時とか、小さな物音ですぐ起きちゃうんです。だから……つまり……」
語尾を濁すように語ると、意味が伝わったのか、リリンさんは大袈裟に頷く。
「うんうん、よぉく解ったわぁ」
手の平を肘に当て、リリンさん独自の腕組みをしながら尚も頷く。
「つまりぃ……エッチしようとすると、その物音でフィーちゃんが起きちゃうってことねぇ?」
そのものズバリの答えだった。
思わず気恥ずかしそうにしてしまう。
「そ、そうなんです……だから、フィーが生まれてから、ずっと……」
「してないんだぁ、カワイソーにねぇ」
なるほどなるほど、と何度も頷くリリンさん。
「前々からずっと考えてたんだけどぉ、もし良かったらフィーちゃんをしばらくわたしに預けてくれないかしらん?」
私は思わず「えっ?」と聞き返す。
「可愛い子には旅させよ、てコト。ヴァナ・ディールの広さをフィーちゃんに教えてあげたいのよん。フィーちゃんにとって絶対イイ経験になると思うしぃ」
「で、でも、そんなこと……リリンさんに迷惑かかりますし」
「いいのよぉ、遠慮しなくても。外の世界を見る楽しさを教えてあげたいしぃ。フィーちゃんもきっと喜ぶわよぉ……そ・れ・に・ぃ」
リリンさんは椅子から立つと、私の背後に回り、耳打ちをする。
「ベルーシくんと久しぶりの二人っきりになれるのよぉ? どーいう意味か、解るよねぇ??」
ドキン、と胸が弾んだ。
「フィーちゃんがお腹の中にいた頃からシテないだろうしぃ……七年ぶり? に思いっっっっきり、甘えられるわよぉ??」
心臓の鼓動が段々と早くなってゆく。
緊張感にも似た寒気が指先に感じる。
懐かしいベルーシの体温や、艶かしい息遣い……囁きがふつふつと甦ってくる。
「可愛い娘に旅させる動機が不純……なーんて思ったりしちゃってるだろうけどぉ。イイほうに捉えれば一石二鳥なのよん? ど~ぉ?」
リリンさんからの甘い言葉。
しばし無言。
しばらく考え込み、ようやく言葉を口にする。
「でも、フィーが何て言うか……あのコ、凄く甘えん坊だし……私達から離れるなんて出来ないと思いますよ」
私の言葉に、満面の笑みを浮かべるリリンさん。
「それじゃぁ、フィーちゃんがわたしと一緒に外に行ってみたいって言えばOKってコトぉ?」
子供が親に対してするように、顔を覗き込んでくる。
「え、ええ……で、でもベルーシも、心配するでしょうし」
「OKOK、ベルーシくんの許可も取ればいいのねぇ?」
すっと身を翻すリリンさん。
玄関に向かって歩き出し、私のほうを振り返る。
「んじゃっ、善は急げってコトでぇ……さっそくフィーちゃんとベルーシくんにお話してくるわぁん」
「えっ、あ、あの、ちょっと」
リリンさんはそう告げると、私の言葉も待たずに出て行ってしまった。
突然の空白な時間。
相変わらずリリンさんには敵わないな、と思わず小さく笑ってしまう。
私個人としては、フィーに外の世界を見せることは賛成だと思っている。
でも反面心配なのも事実だった。
それに、ベルーシは母親を亡くした時の経緯が、今の状況と酷似しているために首を縦に振らないだろう。
「外の世界を見るかい?」と、子供のために言った一言から起こった悲劇。
今になっても忘れることは出来ないだろうし、忘れられる訳も無い。
だからベルーシはリリンさんの好意を丁重に断るはず。
確信にも似た結果が頭の中で浮かび上がった。
ふと、窓から入ってくる光が小さくなっているのに気が付く。
太陽が高くなってきているのだ。
「あっ、いけない」
昼食の支度をしないと、と腰をあげた。
台所に立ち、調理ギルド製の乾燥させたパスタ麺を四束取り出す。
一束一人前の目安で、今日はリリンさんの分も合わせて作る。
今日のフィーがどれだけ食べられるか解らないが、余ったら私かベルーシが食べればいい。
ワイルドオニオンとミスラントマト取り出し、料理包丁を持つ。
さあ始めよう、と意気込んだその時、にぎやかな声と共に玄関が開く。
「ただいまー」
フィーの明るい声。
「ただいま」
後からベルーシの声。
「ただいまぁ~」
と、最後にリリンさんの声がした。
「おかえりなさい」
台所から声を返す。
「ごめんね、今始めたばっかりだからちょっと時間かかっちゃうわ」
ソース用のワイルドオニオンを刻みながら、居間に向かって言葉をかけると、
「解った、こっちも支度してるから大丈夫だよ」
「あらそう、なら良かったわ」
と、ベルーシの言葉に安堵し、昼食の支度を続ける。
トン トン トン ト………
包丁を動かす手が止まる。
…………支度?
ベルーシの言葉に驚きながら、後ろを振り返る。
台所の入り口には、ニッコリと微笑むリリンさんの姿があった。
そしてベルーシとフィーのはしゃぐ声が聞こえてきた。
「それじゃ、パパ、ママ、いってくるね!」
背中に鞄を背負ったフィー。
その瞳は輝きに満ちており、曇り一つ無かった。
「リリンさんに迷惑かけちゃ駄目だからね。ちゃんと言う事を聞いて、身体に気をつける事。良いね?」
ベルーシが目の高さをフィーに合わせ、その頭を撫でる。
「うん!」
太陽のように眩しい笑顔。
「リリンさん、よろしくお願いします。それと、アックスアームにもよろしくお伝え下さい」
「OKOK、任せといてよぉ」
楽しそうな表情のリリンさん、フィー。
「フィー、知らない人についていっちゃダメよ。リリンさんの傍を離れちゃ絶対にダメ。解った?」
私は釘を刺すように厳しく言い聞かせる。
「うん、だいじょぶ」
「寂しいだろうけど、絶対に泣いたり弱音を吐いちゃダメ。これは自分で決めた旅なんだからね」
「うん、約束する!」
綺麗な青い瞳に、強い意志の光が宿る。
「それじゃ……リリンさん、ご迷惑をおかけします。フィーのこと、お願いします」
ベルーシと一緒に、リリンさんに頭を下げる。
そんな私たちに首を横に振って返す。
「いいのいいのぉ、わたしから持ちかけたコトなんだし気にしないでねん。……それじゃぁ行きましょうかしらぁ?」
「うん!」
元気の良い返事と共に、フィーとリリンさんは手を繋ぎ、歩き出していった。
「リリンおばちゃん、まずはどこに行くの?」
「そうねぇ、私のチョコボに乗ってタロンギに行きましょっかぁ。アックスアームもそこで待ってるって言ってたしぃ」
二人は楽しそうに会話しながら歩いてゆき、そしていつしか見えなくなった。
「……行っちゃったわね」
「うん」
思わず寂しそうに、呟いてしまった。
「何だか寂しそうだね、ジール」
ベルーシが慰めるように私の肩に手を置く。
「ちょっと、ね……永遠の別れでもないのに、何だか胸が寂しくて」
「僕もちょっと寂しいよ。でも外の世界を見るっていうのはフィーにとって、絶対良い事になるだろうからさ」
同意を求めるように、首を傾げる。
「そうよね、なんてったって私達の娘なんだし」
ベルーシの方を向き、微笑んで返す。
「フィーが帰ってきた時、どれくらい成長しているか楽しみだね」
「そうね……」
本音を言うと、フィーにリンクシェルを買って渡してあげたいと思った。
でも親離れ子離れの一環として、それはやめておこうとベルーシに止められた。
いつでも私たちの声が聞けるようでは、リリンさんと旅する意味が無くなると。
「それじゃ、見送りも終わったし……家に入ろうか」
「ええ」
二人共家の中に戻ると、私は急に気恥ずかしくなりだした。
リリンさんに言われた事を思い出したから。
『一ヶ月くらいで帰る』とリリンさんは言っていた。
つまり、その間は二人っきりなのだ。
正直な話、私も相当性欲が溜まっている。
ベルーシも同じだろうが、それはフィーに対する愛情や育児の忙しさに感けて忘れられていただけだろう。
事実、フィーの相手をしている時にはそういったことをまったく意識しない。
フィーが生まれて一年くらい経った時、お互いが『その気』になった時があった。
しかしいざ事を始めようとした時、フィーが起きてしまったのだ。
それから数年してフィーが一人で遊びに行けるようになって、昼間二人っきりになっても『その気』にはなれなかった。
それどころか、一人で致す事すらもしていなかった。
「……ジール?」
ベルーシの声で我に返った。
「どうしたんだい? ボーっとしちゃって。気分でも優れないのかい?」
「う、ううん、なんでもない、気にしないで」
頭上に疑問符が付くかのように首を傾げる、ベルーシ。
いけないいけない、と頭を軽く振るう。
取りあえず、今はそういった事を考えるのは不謹慎だ。
愛する我が娘の、旅の無事を祈る……それが今の私の務め。
気分を変えるためにお茶でも淹れようと腰を上げ、台所へと向かった。
「こうして二人っきりになるのも久しぶりだね」
ティーカップを用意している私に、ベルーシが言葉を投げる。
「そうねぇ」
カップにお茶を注ぎながら答える。
お茶菓子としてクッキーを見繕い、居間へと戻る。
「はい」
ベルーシの前にお茶を差し出す。
「ありがとう」
私も椅子に腰掛け、一息つく。
二人同時にお茶を一口。
「フィーが生まれてからというものの、毎日が精一杯だったからね。こういうのも悪くないかも」
「そうねぇ……」
二人で遠くを見つめる。
「何だか一気に老け込んだみたいに感じるよ」
ベルーシは肩が凝ってるかのように腕を回し、自分の肩に手を当てる。
「やだねぇ、年寄りくさいわよ」
わざとらしいその仕草に思わず笑みが零れた。
「そういうジールだって、どうなんだい?」
ベルーシが席を立ち、私の後ろへと回る。
「ほら、この辺とか」
「うひゃっ」
わき腹を突付かれ、思わず身体を跳ねさせた。
「ほーら、ぷにぷにだよ?」
「く、くすぐったいってば、ベルーシ、あはははっ」
続いて二の腕、お腹とつんつん突付いてくる。
「ご、ごめん。悪かったってば、あははっ、お願いやめて、ははっ」
「だーめ。ゆるさない」
今度は両手でわき腹をくすぐってくる、ベルーシ。
「あはっ、あははは」
そして不意にその手が止まる。
「ジール」
「ん?」
ベルーシの手が私のうなじより少し上の後頭部と、頬に添えられる。
そして、唇と唇が重なった。
あまりの突然の事に一瞬戸惑ったが、懐かしい唇の柔らかさがすぐに戸惑いを消した。
脳内に熱き波紋が、ズキンと痛覚のように強く響いた。
そっと離れる、ベルーシの唇。
口付けしていた時間が短かったのか長かったのか、熱に絆されて解らない。
「リリンさんから聞いたよ、ジール」
頬に添えた手の方の指が、私の唇を這う。
「二人目が欲しいって」
顎を指で掴まれ、ベルーシと眼が合うように顔を上げられる。
「正直な話、僕はずっと思ってたよ。二人目が欲しいとも、ジールとしたいとも、ね……」
再度、唇を奪われる。
先ほどの唇同士の重なり合いだけではなく、ベルーシの舌が私の唇を割って、口内へと滑り込んでくる。
「べ、ベルー……シ……」
ベルーシの舌が私の舌を絡めとると、飴玉でも転がすように執拗に舐め、時に歯や歯茎にまで舌を躍らせてきた。
脳内で感じた熱い波紋は、まるで押し寄せる津波のように大きくうねって、指先からつま先にまで駆け巡る。
ずくんっ。
下腹部が、子宮が、強く疼いた。
四肢から力が抜け、完全に発情してしまっている。
それに気付いているベルーシは、さも楽しそうな笑みを浮かべていた。
「ジール……したい?」
待ち望んだ言葉が放たれる。
「……したい……」
私の物欲しそうな声を聞き、微笑むベルーシ。
「夜になったら、ね」
この時、初めてベルーシの事を憎らしいと思った。
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