「心の糧」は、以前ラジオで放送した内容を、朗読を聞きながら文章でお読み頂けるコーナーです。
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坪井木の実さんの朗読で今日のお話が(約5分間)お聞きになれます。
友人のOさんが病に倒れ、入院したことを知ったのは旅先でした。
小さな駅のホームで携帯電話から留守番電話を聞くと、「数日前に入院してリハビリをしています...面会に来てください」と、涙声で私に訴えていました。都内に住む我が家から神奈川県の七沢の山の麓にあるリハビリ病院は遠く、面会に行ったのは1ヶ月後でした。
当日は妻が車で送ってくれました。実は妻の父親も生前にこの病院にいたので、妻には想い出の場所でした。現地に着くと妻は懐かしそうに病院の建物を眺め、傍らに立つ私はというと、複雑な心情を抱いていました。
というのは、Oさんと私は互いに詩人として長い友人でありながら詩における考え方で食い違うことがあり、病で倒れる数日前、私は初めて彼に怒りの感情をぶつけてしまっていたのです。
彼の病は不摂生が原因とはいえ、私の葛藤は続いていました。
病院に赴くと、コロナ感染者が出て面会を制限中でした。俯く私に妻が「あなたは旅館に1泊しては?」と提案してくれたので、私だけ残りました。宿泊した部屋の窓から外を見ると、偶然にも彼が入院する病院が見え、不思議な縁を感じたのでした。
翌朝は面会可能とのこと、絶妙のタイミングに驚きました。私は車椅子に乗ったOさんと再会すると、左半身に麻痺がありながらもペンを持つ右手が動くことに、「天は彼に詩を残された」と思いました。
やはり彼とは詩の話に終始し、私が帰る時間が近づくと、両親と妹さんに先立たれた独り身の彼は涙ぐむのでした。私は「これからも詩人として共に生きていこう」と決意を伝え、握手を交わしました。
エレベーターに乗る前にふり返ると彼の表情に笑顔が戻り、私は安堵して病院を後にしました。