marsytのブログ

死ぬ前に終わらせたいです

「新聞少年だった頃」第2話:雨風に負けず走った道 ~パンクと修理と、怖いけど優しい自転車屋さん~

自転車が使える夏場は、新聞配達は楽です。

それでも、厄介なのは雨の日で、カッパを着て、自転車のかごに積んだ新聞が濡れないようにビニールシートをかぶせて配達しなくちゃいけない。

もっと大変なのは、雨風が強い日。風に押されて自転車が前に進まない。気を付けないとかごの中の新聞が吹き飛ばされる。カッパも役に立たない。びしょぬれになる。

そんな中でも必死に自転車を漕いで新聞を届ける。

春は朝が早くても明るいけど、秋が深まって冬が近づくと朝5時でも真っ暗闇の中で自転車を漕いで走らなきゃならない。時には、パンクもする。パンクしても配達中は直す暇がないからつぶれたタイヤでガタンガタンさせながら走る。修理はいつも決まって行く自転車屋さんのおじさんにしてもらう。今のように舗装道路なんて少ないから結構、月に1回以上はパンクする。自転車屋の親父は堅物で怖い。直しに自転車を持っていくけれど「またかよ!」みたいな感じでブツブツ言いながら修理する。でも、その修理の仕方を横で見ているうちに自分でも修理できるようになった。自転車屋さんのおじさんに修理のコツを教えてもらって、パンクしても自分で修理できるようになった。パンクの修理は自転車のリムからタイヤを専用の金具(ない時は最悪マイナスドライバー。チューブを傷つけるのでお勧めしない)を使って外す。チューブを引っ張り出して空気を入れる。大きい穴なら空気の漏れる音がするのですぐわかるけど、そうじゃないときはバケツまたは盥に水を入れてチューブを沈めて空気の泡が出てこないか確認しながら穴が開いている個所を探す。見つけたら印を付けてゴムのりとパッチを当てて穴をふさぐ。のりが乾いたら、チューブがねじれないようにリムに押し込んでタイヤも元通りに戻す。これでパンク修理は完了。慣れれば10分もかからない。怖いおじさんだったけど、僕にとっては恩人だ。

配達で使う自転車は、毎日使うし、雨風の中も乗っていれば痛みが速い。さすがに修理し続けて乗ってても限界がくる。ある日、そんな自転車を見かねたおじさんが2階の倉庫から少し古い中古の自転車を譲ってくれた。嬉しかった。

町には、もう1件自転車屋があったんだけど、そっちのおじさんは優しいからほかの友達はみんなそっちの方だった。ほぼ、僕だけが「怖い」おじさんの自転車屋さんの利用者だった。もっとも、ツケが利いたからお金がなくてもいつも修理はしてもらえた。ただ、年末にツケの支払いがくるから、それには困ったけどなんとかお金は支払っていた(母が払ってくれていた)。金額ではパンク修理が一番多かった。あと、タイヤとチューブの交換、ブレーキのワイヤーとチェーンもよく切れた。

そんな訳だから、お金はかけられないから、自転車の修理キットを買ってそのうちに自分で自転車を修理する。ちょっとだけど自分で好きに自転車を改造することも中学生の初めにはできるようになった。

今の自転車は、LEDライトの普及で夜間のライトを点けての走行だから不自由はそんなにないけど、昔は自転車のタイヤにくっつけて回すダイナモでライトを点けるんで、自転車を漕ぐのに重いから暗くてもライト点けないで走ってた。それに、ライトを点けたってほんの数メートル前しか明るくないから、危なくってしようがなかった。

ほんと、自転車がパンクしたら仕事にならないから、忙しくても自分で修理して自転車に乗り続けた。仕事の道具は大事に使わなきゃね。

僕は、器用じゃないけど自転車の修理ができるようになったのは収穫だったよ。

ただ、それで物(機械)の仕組みを理解する助けにはなった。

(続きは別の日に)