私ら羽生ファンが今でも最高に誇らしく、嬉しく、また美しい記憶として残っているのが2017年のワールドの「Hope & Legacy」ですよね。
考えてみれば、羽生さんの転機となったあの2015/16というシーズンは、浮き沈みの激しいシーズンでした。
シーズンの前半は、SEIMEIとバラード1番で世界最高得点を出し、一気に世界を制するかに見えたものの
2016年の年明けからはバッシングに次ぐバッシングでワールドもハビエルに負けて2位
シーズンオフの楽しみであるアイスショーのFaOIさえ出ることができなかったという辛い年でした。
自殺未遂をしたのもこのシーズンのことだったのは、凱旋公演のContinuesの時に、羽生さん自身の口からも語られています。「週刊誌の報道とかあって・・・」と。
ちなみにContinuesの時は「何度も自殺しようとした」と言っていますので、他にもあったということなんですよね。それは同じシーズンのことだったのか、または例えば2012年の全日本後あたりのことなのか、その辺はわかりませんが。
ただ、あのシーズンだけでも、何があったかを考えれば(前記事参照)、彼が「何度も」死のうとしたとしてもおかしくはないです。
そのぐらい徹底的にやられました。
ガセブン結婚報道
記者による尾行(GPS)や盗撮
ワールドでのアレコレ
ゴーデニ報道
怪我(リスフラン断裂)
FaOI欠場
本当にひどい年でしたね。
でもその失意の中でもループを練習して、2016/17年のシーズンはクワド3種類4回を投入して
2017年ワールドでついにノーミス世界最高得点更新で優勝
五輪連覇への大きな足がかりになったワールド優勝でした。
あの年の本当に辛い状況を全部乗り越えたからこその、感動もそこにはありましたし
羽生選手の底知れない強さも感じた試合でした。
「人間」を超えて「人外」、つまり「普通じゃない人」へと、ますます近づいていったのが
あのホプレガであったように思います。
で、また下世話な話に戻りますが、、
昨日の記事にも書いたFaOI欠場の背景ですが
もちろん、シ羽生選手にとってFaOIは、シーズンオフにまたみんなに会える楽しい時間でもあるので、羽生さんは自身は出たかっただろうし、欠場は本意でなかったことは確かですが、
その理由が公表されていたような怪我の治療に専念、ということではなく
もしかしたらスケ連からの圧力によって呼ばれなかった可能性もあるのではないか、と書きました。
しかし当時の状況を色々思い出してみると
もう一つの可能性としては、ワールド直前にANAフィギュアスケート部の監督となった城田氏の指示だった、ということも考えられます。
というのも選手の健康を考えてアイスショー出演の可否を決めるのは、フィギュアスケート部の監督の権限だっただろうと思うからです。
城田氏はソチ五輪前から羽生さんを支えてくれていた存在ではありましたが
正式な肩書きは持っていなかったために、あくまで背後のサポートしかできていませんでした。
しかし2016年3月28日に正式にANA監督に就任したことで、2016/17年シーズンからはより積極的に前に出てくるようになりました。
具体的にはリンクサイドにも入って、羽生選手のそばで指示を飛ばす姿も見られるようになったのです。
なぜそのような形でサポート体制を強化したかというと
やはり羽生選手が守られていない、と感じたからでしょう。
クリケット自体がハビエル推しに傾いていましたから。
その当時、サマランチ女史(サマランチ元IOC会長の娘)を筆頭とするスペイン勢もハビエルに次の五輪で金メダルを取らせ、スペインでフィギュアを振興しようと動いていて
2014年、2015年とGPFをバルセロナに誘致したり
スペインでフィギュアスクールを開催してオーサーらを招聘したり
さらにクリケットに多くのスタッフを送り込んだりして、クリケット内があからさまなハビエル贔屓に傾きつつありました。
2016年ワールド前のクリケットはスペイン人だらけだったと聞きます。
その結果がアレでした。
やはりライバル二人のコーチともなれば、どうしてもどちらかに傾きがちです。
2014年に羽生選手はすでに金メダルを取っています。
となれば、コーチとしてもじゃあ次はハビエルね、という気持ちになるのもわからないでもありません。
しかし、さらに驚いたことには、どうもM壁氏までがハビエル推しだった可能性があるのです。
実は、ハビエルとA藤さんはソチ後に付き合いを始め、それからというもの
ずっと何かというとカップル売りをしていました。
テレビにも恋人同士ということで二人で仲良く出演していたし
2015年のバルセロナGPFのエキシに選手でもないのにサプライズで登場していました。
A藤さんは、ボストンにも用もないのに青嶋という記者を引き連れて押しかけており、話題になっていました。
私も練習時に現地で見かけたのですが、観客席でハビエルのご両親と一緒に座り、話していました。
その後、別れてどこに行ったかというと
普通は関係者以外立ち入り禁止の領域にいるハビエルに
「お母さん手作りのお菓子」かなんかを渡しにいったそうなんですよ。
そうしたら、ハビエルが一人で「足が痛い」と不安そうにしていたと。
それでオーサーにテキストメールをした。
あの時、羽生選手の周りからクリケットのスタッフが消えて、ハビエルのところに全員が集まってしまったのですが
それはこのオーサーへのメールが発端です。
「ハビエルのワールド連覇」という大きな目的のために彼ら全員が動いていたわけですから
ハビエルの足痛い痛い事件は、彼らにとっては一大事だったんでしょうね(ハナホジ)。
羽生さんはリスフラン断裂という、もっとひどい怪我だったんですけどね。
おまけにいろんな妨害や嫌がらせも受け、メンタル最悪の状況でした。
だから本当は羽生さんこそ、支えてもらわなくてはならなかったのにね。
なのに放置された。
そうやってハビエルのワールド金を「アシスト」したA藤さんは、ハビエル優勝後のTSLインタになぜか突然呼ばれもしないのに乱入して
ハビエルの五輪金メダルをわたしは恋人として全力でサポートするとかなんとか言って騒いでいた記憶があります。
まあ要するに自分はチームハビエルであるとアピールしていたということです。
ハビエルは隣で微妙な顔をしていましたが。
A藤さんが恋人として彼をサポートするならそれは彼女の勝手なのでいいのですが
問題だったのはFaOIのM壁氏がどうもそれに加担していた様子だったことです。
なんで常連とはいえ外国人スケーターを支援する必要があるの?
と普通なら思いますが
でもA藤さんが2013年に未婚のまま産んだ子供の父親は
実はM壁氏なのではないかとも言われていて
でも
M壁氏は当時は既婚者でもありましたから結婚するわけにもいかない。
しかしもし実の娘であるとすれば母娘の生活のことも考えてやらねばならない。
そこでそれらを一挙に解決する「名案」を思いついたんでしょうね。
FaOI常連のハビエルとA藤は今いい感じだから、この二人を結婚させて托卵してしまえばいいんじゃね?
ちょうどスペインはハビエルに金メダルを取らせようとグイグイきてるし。
その流れに乗って俺たちもハビエルに五輪金のサポートをし、日本で人気者になれるようにテレビ出演もさせてやり
人気が出てきたら、この二人にFaOIを継がせれば
赤の他人の羽生なんかいらないし、いわば家族経営でやって行ける!
いや〜なんて素晴らしいアイデアなんだろう!
俺って天才!?
と思ったか思わなかったかは知りませんが
要するにソチでの羽生金メダルの直後から、こういう動きは着々と進行していた、ということなんですよ。
自分たちの利権を確保したり安定させるために男女関係を使うってさ
それが普通って感覚、この業界ってとことん腐ってんじゃね?と普通なら思いますが
まあ常識が違うんでしょう。
当時は週刊誌によくA藤さんとハビエルが子連れデートしている姿とか
M壁氏とハビエルとA藤さんで、連れ立って歩いている姿とかが週刊誌にすっぱ抜かれていました。
そして二人はよく一緒に恋人としてテレビ出演もしていました。
そうやってA藤の恋人としてお茶の間に浸透させていったんですよね。
つまり、日本側もA藤、M壁を中心として、ハビエル金をバックアップする体制ができつつあったということです。
その流れで考えると、FaOI不参加は、M壁氏がスケ連の指示を受けてオファーしなかったというよりも
いやその可能性も捨てきれませんが
2016年ワールド直前にANAの監督に正式に就任して羽生選手のサポートに本腰を入れ始めた城田氏が
怪我を理由に「出るな」と言った可能性もあるののでは、と思いました。
裏でくだらないことを画策して羽生さんの足を引っ張るようなことをするなら
羽生なしでショーはどうなるか、白黒はっきりさせようじゃないの、
と思ったか思わなかったかは知りませんが
彼を一旦、表舞台から隠して休養させる必要があるとの判断があったとしたら
それはあながち間違いではなかったのかもしれません。
城田さんは上にも書きましたがソチ前から羽生選手のサポートをしてくれていて、ソチ金メダルにも一役買っています。
元スケ連の強化部長として活躍していた頃は、荒川静香さんの金メダル獲得にも貢献していたし、古くは伊藤みどりの銀メダルにも関係していたはずです。彼女のキスクラには必ず彼女の顔がありましたから。
城田氏はワンマンではありましたが、選手の才能を見抜く目は確かで、彼の才能を見出し、アイリンから引き離し、クリケットに送り込んだときには、一時はアイリンからもスケ連からも憎まれましたが
結果的にあの移籍は大正解でしたし、そのお陰で今のアイリンがあり、今の「聖地仙台」があるのも確かです。
もちろん、羽生選手の故郷への強い思いがあってこそですが。
とにかく女性ながら、視野も広く、フィギュア界の裏も表もわかっている人で、なかなかの戦略家であると同時に、良くも悪くもその剛腕ぶりで敵も多い人でした。
後任のI東氏との一番の違いは何かというと、彼女の選手の才能を見抜く目、だったかもしれません。
そして派閥に関係なく、選手の才能を伸ばすことをちゃんとやっていたし、選手は多かれ少なかれ、みんなお世話になっていると思います。
政治や利権ではなくフィギュアを愛した人だったな、と今になれば思います。
まあ私はその城田氏が、2016年ワールド前後から、多方面から叩かれて火だるまになっている羽生選手の姿を見て、今年は怪我の治療に専念し英気を養った方がいいと出演を諦めさせたとしたら
その判断は間違っていなかったし、
誰の判断であったにせよ、そこにいないことで羽生選手の価値が逆にはっきりわかる、という効果もあったのではと思います。
テレビにしょっちゅう出ていると、なんとなくその人が人気者のような印象を持ちます。
だからその人が本当に人気がある(=チケットが売れる)かどうかの判断はつきにくいのだろうと思います。
羽生さんがずっと甘く見られていたのもそこで
どんな選手であってもテレビにずっと出して人気を演出しさえすれば、
みんなチケットを買うようになる、と甘く見ていたのかもしれません。
実は私はその年のFaOI、なぜか札幌まで見に行っているんですよね。
札幌のお友達と。
今考えれば情弱でしたねえ。
そして信じられないほどのガラガラ祭りも
A藤さんとハビエルの同じプログラム(マラゲーニャ)によるエアーコラボも
目撃してしまったんですよ。
U野くんも出てましたよ〜
「U野がいるから、お前は、もういい」と言ってたU野くんです。
何の役にも立ってませんでした!
この年のオープニングはこんな感じでした。
なぜかイリヤ・クーリックが呼ばれていて
中盤の女子のラストがA藤さん、ラストはワールド2連覇中のハビエルでした。
そして二人は仲良く中央で踊っていましたよ。
札幌は新人のU野も登場するとの触れ込みで
U●Mが嬉々として宣伝していましたが
反響ゼロでしたね。
この頃からU野くんて驚異の減客力を発揮していたんですねえ。
これはもう、持って生まれた才能というしかないですね。
そういえばA藤さんは、この頃、まるでこのアイスショーの座長気取りで、我が物顔でスポンサーなどにも対応していたそうですよ。
テレビ局も彼女に気を使い、彼女メインで映していました。
羽生さんが出演しないことも、アイスプリンスワールドでファンにペラってしまってました。
なんか嬉しくてバラしたかったんでしょうね。
次の五輪の後はFaOIは私とハビエルのもの
もうそういう「密約」があったのかもしれませんね。
羽生さんはこの浮かれた二人を尻目に、そのシーズンは鬼の一念で、ハビエルともほとんど口を聞かず、練習に命を注いでいました。
二人の関係はハビエルがメンタルを病むほどのすごいピリピリぶりだったようです。
(段々、当時のことを思い出してきました)
そして羽生さんは、オーサーに睨まれながらも、痛めたリスフランを使わなくて済むジャンプということで、他のジャンプの練習ができない分、ループを頑張っていたみたいです。
ショートプログラムはプリンスのレッツゴークレージー。
「もしエレベーターが君を下に引き摺り下ろそうとするならば、死に物狂いで上に昇るボタンを押して」
というような歌詞が羽生さんが置かれた状況をあらわしているようで
印象的でした。
誰がどんなことを仕掛けてこようとも
自分は自力で金を目指す。
そう心に固く誓ったかのように見えたそのシーズンの羽生さんでした。
そんな想いも虚しく、ヘルシンキワールドSPでは、わずかなミスを大きく減点され5位に沈みました。
彼のライバルたちは宇野昌磨を含め、素晴らしいSPを滑り、ハビエル、宇野、パトリックは全員100点越え。
その直後に行われたスモールメダル授与式は
普通は屋外でファンの前で行うのに
その時ばかりはなぜか室内でFSの滑走順の抽選と一緒に行い
ライバル達がメダルを授与されるのを最前列で見させられていたという
本当に辛い瞬間もありました。
しかし翌々日のフリーでは奇跡のようなノーミス演技を披露して322点を超える世界最高得点を成し遂げました。
あの時、心から羽生さんを心配して羽生さんの立場に立ったレポを書いてくれたマガジンの山口さんは
SPの後、記者が全員宇野昌磨のところに行ってしまったと書いており
自分は日本のファンの皆さんに、もしこのまま破れてしまったら、自分は羽生結弦の戦いをどのように伝えたらいいだろうかと悩んだ、と書いています
今、改めてスコアを見てみると、驚いたことに総合得点で宇野選手は319点越えと、すんでのところで羽生さんを追い越すところだったんですね。
ジャンプのデタラメぶりは当時から目立ちましたが、でも一応は転ばずに降りていたし、演技としてはまとめていました。
羽生さんがフリーで一つでもミスをすれば、優勝は宇野選手だったと考えると
本当に薄氷をふむような優勝でした。
やはり神様に守られている選手は違います。
なんかいろんな意味ですごい大会だったなと思います。
私の記憶によれば、ハビエルはこの後、金メダルではなく表彰台狙いに目標を変更、さらにA藤さんとも別れ、羽生結弦との友好関係を選びました。
もともとのんびりとして大らかな性格だし、そんな風にして人を出し抜くことは好まなかったのだろうと思いますし
一生彼らの奴隷のように言いなりになるのも見えてきて、それは避けたかったんでしょうね。
何と言ってもスペインでのフィギュア振興こそが彼の一番の目的でしたから。
ハビエルらしい判断でした。
二人の関係は一時こじれましたが、結局、今もノッテに呼ぶなど関係が続いているのも、この時のまともな判断のおかげであると思っています。
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私はこの時のワールドフリーで羽生結弦さんのファンになりました、親を看取った後だったポカリと空いた心にこれほど響くものは他になかったのです…
全く関係ない話で恐縮ですが、あの時羽生結弦さんはほんとに凄くて…「神」と思い、涙が止まらなかった時を思い出しました。
mun-0820
2025-05-08 18:30:09
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