marsytのブログ

死ぬ前に終わらせたいです

日立製作所と日立産業制御ソリューションズの組織ぐるみの隠蔽体質を問う ~ 北嶋務氏の聴取内容から見えるもの

今回公開するのは、私の元同僚である北嶋務氏が、労働基準監督署(以下、労基)に対して行った聴取内容です。北嶋氏は、私が心身の不調により職場で苦しんでいた当時の、直属の協働者の一人でした。

北嶋氏の証言の中には、いくつか非常に重大な点があります。

  • 北嶋氏は私が平成22年3月以降に休職していたことを知らなかったと証言しています。これは驚くべき発言です。私が長期の病気休暇に入っていた事実を、同じ部署にいた人間が知らないというのは、会社が意図的に私の休職の事実を伏せていたことを示唆しています。

  • さらに問題なのは、北嶋氏が「鷹田(上司)から “メンタルの人だから配慮してあげてね” と言われた」という部分です。これは明らかに偏見的かつ差別的な発言であり、プライバシーの侵害であると同時に、私に対する不当なレッテル貼りでした。

  • 北嶋氏は、私の仕事について「できないわけではなかった」と述べる一方で、「居眠りがある」「休みがち」といった印象を持っていたと証言しています。しかし、これは2010年2月10日以前、すなわち精神疾患の発症前の印象に基づいたものであり、その後の私の病状悪化に対する理解を欠いたものです。彼がその印象をそのまま語っていることは、職場がいかに精神的な健康問題に対して無関心であり、体調の変化にも配慮を欠いていたかを浮き彫りにしています。「そういう人なんだ」と決めつけるような発言からは、個人の努力不足や性格の問題として処理してしまう、当時の職場に蔓延していた冷淡な風土が見て取れます。

  • また、北嶋氏は「仕事の割り振りは背番号制で役職に関係ない」と述べていますが、それならば私の主任技師という立場であるにもかかわらず、業務負荷が極めて高く、残業・徹夜・休日出勤が続いていた事実と矛盾します。構造的に業務過重が存在していたことを裏付ける証言です。

この聴取書から明らかなのは、会社側が私の病状と休職を一部の関係者にすら知らせず、隠蔽していたことです。加えて、精神疾患に対する差別的な認識が横行していた実態が如実に現れています。

これは企業風土の問題であり、日立製作所および日立産業制御ソリューションズという巨大企業における人権感覚の欠如を象徴する事例です。

ぜひ、以下に添付した北嶋務氏の聴取書をご覧いただき、判断していただければと思います。


※北嶋務聴取書(労働基準監督署による記録):


聴取書

被聴取者氏名:北嶋務(きたじま つとむ)

聴取者:日立労基 金丸 友博

聴取場所・日:日立産業制御ソリューションズ茨城本社、平成29年7月13日

  • 私は平成20年に日立産業制御ソリューションズ茨城本社に入社し、現在はモニタリング設計部という部署において、社員の研究開発に関するスケジュール管理、折衝を担当しています。

私は現在、主任技師という役職でこれは課長相当職となります。

これから、日立産業制御ソリューションズのことは単に「会社」と呼ぶこととします。

  • 私が平成21年4月から平成21年6月末頃まで会社の組み込みハード開発部という部署で共に仕事をしていた彼のことについて私の知っている限りのことを話します。
  • 私は平成20年に中途採用で会社に入社し会社の組み込みハード開発部という部署に配属され、主にコンピュータプログラムの論理設計および検証業務を行っていました。なお、前職が会社の関連協力会社だったので、組み込みハード開発部には中途入社する前から関連協力会社から派遣される形で働いていましたので、平成21年当時、組み込みハード開発部にはやく10年近く在籍していました。

平成21年当時、組み込みハード開発部には30名ほどの従業員が在籍していました。組み込みハード開発部は会社の4階にあり、同じフロアには組み込みハード開発部の他に複数の部署が入っていたので計100名くらいが同じフロアで働いていました。

  • 彼の仕事内容についてお話します。

これから、彼を単に「彼」と呼ぶこととします。

彼は、平成21年4月に組み込みハード開発部に配属されました。

組み込みハード開発部に配属される前の部署についてはよくわかりません。

役職は主任技師で会社では課長相当職でした。

彼の仕事は私と同じコンピュータプログラムの論理設計及び検証業務でした。具体的には、上長であり組み込みハード開発部の取りまとめを行っていた鷹田聡(たかださとる)さんからプログラムの設計や既に完成しているプログラムの論理設計を私が依頼され、プログラムを設計するにあたり、手伝ってもらうところがあれば彼に私が指示をだしていました。

彼は私の指示のもとプログラムを作成し、私に提出して問題がなければ私が作成した部分と併せて1つのプログラムを完成させて、鷹田さんに報告していました。私は、平成21年当時中途入社して間もなかったので、役職は特になく、平社員と同様の立場でした。

  • なぜ、私の役職のほうが彼よりも下であるにも関わらず、私が業務の指示を彼に出していたかというと、私が組み込みハード開発部に長く在籍し、内容をわかっていたこと、組み込みハード開発部の業務が基本的に組み込みハード開発部として1つの仕事を請負、それを完成させるために空いているグループ員を使って完成させることだったため、役職が下の者が上の者に指示を出したり、作業を手伝ってもらうことがよくあったためです。

また、私が彼に指示を出していたと言いましたが、私が彼の上司のようにふるまっていたわけではなく、あくまで上長の鷹田さんから経験年数の長い私に仕事が降りてきて、それを彼に手伝ってもらってくれという話を受けただけで、特に彼に業務上の指揮命令する権限が私にあったというわけではありません。事実、鷹田さんは彼に「北嶋の手伝いをやってくれ。」というような話を彼にしたと聞いています。

  • 組み込みハード開発部で行っていた仕事の割り振りは組み込みハード開発部内の用語でだと思いますが

「背番号制」と呼んでいました。

これは、コンピュータプログラムの設計業務の特徴かもしれませんが、コンピュータプログラムの設計においては、一度仕事を受注し、コンピュータプログラムを設計、開発すると、以降のメンテナンス、保守管理も一手に引き受けることとなります。

そのため、受注したコンピュータプログラムを一度担当するとプログラムの設計を行う過程でその内容を熟知するため、以降同じコンピュータプログラムにかかる論理設計や検証の仕事を受注すると最初に担当した人が中心となって行うこととなります。そういった意味で、仕事の割り振る上で誰がその仕事を主で行うのかという点について役職というのはあまり関係ありませんでした。

なお、彼が主担当として何の仕事が割り振られていたか、主担当の仕事があったかはわかりません。

  • 彼はプログラム設計としての知識、能力はある程度備わっていたと思います。なので、彼は仕事ができないということはなかったと思います。
  • 会社は、これまで数社の関連会社を吸収合併しています。

私と彼が所属していた組み込みハード開発部の母体は日立エンジニアリング株式会社という会社でした。

彼がどの母体の会社出身かはわかりません。

私は日立エンジニアリングに協力会社の従業員として入り、仕事をしていた時期がありました。

彼がどの母体の会社出身でとういった経緯で組み込みハード開発部に配属されたかはわかりませんが、配属の際には彼含め歓迎会も行っていたので、彼が孤立するような雰囲気を組み込みハード開発部で作っていたということはありませんでした。

また、会社はこれまで幾度か吸収合併を行っているので、どの人がどの母体の会社出身だから仲間外れにしようとか、あまり話しかけないでおこうといった意識もありませんでした。

  • ちなみに彼が組み込みハード開発部に配属されるときに鷹田さんから「メンタルの人が来るからはいりょしてあげてね。」と言われました。

これは部内全体に話したものではなく、彼が配属後に関わるであろう人、数人に対して鷹田さんが話をしていました。

具体的には、平成21年4月以前に精神的なことが原因で会社を休んでいたことがあるとのことでした。

ただ、精神的なことの原因や詳細については聞いていないのでわかりません。

なお、彼は、コミュニケーションが取れないといったことはなく、毎週朝礼を輪番で行いその際には一言気付いた点や今週の抱負等を話すのですが、彼が朝礼をする際に特に話ができないといった様子もありませんでした。

  • 彼の仕事時の様子についてお話します。

先ほど申し上げたように彼が組み込みハード開発部への配属以前にメンタルで仕事を休んでいたことを聞いていたので、私は彼には特に気を遣っていました。

なので、彼が何か仕事でミスをしても怒鳴ったりしたことはありませんし、彼が特に注意するような大きなミスをしたということもなかったと思います。

また、他の組み込みハード開発部の人が彼に怒鳴ったりしているところを見たことはありません。

  • 彼から仕事を行う上での些細な質問を受けたことはありますが、仕事の悩みだとか、仕事による体の不調に関する相談や私生活上の相談を受けたことはありません。
  • 平成21年4月以降の会社の一般労働条件についてお話します。

始業時間 8時40分か45分

終業時間 17時10分

休憩 45分

1日の所定労働時間は、7時間45分ほどだと思います。

土日が休日の完全週休二日制でそのた、旗日も休日となります。

  • 彼の残業の状況についてお話します。

私と彼が仕事上関わりのあった平成21年4月から平成21年6月末頃までの間に彼がそこまで残業していた様子は見受けられませんでした。

おそらく1日多くても2時間程度の残業時間だったと思います。

というのも、彼がメンタルだということがわかっていて、気に掛けていたので「仕事はできる範囲でお願いします。」と私が彼に言っていたので、そこまでの業務量を彼にお願いしていなかったからです。

私は彼の席から2つ隣の席に座って仕事をしていたのですが、私が帰社するときに彼が席に残っていることを見たことがありますが、具体的にいつ、何時くらいに、どういった理由で残っていたかは覚えていません。

なお、私は当時2つの案件を同時に抱えていたので、月40時間程度残業していました。

少なくとも私よりは彼の残業時間の方が少なかったと思います。

14.平成21年7月から彼は違う業務を行うようになりました。

  私もその仕事に少し関わっていたのですが、仕事の内容は、既存のコンピュータ言語を別の言語に入れ替える仕事で、そこまで難しいものではなかったので、7月以降私の残業はほぼゼロでした。

彼もそういった作業内容ですからそこまで残業はなかったと思います。

なお、彼は平成21年7月以降、何が原因かはわかりませんが会社にしばらく来なくなりました。

そのため、平成21年7月以降の彼の仕事の状況について詳しくはわかりません。

15.平成21年11月から彼の仕事がVersion Betaというプログラムの設計開発プロジェクトに移ったということについては、私がそのプロジェクトに関わっていなかったので詳しくはわかりません。

確かVersion Betaというプログラムの設計開発プロジェクトは、組み込みハード開発部の原賢治(はらけんじ)さんが中心になって進めていたプロジェクトと記憶しています。

このプロジェクトは、日立製作所日立研究所とともに進めており、日立製作所日立研究所の一室で作業していたと記憶しています。

そのため、彼がこのプロジェクトでどれくらい残業していたかはわかりません。

16.会社の労働時間の管理方法についてお話します。

会社での労働時間はパソコンに打鍵入力をする「勤休システム」で管理していました。

具体的な管理方法は次のとおりです。

まず、勤休システムには、「開始」欄、「食事休憩」欄、「終了」欄があり、「開始」欄には、特に早出残業がなければ所定始業時間が自動的に登録されます。早出残業時間があれば早出した時間を入力すればその時間が登録されます。

「食事休憩」欄は、休憩時間45分が自動で入力されるので特に打鍵入力しません。

「終了」欄には仕事を終えた時間、つまり終業時間を入力します。

17.終業時間を入力後、「申請」ボタンを押下すると、「承認者」に入力データが送付されます。

承認者は内容を確認し、問題なければ承認します。

承認者は鷹田さんだったと思います。

申請した残業時間はすべて承認されていたと思います。

申請後に、承認者から「残業時間を過少申告するように」といった指示を受けたことはありません。

18.彼がコンピュータプログラムの価格が実際にプログラムの実際にプログラムを設計することにかかった業務量以下に抑えないと会社の赤字となるために自身の申告する労働時間を過少申告するという主張についてお話します。

結論から言えば、そういった理由で労働時間を過少申告することはありません。

確かに、担当するプログラムを設計するプロジェクト毎に会社の勤休システムとは別にプロジェクトにかかった作業時間を入力するようになっていました。

このプロジェクト毎に作業時間を入力することを「作番(さくばん)に作業時間を入力する。」と言います。

例えば、Aというプロジェクトの作番に対して実際には10時間働いたのに、8時間しか作業時間として入力できないというとそういうわけではありません。

差の2時間は、無作番という庶務作業等にかかった作業時間を入力する作番に対して実際にかかった作業時間を入力することとなります。

よって、実際に働いた時間を入力することは可能であり、勤休システムに入力する時間が制限されるということはありません。

19.平成21年4月以降の彼の体調の変化についてはよくわかりません。

ただ、7月以降に休んだ際には、1,2日の単位ではない日数、頻繁に休んでいました。

また、仕事中に居眠りをしている姿をよく見ました。

しかし、元々メンタルで組み込みハード開発部に配属されたという経緯から、そのことについては深く理由は聞かず、「メンタルの人だからそういう人なんだ。」というくらいの認識でした。

20.彼が平成22年3月以降休職したことは知りません。

なぜなら、当時、彼はVersion Betaというプログラムの設計開発プロジェクトのために日立製作所日立研究所で働いていたと記憶しているからです。

21.彼の性格面の話をします。

一つのことに没頭するタイプで研究肌という印象を持っています。

というのも朝机で英語の勉強を熱心にしている様子をよく見かけたからです。

また、繊細な部分があるのかなと思いました。

飲み会には最初の歓迎会には参加しましたが、会社を休んだりしていたので彼は参加しなかったと記憶しています。

以上 北嶋務