ピチョン…。と水滴が落ちる音が聞こえた。
ディアンケヒトが持つのは『
「ああクソッッ、終わらんっっ!!!」
そして完成と共に頭を掻きむしり、依頼書を睨み付けてはストレスで叫び散らかしていた。
「黙ってくださいディアンケヒト様。利があるからと受けた以上、キリキリと手を動かしてください」
「秘蔵っ子が冷たい!?利があり過ぎるがそれとこれとは話が別じゃ!何なんだこの回復薬系統の発注量は!?【ロキ・ファミリア】の遠征三回分には匹敵するぞ!?」
依頼の内容は回復薬系統の大量発注。
依頼者はノーグであり、深層から単独で材料を取ってきて、作った物を即時購入。『
収益を考えれば莫大ではあるが、薬品系統にも消費期限がある。それを考えれば
「……よし、成功してる」
ただ、アミッドは違った。
売れば値千金は儲けられる薬剤に使えそうなドロップアイテム。それが今は山のように置かれている。
『余った素材は練習用に使って構わん。金も要らん。とにかく量が必要になる。だが量が多いからって質が疎かなら意味はない。腕を上げてくれなきゃ俺も困るしな』
そう言ってアミッド達率いる治療師達にノーグは材料の無償提供をしていた。代わりに他で売るのは禁止と言われたが破格過ぎる。そのおかげで治療師達もメキメキと成長を続けている。普段取り扱いができないほどの高価な材料を使える機会が増え、深層域に単独で進出するノーグにとっては回復薬の需要は後にかなり上がるはずだと断言していた。
アミッドは何故ここまでの発注を依頼したのか尋ねたが理由はとても曖昧で、正直ただの勘と告げられた時は怪訝な顔をしていた。だがどう使うのかの理由を聞かされ、未だ幼く小さな彼女も協力している。
「豪胆というか何というか。でも治療師としては感謝しかないですね」
調合した薬草の粉末を鍋の中に入れてゆっくりと混ぜる。ディアンケヒトのレシピは最難関。毛先ほどのミスも許されず、失敗するだけで回復量が変わるとされる。最初の頃はアミッドも失敗続きだった。
温度の管理や湿度の調整、配合比率などに気を配ることがあり過ぎる為、高価な材料の取り扱いは出来ずにディアンケヒトに任せていた。しかし、失敗のリスクを恐れる必要がなくなった今、彼女の成長も目覚ましいものだった。
「ディアンケヒト様。『
「はぁぁぁ……待っとれ今行く」
そして、それはディアンケヒトの治療院だけではない。
男神ミアハが営業する【青の薬舗】にて、鍋が煮え沸騰する音が聞こえ、回復薬系統特有の甘い香りが漂う。
「ミアハ様、『
「うむ、わかった」
薬品を取り扱い、商売している【ミアハ・ファミリア】にもノーグは依頼をしていた。後の話にはなるだろうが、ナァーザの銀腕の借金が帳消しになる程の金額分の『
★★★★★
剣が舞う。息を切らしながら意識を集中させる。
目を瞑れば最強の男が目の前に投影される。鋭く、柔軟でありながら攻める豪剣は私を容易く吹き飛ばす。絶対防御を崩そうと思えば思うほど、攻略の仕方が思い描けない悪循環。
せめて想像では勝たせてほしいと切実に思うのに、私達が師事する男が負けるという姿が浮かばない。それだけ鮮烈で圧倒的な力の差が嫌でもわからされている。
汗を拭い、ため息一つこぼすとホームの扉が開き見慣れた赤髪が目に映る。我等が団長であるアリーゼも剣を持ち、早朝から鍛錬を始めようとしていた。
「おはようリオン!朝から精が出るわね!」
「おはようございますアリーゼ、貴女も鍛錬ですか?」
「ええ、負けっぱなしは嫌だもの!いつかノーグをぎゃふんと言わせて、超絶美少女たる私の名を轟かせるわ!」
「確かに、負けっぱなしは私も納得がいかない」
都市最強の冒険者である【修羅】の鍛錬稽古が始まってから四か月が経った。レヴィスはアストレア様の所に頻繁に来ては剣技を盗もうと必死になって鍛錬している間、私達は全員で【修羅】と戦闘を繰り返している。
戦歴は全て全敗。なんなら一撃すら入れる事が出来ない。
「むっ」
「輝夜おはよう!貴女も鍛錬?」
「ああ、あの男に一撃見舞わないと気が済まないからな。ライラも早く起きて嫌がらせの小道具を調合してる」
ライラも相当悔しいのだろう。前回、少しは鬱憤を晴らしたいが為に唐辛子の炸裂弾を調合し、【修羅】に隙を突いて投げた所、流れるように炸裂弾を炸裂させずに優しく受け止めて投げ返され、アリーゼとライラに直撃。目を押えながら悶絶して地面で転がり続けていた。
あの男との鍛錬は厳しいと同時に心を折られる。
何せどんな攻撃も通じないのだ。ダンジョンで訓練している際、魔法を含めて全力を出したことがある。
アリーゼの『
『さっさと立ちな紅娘。地べたで息を切らして寝そべるのが趣味なのか?それともただ燃えるだけの焚き火の真似事か?正義の使者とは名ばかりの飾りなのか?』
『振りが甘いし、腰が入っていない。女神アストレアの斬撃から少しでも使えるものを盗め。じゃなきゃ一撃も当てられねえぞ。気配を消すのが一芸だけの腹黒侍』
『連携が甘い。周りの邪魔をしてどうする。特にポンコツ、お前が一番周りが見えてねえ。エルフの癖に脳筋か?倒すことしか能が無いなら猪にでもなってろ』
『お前は……うん。小人族だからって身の程を弁えすぎ。
彼の言葉は辛辣で、悉く現実を突きつけてくる。
しかも要点は間違ってないというのがタチが悪い。だが言われ続けたままなのは私達も納得がいかない。
「めっっっっっちゃ厳しいし悔しい」
「あと普通に口悪いです。激情になればそれすらも捩じ伏せられる」
「腹が立つが……どうしようもない力量差がある。技の冴えも駆け引きも、天才の一言で片づけられる実戦経験ではない」
「プライドがバッキバキなんだけど、アレでまだ優しい方って信じられる?」
「アストレア様が何故か納得してましたけど……」
ああ……。と何故かアストレア様が遠い目をしていた。
かつて世界に畏怖を齎し、名を轟かせたヘラの希望と呼ばれているが本人自身かつての鍛錬はあまり思い出したくないとの事だった。
苛烈を超えた殺し合いを毎日行い、平均五回は死にかけ、倒れていれば剣が飛んでくるし、【耐異常】を鍛える為に微量の毒を仕込まれ、深層に毎日少数精鋭で進行を繰り返す。最凶の看板に偽り無しの恐怖体制だったと語っていた彼の手がトラウマで震えているように見えた。
その方法で逝っとく? と尋ねられた時、誰もが首を横に振った。今となっては英断だろう。
「それに目標は出来たしね」
「ああ、
「まあ、あのあだ名もムカつきますしねぇ」
それには同意だ。
何度もポンコツと呼ばれて怒りを露わにしてもどこか吹く風のように飄々としている彼の姿に苛立ちが募るばかりだ。
『俺が認めたら名前で呼んでやる。それまで覚える気はねえぞ』
『俺は正義という概念があまり好きじゃねえからな』
『今のお前達が正義という綺麗事を抜かすのは、戯言を吐く夢見がちの餓鬼の言葉よりも軽い。その程度では巨悪に淘汰され、縋る民衆の絶望への布石にしかならない』
反発するように私は激昂した。
アリーゼは顔を顰め、輝夜は額に青筋が浮かび、ライラは苦虫を潰したような顔をしていた。他の仲間も似たような反応を見せる中、【修羅】は続けた。
『正義が必ず勝つんじゃねえ。今の時代の正義は善も悪も関係がない。勝てば官軍負ければ賊軍。誰がどう思おうが勝った奴の総取りだ。どちらであろうが
『正義の形や意味はどうでもいい。助けてほしいと願う民衆はそんなの気にしないしな。民衆が求めているのはその場にいるだけで期待を寄せ、護ってくれると思わせられるだけの抑止力だ』
『今必要な正義はまさにそれだ。だが、今のお前達では力不足だ。その正義の看板を背負うに値しない』
そんな事ないと続けたかった。
だが、現最強でさえ抑止力なり得ていないこの時代で私達は遥かに力不足だ。アリーゼと輝夜がLv.2になっているとはいえ、焼け石に水と輝夜自身がそう告げているのだから。
正義はある。
弱きを助け、悪を討つその信念はある。
けれど力不足であるが故に民衆が求める存在になれない。いくら取り繕おうが、純然たる現実の話は私に言葉を紡がせてくれなかった。正義を背負うに値しないという現最強の言葉は心を抉ってきた。
けれど……
『──だからこそ、先ずは俺を認めさせてみろ』
心を折ることをさせてくれなかった。
まるで期待するかのように彼の視線は僅かながら希望を、そして私達に対して最強へ挑む覚悟を求めていた。
『弱音も挫折も好きにすればいい。手は抜かないと言ったが去っていくなら止めないし追うつもりはない。紛い物の意志などすぐに廃れるだけだ』
そうであってほしいと、何処か願うように。
彼が最も近いというのに、彼は正義を嫌悪する。けれど責務だけは投げ出さない。自分にも他人にも厳しくあろうとしている。故に神々が認める英雄候補。その片鱗を垣間見た気がした。
『だが、真の正義を目指し背負う覚悟があるのなら』
そんな英雄候補が私達に問う。
『悪を討ち、弱きを助け、善を謳うというのなら』
剣を抜いて私達に突き出した。
鋒を向けられ、覚悟を問われる。生半可な答えは許さないと言わんばかりの圧を感じながらも、彼は私達に正義を背負う『勇気』を問い、最強と同じ事を成そうとする私達に『恐怖』を植え付けた。
それを乗り越えなければ未来はないと彼の剣が、表情が、溢れ出る圧が私達に突き付ける。
『──お前達が本気で正義足り得るか。この俺に証明してみせろ』
私達はそれから全力で【修羅】と戦っている。
負け続きでストレスは溜まっているが、何が悪いかを口にしてどうするべきか気付かせてくれる。厳しいし口は悪いが、強くなっている実感はある。
アリーゼは言っていた。
あの男の裏を返すなら正義の看板を背負うのが【アストレア・ファミリア】であってほしいという期待の裏返しでもある。どちらにせよ強くならなければ護るものも護れない。
だからこそ、先ずは強くなり認めさせる。
自分達が正義を背負うに足るファミリアである事を。
それに、あの言葉に昂らないわけがないだろう。
牡丹餅のように降ってきた最強に近づくチャンスを無駄にしたくない。
「団長は紅娘、貴様はポンコツ、ライラは鼠、私は腹黒侍だしな」
「私だけなんか悪意強くないですか?」
「いや貴様のポンコツは妥当だろう」
「ポンコツ言うなぁ腹黒侍!!」
「黙れ脳筋ポンコツエルフがぁ!!」
その前にポンコツと告げた輝夜を殴ると決めた。
★★★★★
身体が崩れ落ちる。
脚が動かない。腕が上がらない。地面に沈んでいく巨躯は抗うだけの力を出せずに落ちる。全力を出した。階位などを言い訳にするつもりもなく、自分が行える全力で奴に挑んだ。
魔法も使わず、二刀流すら使わず、ただ圧倒された。蹂躙され、捩じ伏せられ、傷一つ負わせる事すら出来ぬまま俺だけが地に伏せている。
俺と同じ場所に居たはずなのに、離された事が癪だった。
奴は成して、俺はまだ成せてない。だから俺は全力で追い縋るように挑んだ。
「ガッ……ァ……」
なのに、なんだこの差は。
才能の差ではない。圧倒的な経験の差。同じ時代を生きていたはずだというのに、奴だけが俺の先を行く。
崩れ落ちて立ち上がれない俺を見下ろしながら、その眼には『失望』を浮かべていた。
「……どうやらお前を買い被っていたようだ」
剣を鞘に納め、奴は俺に失意の言葉を投げた。
「俺はお前なら意味を理解していると思っていたんだぜ?奴等が去った以上、俺たちしかいないと」
知っている。知っていたはずだ。
奴等が失敗した以上、次の時代を切り拓くのは俺たちであったはずだ。
「──だからお前は俺の
純粋な想いを吐露するが、その声は怒りに震えているように聞こえた。情けないと言わんばかりの感情と失意を向けて一瞥すると背を向け始めた。
「負け犬根性を腐らせて惰弱さも理解できない愚物に成り下がるとは思わなかった」
立てない。脚が動かない。
剣を握る感覚すら曖昧で、反論する力さえ言葉に出来ない。なんたる惰弱、なんたる脆弱、この状況で奴の言葉に対抗する力さえ振り絞れない。
「奴等が消えて敵は居ないと驕ったお前は面汚し筆頭だな。フレイヤの底が知れるぜ」
だというのに、怒りだけが身体を突き抜ける。
血が滲むほどの屈辱が、負けを認めていた腐り切っていた根性に火を灯すようだ。
「じゃあな負け犬。せいぜい俺の影でも踏んでいろ」
最上級の失望の言葉を吐き捨て、去っていく奴の背中に剣を血が滲むほど握り締めた。脆弱、この惰弱さに俺は返す言葉はない。才能の違いは認めよう。努力の差は認めよう。
だが、ここで立てなければ──……
「ウ、オオオオオオオオオオオオッッッ──!!!」
奴に追いつけなくなってしまう──!!
身体は既に限界だ。
死にはしない程度に手を抜かれて斬られたとはいえ、叩き起こした身体から血が溢れ出す。腕も脚も満足に動かせていない。
──
だから諦めるのか。そうやって己を決めつけて、限界を見定めて生き恥を晒すなら今死ぬ気で奴に追い付く。雄叫びを上げ、死に近づく俺の身体に鞭を打ち、強引に立ち上がる。
奴だけ先に行かせていい筈がない。
女神を護ると心に誓ったあの日から頂天を目指した俺の軌跡を無様に潰されたままにさせるものか。
「無理をするなよ。立ち上がるのがやっとなんだろ?」
剣も抜かずに蹴りに吹き飛ばされる。
最早戦う意志すら見せない奴に怒りは限界を超えた。この怒りを今は力に、勝つ為に俺の限界を今此処で超える。
「もう一度沈んでろ」
拳が迫る。
躱せない。避けられない。
──ならば
血で滲んだ拳が咄嗟に奴の拳を受け止めた。
「!」
「ゥ、オオオオオオオオオッッッ!!!」
押し返した。拳がぶつかり合い相殺。
衝撃でお互いに後方へと弾き飛ばされる。手加減していた奴の顔が僅かに顰められたが、俺の切り札である『獣化』や『魔法』も奴には通じなかった。『獣化』をすれば技の冴えが失われ、奴の神業とも呼べるヘラの技量で殺され、『魔法』さえ一撃に見舞う隙から直撃を逸らされて無力化される。
今の俺に奴を倒せるだけの切り札はない。
ならばもう、全てを捨てるしかない。愚直に攻め続け、奴の隙を自らこじ開ける。怒りが突き抜けた今、理性を飛ばしかねない『獣化』を更に強くするしかない。
「!」
奴が剣を抜き、俺の一撃を防ぐ。
関係がない。防御は捨てろ。攻撃のありったけを奴にぶつけ、攻める。攻める!攻める!!攻め攻攻攻攻攻攻攻攻攻攻攻攻攻ッ──!!!
「…!」
ここで初めて奴の顔が歪んだ。
理性が飛び切らないように制御していたその意識を完全に飛ばし、『黄金の戦士』を捨て、『獣の本能』を以て戦士として生まれ変わる。俺にはそれしかない。だがそれだけが、奴等に認められた執念の剣であるのならこじ開けられるのはそれしか知らない。
「(コイツ、これほどの『獣化』で……!)」
技の冴えが理性を飛ばす『獣化』を使用して尚
「【
「!」
それは『獣化』状態の並行詠唱。
今までそれが出来なかったし、やろうとさえ思えなかった。超高速戦闘中の並行詠唱は難易度の桁が違う。理性が揺らげば統一していた大木の心が揺らぎ、詠唱は失敗し自滅に追い込まれる。『獣化』と『魔法』の相性はそれだけ悪いのだ。理論的に発動する魔法は本能のままに戦う『獣化』と反発する。
「【こノ身は…戦ノ
だが、奴を超えるのならこれしかない。
この挑戦こそ、今の俺が成すべき限界突破。
「【駆ケ抜けよ、女神ノ神意を乗セて】!!!!」
「【起きろ憤怒の怪物共よ】!」
詠唱は此処に完成する。
奴も詠唱が完成し、赤黒い魔力を燃料に藍色の氷炎が顕現する。此処に来て奴も本気を出そうとしている。これは今の俺が放てる最強の一撃。天に吠え、最強を示す『獣の残光』。
──都市最強の迎撃と『獣の残光』が今、両者に放たれる。
「【ヒルディス・ヴィーニー】!!!」
「【アプソール・コフィン】!!」
両者の剣が交わる。
魔力を全て振り絞り、放つ渾身の『強化魔法』。黄金の豪剣と藍色の氷剣、二つの剣の全力が衝突した。
「っ、ぐっっ……!?」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
黄金の獣が放つ粗野な『残光』が受けに回るノーグの藍炎と衝突する。地が砕け、空に響き渡る剣の木霊、そして響き渡る衝撃に耐え切れず限界を超えた俺の意識は此処で途絶えた。
★★★
砕け散った戦場を歩くノーグ。
右手に持つ剣は僅かながら刃こぼれしている。リヴァイアサンの外殻を用いて作られた最高硬度の不壊剣であったはずだが、あの膂力に剣がそうなってしまうのも無理はなかった。
「……流石に気を失ったか」
オッタルは力尽きたように後方へ受け身も取れずに吹き飛ばされ、ノーグに関しては十数メドル吹き飛ばされた衝撃で地面に溝を生み出した。誰の目が見てもノーグの勝ちだった。地に臥すオッタルとそれを見下ろすノーグ、勝者である筈のノーグの顔には勝ちを喜ぶ笑みを浮かべられていなかった。
「ハッ……訂正してやる」
その右腕にはされど
あの瞬間、黄金の『残光』を受け流すどころか
技量もへったくれもない杜撰な力業。されどその一撃は確かに届いていた。傷はそれほど深くはないが、それでもあの一撃は証明になった。零れ落ちる血に拳を握り、笑みを浮かべた。
「高みを目指すその愚直さは変わらないなオッタル」
熱は燻っている。
意思は消えていない。泥を啜りながらもこの高みに手を掛けようとしていた。奴等の代わりとして立ち塞がったが、その意味を理解してるのはやはり自分だけではなかった。
「先に行く。さっさとこちら側に来いよ──
剣を納め、今度こそ『戦いの野』から去る。
限界を超えて倒れていても、奴はきっとまた立ち上がり限界を超える修練を積みこの階位まで来る。
待ちはしないが、奴は必ず来る。
あの日から互いに強くなると誓った──自分の
そして──彼もまた飛躍する。
格上、更にはLv.7の規格を遥かに超えたノーグとの戦闘より偉業認定に拍車をかけ、その二週間後、深層53階層の
階層主『
そして深層域で下の階層より這い出た階層を貫く砲撃を放つ黒い『ヴァルガンク・ドラゴン』の
★★★★★
ダンジョン20階層『隠れ家』にて。
人が二十人は入れそうなバッグに荷物をパンパンに詰め、訪れていた。
「久しぶりだな。リド、レイ」
「おう!久しぶりだなノーグっち!」
「お久しぶりデスね!」
「マタ来タノカ。人間」
「まあな、奴等が死んでからお前達の交流は俺に一任されちまったしな。アルゴの置き土産も馬鹿にならん」
「アルゴさんは……もういないんデスね」
しんみりした空気になると、咳払いをして会話を続ける。
「フェルズから伝言は聞いている。地上の食糧と英雄譚を色々持ってきたが、他に必要なものは?」
「一先ずはそれだけあればオレっち達は問題ないさ。むしろ支給に来てくれるだけありがてえし」
「レイにはご要望の料理本買ってきたが、その手で出来んのか?」
「が、頑張りマス!」
翼で器用に包丁を持てるのだろうか。
荷物を下ろすと後ろの異端児達が漁り始めた。酒にタッパーに入れた手軽な料理、娯楽品など様々なものに高揚してはワイワイと騒ぎ始める。
「最近変わった事はあるか?」
「
「偶に響くんデス。ダンジョンの何処かから
歌、モンスターの歌唱を行える存在は魅了に特化した
「……他の
「あり得なくはないデスけど……」
同胞を呼ぶ声として拡張した歌であるのなら可能性は否定出来ないが、レイは首を横に振る。
「その声が、歌が、私はとても
「怖い、か……」
異端児は異端児同士に嫌悪感を出さない。
モンスターでありながらモンスターとして認識されていない異端児はダンジョンの異物扱い。怪物が怪物を殺す行為に嫌悪感は殆ど存在しない。自分が異端であることを認識しているからだ。だからこそ同じ同胞を大切にする人の心を持っている。
異端児同士なら
それでも怖いと言うのなら、本能がその歌を恐れている。
「……分かった。こっちでも調べてみる」
それからノーグは出来る限り調べた。
出来る範囲で、深層一歩手前まで調べたが何も分からなかった。ダンジョン自体が異常事態という訳ではなく、気になる所はなかった。偶に聞こえてくる歌の声も聞く事が出来ず、二週間ほど続いた探索は徒労に終わった。
★★★★★
背中に血を垂らし、恩恵に熱が灯る。
今日、フィンやガレスと手合わせし、ガレスの頰に傷を付けることが出来た。技の習得が早くなってから手合わせし、自分の成長を感じる事が楽しくなっていた。
それに比例してステイタスは伸びる。
今日の結果にワクワクしながらもロキの方を振り返れば羊皮紙にステイタスを写している。
「終わったで、今のステイタスや」
「ん」
アイズ・ヴァレンシュタイン Lv.1
力 A883→A891
耐久 C689→B712
器用 S921→S933
敏捷 B792→A800
魔力 C699→B711
『魔法』
【エアリエル】
・付与魔法
・風属性
・詠唱式『
『スキル』
【
・任意発動
・怪物種に対して攻撃力高域強化
・竜族に対し攻撃力超域強化
・憎悪の丈により効果向上
【
・技術、技能の習得度の高補正
・憧憬対象との共闘時、ステイタス超高補正
・憧憬対象を認める限り効果持続
「……低い」
「そんなもんやで。今のアイズたんじゃ中層から先やないと伸び難くなるもんや」
「じゃあ中層行きたい」
「ダメや。Lv.2になってから。それになっても単独で行くのはもっとアカン」
むぅ……と心の中の幼女が頬を膨らませている。
半年前に魔法を教えたはずなのに今となってはB評価。どれだけ魔法を使ったのだろうかとロキの顔が引き攣っている。ノーグが効率よく魔法の制御訓練の課題を課しているおかげで、単独でダンジョンに向かって無理をすることは無くなったが、鍛錬のストイックさは苛烈さを増している気がしてならない。それも本人から学ぼうとしている為、リヴェリアもあまり強く口に出せないでいる。
「ランクアップはどうやるの?」
「あー、それについてなんやけど……ノーグが手伝ってくれるらしいからもうちょい待っとき」
「なら、待つ」
「ん、ええ子や」
アイズが超えられるギリギリの試練。
そのおかげで驚異的なスピードで成長しているのだから何も言えない。ギリギリ無茶している程度、ノーグにとっては許容範囲内だから。止めようとする三人よりノーグの教えがあっているのだろう。
そしてレヴィスに関してはノーグの在り方とは別の道を模索している。二人して負けず嫌い。機動力はアイズが上だが、攻撃力はレヴィスが勝る。最近は【双姫】と呼ばれては意外と悪くないとロキもにっこりである。
「そういえばノーグは?」
「レヴィスと一緒にダンジョンやな」
「……ずるい」
「前はアイズたんと二人だったやん。我慢しい」
むーっ、と頬を膨らませるアイズ。
懐いているからこそ、二人きりの状況に嫉妬しては心の中の幼女も地団駄を踏んで抗議している。子供らしい所は変わらない。感情を自制できるほど大人になろうとしていないのは、ノーグに甘えている部分が多いからだろう。
「あああっ、もう可愛えなぁアイズたんは!」
「ふみゃぁ!?」
そのせいかロキの理性が決壊した。
興奮した顔でアイズを抱きしめ、変な所を触られたせいか変な声が溢れた。すぐさま嫌がったアイズから裏拳がロキの顔面に炸裂した。
割と本気で殴ったせいか送還一歩手前の事件となり、後にリヴェリアからアイズへ軽い説教、ロキに対しては次やったら氷漬けにすると脅し、震えていた。
★★★★★
一度だけノーグとリヴェリアが中層域に連れていってくれた事がある。
結果は言うまでもなく惨敗だった。
過去の自分を振り返ればあの時は何も考えてなかったなぁ、と少し大人びた感想が浮かぶ。
14階層、中層に私達は挑んだ。
ノーグの魔法で二人に氷のベールを張った状態で戦った。
しかし……。
「くっ……!」
「ヘルハウンドは敏捷性に優れた戦い難い相手だ。ただの大振りは当たらない。かと言ってカウンター狙いで待ち構えていると」
火炎放射が遠距離から飛んできた。
溜めの予兆は見抜いていたのに他のモンスターに邪魔されて潰せない。そして迫り来る訳でもなく遠距離から放たれる
「熱っ…くない?」
「遠距離からの火炎放射。二人とも1回目だ」
「っ、ああああああああ!!!」
あの時はまだ風を教えてくれていなかった。
心を荒げてただスキルを使って暴れ回っていた。ヘルハウンドの群れを一掃しては衝動が晴れた嬉しさに油断した。
「倒した……!」
「馬鹿っ、後ろだ!!」
いつの間にか次が来た。
背中に飛び付くアルミラージに私は気付けずに鎧にツノが刺さり、弾き飛ばされた。その隙を見逃さないように次が迫り来る。
畳み掛けるようにダンジョンは私達に牙を剥いた。
倒れた私をレヴィスがカバーしながらモンスターを遠ざけて堰き止めている。耐え切れず押し切られる所を私が殺した。
「いい判断だレヴィス」
死角を消す為に背中を守って戦っている。焦っていたリヴェリアでさえ感嘆の声が漏れている。的確な判断と自分の役割を自覚している動き方。レヴィスはかなり聡明だ。とても10歳の子供とは思えないとリヴェリアは賞賛する。
「だが、
レヴィスは決して間違ってはいない。
正解の行動である。客観的に見ればレヴィスに非はない。
だが……
「ああああああああッ!!!」
「なっ、クソッ……!?」
背中を預けるべき相手が、背中すら見えずに前しか見てなかった当時の私であった場合、背中合わせの死角潰しは成立しない。
レヴィスの背後に居たヘルハウンドの火炎放射が直撃し、苦悶の声を漏らしていた。
「レヴィス、2回目だ」
「くっ……!」
「常に視界を広く持ち予測しろ。戦えずとも回避してみろ」
迫り来るヘルハウンドを紙一重で躱し、胴体を斬り飛ばす。二体目は近距離から炎を吐こうとする瞬間、咄嗟に脚がヘルハウンドの頭部を直撃し、他のモンスターを巻き込み爆発。
そして私もスキルを全開にしてモンスターを狩り尽くした。
「おっ」
「ハァ……ハァ……!」
「っっ……フゥ…フゥ…!」
「いい動きだ。やるじゃねえか」
息を切らしながらも倒し切った。
アレだけの大群でもスキルを使い続ければ……
「けど、この階層の出現頻度は上層と桁が違う」
ピキリ、と嫌な音が聞こえた。
壁から次の怪物が産まれる。あれだけ倒したのに怪物達は、ダンジョンは待ってくれない。
「っ……ぁ………」
「っ……あああああっっ!!!」
ダンジョンは私達に容赦がなかった。
あの大群だけで私達の息は切れ、剣が重く感じているのに。スキルを全開にしてもモンスターの大群を前に心が折れそうな様子のレヴィスと、叫ぶが体力のないまま蛮勇にも怪物に突っ込もうとする私。
その時、肩を掴まれた。
ノーグが私の前に出て、剣を振り抜く体勢で身体がブレた。次の瞬間、ノーグの剣が軌跡を描いた。
「──天地零界」
そして──
全てが凍り付き、大群全てが横に真っ二つとなった。あの時の一振りはまるで月のように輝いていて、何よりも鋭かったのを覚えている。
あの一振りに私は焦がれた。
私とノーグは似ている。多分、追いつくとするならアレが完成形に最も近いと言っていい。アレがあれば私は強くなれる。あの技を教えて欲しいと尋ねた瞬間、ノーグはため息を吐いた。
「ていっ」
「いたっ」
「アイズ、野望の前に目の前の事をしっかり見ろ」
指で強めに額を弾かれた。
その言葉通りに周りを見れば、怒りに震えているレヴィスが居た。
「なんで力を合わせようとしない殺戮馬鹿」
あの時の私はなんでレヴィスが怒っているのか分からなかった。
「蛮勇も分からず、自分の事ばかり。なんでリヴェリアさんが教えてるか分かってるの?死なない為に強くなるのに、それを疎かにして周りも何も考えない」
必要ないと思っていた。
モンスターを殺すなら、なんでもいいと思っていた。ただその瞳は向けられて言葉が詰まる。喉が渇いて声が出ない。
「死にたいなら死ね。考え無しの死にたがり」
「っっ──!!!!」
「よせアイズ。今回はレヴィスが正しい」
私はその言葉にカッとなって剣を取った。
だがそれをリヴェリアが腕を掴んで止めた。
「離してっ!」
「文句あるなら一人で挑めばいい。自分の愚かさも分からないまま死ねるし」
「このっ……!」
「レヴィスも言い過ぎ。やめな」
レヴィスが本気で怒っている。
あの時の私はそれを否定したかった。
「アイズ」
けど、ノーグがそれを止めた。
しゃがんで目線を同じ所にまで下げて、私の目を見た。その
「奪ってきた存在に命捧げて勝っても勝利じゃねえ。
今のお前のようにな、と告げられると顔が真っ青になった。私のお母さんはとても優しくて、お父さんはとても強かった。そんな大切な人達に自分と同じ黒い炎を宿して笑顔を失わせるなんて、私は嫌だった。
「
はっ、とその意味がようやく分かった。
私がアルミラージに突き飛ばされた後、レヴィスが居なければ私は死んでいたかもしれない。私も後ろの攻撃に反応出来ない。だからレヴィスは背中を合わせようとした。
私はそれを無視して暴れまくった。
暴れるだけでは対処が出来ないのをスキルで無茶して。
それに気付いた時、ノーグは笑った。
「いつか二人でこの階層を戦えるようになればいい。先ずは周りを見て、何が最善か考えろ。俺があの技を教えるのはそれからだ」
今度は優しく額を小突かれた。
ただ、痛くないはずなのに胸が痛くなった。
あの日から私は変わった。
きっと変わらなければいけないと思ったから。そして今は何処かそんな自分が嫌いじゃなくなっている。停滞はしていない。周りの事を考えるのは大変だけど、ノーグは教えてくれるから。
だからノーグがランクアップの準備を待つ事にした。昔の私なら方法を教えてとせがんで当たり散らしていただろうけど。
生きて、悲願を叶える為に私は強くなる。
そう教えてくれた私の英雄を信じているから。
★★★★★
ダンジョン16階層。
中層の中で階層主一歩手前である場所で、焚き火をしながら座る二人の手には串に刺された肉が握られていた。
「……不味い」
「やっぱりか。割と毒素があるからな。味は…うん…食えなくはないが美味くねえ。塩焼きしても肉が硬え」
ハグハグと肉に齧り付きながら感想を溢す。結果としては不味いの一言に尽きた。モンスターの肉には大なり小なり毒素が存在している。【耐異常】を持てばそれほど問題はないが、人類を殺そうとする怪物の肉は野生の動物よりも筋肉質で筋も多い。食えなくはないが、獣臭がかなりして調理次第でなんとか食べれるといったところだ。
「まさかモンスターを食べさせられるとは思いませんでした……」
「ちゃんと意味はあるんだよ。というか俺も食ってんだから文句言うな」
「魔石も食べましたけど、何で強化種の真似?これ大丈夫なんですか?あとでお腹下さないですか?」
「大丈夫だ。当たりどころが悪くなければ死にはしない」
「吐いてきていいですか?」
「ダメ」
それ単に死ぬかもって話だろと内心愚痴る。
スキルで消化機能を強めて強引に体内で消化する。モンスターの毒素はスキルの影響で耐性がある。死ぬ危険性はないと思うが、何をしてるんだと、ため息をつきながらノーグを見ると懐から液体の入った瓶を取り出していた。
「それは?」
「『
「えっ?こ、此処でやるんですか?」
「ああ、今回食ったモンスターがどれだけ反映されるか見たい。
本来は違法品ではあるが、一々戻ってどれだけ上がるかの上昇率を考えるのは流石に面倒であったし、モンスターを殺した故に手に入る経験値なのか、モンスターを捕食して上がった経験値なのか見分けをつけるためにロキに同意を貰った。
レヴィスを見ると、モジモジとして変な動きをしていた。
「っ……」
「どうした?」
「ぬ、脱がなきゃいけないんですか?」
「普通に背中捲ればいいだろ。上裸になる必要はねえ」
「あ、そ、そうですか」
10歳の幼女を脱がすのは事案だ。
軽く背中を捲っても第三者から見れば意外と事案かもしれない。今度から気をつけようと心に決めた。
「じゃ、じゃあその……よろしくお願いします」
「おう」
一滴、背中に垂らした。
ステイタスの表示が変わる。更新される恩恵に目を見開いた。
レヴィス・ララトウワ Lv.1
力 B721→A913
耐久 B701→B781
器用 C691→B837
敏捷 C652→B851
魔力 I0
『魔法』
【】
【】
『スキル』
【
・
・捕食対象の格に比例して効果上昇
・格上の捕食対象消化後、
【
・任意発動
・行動による消化機能の上昇
・口内接種による毒物の耐性
「っ……」
「どうしました?」
「まさか、ここまでとは……」
トータル
レヴィスが捕食したのはミノタウロス、アルミラージ、ヘルハウンドの血肉と魔石。それをスキルで消化し、上昇率を確かめたかったが、格上のモンスターを捕食する事でここまで上がるとは思わず引き攣った笑みが溢れた。
「……モンスターを捕食すればステイタスを上げられる。それが私のスキルですか?」
「ああ、
ここまでの上昇率はやはり中層のモンスターであるからだろう。経験値取得の条件としては格上の対象でなければ満たせない。だがそれを抜きにしてもこのスキルは破格なのだ。何せ【ロキ・ファミリア】は大手。二大派閥である以上深層への進出は必ずある。格上をパーティで倒し、レヴィスがそれを捕食すれば計り知れない強さを得られる。
「言っておくが、無闇矢鱈な能力の底上げは禁止だ。身体のズレから今までの技術が疎かになりかねないからな。それに格上の捕食じゃなければステイタスは上がらんし、無茶し過ぎて死ぬ事は絶対にするなよ」
「……というかあまりやりたくはないです。不味いし」
「まあ同じスキルの保持者も苦肉の策だったからな」
怪物でも可能であるが、人でも不可能ではないそのスキルは文字通り反則の域にあるが、モンスターや人を食べた不快感は消えない。ザルドも苦肉の策が故に、普段の飯にはかなり拘る美食家であった。
嫌悪感を感じ難いが、モンスターを捕食する。味に対してはレヴィスでも快不快はあるようだ。出来る限り虫系のモンスターは避けた方だが、不味いものは不味い。成長したいと思ったその時に行えばいいだろう。少なくとも今はまだ。
「帰るか。今度はアイズが拗ねそうだ」
「ああ……確かに」
中層は未だアイズにとって
★★★★★
アイズ・ヴァレンシュタイン Lv.1
力 S981
耐久 S911
器用 SS1112
敏捷 SS1011
魔力 A899
『魔法』
【エアリエル】
・付与魔法
・風属性
・詠唱式『
『スキル』
【
・任意発動
・怪物種に対して攻撃力高域強化
・竜族に対し攻撃力超域強化
・憎悪の丈により効果向上
【
・技術、技能の習得度の高補正
・憧憬対象との共闘時、ステイタス超高補正
・憧憬対象を認める限り効果持続
レヴィス・ララトウワ Lv.1
力 SS1052
耐久 S981
器用 A891
敏捷 S923
魔力 I0
『魔法』
【】
【】
『スキル』
【
・
・捕食対象の格に比例して効果上昇
・格上の捕食対象消化後、
【
・任意発動
・行動による消化機能の上昇
・口内接種による毒物の耐性
羊皮紙を見る。
色々と頭痛がしそうな成長速度に神妙な顔をしながらも三首領とロキ、そして俺は今後の結論を出した。
「やはりここが打ち止めだな」
「リヴェリアもそう思う?」
「ステイタスも極まっている。此処で次に上げておきたい」
「僕等からも異論はない」
11ヶ月が経った。
二人して才能はあると思っていたがまさか此処までとは。Lv.1の俺並みの基礎アビリティになったな。レヴィスなんかは本気を出せば俺の更新記録を超えていただろう。
「あとちょっとでランクアップ可能や。ノーグが手を抜いていたとはいえやっぱり格上からの経験値がだいぶ取得されてるしなぁ」
「となると……やはり次の遠征辺りに巻き込むつもりか?」
「その必要はない。俺がやる」
「君との戦闘を偉業とするのかい?」
「少し本気を出すだけだ。それだけでも偉業になり得る」
倒せずとも圧倒的存在に立ち向かったという偉業は加算される。当時Lv.2であった俺がLv.7であった女帝に挑んだ時と同じように。ただし、これは鍛錬ではなく殺し合うという覚悟を持って挑まなくてはいけない。
「てことはアレか。ノーグと同じやり方で上げるんか?」
「それが一番安全だろう。懐かしいな対女帝戦。あの時は遺書を書きたい気分だったわ」
「……死なせんようにな?ええか、フリやないで?」
「当たり前だろ。俺をなんだと思ってんだ」
「
「ヘラに殺されるぞ」
いやまあ、間違ってはないけどさ。
★
★★★
★★★★★
風が草木を揺らす音が聞こえる。
夜の時間が訪れると、月明かりが照らす『黄昏の館』の庭で風を切る音。息を切らす幼い声、汗がこぼれ落ちてはそれを拭わずに一心に剣を振る金髪の剣士。
「983、984、985……」
木剣を握り締めて振り下ろす。
型を崩さないように、されど全力で振るう。少女の体躯に見合わない重し付きの木剣に息を切らしながらも振るった剣を数えていく。
「……1000」
それが終われば耐えていた腕から木剣を離し、地面へと倒れた。力を鍛える為にノーグは色々と手を加えている。どれも厳しいものではあるが、乗り越えられない程の難易度を与えているわけではない。
自分の在り方を目標にしても最善とは言えない。故に自主性を重んじるのがノーグの方針だ。自分がどうなりたいか、それを考えさせられる。
少女の答えは決まっていた。
悲願の為、同じ目的を持った自分に最も近い英雄と共に奴を討つ。
だからこそ剣を取った。力を求めた。
そろそろ次のステージに進みたいと思った矢先、ノーグの口から告げられた『試練』の予告。
『──1週間後。お前たちを同時にランクアップさせる準備を整える。それまでできる事は全てやっておけ』
遂に、ランクアップの道が開かれる。
ワクワクしているのか剣から手が離れない。俗に言う興奮して夜も眠れないという奴だ。『試練』の内容は聞いていないけれど、戦うという事なのは間違いないはずだ。
「……考えてる事は同じか」
「ん、レヴィス」
既に汗をかいて息を整えながら庭へと出てきたレヴィス。体幹のトレーニングを終え、彼女もまた眠れずに剣を握り締めていた。素振りを始めようとする前にアイズは尋ねた。
「『試練』はなんだと思う?」
「まあ戦闘は間違いないだろ。二人同時に相手しなくてはいけないという事は絶対格上」
アイズはランクアップの方法を知らないが、レヴィスは【アストレア・ファミリア】から聞いている。器の昇華、即ち対格上に挑んだ故に手に入る偉業の経験値の蓄積によって為される。
二人同時にという事は連携をしなければ勝てない可能性だってある。
「勝てると思う?」
「勝つ気でやらなきゃ負ける。今回は蛮勇かもしれない冒険をする可能性もある。アビリティを極めたならあとは気持ち次第だろ」
「確かに」
それには大いに同意した。
アビリティの伸びが悪くなった以上、Lv.1の器が満たされているという事になる。次の階位に進むためにできる事は対格上に対する『技と駆け引き』と最後は気持ち次第だろう。根性論は案外馬鹿にならない。
「素振りはいいや。一戦する?」
「やる」
両者、自分の丈に合った木剣を構える。
踏み込みは同時だった。Lv.1に見合わない駆け引きに剣が舞う。別に二人は仲が良いわけではない。喧嘩だってするし、お互いの事を認めてはいても負けず嫌いだから反発する事も多い。
「シッ……!!」
「ふっ!!」
だが、剣を交わし駆け引きに頭を回す。
実力が近いギリギリの闘争。二人共負けず嫌いであるから、勝った喜びを噛み締めたいが為に剣を振るう。
この時間だけはお互いが共通して好きな時間であった。