オラリオから二大派閥が去っていく。
最強の時代は終わった。これからは最強達の軌跡を超えるファミリアにならなければならない。世代交代を名乗るにはあまりにも脆弱だが、環境も時代も足を止めてはくれない。
ヘルメスの情報操作のおかげで一先ずは『追放』の形になりはした。それ故に送迎は殆ど存在しない。頼っていたものの結果を出さなければ手酷い裏切りの罵声が浴びせられる。『黒竜』を殺さなかった事も仲間を失った事も住人たちは同情する事もせずに倒せなかった事に対しての結果から冷たい視線で埋め尽くす。
オラリオから離れれば外での成長は殆ど無い。
故に『黒竜』討伐を育ち切っていない二大派閥に託す事も自分勝手だと罵っている人間もいる。それでも今のオラリオは闇派閥の増長が酷すぎる。幹部は殺せずとも残党狩りは間違いなく起きてしまう。
だから仕方がない。
けど、諦めているほど弱い人間ではないのは知ってる。正門から外へと離れていく前に、ノーグは最後に声を掛けた。
「アルフィア」
「なんだ」
「メーテリアと、これから生まれる子を頼む」
「……お前に言われるまでもない」
アルゴの件は地獄で殺すと告げていたが、メーテリアの意志をアルフィアは尊重して出産する事を許した。生き残ったゼウスの眷属はザルドを筆頭に震え上がっていたらしいが。
それから『精霊薬』は定期的にヘルメスを通じて送る事になった。住む場所が分かればノーグが走って行った方が早いが今の時期でそんな暇は簡単に作れない為、ひとまずはそれで妥協した。一応は『約定』の神だ。多分仕事はしっかりしてくれるだろう。
必要な金はギルドの貸し金庫に貯金してあるアルフィアの資産から出すと言って聞かなかった。ある種の『冒険者依頼』らしい。そんな事をしなくてもいいと言ったが、正当な報酬はしっかり貰っておけと口酸っぱく言われた。
この都市を離れても繋がりは消えない。
またいつか会えるから、悲しんだりはしない。
「ノーグ」
「……どうした?」
「お前は強くなれ。私よりもな」
「言われるまでもねえよ」
不敵な笑みでそう返せばムッとした顔でアルフィアは軽く睨む。そうならなきゃいけないのは事実だから。そうでなければいずれ『黒き終末』がこの世界を滅ぼすから。
去っていくアルフィアの背中を見つめていると、足を止めて背を向けたまま彼女は告げた。
「……待ってる」
「!」
「待ってるから、さっさと此方側に来い」
「……ああ、必ず」
二大派閥が無くなっても最強の称号は未だアルフィア達のものだ。来るものを拒まない。挑む者達を頂点で待ち続ける。だから俺は強くなる。強くならなきゃいけない理由があるから。
★★★★★
刻まれた恩恵を指でなぞる。
Lv.5から一年が経過し、ゼウスとヘラに挑み続けた男の修練が身を結ぶ。偉業達成は一ヶ月、保留期間を考えても刻まれたステイタスの凄絶さを見て絶句する。
自分の眷属がまた新たな階位に足を踏み入れたことに歓喜と同時に悲壮を感じる。きっと止まる事はないのだろうと、止める事は出来ないのだろうとヘラの教訓。最凶の在り方をその身に刻んで。
「色々と言いたい事はあるんやけどな。ノーグ」
「あっ?」
「約束や。絶対死ぬんやないで?
「分かってる。約束も誓いも生きて為すよ」
「そか」
同時刻。
バベルの塔にて美の女神の前に巌な
「遂にミアと同じ所まで来たわね」
「はい。自分もこのままではいけない事を痛感しておりますので」
「いいわ。その突き詰めた意志が貴方を輝かせる」
銀の女神が持つ黄金の剣は更に輝きを強める。
最強達と比べれば鈍でしかないその剣は強靭さと鋭さを磨いていく。武人としての誇りや執念を薪に焚べ、彼もまた最強を追いかける挑戦者。
最強を志す彼に女神は使命を与えるが如く背中を押した。
「強くなりなさい。未だ最強はあの女の眷属にあるのだから」
「はい」
「それはそうと」
「おめでとうノーグ」
「おめでとうオッタル」
「「ランクアップよ(や)」」
ノーグ Lv.5→6
力 SSS1352→I0
耐久 SSS1600→ I0
器用 SSS1500 →I0
敏捷 SSS1563 →I0
魔力 SSS1600 →I0
【天眼D→C】
【耐異常F→E】
【耐冷C→B】
【魔導F→E】
【並列思考H→G】
【治力I】
『魔法』
【アプソール・コフィン】
・二段階階位付与魔法
【リア・スノーライズ】
・領域魔法
・指定した存在に氷付与魔法を付与
・極寒、氷結範囲に幻像使用権限獲得
・極寒、氷結範囲から魔素の回収、精神力還元
『スキル』
【
・■■■■■■■■■
・神威に対する拒絶権
【
・
・疾走時、精神力を消費し『敏捷』の上昇
・発動時、加速限界の制限無視
【
・発展アビリティ【耐冷】の獲得
・環境極寒時、ステイタスの高補正
【
・一定以上の憤怒時発動可能
・精神力二倍消費による魔法の詠唱破棄
・怒りの丈より出力上昇
【
・魔法発動中、精神力超消費にて冷気隷属
・隷属範囲及び練度はLv.に依存
【
・
・発動中
・発動終了後、
【
・限界突破ごとに肉体及び精神の精霊化、人間性の機能消失
・肉体の不老獲得
【
・忘却停止
・格上戦闘時、発展アビリティ【魔斬】の一時発現
・格上戦闘続行時、時間経過に比例して発展アビリティに補正
一年でもこの上がり方は異常だと思ってはいた。
時折、自ら模擬戦で死にかけるまで戦い、遠征に付いていく為妥当と言えば妥当なのかもしれないがそれでもアビリティは脅威のオールSSS。更にそれさえもカンストし、
まだ
発展アビリティは【治力】。
効果は『体力の自動回復』。自然治癒では限度がある体力の回復はポーションを飲むか魔法で回復する事が多いが、このアビリティは回復を自動で行ってくれる。冒険者からすれば羨むアビリティだろう。【精癒】【魔防】【直感】も出ていたが長く戦う意味で【治力】を選択。
「……あのクソヒス女。マジ碌なことせえへんな」
新たなスキルに苦虫を潰したような顔でロキは羊皮紙を睨む。
【
ヘラの名が付くそのスキルは死んだ仲間に対しての後悔から発現したと思われる。効果に関しては悪くない。ノーグの本質的に言えば明らかに
だが、忘却停止という効果。
記憶した事を忘れないという意味ではプラスだが、
残された
故に止まらないし止められない。きっと望まなかった修羅の道に自分から足を踏み入れるだろう。
「ハァ……」
これでもかとヘラの影響を受けてる事に顰めっ面で羊皮紙を睨むが、ノーグは意外な顔をしていた。そもそもステイタスは本来ならば他人に明かさない。魔法、能力値から生じる戦闘パターンや弱点の流出を防ぐ為、基本的には羊皮紙に写したステイタスは燃やす。
だが二大派閥は違う。スキルの発現法則や発展アビリティの傾向を調べる為にギルドにステイタス情報を提出している。【ヘラ・ファミリア】所属時はノーグも提出していた。その時に一度だけ女帝のステイタスを見たことがあるが、それと
「これは……【女帝】と同じ発展アビリティ?」
「どんな効果や?」
「魔法や呪詛に対しての切断権…らしい」
発展アビリティ【魔斬】。
この発展アビリティは
ただし、上手く斬らなければ被弾は免れないとの事。付与魔法や階層主特有の断続的な攻撃。蒼炎や光線とかには相性が悪い。
格上戦闘時にしか発現しない上に運用が難しい。
少しだけノーグが笑うと羊皮紙をランプの火で燃やし、脱いだ服を纏い装備を整え始めた。
「それじゃ、俺はダンジョンに行ってくる。一週間ほど戻らん」
「どこまで行くんや?」
「さあな」
曖昧な返答を残し、ダンジョンへと向かった。
★★★★★
「っ……」
「ふぅ……しんどいな」
「ここまで来るのに何回かかった……」
「四回。【女帝】がLv.6の時に単独で来たらしいけど…上がり立ての俺らじゃ時間かなりかかったな」
オッタルと共に『深層』の最深部に来ていた。各自のファミリアからしたら到達階層的に二人で進行してはいけない危険性の高い遠征。息を切らして五十階層のモンスターが生まれない階層付近で休息を取っていた。
それは最強達が行った試みを実際に行ってみた結果。最低でもこの階層に単独で来れるのはLv.6の後半だと理解した。つまるところ、二人してその強さに達しているとは言い難い。普通は死ぬ。神々がこの事実を聞いたら「いや死ぬだろそれ」と返されるだろう。
モンスターの数に圧倒されて死ぬか、状態異常を貰って死ぬか餓死するか。死に方のバリエーションがあり過ぎて絶句する。最深部とはそれくらい危険なのだ。
「バロールが居なければ一先ずって所だな。魔石を砕く方が面倒だ」
「確かに」
「装備と所持品は?」
「大剣や装備に問題ない。『
「俺も大体同じくらいだが、『
だが二人して消耗したのは体力のみ。
攻撃は然程食らっておらず、持ち味の耐久と攻撃を食らってはいけないモンスターを把握しての超高速戦闘と超速殲滅を可能としていた。お互いにスキルを使った分は体力の消耗は当然の話だが。
「階層主さえいなければ単独で来れなくはない。だが魔石を砕きながらの戦闘となると」
「流石に無理だな。敵を選んで殺すしかない。群れの場合は逃走も然るべきだな。魔法を使えば魔石ごと地面を凍らせて一時凌ぎにはなるけど」
「高速で終わらせなければ増援が来て連戦か」
故にこの階層に来るまで四回。
ここに来て氷属性の弊害。魔石ごと消し飛ばせる炎と違い、氷結属性は凍ったものが残る。放っておいても氷は溶けて魔石は露出する。物理的な破壊しかできないのが難点だ。
「冷気操作で魔石回収は出来ないのか?」
「範囲によるし魔石を凍結させない出力って案外難しいんだよ。『
「やはりサポーターを雇うべきか」
「こんな場所に付いてくるサポーターが何処にいんだよ。ああクソッ、アルゴが居れば楽なのに……」
地味に有能だったアルゴの存在に頭を抱える。
撤退する時は撤退するが、素材の回収速度だけは意地汚さも相俟って早かった。オッタルも地味に居なくなって実感する苦労に溜め息を溢した。
「嘆いても仕方ない。いずれ単独で来れるように目標を立てるとして、とりあえず氷結で範囲を区切って戦闘していこう。『
「ああ。無理し過ぎるとフレイヤ様に叱られる」
「あの人はお前の母ちゃんか」
回収した魔石やドロップアイテムを氷結で作った巨大な箱の中に入れ、拠点から離れる準備を始める。最強が抜けた穴はそう簡単に埋まらない。故に追い付かなければならない重圧を最も感じているのは二人だろう。
「行くか」
「そうだな」
最強達に追い付く為、二人はモンスターを狩りに足を進め続けた。
★★★★★
半年が経った。
ステイタスの上がりも少しばかり悪い。他の人間と比べれば早いのかもしれないが、このままではいけないという僅かな焦りがあった。深層の単独遠征は月一でやっているし、強くなる事に対して手を抜いているつもりはない。
だが、今までが順調過ぎたのか。環境故の上がり方だったのか傑物達に追いつけるイメージが湧かない。由々しき事態だ。
ノーグ Lv.5→6
力 I0 → G201
耐久 I0 → F396
器用 I0 → H186
敏捷 I0 → F311
魔力 I0 → C689
【天眼C】
【耐異常E】
【耐冷B】
【魔導E】
【並列思考G】
【治力I】
ため息を吐く。
Lv.6となって半年ならこの成長率は悪くはないのかもしれないが、アルフィアに追い付く為にはもう少し
だがそれでも焦る。客観的に自分には才能はあると思っている。だからこそ上を目指さなければならない。アイツらが背負っていた強者の責務を俺が背負わされることになるとは思わなかったけど。
それでも…そうでもしなければアイツらが報われない。無駄死になんて俺が言わせたくない。曲がりなりにも最強達と歩幅を合わせて進んでいたから。
「焦りは禁物……分かってんだけどなぁ」
歯痒さに体が浮き立つ。
嫌な感覚だ。まるで背中から死神の足音が聞こえるような感覚。絶望は必ずやってくる。このままでは全員
いつまで……戦えばいいのだろう。
いや、こんな事を考えてるようじゃ追いつけない。
でもこのままでいいのか?
アイツらでも歯が立たなかった存在に勝つ為にアイツらの軌跡を追うだけで『黒竜』を殺せる力が身につくのか?
「ああ、クソッ悪循環だ。気分転換にミアさんが開いた飯屋でも食いにでも──」
「それもいいけど、少しばかり待ってほしい」
「!」
振り返ると胡散臭い神が視界に映る。
無視するにはこの神は外の事情を知り過ぎている為、足を止めた。意外と悪循環から注意も散漫になっていたらしい。
「神ヘルメス。何か用か?」
「【
「メナ……ってことは完成したのか?」
「ああ。君専用の特注品だ」
箱を渡された。
何も言わずに受け取り、中身を確認する。リリナが託してくれた『魔法石』をメナが改良し創られた魔導具がそこにあった。
白銀の装飾に赤黒い『魔法石』に
その
華のようで気高くも美しい妖精が残した呪い。
装着しなくても分かる。燻るような熱が未だに消えていない。アイツ、死んでもこんな想いを残すとか本当にさ……。
「……酷い女だよ」
「?」
「こっちは一日たりとも忘れた事はないってのに」
忘れるなって言ってるようで少しだけ顔を顰めた。
お前の事、忘れる訳がないってのに。装着した感想『
不意にアイツの姿を幻視する。
炎を纏いながらLv.5で魔力の量や威力がLv.7の領域に踏み込んだ偉大な妖精の唄を今でも憶えている。手を伸ばし自然と流暢と詠唱が口に出ていた。
「【──起きろ憤怒の怪物共よ】」
黒い魔力が身体に纏わりつく。
受け入れてしまえば身体が熱くなり、視界が赤く染まる。『耐久』が下がり憤慨状態にする代わりに魔法増幅は間違いなく発動している。まるで抱きつかれているようで落ち着かないが、それもアイツの愛と受け取っておこう。
「本家と比べれば効果は薄いけど、それでもアイツの呪いだ」
「死してなお……ヘラの眷属だねぇ」
「それな」
ある意味、満点。
ヘラの才能に向いてたよ。腕輪に込める魔力を切ると、赤く染まった視界が元に戻る。対怪物戦ならまだしも、人と戦う時は隙を作りやすい。激情を煽るこの腕輪のデメリットは結構魔力を持っていく上に怒りで力の増幅はあれど技術のキレは落ちそうだということ。
腕輪を撫でながら目を閉じる。
一年しか同じ場所にいなかったが、それでも一緒に戦場を駆け抜けた大切な友に語りかけるように口を開いた。
「ありがとう、
また一緒に、戦っていこうなリリナ。
それで、いつかまた会えたらウンザリするほど俺の武勇伝を聞かせてやるからさ。
「アルフィアからは……」
折り畳まれた手紙を広げ、内容を読む。
そこに書かれていたのはただ簡潔に一言だけだった。
『もうすぐ産まれる』
見た瞬間、ヘルメスに視線を向けた。
僅かながら無茶振りの予感を感じ、顔が引き攣っていた。
★★★★★
オラリオの外は危険性は少ない。
ダンジョンが出来る前から外へと進出してきた古代のモンスターを除き、討伐推定レベルは高くても2以下が殆ど。剣を持ち集団で襲い掛かれば討伐出来る。
故に冒険者が外の世界に行く事は少ない。
外交や輸入、輸出などの護衛や特定のファミリアは許可されていても、大手ファミリアの冒険者が外に行く事は余程の事がない限り許可されない。
それに今は混沌の時代。特に闇派閥が跋扈する中での抑止力となっているのは間違いなくノーグとオッタルの二人だ。
主戦力はあらかた潰していても第二級はまだ多い。動きが少ないのは総力戦になれば勝つのは二大派閥だと相手も理解しているから。その抑止力たるノーグが外に出ればその隙を狙われる。本来ならば外に出る事自体、ギルドの許可が絶対に出ないのだ。
「ハァ……ハァ……」
ノーグが見届ける意味なんてない。
辛いのはメーテリアでノーグがいた所で何も出来はしないだろう。それならばダンジョンに行けとアルフィアから怒鳴られる光景が浮かぶ。
「着いた」
プロローグが終わり、物語の主人公が生まれる。
ノーグにとっても、アルゴが残した未来の希望を見ておきたかった。
メーテリアが住む村は
メーテリアが住む家の前に辿り着く。
強い気配が二つだけ感じ取れた。神の気配もあるが、この懐かしいような気配に誰が居るのか分かって笑みを溢した。
扉をノックすると、足音が聞こえた。
開かれた玄関の前に立つ灰色の女が髪を靡かせている光景が視界に映った。
「……来たのか」
「まあな、久しぶり。……メーテリアの様子は?」
「陣痛が始まってる。今は私も部屋に入っていない。居るのは医者だけだ」
「そっか。『精霊薬』を持ってきたが必要か?」
「助かる」
黒竜戦から半年。
レシアやメナと違い、アルフィアはメーテリアの側にいる。前線から外れたのは知っていたが、少しだけ尖った性格が変わったように見える。
それともう一つの気配は恐らくメナ。
メーテリアの出産にこれ以上の
「どうやって外に来た?あの豚が許すとは思えんが」
「透明化の魔導具を手配させたんだ。ヘルメスに貸しを作ってな」
因みにロキには無断で外に出た。
後でリヴェリアママに怒られるだろうなぁと遠い目をしていた。
「うああああああああああああああっ!!ひっ…ぐうぅぅぅぅぅ!!」
「「!」」
二人して背筋がビクッとしながら叫び声が誰なのか理解して直ぐにメーテリアの部屋の前に急いだ。未だ叫び声が聞こえる中、何も出来ないまま部屋の外にいるが、焦れたように二人して外でウロウロと徘徊していた。
「落ち着け大丈夫だからそんな不安そうな顔するな」
「いやお前も震えてるだろ」
「分かっててもこうなるもんだろ普通」
「クソッ、こういう時私達は無力だ」
「大抵はそうだろうが」
言葉とは裏腹にオロオロとしている二人。
出産の時は基本的に無力なのは知っているが、落ち着かないのは人としての性である。まだ大人になり切れていない二人からすれば当然の反応にも思える。叫び声が聞こえる中、拳を握りしめて頑張れと心の中で叫んでいた。
「うっ…ううううううううううっっっ……かっ、ああっ……」
「っっ!もう少し、もう少し頑張って!」
「ッッ……かっ、ハァ…ハァ……!」
「んっ……よし、産まれた!!」
「!」
メナの声が部屋から聞こえると、メーテリアの叫び声も収まった。呼吸音が聞こえる辺り、メーテリアも無事のようだ。病弱で身体への負担を考えても危ないと感じていたがメナが成功させた。
「っっ……」
「ちょっ、おい大丈夫か?」
良かった、と思う矢先にアルフィアが崩れ落ちた。
気を張り続けた以上は当然と言えば当然かもしれない。ノーグも安堵のため息を溢し、扉越しにメナに声をかける。
「メナ、俺たちも入って大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「アルフィア、行くぞ……腰抜けてんのか?」
「いや……安堵したら少し気が抜けてな」
「ほら」
手を掴み、無理矢理起き上がらせる。
ありがとうと小さな声が聞こえたが、今はそれどころではない。心臓の音がやけにうるさく感じながらも覚悟を決めて扉を開いた。
扉の向こうへと足を踏み入れると、メーテリアは笑っていた。
か細く折れてしまいそうな腕の中で、赤子が寝ているのを見て、アルフィアは安堵の笑みを溢しながら微笑ましそうに眺めていた。
メナもヘラも、アルフィアもメーテリアの出産の成功を喜ぶ反面、ノーグだけが僅かな動揺と共にその光景に目を疑った。
「
白い産毛とアルゴと同じ
そして、メーテリアと同じ翡翠色の瞳を宿し、産毛の一部に
「(
ノーグは『原作』を知っている訳ではないが、そんな設定は知らない。双子の存在はノーグにとって未知の存在だった。物語の道筋通りなら産まれるのはベルだけだと思っていた。
だが、ノーグはメーテリアに干渉している。
それもかなり深い関わりが存在している。メーテリアを延命させているそれが何であるのか。藍色を受け継いだ赤子を見た後、近くに置かれたメーテリアが飲む薬に目を向けた。
「(
精霊薬はノーグの血で作られた丸薬。
ノーグは精霊の力そのものをその身に宿している為、本来は殆どあり得ない精霊の血の確保が可能である。
だが、もしも精霊の血で作られた薬を飲み続ければ、影響があってもおかしくはない。それも大精霊ヴィルデアの血だ。有り得ざるもう一人の子が居ても不思議ではなかった。
「(……いや、別に焦る必要もないか。護る存在が増えただけだ)」
未来は既に変わっている。
バタフライエフェクトは既に起きている。
物語は壊れ、捻じれては思い通りに進む事は出来ない。
それでも──
「……生まれてきてくれてありがとな」
それでも──希望は生まれた。
変わってしまった未来の結末であろうとも、希望がこの世界を変えるまで戦い続ける。赤子の頰をそっと撫でて覚悟を決めた。
彼等が英雄になれるまで、この理不尽な運命に抗い続けようと。