「いや、いやいやいや!? お前なんでいんの!?」
「実を言うと放浪の途中で道に迷っててね。人里を探してたら騒がしそうだったから来たのさ」
「何してんのお前!?」
騎士様、まさかの迷子だった件。
だが白銀の鎧と長剣、そしてリヴァイアサンの砲撃を逸らした膂力。間違いなくステイタスだけならノーグより上。つまり、Lv.6以上の戦力が牡丹餅で降ってきたような状況に僅かながら希望を見出した。
「まあいい、お前Lv.6だろ! 前線の戦力が足りてねえし、回復時間を稼ぎたい! 奴の攻撃を出来るだけ遠ざけてくれ!!」
「ああ、任せてくれ」
黒焔を纏ったノーグの一振りが外殻を凍結させる。そこに間髪入れずにレオンが外殻を斬り落とし、肉体を覆う鱗ごと斬りつけた。絶叫を上げる怪物に怯む事なく雪化粧に紛れて攻撃を躱していく。
黒焔の嵐と騎士の閃斬が海の覇王に傷を付けていく。ノーグもレオンの動きも卓越している。ノーグは天啓により僅かながら未来を知り、的確な攻撃を繰り返す中、冬の風に導かれ雪化粧に姿を眩ませ、凍った外殻を切断する流麗な剣技がリヴァイアサンが最も嫌がる場所に突き刺さる。人間が少なくなり、幻像もやりやすくなった。
リリナの憤慨呪詛は今は解除されている。範囲の制限もあるが、今はそれが丁度いい。レオンが来てくれたお陰で僅かに余裕が出来た。変に暴走するより、冷静である状態の方がやりやすいのか、動きは洗練されている。思考を割けるだけの余裕が出来た。
「(僅かだが前線で少し余裕が出来た……が、根本的な解決にはなってねぇ)」
このまま
「(これ以上の長期戦は先ず無理。ファミリアの消耗具合を考えてもそうだが、女帝がもう一度戦線に立てるかすら怪しい)」
女帝が倒された事により士気も落ちている。
まだ勝てると思っている人間は幹部クラスのみ。だが、依然として勝機が薄いのも事実。必殺と呼べるあの三叉槍は未だ刺さったままだが血が流れていない以上、出血死は期待出来ない。こちらの体力と敵の魔力、どちらが尽きるかなんて目に見えた話だ。
「(やるなら短期決戦だが……まず魔石に届くだけの威力が無い。外殻が再生し切る前に攻撃を繰り返すのが一番だが、二人だけじゃ無理だ)」
回復が終わりアルフィアや副団長、紅、レシアが参戦したとしても消耗戦は無理だ。女帝の抜けた穴をノーグやレオンで埋めたとしてもやはり勝算は三割以下。能力低下の改悪魅了が出されたらその時点で前線崩壊する怪物に時間をかけた攻めは絶望的だ。
「(確かアレは魔法吸収量と魔力伝導率がクソ高かった……)」
試してみる価値はある。
多少強引に近づく必要があるが、レオンに負担がデカいのを考えれば三叉槍に近づくのもままならない。既に前線でギリギリだというのに思い付きで勝機になるかも分からない賭けをするには余りにも前線で戦える人間が足りない。
「──手が足りてねぇんだろ?」
声が聞こえた。
気が付けば隣を通り越して跳んでいた。リヴァイアサンの頭上に影が見えると同時に、槍を振り下ろす巨大な影がリヴァイアサンの脳天に叩きつけられた。氷塊を揺らすほどの衝撃が迸り、外殻には槍のあとから
「ッ……!?」
「なんて剛力……あの人は?」
「マジか……!」
巌な黒肌の男がリヴァイアサンの頭を氷海へと沈めた。
「俺も混ぜろや」
その男は海の男だった。
バンダナを巻き、甲殻類系のモンスターのドロップアイテムから装備を作り、銛にも似たその槍で常日頃から海で水中のモンスターを狩り続ける海の狩人。そのレベルは6。
【ポセイドン・ファミリア】団長。
ガイネウス・ドミエスタがノーグ達の前線に混ざり始めた。
「ヘラの部隊半壊してんのに諦めねえたぁ根性あるじゃねえか。俺もやってやんよ」
「助かる……! ポセイドンや他の人達は?」
「仲間と一緒に撤退した。悪いが戦えんのは俺くれぇだ。士気が下がって死地そのものに見えてるらしいしな」
だがそれは正しい。
女帝が倒れたのが何より痛手である。望んで死地へと参戦出来るほどの強さがない人間は萎縮するか逃げるかのどちらかだ。戦力はLv.6が二枚とLv.5が一枚。対してリヴァイアサンは
だが、撤退は出来ない。
リヴァイアサンは逃げ場を失った分、迎撃に徹しているのだ。もしも撤退を図ろうとすればあの長距離破壊光線を放たれる。雪化粧で姿を隠しても幻像で撹乱させられるだけの範囲は限られている上、前衛に上がってしまった以上は後衛も動くに動けない。
「ガイネウス! レオン! 悪いが少し引き付けてくれ!」
「何かあるのか!?」
「試してみたい事がある!」
ガイネウスとレオンに藍焔の付与が行き渡ると、二人はリヴァイアサンを前に怯む事なく攻撃を続ける。ガイネウスも女帝がやられてしまう所までは見ている、敵のパターンや動きなどを察知していち早く行動する事で紙一重で避けているが長くは保たない。
リヴァイアサンは咆哮を撃ち続けている。
氷海に穴が空き、亀裂が走る中で攻撃の手を緩めない。レオンもガイネウスも回避を優先しながらリヴァイアサンの注意を引き付ける。
「急げ小僧! 長くは保たねえぞっ!!」
だが、その隙を突いてノーグがリヴァイアサンに突き刺さった槍、『
「掴んだぞ怪物」
出力全解放。
熱殺しの黒焔が三叉槍へと注がれるとリヴァイアサンはかつてないほどの絶叫を上げ、胴体を激しく揺らした。突き刺さった内部から魔法が発生している、硬い外殻を無視して内部に直接魔法が作用しているのだ。
「っ、やっぱ嫌がってる!」
この槍なら内部に届く。直接魔法をぶち込めば魔石まで届かせられる。その事実に僅かな勝算を見出した瞬間、リヴァイアサンが激しく肢体を揺らした。
「っっ……!? うおっ!?」
自身の身体を氷海に叩きつけるのを見て、掴んだ槍から手を離し、距離を取ろうとした矢先。リヴァイアサンの尾がノーグの頭上に振り下ろされる。影が迫り、尾に叩きつけられ砕け散る氷海に二人が顔を青くする。
「小僧!?」
「平気……! マジ紙一重」
叩きつけられた場所が歪んだ。
幻像の撹乱、一瞬でも遅れたら即死だった。右肩が掠ったが、ギリギリ直撃は免れ、リヴァイアサンから距離を取る。今の行動で分かったのは、あの三叉槍に魔法を込めれば内部に伝わるという事。勝機があるならそれしかないが、破壊力が足りない。
「くっそ、やっぱ警戒されてる」
その上、先程より警戒を強めている。
幻像は体温や姿を眩ませられても、魔力まで隠し切れていない。見える人間からすれば、魔力を辿られてしまうのは知っていたが、まさかそれを怪物がやるとは思いもしなかった。
「(魔力が見えてるのか……的確に俺だけを警戒してる)」
このまま警戒され続ければ負ける。
レオンやガイネウスにリヴァイアサンを落とせるだけの魔法があるか不明ではあるが、現状この中で魔力量が一番多いのはノーグだ。大精霊の魔法を超えられるだけの魔法があるとは思えない。
「(遠距離で魔法を撃っても避けられるし、『
前衛が居なければ後衛は攻撃が出来ない。
二人に集中する事で辛うじてリヴァイアサンの気を逸らしているに過ぎないこの状況で魔法を撃てば狙われる。前衛が後衛をカバーするだけの戦力が今足りてない。
総合的に見ればリヴァイアサンをたった三人で押し留めているだけ奇跡だ。
「どうすんだ小僧、このままじゃジリ貧だぞ」
「……あの槍に魔法をぶち込む。あの怪物の外殻を損傷できるレベルの魔法をぶち込めれば、刺さってる内部から魔石を砕けると思うけど」
「ああ成る程、お前が感じてんのは」
「そんな大火力を
遠距離で攻撃したところで警戒しているリヴァイアサンには当たらない。特に警戒されている中で遠距離で放ったところで躱されて終わりだ。それに後衛では魔法の破壊力が足りない。リヴェリア並みの火力でも無ければ不可能だ。だが、そんな魔力を要求されると並行詠唱が出来る後衛が居ない。
幾らヘラの眷属とはいえ、リヴェリアを超える大魔法を並行詠唱出来ない。扱う魔力量に比例して並行詠唱は難易度を上げる。それほどの出力を要求されると魔導士の大前提が崩れる。魔法剣士の域を超えた魔力制御が必要だ。
「並行詠唱で大魔法が使える魔導士は──」
「私だ」
鐘の音にリヴァイアサンが咆哮を上げる。
魔素が爆ぜ、音の残響に嫌がってリヴァイアサンが距離を取る。回復をいち早く済ませて前衛まで上がってきたアルフィアが隣に立つ。
「お前の魔法二つだけじゃ」
「
「そんな魔法聞いた事も」
「基本的に使わないからな」
深層でさえ使用した事の無いアルフィアの第三魔法。余程デメリットがあるのか、強力である以上一度使えば戦闘不能に陥るかの二択と推測し、この状況を見た上で頭を悩ませた。
「……成功させる自信あるか?」
「くどい。やらなきゃ死ぬならやるだけだ。絶対成功させる」
「何分欲しい」
「全精神力込めるのに五分。それとあの場所までの道を開ければ」
正直五分さえ今の前線には厳しい。
レオン、ガイネウス、ノーグの三人でアルフィアを護らなければならない。リヴァイアサンは魔力が見えているなら、間違いなくアルフィアの詠唱を狙われる。そうなれば咆哮一つ防ぐだけで誰かが脱落する。
「任せな。時間ぐらい幾らでも稼いでやる」
「ノーグ、見知らぬ騎士殿、ガイネウス殿、感謝を。お陰で回復出来た」
「団長はキツイっすけど、私達で前衛を固めるっすよ」
絶望的な状況に変わりはない。
だが、それでも立ち上がろうとする人間は此処にいる。振り返れば副団長たちが立ち上がり、剣を構えていた。
「レシア、紅さん、副団長……生きてたんですね!」
「死ぬかクソガキィ!?」
「いや、回復が遅かったからてっきり逝きかけたのかと」
「まあ死にかけたっすよ……」
「済まぬ、動けるまでの回復に時間が掛かった」
息を切らしながらVサインを出す後衛のメナ。
未だ女帝の回復をしている。メナの後衛の支援はこれ以上は厳しいが、最前線の復活により後衛の魔導士達も顔色を取り戻す。
「レオン、まだ行けるか」
「当然、ここで倒れたら俺は騎士を名乗れない」
「ガイネウス、まだ戦えるか」
「馬鹿野郎、女任せじゃ漢が廃る」
ここに居るのは、一人じゃない。
これほど心強い英雄達が居るだろうか。最前線に立つノーグは奮いを立たせるように叫んだ。
「全員聞け!!」
それは女帝の代理でしかない道化の叫び。
代理すら名乗るのも烏滸がましい。勇者でもなければ英雄でもない。小さな背中に乗せられた期待の重さに応えられるだけの実力が見合わない子供の叫び。
「女帝は戦えない、勝機は僅か、撤退は絶望的だ」
されど誰よりも怒り、誰よりも諦めなかった者の言葉。今この時だけは誰よりもその言葉が重く感じる。女帝が戦えず、戦線復帰できるかどうかすら分からない。撤退は出来ない。魔力が見えている以上、遠距離攻撃を浴びせられたら一方的に蹂躙される。勝機と呼べるのはアルフィアの第三魔法を魔石付近に突き刺さる三叉槍に届ける事。
絶望的なまでの強さを持つあの存在に勝てるのはそれだけしかない。最早ジリ貧である事は否定出来ない。
「だけど顔を上げて前を見ろ。この戦場が死に場所なんて愉快なモノに見えるか?」
顔を上げればそこに居るのは一騎当千の英雄達。
謳う魔女、猛き狂戦士、彼岸の侍、最凶の右腕、海を制する漢、最高の騎士、そして異端の修羅と災禍の怪物が海の王を前にして怯まずに立ち上がる。
「俺たちを前にしてリヴァイアサンに日和っている奴はまだ居るか!!」
叫びが轟く。
それは恐怖を勇気に変えて立ち上がる戦士の雄叫び。先陣を切るように剣を掲げて走り出した。
「勝つぞ【ヘラ・ファミリア】!!」
その日、伝説が生まれた。
分不相応にも絶望へと駆ける英雄の雛の姿を【ヘラ・ファミリア】は忘れない。勇者が在らずとも、英雄のように抗い続ける少年の姿を。
★★★★★★
333:名無しの冒険者
かっけええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!
334:名無しの冒険者
輝いてるぞイッチィィィィ!!
335:名無しの冒険者
スパチャあったら送りたいレベル
336:名無しの冒険者
演出ご苦労! 華々しく散る様を眺めてるぜぃ☆
337:名無しの冒険者
完全にやってる事厨二やけど興奮する
臨場感が堪らん。滴ってきたぜぇ……!!
338:名無しの冒険者
原作だと乱入してきた悪童のレオンは知ってたけどガイネウスってポセイドンにも主戦力居たんやなぁ
339:名無しの冒険者
だけどレベル7が三人とレベル6が四人、イッチがレベル5で妖精ちゃんもそうだからちょい厳しめか
340:名無しの冒険者
原作ならこれでも相当ヤバいのにリヴァさんパネエ
341:名無しの冒険者
リヴァイアサンの現在の情報まとめとくわ。
『海の覇王』リヴァイアサン
・推定討伐レベル9
・500メトラまで届く遠距離破壊光線
・保有魔力による圧倒的な再生力
・海の怪物の特性の総集
・外殻に対し魔法減衰効果
・特性を引き出す為の身体の変容
・能力値低下の改悪魅了
・溜めが要らない咆哮の砲弾
342:名無しの冒険者
改めて見るとスペックえげつなっ
343:名無しの冒険者
チートやんこんなの
344:名無しの冒険者
問題は改悪魅了やけど、これ自体は回復魔法で治せることが証明済。外殻は削っても魔力ある限り再生。破壊光線はもう食らったら即死。そして問題はその破壊光線を全身から出せること
345:名無しの冒険者
身体を作り替えて発射口を全身にしてるから、回避が不可能。アルフィアの第二魔法でも防げないし、貫通力はレベル7も容易く貫く
346:名無しの冒険者
いやどうしろと?
347:名無しの冒険者
どう足掻いても絶望
348:名無しの冒険者
アルフィアの詠唱は始まってるけど全身から撃たれたら終わり
349:名無しの冒険者
盾が無いし、盾で防げるほど甘くない
350:名無しの冒険者
此処でやられた前線の影響が出てるな
351:名無しの冒険者
イッチも相当疲れとるし
352:名無しの冒険者
むしろイッチが一番無理してる
353:名無しの冒険者
元々イッチのスペックがレベル5でスキルや魔法で誤魔化してるけど、単純に攻撃食らったらアウトなんだよなぁ
354:名無しの冒険者
あっ、ヤバいぞリヴァイアサンが改悪魅了
355:名無しの冒険者
今前線はマズイだろ。それにアルフィアの威力下げられたら
356:名無しの冒険者
おおっーと! イッチの華麗なる攻撃が炸裂ぅ!!
357:名無しの冒険者
口元を凍らせたァァァァ!!
358:名無しの冒険者
いや、リヴァイアサンものともしねえ!?改悪魅了から全身破壊光線に変更してるぅぅぅぅ!?
359:名無しの冒険者
ああああああああああああああ(絶望)
360:名無しの冒険者
ヤバい避けろ避けろ避けろ破壊光線はアカン!!?
361:名無しの冒険者
逃げろイッチィィィィ!!!
★★★★★
「クソがっ……マジでふざけんな……!?」
改悪魅了を防いだと思ったら今度は全身からの破壊光線。魔力の装填は当然ながらアルフィアの魔法よりも遥かに早い回避不可の全方位。そもそもアルフィアが食らったら
「私が止める!!」
黒い球体がリヴァイアサンに直撃する。
メナの魔法は制御奪取。リヴァイアサンの攻撃の発動を潰すつもりだが、総量が尋常ではなくビクともしない。根の張った大木を力で引き抜くような不動の総量。
「ぐっ……ぎぎっ……!!」
「紅さん、レシア、レオン、ガイネウス!!」
「分かってるっ!!」
四人の攻撃に対し、リヴァイアサンは外殻を生成しては覆って亀のように閉じ籠る。チャージの時間を稼ぐだけの防御形態。だがその効果は絶大過ぎる。
「このっ!!」
「止められない……!!」
四人の攻撃が外殻に阻まれる。
リヴァイアサンの外殻は世界で五指に入るほどの強度を誇る。しなやかな肢体を覆い、衝撃を吸収しては柔軟に力を逃すだけでなく不壊金属に最も近い強度を誇っている。外殻を全力で攻撃していても、四人の攻撃が外殻を破壊するだけの力がない。
「【神々の
詠唱は続いている。膨大な魔力が肌で伝わる。
だが、リヴァイアサンの
「……いつまで」
この場を乗り切れるのはたった一人しかいない。
怒号のように、倒れている気高い女に向けてノーグは叫んだ。
「いつまで寝てんだ最凶!!起きろ!!!」
風が吹いた。
一歩踏み込むだけで起きた突風。隣を閃光のように駆け抜けては血濡れた身体でリヴァイアサンへと向かう最凶の女が。そしてそれに連動するように動き始めた相棒の姿。その二人がボロボロの身体で剣を握り締めて走っていく。
豪傑のドワーフや英傑の漢の力すら上回る下界最強の一撃。
その一閃は神に届き得ると言わしめる女帝の怒り。冷徹で恐怖さえ覚えるその女が──吠えた。
「はああああああああああああああっ───!!!」
副団長が示した最も弱い場所に女帝の一撃が突き刺さる。その一撃は自身の剣諸共リヴァイアサンの外殻を
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?!?」
──
装填中の魔力が乱れ、内部から過剰な魔力が暴発する。外殻を覆い、内部を守っているリヴァイアサンにとって内部から焼かれることは未知の経験。
「団長!!」
だが、それと同時に女帝の右腕から破裂したかのように血が溢れ出た。限界を超えた戦闘、死の淵に居た女帝の一撃は大きな爪痕を残したと同時に、戦線離脱を余儀なくされる程の損傷に倒れていく。
前線から一時離脱し、女帝はガイネウスに抱えられながらも、ノーグを見て僅かに微笑んだ。
「あとは、お願い……」
「任せろ」
生意気にも最凶のファミリアを支えるちっぽけな英雄に女帝は託し、意識を落としていた。
★★★★★
海の覇王リヴァイアサン。この時のみは彼と呼ぼう。
彼は初めから海の王であったわけではない。
オラリオにバベルという蓋をする前に生み出した防衛機構。モンスターを生み出す百獣母体のような奈落の中、怪物は下界を蹂躙する為に産み落とされる。彼は産まれながらにして最強であったわけではない。
ダンジョンが生まれる前の話、怪物を産む奈落からの権能を譲り受けた特殊な怪物、彼はその一部に過ぎなかった。
例えるならば
その圧倒的なまでの猛毒を宿し、歩く大地を殺す最強の巨獣。
例えるならば
モンスターがモンスターを産む百獣母体の一部を譲り受けた蠍の王。
例えるならば黒竜。
例えるまでもない。大英雄アルバートでさえ片目を奪う事しか出来なかった人類の終末。いずれ世界を滅ぼすとされる最強の竜。
彼もまたその一つ。
他の怪物とは一線を画す権能。それは喰らった怪物から特性をその身に宿す。変幻自在、無限の進化、海を統べるに相応しい最強の権能。強化種とは次元が違う程の理不尽の体現。それが彼だった。
彼は喰らい尽くした。
歌う人魚を、襲い掛かる燕を、頑強な蟹を、硬質な亀を、そして双頭の竜を喰らい力を得た。気が付けば海で彼に勝てるものなど誰も居なかった。
三大クエスト。
それは人類の終わりの可能性を打破すべく神によって出された悲願。海の生態系を崩壊させては無限に進化し、誰にも倒せなくなる程に強くなるその存在の一つ。
彼は退屈していた。
血湧き踊る闘いの末に生まれた海の覇王。だがその存在故に捕食者であり続ける事しか出来ない。絶対的な強者に挑む存在などこの世界では数少ない。その存在感に怯えては逃げる軟弱な同胞、それを眺め続けることしかできない。
だからこそ、彼は歓喜した。
命を脅かすような感覚を久しく忘れていた。過去に同じエンブレムの旗を掲げた存在が自分を殺しにきた事を思い出す。あの頃とは全く違う。過去最強、全盛期とも呼べる神の眷属。
退路を塞がれて、此処まで追い詰められたというのに何処か愉しい。生存本能からの恐怖よりも、ただこの場にいる存在を叩き潰したい願望が溢れてはそれを実行する為に思考を回していた。
最凶の女がもう戦えない以上、警戒するべきはたった二人。
詠唱をしながら大気が歪む程の魔力を迸らせて近づいてくる灰色の魔導士。そして凍て付く黒い焔を纏い、幾度と自分を追い詰めようとした藍色の魔法剣士。他の者よりも危険なのはこの二人だった。
この世界でも最も異端である才能の権化。
世界の命運がこの二人に託されているのは彼にも理解出来た。
彼は吠えた。
此処で確実に葬るという殺意を込めて。切り札が消えれば勝利は確実。であるならば狙いを定めて最強の覇王として立ち塞がる。挑戦者に対して一切の油断も無い。
彼は笑った。
今はただ、この出会いに感謝を。
忘れていた怪物の本能が目を覚ました。
★★★★★
アルフィアは詠唱しながら目を見開いた。
「なんだ……アレは」
リヴァイアサンが
海の覇王が今更潔く死を選ぶなんて事はあり得ない。ただ身体全てが蒼炎に包まれては迫ろうとする前衛を睨んでいる。
リヴァイアサンに魔法は使えない。
魔力の運用は出来れど、魔法という『術式』がないからだ。魔法は詠唱し、魔力を運用する事で様々な効果を発揮する奇跡。神が降りなかった時代では精霊しか魔法を使えなかった。神の恩恵を持って人類が奇跡を再現する事を可能としたが、リヴァイアサンにはそれがない。
纏う蒼炎。
あれは付与魔法ではない。
「っ、来る!!」
「避けろっ!!!」
蒼炎で燃やしながら尾を回しては薙ぎ払う。
巨大な肢体から放たれる旋回に蒼炎の熱が加わり、凍結した海が解け始める。前衛は何とか躱すが、荒れ狂う蒼炎の壁に阻まれては近づけない。
「ぐっ、おおっ!?」
「出鱈目かっ!?」
陣形が崩される。
動きを止めてその場に踏ん張る前衛に対してリヴァイアサンは旋回しながら容赦なく蒼炎を撒き散らす。激しい猛攻に回避する事で精一杯。流石のアルフィアも詠唱を待機させ、避ける事に専念する。
「クソッ……! 熱の盾かよ……!!」
「絶対触れるんじゃねえぞ! 海に飛び込むか、俺の魔法でしか対処出来ねえ!!」
「こんなん無理ゲーっすよ!?」
海に飛び込んだらそれこそ思う壺だ。
出力を上げて蒼炎を掻き消そうとした次の瞬間だった。
「ぐあっ!?」
「レオン!?」
飛来してきた何かにレオンが吹き飛んだ。
それだけじゃない。レシアと紅も同様に前衛から弾き飛ばされたように吹き飛んでは流されていく。リヴァイアサンに視線を移すと、頭部から造り変わり大砲のようなものが付いていた。
次の瞬間、大砲から大量の海水が撃ち出された。
圧倒的質量による水の砲弾。躱そうとしても速度が速く、範囲が広過ぎて避けられない。着弾すれば海水に流されて前衛が維持できない。
「今度は洪水かよ!?」
「クソがっ、災害のフルセットかこの怪物!?」
蒼炎で氷を溶かして海水を供給する為に暴れ回っていた。しかもノーグと致命的に相性が悪い攻撃に切り替えた。海水を凍らせた所で液体が固体になるだけだ。飛んできた弾丸の威力を殺せずにただ悪戯にダメージを増やしかねない。付与魔法が強力な分、近付いた弾丸は容赦なく凍るが凍ってしまったら圧倒的な速度で飛来する氷塊に早変わりだ。
「(嘘だろオイ、いくら覇王って言っても限度があるだろ!? 知能が人間のソレじゃねえか!?)」
圧倒的な知能を持っている。
前衛崩しの計略、本能のままに戦う怪物とは訳が違う。正しく冒険者に対して有利な展開を引き出す厄災。前衛が崩れた今、再びリヴァイアサンにとっては絶好の好機。魔力を装填し、全身からの破壊光線の魔力を蓄積し始めている。
「ぐっ、この距離じゃ凍結も無理だ……! 回避!!」
「ノーグ! 氷壁で一か八か対応を!!」
「あの攻撃じゃ障子紙レベルだぞ!? 距離を取れ!!」
絶体絶命。
追い詰められた最凶のファミリア。再び全身からの破壊光線を撃たれたら今度こそ誰かが死ぬ。圧倒的貫通力を誇るそれを防ぐ術はない。前衛は一か八かリヴァイアサンから離れるように退避する。
間に合わない。
そう感じていたその時だった。
ノーグに『天啓』が浮かんだのは──
「……アルフィア、詠唱はまだ続いているか?」
「ああ、どうした?」
「俺の判断に命を預けられるか?」
「勝てるならな」
「なら、行くぞっ!!」
退避する前衛に対して、ノーグはリヴァイアサンに向けて
「なっ、ええい玉砕覚悟か!?」
「俺を信じろ!!」
「くっ、これで死んだら祟るからな!?」
「上等!」
だが、それでもノーグを信じて走り出す。
退避する前衛に対して二人だけがリヴァイアサンに迫っていた。
「なっ、戻りなさい二人共!?」
副団長が叫んでいるが二人は走り続ける。
気が狂ったかのような蛮行に誰もが止めようと叫ぶが二人は止まらない。リヴァイアサンが一斉掃射する三秒前、その絶望に対してノーグの瞳には恐怖など微塵もなかった。
発射される一秒前。
その惨状から目を瞑りそうになった後衛達の視界に映ったのは──
「…………えっ?」
リヴァイアサンが血を吐き出している光景だった。
★★★★★
遡る事、四時間前。
大型弩級に装填した【
過剰に魔力を充填し、絶大な破壊力と貫通力を生む討伐の切り札。だがそれとは別にもう一つの切り札を【ヘラ・ファミリア】は用意していた。女帝が手に持つ大きな瓶の中にそれは存在していた。
「っ、『ベヒーモス』の猛毒!?」
「ええ、これを塗り込むわ。もしも貫通し切れなかった場合の保険だけど、あって損はないわ」
地上最強の猛毒を持つ『ベヒーモスの黒灰』。
その猛毒は深層の『ペルーダ』の数倍はあると言われているほどに強力な毒性を持つ。現にLv.7へと至ったザルドの四肢を腐らせようと巡っている程に、強い毒ではある。
これはそれに改良を加えて毒性を更に引き上げたもの。『ベヒーモス』の死体から回収し、この日の為に用意したもう一つの切り札。
「時間が経てば経つほどにリヴァイアサンを弱らせる」
「エグッ、これ本当に行けるのか?」
「さあ?」
「俺、臭いだけでも死ねる気がするんだけど」
最も容易く行われるえげつない方法に海の漢が僅かに引いて萎縮した。
★★★★★
全身からの破壊光線が不発に終わった。
リヴァイアサンは混乱した。魔力暴発により内側から焼かれ、感覚が鈍っていたせいか身体の熱はそれが原因だと錯覚し続けていた。猛毒による時間差の罠。
それだけではない。
溜め込んでいた魔力を撃つ事が出来ないほどの疲弊。幾多と前線に対しての攻撃だけではない。
凍結を防ぐ為に外殻を脱ぎ捨てて作り替え続け、女帝の渾身の一撃で全身に痺れるような衝撃が残り、内側から焼かれた魔力、そして自分が運用していた攻撃に必要な魔力が予想以上に減らされていた。
猛攻は無駄では無かった。
積み重ねた眷属達の軌跡が海の覇王を追い詰めている。
そして、その命運を握る二人がリヴァイアサンに迫っていく。
「【箱庭に愛されし我が
だが、相手は海の覇王リヴァイアサン。
全身から発動は無理でも残された魔力で口から破壊光線を撃つのは可能。
対してノーグはアルフィアの前を走り、魔法とスキルを全開放。黒焔を剣に纏い、破壊光線に対しての迎撃の為に力を溜めている。
「勝負だ……!」
「ブオオオオオオオオオオオオオオッッ──!!!」
以前、ロキと話した事がある。
必殺技があると強くなれると。馬鹿馬鹿しい発想だが、『天啓』で教えられた情報には主人公にも必殺技があった。渋々ながら二人で悩み、考えついた名前がある。それは『追随者』という意味を持つ北欧神話の言語。
最強に迫る為に名付けたその名は──
「【
黒焔を纏いし双閃が破壊光線を迎撃する。
激突する紅き閃光と全てを凍て付かせる黒焔。その二つが衝突し、あり得ないほどの衝撃を生み出し、氷海が砕け始めた。ここまで弱っているのにも関わらず、その破壊力に最大出力のノーグの黒焔が押されている。
このままだと押し切られる。
押し切られたらアルフィア諸共この戦いの敗北となる。意地でもこの攻撃をアルフィアに届かせないように耐えているが、紅き閃光は目の前まで迫っていた。
「ぐっ……おおおおおおおおおお!!!」
押し切られる。それだけは駄目だ。
押し切られたらアルフィアも死ぬ。その現実から目を逸らさない。此処で今、自分がどうなっても次に繋ぐ。その覚悟で挑んでなお足りない。
止められない、押し切られる。
死を覚悟したその時──
「【グリヴェント・イラ】! ノーグさん!!」
「っ、おおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ──!!!!」
前衛を置き去りに誰よりも早く二人に追いついたリリナが紡いだ憤慨呪詛がノーグに向いた。激情に叫ぶノーグ、桁違いに跳ね上がる黒焔の出力、押し切られかけた破壊光線を押し返し、ノーグの双刃がリヴァイアサンの顎に直撃した。
「【代償はここに。罪の証をもって
その一撃はリヴァイアサンから視界を奪った。
剥き出しとなった三叉槍に対して全
「【哭け、聖鐘楼】」
鐘が鳴り響く。
アルフィア自身、使う事を躊躇する程の圧倒的な破壊力。全てを滅する光の閃光。代償は大きく、破壊力は階層すらブチ抜くその魔法はリヴァイアサンの魔石付近に刺さった三叉槍に向けて放たれた。
「【ジェノス・アンジェラス】!!」
放たれた閃光を三叉槍は吸収し、リヴァイアサンの胴体と共に自壊した。過剰なまでの魔力暴発を引き起こした。魔石に近い部分に突き刺さっていた中で、内側から閃光が破裂した。
「アルフィア!!」
「っ!!」
閃光の破裂に巻き込まれないように手を伸ばした。
伸ばした手をアルフィアが掴むと、引き寄せて抱き抱えながら、冷気の風を操作して空へと離れていく。
そんなノーグ達をリヴァイアサンは見ていた。
まるで見事、と言われているような視線を最後に当てられて何も言えなかった。魔石が砕け散り、怪物の瞳から光が消えていく。
海の覇王は死んだ。
【ヘラ・ファミリア】の勝利に誰もが歓喜の雄叫びを上げていた。
★★★★★
着地した二人は氷海に崩れ落ちた。
最後の立役者である二人は喜びよりも疲弊が強く騒ぐ気にもなれない。寒いはずの氷海の上も今だけは心地良かった。
「大丈夫か……アルフィア」
「すまない……流石に限界だ」
「俺もだ。でも、勝ったなあんな化け物に」
「よく勝てたなと……私も思う」
アルフィアもノーグは限界だった。
二人共もう身体が動かない。魔法の行使による負担が一番大きいのはノーグとアルフィアだ。特にノーグは一時間ずっと魔法を使い続けていたのだ。理論上精神力を無限に回復し、魔法を使い続けられるがそれでも負担が大き過ぎた。これ以上戦えと言われても絶対に無理と言えるほどに負担が掛かり、動く事さえ億劫だった。
「叫ぶ力も湧かねえ……」
「勝鬨を上げるのは……あの女がやってくれるさ」
「じゃあ寝るわ……もう無理」
「ああ……私も……」
二人は目を閉じて意識を閉ざしていた。
勝鬨を上げて喜びを露わにする最凶の眷属達の声も聞こえずに、ただ夢へと堕ちていった。
後にレオン達が見たのは、寄り添って氷海で眠る二人の姿だった。そして無意識なのか、寒かったからなのかは分からない。けれど、レオン達は微笑ましそうにその光景を見ていた。
──離脱する際に繋いだ手は握られたままな事に。