それはラースの記憶を取り戻した後の事、ダンジョンから戻りいつも通りステイタス更新していた時に存在した新しい魔法と新しいスキル。半裸のまま羊皮紙を見たノーグは渋い顔をしていた。
「……使えなくね?」
「いやめっちゃレアスキルやん。魔法もそうやけど、こんなスキル前代未聞やで?」
「いや、まあ確かに強力だとは思うけど……」
超長文詠唱はまだいい。これは本当に強力だ。大精霊ヴィルデアの魔法そのものと言っても過言ではないだろう。素直に喜べる。だが、もう一つに関しては明らかに
「
恐らくこのスキルはラースやフララの怒りそのものがスキル化したものだろう。殺意や憎悪、怒りといったその感情は記憶に染み付いていた。これも納得は出来るのだが、ノーグには使えない。正確に言うならば、その怒りを抱く事が出来ないと言った方が正しいだろう。
正確にはノーグはラースではない。
在り方が違い過ぎる。過去の
だが、現在の
怒りは抱くのは誰だってある。
だが、その無意識のセーブがある限り、
「……ノーグ、偶にはウチも神らしく話をしたるわ」
「自分が神らしくない自覚あったの?」
「うっさいわボケ!ウチは天界きってのトリックスターって呼ばれとるけど、別の異名があるんや。なんやと思う?」
いつも酒を飲んで、関西弁を話す神の異名は想像もつかない。嫌な時だけ勘が冴え、トリックスターと認めるだけの狡猾さがあるのは理解しているが、北欧神話のロキの体系をよく知らない。
そんな中、不敵な笑みを浮かべ、もう一つの異名は告げられた。
「––––終わらせる者、や」
全身の鳥肌が立つような声色。
その威圧感、人間とは違う在り方をした超越の存在に一瞬恐怖した。
「ウチな?神々の秘密とか散々暴露して引っ掻き回して、色々あってひっどい仕打ち受けたんや。それに腹が立って戦争引き起こしたんや」
「えっ、それだけで戦争引き起こしたの?」
「
理解したくはないが、自然とその言葉を否定出来るほどの答えが見つからない。腹が立ったから行動を起こすというのは間違っているとは思えないからだ。この世界だろうが元の世界だろうが、怒りの鎮め方は人によってベクトルがかなり違う。神の憤怒とはそういうものなのだろう。
「怒りは自由や。ただ壊したい、ただ泣き叫んだ顔が見たい、ただ絶望を拝みたい。怒り狂った先にある自由さは愉しいモンや」
「……馬鹿げてる」
「せやな。馬鹿げた話やろ?でも、重要なのは怒りを振り翳す事やない、
怒りは怒りだ。それだけならまだいいが、目的を持った怒りほど恐ろしいものはない。報復、殺戮、陵辱、強奪、誰かを不幸な目に遭わせたいという意味での怒りは時に神さえも想像出来ない力を発揮する。暴走した力は行き場を作らなければ収まらないのが怒りだ。
「怒りは溜め込むモンでも、抑え込むモンでもない。腹ン底から出た感情がありのままの自分でもある。まあ、客観視して怒りを抑えられるノーグは凄いで?凄いけどそれはずっと自分を抑え込んでるのに過ぎへん」
胸に指を置かれた。
その指は心臓ではなく、心を示しているようでほんの少しだけ何かが揺れ動くような感覚がした。ロキは細目だった目を見開き、真剣な表情で問う。
「ノーグ、アンタは何の為に怒りたい?」
★★★★★
この場に歪みそうなほどの魔力が迸る。
現在ノーグが辿り着けない領域。才禍の怪物の闘志が撒き散らされ、その圧力に呼吸すら置き去りにしてしまう程の強力な援軍。だというのに、安心が出来る程の実感が湧かない。
「奴の情報を簡潔に教えろ」
「…実力はLv.7。『虚空の影よ』の一言で空間を繋ぐ。あの剣から射出される弾丸は精神力、体力を吸い取る。魔法の類いじゃないから避けるか迎撃で撃ち落とすしかない」
説明が終わると『高等回復薬』と『高等精神回復薬』を投げ渡された。流石に全快とまではいかないが、今のノーグには必要な物だ。
「それ飲んで回復したら撤退しろ。あとは私がやる」
「おまっ、それは」
「今のお前では足手纏いだ」
「貴女一人で私をどうにか出来るって?」
距離を一瞬で詰めるメルティ・ザーラに対し、アルフィアは
「【
「!」
メルティ・ザーラが弾き飛ばされた。
音の衝撃に多少驚いているようだが、効果は思った程ではない。恐らく【魔防】を持っている。耐久値も相当高い。
「音の塊を飛ばす魔法、悪くないわね」
「【
「でも、狙い所は大体分かるわ」
二発目を避けながら大剣から種子が射出される。
アルフィアの【サタナス・ヴェーリオン】は音の塊を飛ばす魔法、範囲を絞れば威力は高まるが格上相手によっては躱される。魔力を見切れるマキシムがいい例だ。
「【
「っ!?」
だが、この魔法の真髄は放った後にある。
魔力の残滓が爆ぜ、メルティごと巻き込んで連鎖爆破。これには目を見開いて爆破に巻き込まれながらも後退する。
「(一点を狙うだけでなく範囲攻撃に切り替えれて種子ごと吹き飛ばせる上に魔力残滓を誘爆させれる。攻防一体は坊ややマキシムの魔法だけだと思ってたけど)」
範囲を自在に調節する魔力操作。そして汎用性の高い魔法。条件次第では女帝にさえ勝てると呼ばれるだけはある程の強さに舌を巻く。
「(この子も相当強いわねぇ)」
才禍の怪物と呼ばれるだけはある。
だが、それでも相手がメルティ・ザーラだった。
「でも、もう見切ったわ」
「【福–––】」
「アルフィア待て!?」
魔法発動と同時にアルフィアの目の前に影が生まれた。発動した音の塊は影に吸い込まれ……
「がっ……!?」
「(あの女、爆破中に詠唱して魔法を待機させて……!?)」
「【虚空の影よ】」
「くっ!?」
種子の射出と同時に詠唱が完了する。
魔法で迎撃すれば跳ね返され、躱しても隙が生まれる。一瞬の隙がメルティ・ザーラ相手には命取りとなる中で判断が僅かに鈍る。迫る種子に対して魔法を発動しようとしたその時、
「『氷湖牢』!」
氷閃がアルフィアの前を横切った。
凍てつく風がメルティに放たれ、視界を覆うほどの大氷壁に距離を取った。
「氷のドーム。まだ動けたのね」
ただの時間稼ぎ。
魔導師であるアルフィアが音魔法以外を使おうが発動前に潰せる自信がメルティには存在する。どう転ぼうが勝ちは揺るがない。どう殺してやろうかと頭の中で想像し、殺戮者は嗤った。
★★★★★
氷のドームの内側。
種子を氷壁で受け止めたが、発動させた藍色の焔を消しアルフィアに近寄るも、かなり寒そうな格好だ。いつもの黒のドレスで肌の露出とかを考えても正気を疑う程の格好だ。
「私は逃げろと言ったはずだが?」
「だったらせめて安心させてから言え。震えてんぞ」
この環境ではアルフィアでさえ動きが悪い。
当たり前だが、此処ら一帯は恩恵を持たない住人が避難し、全開で使った魔法の影響で冷え切っている。魔法無効化は発動状態は無効化できても、発動後から時間の経ち過ぎた魔法効果までは流石に作用しないのだろう。そもそも自分の魔法にも作用する無効化付与は流石に張っていない。
「着とけ。俺のせいとはいえ此処ら一帯が冷え切ってる。次第に動けなくなるぞ」
耐冷重視の藍色のコート『ミッドフレア』をアルフィアに被せる。元々精霊の力を持っているせいで防寒素材に『
「……汗臭い」
「文句言うなおい!死ぬよかマシだろ!」
「これで防壁張ってるつもりなら甘過ぎる。奴は直ぐに砕くぞ」
「分かってる。だから作戦は簡潔に言う」
普通に共闘した所でメルティ・ザーラは倒せない。藍色の焔は躊躇なく発揮すれば味方を巻き込みかねない。アルフィアも種子を迎撃しようと範囲攻撃すればノーグにも当たる。ただの共闘は距離殺しの搦手を打つ存在には悪手だ。
此処で勝機を見出すとするなら一つしかない。
「アルフィア、二分耐えろ」
新たに刻まれた第二魔法を発動する。
その為には攻撃を捨て、藍色の焔を解除しなければならない。超長文詠唱の魔力は絶大、並行詠唱として使うには回避程度しか出来ない。魔法同時使用が出来ないノーグをアルフィア一人でLv.7から二分護らなくてはいけない。
「勝てるとするならその後だ」
一か八かの大一番。
だが、アルフィア自身が持つ切り札よりも確実性のある可能性はそれしかない。アルフィアは第二魔法は知らない、だが当たるかも分からない自分の魔法よりもその可能性に賭けるしかない。
氷壁に罅が入る。
もう保たない。壊れたらもうこれ以上作戦は立てられない。
「しくじったら私が殺すぞノーグ」
「ならお前が殺されたら俺が氷葬してやるよアルフィア」
氷壁が破壊され、満面の笑みで襲いかかる殺戮者。
詠唱時間を稼ぐアルフィア単独での戦闘。ノーグの剣を持ち、二分間の絶望に挑む賭けが始まった。
「【それは尊き冬の幻想、今は閉ざされし幻雪の箱庭】」
新しい魔法は強力な分だけ戦局を変えるだけの切り札にはなる。だが、リヴェリア以上の詠唱量と扱うだけの魔力量に後方支援でなければ使えないと彼女に告げられ、並行詠唱も精々回避程度にしか使えない。
「【流れて駆けゆく数多の精、黄昏に吹雪く厳冬の風】」
だが、効果は絶大。
大精霊ヴィルデアが冬を運ぶという逸話を生み出すだけはある。その分だけの詠唱量には納得出来てしまう程に。
「【打ち震えよ、我が声に耳を傾け力を貸せ】」
「チッ、【虚空の––––】」
「【
詠唱をさせる前に潰す。
隙があれば詠唱をし、待機させていつでも使えるメルティに対して有効な手段。詠唱のタイミングを見切る観察眼、そして超短文詠唱のアルフィアの魔法でなければ成立しない。
「こっの、邪魔!」
「私が居る限り行かす訳がないだろう、年増」
「殺す」
戦いが苛烈化していく中、分が悪いのはアルフィアだ。前衛をこなせるだけの技量があるとはいえ、ステイタスは前衛向きではない。敵は最強の殺戮者、致命傷こそ避け、弾丸を撃ち落としているがアルフィアだけが傷が増えていく。
「【黄昏の空を飛翔し渡り、白銀の大地を踏み締め走れ、悠久の時を経て、懐かしき冬が目を醒ます】」
光明は見えない中、アルフィアは太刀筋を切り替えた。それに驚いたのか後退するメルティに更に迫って距離を詰める。魔導師が前線に出て剣技の応酬。突発的な行動にリズムを崩され、思うように攻められないメルティは舌打ちをする。
「この動き…!マキシムの太刀筋!?」
「見えるのであればこの程度造作もない」
「化け物ね貴女!?」
だが、それも焼け石に水。
ステイタスの差は埋まらない。魔法を連射し、ノーグに近寄らせない事だけに重きを置いた戦闘ではアルフィアでさえ荷が重い。特に格上相手に対して防衛する事は全力で相対するより難しい。
「【届かぬ天を地に落とし、今こそ我等に栄光を】」
「ぐっ……【
だが、アルフィアは守り続けた。
Lv.2の差がありながら、アルフィアはメルティをノーグに近寄らせない。魔法を連発し、埋められないステイタスの差を技量でカバーし、それでも傷を負い続けながらも守り抜いた。
「【箱庭は開かれた、偉大なる冬の世界へようこそ】」
そして詠唱は紡がれた。
時間にして二分、ノーグの第二魔法は完成し、古を生きたヴィルデアの冬の箱庭は顕現された。
「【リア・スノーライズ】」
発動された魔法はアルフィアに向かう。
ノーグと同じく彼女を包む凍て付く風、それはノーグが初めに使っていた【アプソール・コフィン】の第一段階と同じ、メルティは目を細めてため息をついた。
「アルフィアにも氷の付与魔法を?」
アルフィアは確かに前衛を出来るが、付与魔法は第一段階と同じ程度の出力、それでは差は僅かにしか埋まらない。他人に対して行う付与魔法は珍しいが、その程度でしかない。
だが、次の瞬間メルティの足は止まった。
「…!?」
天には黒い三日月が映し出され、次の瞬間ノーグとアルフィアの姿が掻き消える。透明化したかのように、雲を散らすように姿が見えなくなった。
「この魔法は大精霊ヴィルデアの領域魔法、
「へぇ……なら術者を堕とせば解除出来るのかしらぁ!!」
腐ってもLv.7。
音と気配から惑わす幻像風景に躊躇せずに踏み込み、声の聞こえたノーグに駆け寄る。ノーグが意識を落とせば魔法は解除される。
「【
「がっ……!?」
至近距離の音魔法がメルティの鼓膜を破く。
付与魔法のせいで人間の体温を感じられず、
「鼓膜が破れたら音は拾えないな」
「こっの…クソガキィがあああああ!!!」
怒りのまま地面を踏み砕いた。
凍り付いた領域が揺らぐほどの剛力に顔が引き攣る。だが、姿も魔力も体温も感じられないメルティに残されたのは気配のみ、闇雲に種子を発射しないだけまだ冷静ではあるのだろう。
「領域の効果は三つ、領域にいる存在に任意で一段階の付与魔法をかけられる事、凍り付いた場所全てに幻像を生み出せる事、そして三つ目は凍り付いた領域から
凍り付いた範囲は半径約三十メートル。その範囲にある魔素を還元し、
大精霊ヴィルデアは冬の女王として英雄に永遠の冬の力を与え続けた最高位の存在。その領域はこの世界のどの魔法よりも一線を画すものだ。
魔素が回収され、その行く先はアルフィア–––––ではなく。
「なっ、
「今俺はアンタに領域内の魔素を回収させてる」
魔素が集まりメルティの精神力が回復していく。敵を回復させる蛮行に対してアルフィアは何も言わなかった。それはノーグの意図を理解したからだ。
「さあ問題だ。散々使っていた
アルフィアの魔法【サタナス・ヴェーリオン】は放てば放つだけ魔力が拡散し、アルフィアから生まれた魔素を誘爆させる事が出来る希少魔法。超短文詠唱とは思えない便利さと汎用性を兼ね備えている。ただ相手が格上の場合、範囲起爆では大したダメージを与えられない。
その拡散した魔素をノーグがメルティに集めた。範囲ではなく一点集中した魔素にアルフィアは導火線の火をつけた。
「【
炸裂したアルフィアの魔素が最強の殺戮者を飲み込んだ。
★★★★★
一点突破の爆発、その余波だけで民家の窓ガラスが砕け散るほどに強力だ。こんなものを食らって生きていたらそれこそ怪物だ。
「よく狙いを理解出来たなお前」
「わざとらしく説明したのは私への指示だろう?お前を再起不能にすれば魔法は解除されると奴は思い込む。狙いが単調になる」
「いや確かに意図的に言ったけど精々耳を潰せばよかった程度しか……」
流石に狙いまでの考えには至らなかった。
メルティ・ザーラの取るべき行動は二つ。術者である俺の意識を飛ばすか、氷結範囲から出るかの二択。奴なら絶対に俺を攻撃するだろうなと思ってはいた。だが、アルフィアはそれを読み切り奇襲を仕掛けた。大した奴と思いながらも爆破された場所を見る。
「っ!?」
言葉が詰まる。勝鬨が上がらない。
あの一点突破の爆破を食らって倒れない筈がない。至近距離から火炎石が爆発したようなものだ。女帝でさえ屈する程の威力だったはず、勝ったはずだ。なのに身体は無意識に魔法を解かずに回収した魔素で精神力を回復させている。
魔法を解けない程の無意識の警戒。
追い詰められた最強の殺戮者の
後ろやイッチ!?
見えてない筈なのに場所がバレてる!?
「なっ、アル––––」
振り向いた時にはアルフィアが斬られていた。
辛うじて腹部に俺の剣を添えたが、血が溢れて倒れていくアルフィアの首を片手で掴む血濡れの殺戮者が此方を向いた。
「魔法を解除しなさい。しないのならこの女を殺す」
「テメッ、どうやって……!」
「何言ってるか分からないけど、
ノーグは瞠目した。
メルティ・ザーラは獣人ではない。レベルの高い冒険者なら五感は確かに優れる。だが、遠い場所から匂いだけで位置を把握する程の嗅覚、最も人を殺した災厄の獣は血の匂いに敏感だった。
ギリギリと喉元を掴まれ、魔法を詠唱しようとすれば喉を潰される。魔法より先にアルフィアを殺す方が早いだろう。
「や…めろ…逃げ……」
「………クソッ」
黒い三日月は消え、幻像に隠れていた姿が露わになる。アルフィアを見捨てて逃げる事は出来た。だが、ノーグにはそれが出来なかった。メルティが片手で振り翳した大剣から種子が撃ち出され、躱そうとした瞬間アルフィアの首を掴む力が目に見えるほどに強くなっていた。
「ぐっ……!?」
「どうやら本物のようね、そんなにこの子が大事?」
撃ち込まれた種子から蔓が伸び、魔力と体力を吸収していく。動けない程ではないが、ガレスはこんなものを食らっていたのかと膝を突く。この状態じゃ満足に逃げる事も出来ない。
「武器を捨てなさい。それで終わりよ」
右手に持つ剣を捨てれば、アルフィアは助かる。
だが、捨てればきっと抵抗できずにノーグは連れ去られるだろう。自分か、アルフィアか、その二択を迫られた。
アルフィアの視線は自分を見殺しにしろと訴えていた。アルフィアを殺してノーグを回収するくらいメルティ・ザーラには出来る。だが辛酸を舐めさせられたが故の報復。
最悪の殺戮者は嗤っていた。
どっちに転ぼうが待っているのは破滅でしかないのだから。
そして––––ノーグは選択した。
ノーグは剣を捨てずに、持てる全ての力を振り絞り駆け出した。
「愚かね」
種子を撃ち込まれ、キレが悪い動きをしているが速さは中々なものだった。だがそれでも遅すぎる。掴む力に全力を注ぎ、取るに足らない子供を黙らせようとした次の瞬間。
「……はっ?」
メルティの右肩が
音もなく、形も見えずに投げられた神速の槍が、右腕を飛ばし地面に突き刺さっていた。
視線が放たれた方向に向く。
そこに居たのは風景に紛れ、民家の屋根の上から槍を投擲してきた金髪の小人族の姿が。
「【
フィンの第二魔法【ティル・ナ・ノーグ】
全アビリティ数値を魔法能力に加算させ放つ投槍魔法は当たりさえすればメルティを殺せるほどの神槍と化す。聴覚は奪われようが、視覚はまだ生きている筈、見逃すなんてあり得ない。その疑問の答えは直ぐに理解した。
「(あの坊や、魔法を完全に解いてなかった……!?)」
あの時の黒い三日月は
第二魔法【リア・スノーライズ】が発現し試しに使用した時に、救難信号として使えると踏んだノーグはフィン達に月の色と形で指示を出せるように暗号を作っていた。
黒い三日月の意味は『隙が出来るまで待機』
一部の幻像を残し、自分が囮になってまでフィンを隠し、切り札を悟らせなかった。その切り札が今、人質となったアルフィアの解放の鬼札に変わった。
駆け出すノーグに対してメルティは片腕で相対する。片腕でもLv.7、藍色の焔を出す前に潰せるだけの自信がある。
走るノーグの剣に顕現したのは藍色の焔–––
「黒い、焔?」
耳が潰れて詠唱は聞こえなかったが、口は動いていなかった。あの魔法は
「【
その出力を見たアルフィアは魔法無効化の装甲を張る。
ノーグを止められる者はない。ノーグが躊躇する原因は消えた。桁が外れた大出力の黒い焔がメルティ・ザーラに向かっていく。
「(それでも、私の方が速い)」
深緑の大剣がノーグに届く方が速い。
種子を吐き出し、動きを封じる。凍らせて種子が殺されようと牽制程度にはなる。タイミングを合わせればメルティの剣の方が速い。ノーグに飛んでいく無数の種子が黒い焔に呑み込まれ––––
「はっ?」
種子が
藍色の焔の時とは明らかに違う出力。そして気が付けば大剣を振るった腕が凍り付いていた。スキル全解放、極寒の環境によるステイタス高補正と疾走時の敏捷強化、Lv.5にすら迫るノーグの剣閃が最強の殺戮者を捉えた。
「ああああああああああああああっ!!!!」
「っ–––––!?」
黒い焔は深緑の大剣すら砕き、メルティの胴体を呑み込んだ。あらゆる熱が奪われ、生命維持に必要な熱も消え失せ、最強の殺戮者は氷界の果てへと命を散らしていった。
★★★★★
その後の処理は迅速だった。
最強の殺戮者であり元【オシリス・ファミリア】団長であったメルティ・ザーラの討伐を果たした【氷鬼】のノーグ、【静寂】のアルフィアは重傷、精神枯渇を負いながらもノアール達に治療院に運ばれ、死の淵を彷徨いかけたが命に別状は無かった。
帰ってきた女帝とマキシムは信じられない顔をしていたが、永久凍結されたメルティ・ザーラの死体を見て言葉を失っていたらしい。【アパテー・ファミリア】の討伐は精々構成員の下っ端程度しか削りきれなかったが、【アパテー・ファミリア】から最強の戦力を失わせたと思えばお釣りが出るほどの大金星にオラリオは騒いだ。
アルフィアは腹部を斬られ、出血が酷かったが天界の神が天界に送る事をさせなかった。治療士の的確な処置と、帰ってきたメナの魔法により傷は塞がり痕もなくなったが、暫くは休息に当たるとの事。
リヴェリアは麻痺毒を抜かれ、回復薬で傷は既に癒えていたがエルフ達が心配して病室が騒がしかったようだ。ガレスに関しては大剣が砕けた事により種子が消え、酒と飯を食って回復していたようだ。
ノーグに関しては暫く入院。
蔓が伸びていた状態でデメリットの大きいスキルを使い、
「ふぁ………」
英雄譚を読み、欠伸を溢しているといつもの黒髪サポーターが病室に入る。ノックしない辺りデリカシーが無いが、右手にはフルーツバスケットが握られていた。
「やあノーグ、入院生活はどうだい?」
「まあ暇だな」
「元気そうで何よりだよ、これメーテリアからの差し入れと俺の差し入れ、豪華なフルーツバスケット」
「おおー、ありがとう」
「因みに賞味期限明日」
「しばくぞ」
近くの物置に置かれたラッピングされたクッキーと大きめのフルーツバスケット。賞味期限切れ間近の安いやつを買うあたりコイツらしいと思いながらもバスケットからバナナを取り出し剥いていく。
「しっかしメルティ・ザーラを斃すとはねぇ、お兄さん君の才能が怖いよ」
「お前と歳それほど変わらないだろ」
「歳上でーす!君より身長ちょっと高いお兄さんでーす!」
「病室で騒ぐな」
まだステイタス更新はしていないが、Lv.4は確実だろう。フィンも美味しい所を持っていってLv.5に昇華したらしいし、アルフィアもLv.6に至ったと報告を受けている。
「とはいえ、俺も俺でやっぱり色々と思う所はあんだけどね」
「……何かあったの?」
「まあお前ならいっか、俺のスキルには一定以上の憤怒が無ければ発動出来ないスキルがあるんだけど」
ステイタスに関する情報は禁句だが、仲は悪くないし相談としてはいいだろう。黙っていれば誰にもバレない。ノーグは少しだけ心境について悩みを打ち明けた。
「リヴェリアやガレスを傷付けられて、発動出来るだけの憤怒を抱けなかった」
「…………」
「なんつーかなぁ……やっぱ俺って薄情なのかな」
二人を傷つけられて怒りに身を任せるだけの力を得られなかった。家族が傷つけられたら怒るのが普通な筈だが、ノーグが発動できたのはアルフィアを人質に取られた時だった。リヴェリア達が大切だというのに、それが出来なかった。
大切だと思っている筈なのにそれが出来ない薄情さに、今回ばかりは思う所があった。
「人生の先輩として一個だけ言っとくぜ少年」
「あっ?」
「それは
思わず呆気に取られた表情になる。
まさかコイツが普通の感情と肯定するとは思わなかったとノーグは目を細めた。これが普通とは思えない自分とは裏腹に、普通だと言い切ったサポーターは語る。
「ファミリアなんて主神が同じで一緒にホームに住む最も近い他人だぜ?肉親と同じような感情を持てって方が無理な話だ」
「……それは」
「子供ならそう思えるのかもしれないけど、ノーグって異常なくらい大人びてるからねー。精々頼りになる大人くらいの認識でしかないのかもしれない」
確かにその通りだった。
精神が大人過ぎるから子供のようにファミリアの人間を家族と思えない。頼りになる大人という認識だからか、他人事を他人事としか感じられないのかもしれない。ノーグにとってはそう思う事こそ普通なのかもしれない。
「ファミリアに対してそうあれとは誰も言わないよ。君のペースで家族と思えればいい、そんなの時間が解決するしね」
「………」
「そこに責任を感じる必要はない。焦んなよ」
ポンポン、と頭を撫でられた。
この男は妙な所で勘が鋭い。だからか責任を感じてる事を見抜かれていた。
「……なんかムカつく。いっつも率先して逃げるくせに」
「あははっ、まあ俺は死にたくないからねー、まあ夢見て冒険者やってっけど逃げ足くらいしか才能ないし」
「逃げてっから最弱なんだろうが」
その言葉がグサッと刺さり地面に倒れ伏す最弱。自覚があったから更に地面にめり込んでいた。悩みはある、責任はまだ感じているがそれでも少しは楽になった気がした。
「……まっ、ありがとう」
「どーいたしまして、御礼はメロンでいいぜ」
「つーか手伝え、賞味期限明日なんだろ」
フルーツバスケットを漁り、メロンや葡萄などをつまみ始める。男二人でフルーツを食べ進め、軽いフルーツパーティは次のお見舞いに来たオッタルが来るまで続いたとか。