オラリオの民の不満が、思ったより少ない。
オラリオの民に唯一『勇気』を示せる者と自負していたフィンは街を見回りそう判断した。
自惚れでもなんでもなく、オラリオを鼓舞できるのは彼だけの筈で、それは事実。なにせ奮い立っている民衆のそれは、勇気などとはとても言えない。
まあ、今は兎も角、いずれ訪れる未来で暴力の味を覚えた彼等がどんな道を辿るのかは知らないが。
ただ一つ言えることは、彼等彼女等の多くはこの戦いが終われば神の眷属になるだろう。
そして自分達が大して特別でもないと知った時、その不満はどのような形で出力されるのか。
まあ、それを選ぶのは結局本人達だ。
英雄橋に訪れると【ロキ・ファミリア】と
Lv.7と立て続けに戦い、回復や防御の為に使ったのだ。
後から後から湧いてくる
「た、例え死しても、私はあの人に……!」
氷の腕に首を捕まれ持ち上げられる小隊長がクロノを睨み、しかし死後の盟約を思い最愛を幻視し笑みを浮かべる。が………
「それは、無理だ」
「ゴブニュ様?」
いっそ悲痛そうな神の言葉にラウルが振り返る。
「その男の炎は魂を焼く。魂に干渉し、魂を捕らえいずれ焼き尽くす。お前に、来世はない」
「…………………は?」
それは誰の言葉か。今まさに別れようとしている信徒か、ラウルか、アキか。
「まって、そんな…………そんなこと…………あづぅ!?」
ジリッと氷の義手から滲み出す炎が首を焼く。炎がゆっくり燃え広がる。
「やだ、やだ! いやだ、やめて! 私はもう一度あの人に!? お願い、やめ………ぎゃああああああああ!!」
青い炎が魂持つ肉体を焼く。死を恐れぬ狂徒であった小隊長は死への恐怖で泣き叫びながら燃えていく。
皮膚が剥がれ肉が崩れ骨が砕け、残るは白装束と灰の山。その悲鳴を心地よさそうに聞いていたクロノはくるりと振り返りラウルとアキはビクッと肩を震わせる。
「では神ゴブニュ、私はこれで」
「……………うむ」
そう言って去ろうとするクロノの背中に、ラウルが吠える。
「な、なんで! なんでそこまでするんすか!?」
「……………ん?」
キョロキョロ周りを見て俺か、と指差すクロノ。
「ノールド氏、そこまでとは?」
「た、確かに酷いことをしたかもしれないっすけど、魂まで………どうしてそこまでするんすか!? 彼等に何をされたんすか!?」
良くも悪くも、彼は善人であった。そして、現状を知らない。話には聞いているが実際目にしたことはない。誰かを殺す前に圧倒してしまったから、信徒達が可哀想に見えた。故に叫んだ。それに対して…
「…………………別に何も?」
「…………え?」
「不安になるのは分かりますが、どうか落ち着いて」
「ふ、不安?」
暴力に理由が欲しい。ラウルが叫んだ理由なんて、それだけだ。だって暴力に理由がなければ自分に向くかもしれないのだから。
如何なる理由でも暴力は許されないと叫びながら、暴力に如何な理由がなければ不安になる。何故なら弱い者達は暴力に抗えないのだから。
「安心してください。私は何もされていませんが、彼等は何もしてないわけじゃないでしょう? なので、罪を犯さない貴方達に何かしたりしませんよ」
クロノとしてはただ本心を伝えてやっただけ。だが悲しいかな、人間とは身奇麗で居たがる者だ。自分の命が惜しくて怯えて叫んだより、誰かのために怒ることの出来る自分の方がまだ綺麗に思えて、思い込んで、否定され汚されたと思い込む。
「俺は…………!」
「ラウル!」
それを黒猫の少女が止める。怯える目をクロノに向ければ、クロノは気にしてませんよ、と無言の笑みで答える。
「『正義』が足掻いている」
都市の各所で、まだ立ち上がる者達がいる。剣を振るう者達がいる。『悪』に潰されてなるものかと奮い立つ者達の気配を感じ取る。
「…………こんなものか?」
邪神の
クロノのガス抜きで多少爆発が遅れるとしても、むしろそのガス抜きの結果爆発した時の凶暴性は増すだろう。
だが
現状多くの犠牲を生むことになるが、それでもオラリオが勝つだろう。時間制限付きの最強ならば、時間制限まで休ませなければいいのだから。
だが、それだけじゃオラリオが成長するとは言い難い。恐らく後一手、確実な勝利を覆す手があるはずだ。
それはそれとして、なんか正義を知りたがってたなあの神。それを知るまで何もしないとか?
そういうのは【
輝夜辺りは醒めて冷めたふりした現実を見たフリの『未練』タラタラな正義を語り、ライラ辺りなら劣等感を隠す『知恵』が聞けるだろう。
ギルド唯一の戦闘員として冒険者と共に剣を振るうことの多いクロノはよく口を挟んでくる彼女達の本質を理解していた。
「そう言えば【疾風】だけは知らないな」
理想論、世間一般の綺麗事を語る中身のない正義を語るエルフの少女。見返りなど求めないと言いながらも、初めて『正義』に感謝がない今を知った彼女にも、ようやく自分の正義が出来たりするのだろうか?
それにあの神が納得し満足してザルド達を連れて去ってくれれば良いのだが…………神の愛って本当に面倒くさい。
「……………ん」
聞き覚えのある鐘の音。響く、破壊の轟音。無視したいが、聞いてしまった以上公務員として仕事する必要がある。
「ゴジョウノ氏にライラ氏」
戦闘は終わっていた。というより始まってすら居なかったのだろう。か弱き者たちがただ蹂躙された結果だけがそこにあった。
「よお、昨日ぶりだな最凶」
「生きていたか、小僧」
「暇なのか、あんたら」
昨日の今日でなんで神まで地上を歩いているのか。病に冒されながらも尚、負ける道理がないと理解しているからか。
「【
超短文詠唱。されど放たれるは第一級の魔導師の魔法すら容易く凌駕する破壊の音色。
「…………ザルドの剣?」
「昨日散々見せられたからな」
僅か数年で第一級へ至り、十年と経たず最強に並んだもう一人のサイキョウ。
よりによって弱いものいじめが好きな彼に与えられるべきではない他と隔絶した才能。そんな彼がLv.6
毒に蝕まれている? いいや。
病に冒されている? いいや。
単純にやる気がない。自分より強いかもしれないのが1人しか居ない彼はその時点で研鑽を止める。その彼が今、久し振りにやる気になっている。
「白霞」
無数の氷の粒で出来た霧がクロノの周囲を漂う。
「ゴコウ」
放たれるは5つの斬撃。が、消え去る。文字通り白霞のごとく輪郭を失い、白霞すら残さず消えた。
唯一実在の刀の居合斬りは女の肩に赤い線を刻んでいた。首を狙ったのだが………。
「
フィン達の報告から攻撃と防御の切り替えが早いと聞いた時から予想はしていたが、当たっていたようだ。
「収穫は十分。深追いはしない」
と、輝夜とライラを抱えるクロノ。
「お、おい!? 貴様、逃げる気か!?」
「束になっても勝てませんので。というか、下手に追い詰めて地上で魔法を使われたらそれこそオラリオが滅びる」
ライラからすった爆薬を全て投げつける。狙いはエレボスの背後の建物。おお、と感心するエレボスと舌打ちするアルフィア。
アルフィアの魔法が瓦礫の雨を吹き飛ばし煙が晴れるとクロノ達の姿はなかった。