「ん、【アストレア・ファミリア】?」
と、仮設キャンプの一つでアリーゼ達が民衆に石を投げられている光景を見つけるクロノ。
冒険者とて仲間を失っているが
でも
弱いって可愛いね。だから好きだ。
いずれあれが過ぎて明確な利敵行為になればいじめていいし、なんなら邪神唆され冒険者に『復讐』を始めるかもしれない。クロノはそういう、『弱者の生態』をよく理解している。
とは言え、オラリオが滅びては意味がないので【アストレア・ファミリア】が潰れるようなことはやめて欲しい。
「そこまでにしてください皆さん」
「! ギ、ギルドの………」
オラリオ最強の一角。最凶と謳われる狂人。冷静な普段の民衆なら悪人しか攻撃しないと知っていても進んで近付いたりはしない相手。だが生憎、ここに冷静なものなんて居ない。
「家族や友を失い悲しいのは冒険者達も同じです。どうか、それを分かっていただきたい。今はこの危機を乗り越えるために一丸となり………」
「何が、何が一丸よ!」
そう叫ぶのは娘を失った母親。
「あんた達の、あんた達のせいで………! どうして守ってくれなかったのよ!」
「………………ええと……………どうして我々が貴方達を守らなければ?」
と、クロノの純粋な疑問に場の空気が凍りつく。【アストレア・ファミリア】の面々もポカンと固まっていた。
「ギルドの義務は冒険者の管理であって、民衆を守ることではありませんよ? 冒険者の義務はギルドに従うことであって、民を守ることじゃありません」
オラリオに王はない。民衆は戦力たるファミリアに税など納めない。
ギルドはオラリオの支配者ではなく魔石流通と冒険者を管理する組織であり、真の意味でオラリオを防衛する義務を持つ者など何処にもない。
強いて言うならオラリオ滅ぶと人類滅ぶから全人類に義務があると言えるかもしれないが、オラリオに融資しているのも逆にギルド滅ぶべしと
「で、でも……守ってくれるって、そういったのに………」
「私は言ってませんね」
「っ! 同じ冒険者だろ!」
「私はギルドの職員。ただの公務員です」
淡々と正論を返す。故に怒りが溜まっていく。
「冒険者の皆さんだって、貴方達が居なくても生活は成り立つのに守る…………要するに
使命とか格好つけた言い方をしても、言ってしまえば彼等彼女等が民衆の為に剣を振るい杖を掲げる理由など何処にもなく、なればそれは趣味に違いない。
「守れなかったのは彼女達にとって後悔するべきことのようですが………
実際は、一応ギルドとしては民衆を守るように指示はしているから全く責任がないとは言い切れない。弱さは罪とは言ったもので、不甲斐なさを責める権利は
「まあ、守ってもらう必要がないというなら問題ないでしょう。【アストレア・ファミリア】の皆様、どうか助けを必要とする者達の為に動いてください」
「み、見捨てるのか!?」
「? 彼女達が必要ないから、彼女達に石を投げたのでしょう?」
私も仕事ありますから、とさっさとこの場を後にしたそうなクロノに男の一人が石を投げる。クロノは石に向かい刀を振るう。
「………違うな。あの男のは、もっとこう…………」
ペタンとその場で膝をつき水たまりを作る男など見えていないかのように今の己の動きと昨晩の男の動きを確認し始める。
「お前、何を!?」
「民衆に手を出すつもりか!」
輝夜とリューが思わず叫ぶ。その声には反応するクロノは困ったように笑う。
「私をそんなに誰彼構わず殺すイカれた殺人鬼のように……………彼等は民衆ですよ。殺したりしません………そもそも此方を傷つけられない前提で、鬱憤を晴らすために文句を言いたいだけですからね。ようは暇潰しです」
暇潰しとはよく言ったもので………だが確かに彼等の行動は守られるべき民として惰眠を貪り何もしないくせにオラリオの為に行動していると示したいだけのパフォーマンス。
「役立たずじゃないぞ」「お前達と違ってオラリオの為になることをしてるぞ」と言い張るためにオラリオの足を引っ張っている。
「今、オラリオは彼女達の力を必要としている者達が居ます。だから、彼女達を必要とないと言ってくれる貴方達に心から感謝します」
「ひ、必要ない、なんて…………」
「お、俺はそこまで」
「あんたが余計なこと言うから」
「わ、私のせいだって言うの!?」
守ってくれなかったくせに、から守ってもらえないかもに意識が切り替わった民衆はそれでも自分の責を誰かに押し付けようとしだす。
そうして全員が目を向けるのは娘を失った母。最初に叫び、アリーゼの頬を叩いた女だ。
「え………え?」
同じ気持ちを分かち合った空気は一転。敵意は彼女達夫婦に向けられる。お前のせいだと、無責任なことを言いやがってと睨みつける。
「ごめんなさい!!」
その感情が言葉として吐き出される前にアリーゼが再び謝罪を叫ぶ。『悪』へと走りかけた民衆の心に、種は発芽せず、根は張らず、ただ残るだけ。
リューが困惑する中血だらけのテディベアを見つけ狂ったように叫んで気絶したのを見て、クロノは職務に戻るのだった。
「や」
「うっわ」
街の被害状況を収めているとふいに声をかけてくる声。振り返り、嫌そうな顔をするクロノ。そこには神が居た。しかしクロノが見るのはその後ろに佇む灰髪の女。
昨日の男と同じぐらいか、少し上程度に強い。病に冒されているようだが相手したくない類の人間だ。
「お前がザルドの言っていた、現代の最強の一人か。期待はずれだな、
嘆かわしいとでもいうように嘆息する女。確かアルフィアだったか。音速で不可視の魔法を飛ばして、此方の魔法を跳ね返す魔導師。
ダンジョンが生きていると聞いてダンジョンいじめてみた時に出てきたあれと並べて置いたら魔法はどうなるのだろうか、などと現実逃避気味に考える。
「やはり今の世に英雄足り得る者は居ない。滅ぼすもやむなしだ」
「公務員の俺に何を期待しているんだ」
「公務員?」
「このスーツを見ればわかるだろう。冒険者ではなくギルド職員だ」
仕事と趣味を両立する健全な公務員に、何故そうも妙な期待を寄せるのか。
「だがLv.6だ。世界の為に戦うのだろう?」
「なんで?」
「なんで!?」
この返答には神もビックリである。驚愕した後笑い出す。
「お前、あそこの神々の誰もが噂してたぜ? 此方に居るべき人間なのに、何故秩序側に立つのかって。だからちょっと興味があってな」
「此方に居るべき、ねえ…………何でどいつもこいつも俺が人を殺したがるイカれた殺人鬼みたいに言うのか」
「違うのか?」
「ちげえよ。俺が弱いものいじめをするのは、趣味だ!」
「ほう、趣味?」
神は興味深そうに次の言葉を待つ。
「趣味の為に命をかける奴も居るのは知ってるし、それを否定する気はない。むしろ尊敬だってしてやろう………だが、俺は趣味に命を懸けたりしない。趣味は趣味で良い」
ルールを破って悪人になってまで、弱いものいじめをする気はない。社会に許される範囲で人を甚振る。それが社会人として当然のルールだとクロノは自負している。
だというのにどいつもこいつも殺人衝動を持つ三流小説のサイコキラーみたいに扱ってくる。
「ふーん? じゃ、そんな弱いものいじめが大好きな大凡悪とされるいじめっ子、お前にとって正義とは?」
「『多数決』」
チッ、と女が舌打ちした。
「帰るぞ愚神。時間の無駄だ………信念もなく、意地もなく、世間に流され、己の意思で世界のあり方を決めようともしない。関わる理由など何処にもない」
「そう言うなよアルフィア。もう少し詳しく説明してもらおうぜ?」
しかし神には気に入られたようだ。
「詳しく………極東の物語だったかな。子供の母親を名乗る女が2人いて、なんか偉い人に相談しに行くんだよ」
女が一瞬ピクリと肩を揺らした。人の弱いところを見つけるのが大好きなクロノは見逃さなかった。
「で、その偉い人はなんて?」
「子供を引っ張れって言って、まあ女とは言え大人の力で引っ張られた子供は痛い痛いって泣くんだ。やってみたいよな………っと、それで片方が離して片方のもとに子供が来て、そいつは連れて帰ろうとするんだけど偉い人は本当に親なら痛がる子供のために手を離すとか言ってな」
でもこれは親が痛がる事をしない前提だ。老婆や、時には子供だって捨てるのが人間なのに。それに貴族とかは血を大事にするから多少の痛たがる程度では離さなくてもおかしくない。
「ようはこれって『親はそうあるべき』って
でも非道な王として首を切られる。その英雄が危機を乗り越える力がないのに言葉だけ叫ぶなら、その英雄を殺すだろうに。
「今お前達が悪として行っていることも、オラリオ………というかギルドが邪魔な都市外から見たら利益を独占する悪しきギルドを滅ぼせって『正義』なのかもしれないし………人の数ほど正義があるなら、結局は大多数にとって都合の良い正義が社会を回す」
神はうんうん、と頷く。
「例えば何の罪のないあんたの子供の存在をオラリオに広めれば、邪悪な血として正義の味方達が滅ぼしにかかるだ──」
「【
鐘の音が響く。不可視にして音速の衝撃がクロノを吹き飛ばした。
「急にキレたな。怖」
自分達のせいで我が子を失った母なんて今のオラリオには沢山いるのに。いや、それを自覚しているからこそ一撃だけだったのだろう。
どうにも
「しかしこれを乗り越えたら、俺と同じぐらいの奴が増えるのか。終わったら有給取ってダンジョンに潜るか…………いや、モチベーション維持のために弱いものいじめもしたいな」
しかし、趣味のためには仕事をこなさなくては。社会人の辛いところだ。