世界最速に“元”がつくまで


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作:ラッパとピエロ
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『人見知り』と書いて、『コミュ症』と読む


 

 

 

 

 

「………………」

 

 オプファーは、今日もダンジョンに潜る。

 

 だが、その目的は『冒険』ではない。Lv.6の彼にとっては突破も容易い上層部にいることが、それを証明している。そう、彼は今日も上層で死にかける冒険者を助ける役目を担っているのだ。

 

 上層にも冒険者は多くいるわけだが、そのほとんどは彼の姿を見ることはない。目にも止まらぬほどの軽い身のこなしで、迷宮(ダンジョン)を駆け抜けていく。

 

 あたりを俯瞰していると、だんだんと冒険者の数が少なくなってくることに気づく。どうやら、いつのまにか中層近くまで来てしまっていたようだ。ここまで来ると、腕に覚えのある冒険者しかいなくなる。このあたりの自身の力量を理解している冒険者ならば、彼の世話になることはない。役割対象がいなくなったことを悟ると、オプファーは一旦引き返そうと考える。

 

 最後に中層を一瞥してから、身を翻す。

 

 

「ウオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 突如、咆哮が響く。

 

 その声は、何度も聞いたことがあった。

 

 この声の持ち主はミノタウロス。中層を代表するモンスターであり、まずLv.1の冒険者では相手にならない存在だ。発達した筋肉から繰り出される戦斧に刈り取られた冒険者のなんと多いことか。

 

 そんなミノタウロスだったが、生まれた位置が悪かったのか、こんな上層と中層の狭間に現れてしまう。

 

(こいつ……このままじゃ、上層に行くかもな……)

 

 もしもこのミノタウロスが上層へと向かえば、犠牲になる者もいるだろう。それほどまでに、中層のモンスターとは凶悪なのだ。

 

 だが、幸いか、ミノタウロスが出会ったのは【仮面(ペルソナ)】であった。

 

 中層のモンスターと上層の冒険者の力にはっきりと差があるように、ミノタウロスと第一級冒険者にもまた、覆せないほどの差が存在する。

 

(こんなとこに生まれた自分を恨むんだな)

 

 マントの中に隠したナイフを手に取ると、オプファーは心の中でそう呟く。頭に一撃喰らわせてやるだけで済む、簡単な作業だ。

 

 

目覚めよ(テンペスト)

 

 

 ―――風が、吹いた。

 

 その感触を感じると同時に、流れるように刃が走る。

 

 一瞬の出来事だった。ミノタウロスが自身へと近づく存在を認識する前に、その首はまるで空気を切ったほど軽く、何の抵抗もなく、するりと落ちていた。

 

 血は噴き出ない。鮮やかな断面によって、ミノタウロスは斬られたことを自認できずに、ただ魔石を残して消滅するのみだ。

 

 これは、思わず見惚れてしまうほどの美しい流れだった。だが、目を惹かれたのはそれだけではない。というのも、その剣の持ち主の姿が、攻撃を行なってもなお汚れ一つない、綺麗な金髪金眼の少女だったからだ。

 

 こんな芸当ができる少女なんて、オラリオには一人しかいない。

 

「大丈夫?」

 

「…………【剣姫】か」

 

「あれ……貴方、だったの?」

 

 【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタイン。彼女もまた、Lv.1からLv.2のランクアップにおける【世界最速(レコードホルダー)】の持ち主だ。現在は『大抗争』を経て、Lv.3にランクアップしたようで、その才能はこの世界でも随一だ。

 

 そんな彼女だったが、モンスターのこととなると人が変わる。剣一つでモンスターを斬り尽くす姿は、決して少女が見せていいものではない。実際に、今もミノタウロスしか目に入っていなく、対峙していたのが誰なんか気になどしていなかったのだ。

 

「おいアイズ! ランクアップしたからといって一人で先走るな……って、どういう状況だ、これは?」

 

「あ……リヴェリア」

 

 背後から追いかけてきたのは、緑髪のエルフだった。彼女の名はリヴェリア、アイズと同じくロキファミリアの所属であり、都市最強の魔導士である【九魔姫(ナイン・ヘル)】の異名を誇る冒険者だ。

 

 普段から手のかかるアイズの保護者役をしているリヴェリアだったが、今回もまた一人で突っ走るアイズを追いかけてきた形となった。その結果、よくわからない状況に遭遇してしまう。

 

「誰かと思えば……【仮面(ペルソナ)】か。最近、上層あたりで潜っているという噂は本当だったわけか。……で? 一体どうしてこうなったか説明してもらおうか」

 

「………………………」

 

「……はあ、そういえばお前は無口なんてレベルじゃなかったな。アイズ、何があった?」

 

「襲われそうになってたから助けた」

 

「!?」

 

 その言葉を聞いて、リヴェリアは思わずオプファーを二度見する。仮にも第一級冒険者である【仮面(ペルソナ)】が、Lvが下のアイズに助けられる事態が、しかもこんな中層の入り口であり得るのか、そう考えたからだ。

 

(あのアイズが嘘をつけるほど器用な人間だとは思えない……となると、何か勘違いをしているのか?)

 

 天然を極めるアイズを信用しているため、その思考へと至る。リヴェリアは次に、あり得そうな可能性を模索して、逆に問いかけることにする。

 

「……このミノタウロスはお前の獲物だったのか?」

 

 すると、オプファーはコクリと頷く。声にはしていないが、同意の表現としては十分だろう。

 

 その反応を見て、リヴェリアはため息をつく。

 

「アイズ……モンスターの横取りは冒険者の御法度だろう。お前のことだからモンスターのことしか頭に無かったのかもしれんが……すまない、後で言い聞かせておくよ」

 

「むぅ……」

 

 諌めるリヴェリア、不満そうに頬を膨らますアイズ。まるで母娘のような関係の彼女だと、見ているだけでそう思ってしまう。

 

(理由はわからないが、ロキファミリアの二人、しかも【九魔姫(ナイン・ヘル)】までいる……これなら冒険者たちに危険なんてそうそう訪れないだろう。今日はもう帰るか)

 

 オプファーは彼女たちを見つめながら、そう考える。どこかで隙を見つけて、さっさと場を離れようとしているところに、リヴェリアが口を開いた。

 

「…………なあ【仮面(ペルソナ)】、お前は、どうしてこんなことをしている?」

 

「………………」

 

「いや、答えなくていい、私が勝手に訊くからな。……私は、お前の名も顔も見たことがない。たった一度、共闘したことがあるだけだ」

 

 その問に、オプファーは足を止める。

 

 リヴェリアは、相手が仮面の下でどんな顔をしているかさえも想像がつかないが、ただ続ける。何か、今のオプファーの冒険者としてのあり方に不思議な点があったのか、元々謎の多い人物だったからか、聞かずにはいられなかったのだ。

 

「今までのお前は……何というか、アイズ以上に命知らずだった。自分のLv以上の実力の相手に挑んで、たった一人で深層にも潜って……『冒険』を第一にしていたと聞いている」

 

「………リヴェリア?」

 

「それが今やどうだ……死の危険性が限りなく低いであろう上層で、下級冒険者を中心に命助けをしている……まるで真逆の生き方だ」

 

 過去、オプファーは多くの『冒険』をしてきた。

 

 その内容を知る者は少ないが、ギルドから発表されたランクアップや、冒険者の間で流れる噂だけでも、それが無鉄砲な行動だとは耳にする機会があった。その『冒険』によって、ランクアップできたという一面はあるだろうが。

 

 そんな彼が、なぜか『冒険』をしなくなり、人助けに勤しむ。その変わりように疑問を抱くのも当然だろう。

 

「お前に、何があった? あの時……【静寂】と、何を話した?」

 

「……………………」

 

 【静寂】。それは、とある冒険者の二つ名であった。いや、現在はとある“大逆人”のと言った方が正しいのだが。

 

 この言葉を聞いた瞬間、微かだが、リヴェリアは【仮面(ペルソナ)】の奥の表情が見えたような気がした。

 

「…………………語るようなことは、何もない」

 

 そう呟いた、次の瞬間、視界からオプファーが消える。

 

 影も形も残さず、一言だけ置いていって、完全に消息を絶つ。あのアイズですら、その瞬間を目に捉えることすら出来ていなかった。

 

「………速い」

 

「……ああ」

 

 リヴェリアは、オプファーを追うことはしなかった。それに意味がないことがわかっているし、追いつけないとも理解していたからだ。ただ、その行動の理由について考えるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

(後ろは……流石につけられてないか……)

 

 周囲に誰もいないことを確認したオプファーは、路地裏に駆け込む。そして、ゆっくりと仮面を外しマントの中へ隠す。第一級冒険者から、ただの少年へと戻った瞬間だった。

 

(まさかロキファミリアと出くわすなんて……それに、もう噂になってるのか……)

 

 路地を抜けて、自然と人混みに紛れながら、ロキファミリアの二人との会話を思い出す。どうやら、彼自身、自分が上層にいることが話題になっていると知ったのは、初めてだったらしい。

 

 彼としては細々とやっていたつもりだが、この仮面をつけている限り、特定されてしまうのは確実だった。それから、自分が噂になっている聞いて、彼が何を思うのかといえば―――

 

(正直………やめてほしい!!!)

 

 苦痛、であった。

 

(ただでさえまともに人と話せないのに……噂になってるんじゃ、話しかけてくる冒険者もいるかもしれないし……さっきもリヴェリアに話しかけられたのも、それが原因だしなあ……)

 

 オプファー、タレイアファミリア所属にして、【仮面(ペルソナ)】の異名を持つ第一級冒険者である彼は、極度の人見知りであった。彼がまともに話せるのは彼の主神と、その他一部の人や神だけだった。

 

 そんな彼が、たった数回会った程度のハイエルフの美女(リヴェリア)金髪美少女(アイズ)と普通に会話などできるはずがなかった。今思い返しても、自らのコミュ障加減に恥ずかしくなってくる。

 

 顔が赤くなるのをフードで隠しながら、街並みを歩いていくと、最後に交わした会話にふと思いを浮かべる。

 

「…………『静寂』、ねえ……」

 

 思わず口に出ていた。

 

 この話題だけは、オプファーがコミュ障だろうと人見知りだろうと関係がない。彼にとって、どんな相手だろうと、多くを語ることなどできないものだ。それほど、重い内容であった。

 

 今でも、時折夢を見る。決して悲劇なんて言葉だけでは終われない、あの物語を。

 

 そう。あれは、あの者たちは―――――

 

 

「『静寂』?」

  

 

 突然、オプファーの歩む道の先から、訝しむような声が上がった。

 

 いつのまにか俯いていたオプファーは、意識を取り戻したように、ハッと目だけあげて、その声の持ち主の姿を視界に入れる。

 

 そこにいたのは、またもやエルフだった。否、それだけではない。エルフの彼女の周りを取り囲むようにして、女性冒険者が多く立っていた。

 

「そこのあなた……今、『静寂』と、そう言いましたか」

 

 オプファーは、彼女らに見覚えがあった。

 

(…………くそ、今日は何でこんなに厄介な人たちと―――)

 

 アストレアファミリア。ここオラリオでは最近急成長中の、注目株だ。正義を謳う派閥であるアストレアファミリアだったが、その団員である彼女らもまた、オラリオの治安を守る正義の使者、となんて呼ばれるほどだ。

 

 その団員の一人、現在オプファーに目をつけたエルフの名は、リュー・リオン。そして、その隣の赤髪の女性こそアストレアファミリアの団長である、アリーゼ・ローヴェル。その他にも、極東の着物という衣服を纏った輝夜、小人族(パルゥム)のライラなどと、アストレアファミリアの主力が勢揃いしていた。

 

 そんな彼女らを前に、怪しい素振りは出来ない。第一、見た目からしてすでに怪しさ満点のオプファーは、疑いの目をかけられても仕方ないと言えるだろう。

 

「リオン? その子がどうかしたの?」

 

「あらあらエルフ様……たかが冒険者の二つ名を呼んだくらいで、それは流石にひどいんちゃいます?」

 

 この美少女艦隊を前にして、どう釈明したものかと悩まされる。迷宮(ダンジョン)ではロキファミリア、地上ではアストレアファミリアと、厄介ごとの絶えない一日を呪うしかできなかった。

 

 しかし、意外にも向こうから助けは運ばれてきた。

 

「む……しかし……」

 

「君ー、うちのリオンがごめんねー? この子ちょーっと思い込み激しいところあってさ、でもそこが可愛くもあるんだよね! ほら、ツンデレってやつよね!」

 

「なっ……! あ、アリーゼ……!」

 

「お前もそんな格好してねーで、堂々としやがれ。ほら、さっさといったいった」

 

「ライラまで……」

 

 どうやら見逃してくれるようだ。となれば、それに甘える以外に、オプファーに手はない。結果的に一言も発することなく、そのまま彼女らの横を通り抜けることに成功する。

 

 彼はチラリと後ろを振り返ると、不満そうなリューを抑えるアリーゼたちの姿が目に入る。何とかなったようで、ほっと一息つく。ある程度距離が開いてから、帰路に着くことだけを考える。

 

 そして、そのまま主神(タレイア)の待つアパートへと……向かいはしなかった。

 

(やーっぱり、追われてるよなあ………)

 

 振り返ることはしなかったが、気配だけで数人に尾行されていると気づく。

 

闇派閥(イヴィルス)について何か知ってるかもしれねえ……ワンチャン、アジトを発見できるかもな」

 

「残党だけでもまだ十分何かできる数……情報だけでも手に入れば儲けモンでしょうねえ」

 

 先の『大抗争』、アストレアファミリアはその解決に一役買った派閥だ。現在もなお、闇派閥(イヴィルス)の残党を追っている彼女らの前で、キーワードとなる言葉を言って、疑われないわけがない。

 

 それを目の前で声を大にして疑いの目を向ければ、逆に警戒されてしまう。どうしようもなくなった闇派閥(イヴィルス)が取る手など、彼女らは嫌になる程知っている。街中で行動を起こされるわけにはいかないので、こうして尾行という手段を取ったのだと考えられる。

 

 ただ、闇派閥(イヴィルス)の残党とは無関係のオプファーにとっては良い迷惑だ。わざわざ正体を隠しているのに、それを暴かれるような真似など避けたいに決まっていた。

 

(どこかで撒かないと…………ちょっと無理やりだけど、仕方ない)

 

 道の脇へと寄っていき、再び路地裏に入る。この瞬間、たった数秒だったが、姿が見えなくなるのだ。だが、その数秒あれば彼にとっては十分であった。

 

「対象は路地裏に……っ!? 消えたっ!?」

 

魔道具(マジックアイテム)か!? 痕跡は!?」

 

 一瞬で、行方を失う。こうして姿を隠すのは彼の得意技だ。

 

 追ってきていた輝夜とライラが辺りを見渡すも、先ほどのマントの少年はもうどこにもいなかった。行き止まりのはずの路地裏から、人が消えたことに驚愕する。その間に当の本人は、とっくに別の通りへと移動していたのだが。

 

(まったく……どこもかしこも後始末で忙しいことで)

 

 完全に撒いたことを確認したオプファーは、ようやく正式に帰れることになる。その心の内で、ひっそりと文句を言いながら。

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり……眷属。今日もダンジョンかい?」

 

「…………ええ。タレイア様も、随分と張り切ったんですね」

 

「わかるかい? 今日は一段とすごい手品を披露していたんだ。とても情熱的なものでね、観客席も熱がすごかったよ……」

 

 オプファーは、一目見てそう判断する。彼の主神は、よく手品や楽器を往来で披露している。決して金銭目的ではないが、その腕前はプロをはるかに凌駕するほどだ。何せ、天界でもずっと極めていたのだから当然だ。

 

 そして今日もまた、手品を見せていたとタレイアは言う。

 

「丸焦げになるほど?」

 

「ああ、良い焼け具合だろう?」

 

 いつもの美しい茶髪は灰で汚れ、そのきめ細やかな肌は煤のように黒く染まる姿で、彼女は立っていた。

 

「炎からの脱出マジック……いや、うまくいくと思ったんだがね。まさか私自身が薪になるとは……」

 

「とりあえず汚れるんで中入らないでもらえます?」

 

 この女神はバカなのだろうか、いや、バカだ。そう眷属は結論づける。

 

 一体何を考えたら一人でそんな手品をしようという気になるのか、しかも失敗しているのが救えない。これが主神だと思うと、オプファーは頭を抱えてしまう。

 

「なんだいなんだい! そんなに逃げないでも良いじゃないか! ほら、私だけじゃ不公平だ、眷属も炭まみれになってもらうぞ!」

 

「っ!? いや……ちょっ……近づくなああああああ!?!?」

 

 女神タレイア。タレイアファミリアの主神であり、オプファーが付き従うその人。

 

 彼が何の躊躇いもなく、普通に会話できる一柱(ひとり)であった。

 




 
 女神、タレイア。

 彼女は神として二面性を持ち、喜劇、もしくは開花を司る女神である。天界時代はアフロディーテに仕えていたこともあるらしい。

 下界に降りて来る以前から、他の神々がファミリアを創っているのを見て楽しそうなのが羨ましくなったものの、人間自体に興味はそこまで無かったので、眷属は作るとしても一人と決めていた。

 しかし、下界に降りた時期がオラリオ暗黒期序盤であったため、街を歩いていただけで早々に送還の危機に遭う。その後は、神の直感により貧民街で死にかけるオプファーを発見、何かを感じ取ったのかそのまま眷属を強制。

 眷属がどう生きようと勝手、という考えであったが、オプファーが思ったよりも大成して若干困惑する。過ごす中で彼に愛着も湧いてきており、危ないことはやめて細々と生きて欲しいとは思うが、当の眷属は無視して今日もダンジョンへ。眷属が『上層だから、大丈夫⭐︎』なんて考えてないか心配する主神だった。

 そして、問題なのはオプファーの持つスキルであり、これがタレイアが眷属を危惧する最たる要因である。
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