177.心を抉る呪文
とりあえず不穏過ぎたので、どうにかしようかな。
これ以上王都が荒れたら勇者様が可哀想かな、という同情も多分にあります。
「介入するなら賭けはここまでかな。判定はどうしよう」
「もう勝者はいないってことで、集めたお金は後で宴会資金か何かにすれば?」
「それ、良いね」
残念ですが、賭けは切り上げです。
「…チッ。あの駄悪魔が…余計なことしやがって」
集まる紫の塊に、不穏な空気に。
まぁちゃんが険しい顔をしていました。
「まぁちゃん、アレが何かわかるの?」
まあ、まぁちゃんに魔法関連でわからないことの方が珍しいですが。
何だか凄く忌々しそうというか…あまりにも苛々顔なので、気になります。
「アレなー…召喚式だ」
「なんの?」
召喚といわれると、オーレリアスさんを思い出しますが…
紫の塊が不穏に蠢く空へと視線を移し、私も気付きました。
「あれ、魔法陣?」
「おー…なんか無駄に仰々しいな」
紫の塊を取り巻くようにして空に走る黒い線。
不自然極まりない謎の質感で、思いっきり爽やかな青空にミスマッチ!
大きく広がる線は点から点へと脈動する何かを伝え、まるで黒い血管みたいで気持ち悪い。うん、絶対に良い物じゃなさそう。
「それで、何が呼ばれてくるの?」
「んー…破滅の獣?」
「何故に疑問形…というか、随分と抽象的だね?」
「あの魔方陣に書いてあんだよ。我の血肉を贄として供物に捧げ、破滅を司る週末の獣をなんちゃらかんちゃら…そんな内容のことが書いてあんだけどな?」
「まぁちゃん、それ週末じゃなくって終末じゃないかな…週末の獣ってなに? ゴールデンな夜にでもやって来るの?」
「まあ週末も終末も似たようなもんだろ。けどあの式を解読するに、大きさがなー…この王都の1.5倍くらいの大きさがある。重さもそれ相応の超重量級だ」
「げ」
そ、そんな大きなモノがやってきたら、漏れなくみんな下敷きですが!
「潰れるな…王宮。全部さよならだ」
「勇者様だけはペチャンコにならない気がするのは、なんでかな…」
というか、ヤマダさん…とうとう形振り構わなくなりましたね!
そんな方法で勝って嬉しいんでしょうか! 嬉しいんでしょうね!
でも残念ながらそれで勇者様がお亡くなりになる未来が見える気は全くしないので、恐らく発狂しそうなほどに怒りに塗れた勇者様による報復措置がヤマダさんを襲いますですよ!
「………王宮じゃちょっとお世話になったし、止めとかないとまずいよね」
「ああ、ちょっっとお世話になったな」
「むしろ普段勇者さんのお世話してるのは僕らの方なんだからもっとサービスされてしかるべきだよね。毒草園の完全開放とか、さ」
「でもあの充実の薬草&毒草園も、そのランデブーな週末の獣とやらがやってきたら吹っ飛ぶんでしょうね…」
「よし、やろう。すぐに殺そう。そのなんたらって獣が来る前に!」
「わあ、珍しくむぅちゃんがやる気だ…!」
まぁちゃんがいる限り、私達が巻き添えに死ぬことはないと思いますが………
流石に国家滅亡とか、王都消滅とか、大量惨殺は後味が悪過ぎます。
勇者様はまだ頭上の紫には気付いておられないみたいだし…あんな大きな魔法陣、気付いたところで勇者様に妨害できるかはわかりませんから。
今回は助けてあげますよ、勇者様…!
「さて、そんじゃさくっと殺ってくっか」
「あ、待って、まぁちゃん!」
「ん?」
「あの悪魔、一応シャイターンさんのお友達じゃないの?」
「………あー…どーすっかな」
結構な大昔から魔王城に巣食っている悪魔のシャイターンさん。
子供を見ると飴をくれたり芸を見せてくれる彼は、私達にとってえーと…六十六番目位のおじいちゃんともいえる存在です!
小さい頃は遊んでもらった頃もあります。
そんなシャイターンさんのお友達を勝手に殺処分しちゃったら、シャイターンさんが気分を悪くしませんか。
「あと、あの紫色のアレ調べたいから、原材料が被検体に欲しい」
「……………うん、そっちが本音だな」
とりあえずサンプル回収は欠かせません。
見るとむぅちゃんも同じ考えに至ったのか、愛用のサンプル作製キットをいそいそと準備しています。
うん、求めるところはきっと同じでしょう。
「えーと、そんじゃ俺はあの魔法陣どうかしてくっから、お前らどうする?」
「あ、まぁちゃん! 私、シャイターンさんとお話ししたい!」
「ん…?」
他の誰にも出来ないことも、まぁちゃんならできる!
そう、何の道具の補助もなしに、魔境と回線を繋ぐことだって…!
以前むぅちゃんと連絡に使っていた魔道具は、まぁちゃんがこっちに来ちゃったから使っても意味ないけど。
まぁちゃんなら多分、シャイターンさんとお話しする手段をくれる。
期待して見上げる私の頭を、まぁちゃんは苦笑しながら撫でてくれました。
「それで何を聞きたいんだ?」
「ヤマダさんの弱点! むしろ弱み!」
「おお、断言したな」
「むしろ今、これ以外に何を聞けと」
まぁちゃんは私の言葉に、にやーっと笑い。
そうして私の願いを叶えてくれました。
まあ、悪魔の弱点が見つかったら儲けもの。
でもそれはそれとして。
鼻歌交じりに私はとっておきを準備します。
毒矢です。
例のひったくりの傍に落ちていた、私のポーチをロロイが回収してくれて。
中身は幸いに無事です。
やっぱり無理言って魔境の職人に作ってもらった薬瓶は良いですね!
なんだかんだ、ダイヤモンドよりも頑丈でした。
ポーチには大穴が開いていましたけどね!
このポーチ、お気に入りだったのに!
「斑毒蜘蛛の搾り汁に紅蓮モヤシの蒸留水を加えて~♪ 豹紋蛇の毒針が~♪」
「わー…聞くだに強烈」
遠い目をして私から距離を取る仲間達。
全員が、むぅちゃんに支給された防毒マスク完備です。
むしろ毒素が流出しないよう、ロロイに周囲を水の膜で覆われています。
簡易無菌室ですね。
そしてそこで一人、作業する私。
でも良いもん! 近づくとマジで危険だから!!
私は人間の限界を超越した毒耐性のお陰で平気ですが、先程から私の周辺に作業の工程で気化したヤバいアレコレが漂っている気配を感じます。
しっかり防毒マスクを装着したむぅちゃんも遠くを見ているよ。
やがて完成した毒液は、私もヤバい物を作りだしたと後ろめたくなるくらいに毒々しいブツでした。
一応、悪魔に効くかなぁと作業工程で必要になった水は全て聖水由来のモノを使ったんだけど…『聖』の字の一欠片もない出来上がりです。
鉄錆色にピーコックグリーンが斑に混じったような色でした。
その液体に、鏃を浸して十五秒。
これでドラゴンも0.1秒で泡を吹くヤバい毒矢の完成です☆
私は完成した毒をいそいそと特殊な密閉容器に詰め込みました。
「はい、ロロイ」
「承知」
「あ、触っちゃ駄目よ? 駄目だからね?」
「………暗に触れって前振りじゃないよな?」
「ロロイ…私、まだ貴方に死んでほしくないわ」
「真竜も触れただけで昇天…?」
いや~な顔をするロロイも、それでもちゃんと受け取ってくれる良い子です。
そのまま弓につがえ、キリキリと引いていきます。
私にお願いされて、弓を引く。
その状況に、せっちゃんの目が輝きました。
「リャン姉様、せっちゃんも! せっちゃんにもくださいですの!」
「う~ん…せっちゃんかぁ」
…どうしよう。かなり不安です。
………せっちゃんにこれは…本気で不安です。
「え、えーと…」
何か気を逸らせるものはないか…
ごそごそと荷物を漁っていたら、良い物を見つけました!
「せっちゃん、これな~んだ!」
「吹き矢ですのー!」
「アタリー! そんなせっちゃんに正解賞品、この吹き矢をプレゼント!」
「わぁい、ですの!」
………中に弁があって吹き矢が逆流しないようになっている優れモノです。
うん、これなら大丈夫でしょう。
仕込んである毒も、ただの痺れ薬だし。
私は毒を仕込んだ吹き矢をせっちゃんに渡しました。
「良い、せっちゃん! 標的はあの悪魔だから、よ~~~く狙ってね!」
「はいですのー」
正直、冗談半分で渡したんです。
でも…いやはや、流石魔族の王妹。
すごいね…!
ぷすっ
「…っか!? ぐぎゃぁぁぁああああああああああああああああああっ」
どうしたことか、せっちゃんが軽~く吹いた吹き矢は、ヤマダさんの眉間に命中しました。かなり深々と、ぶっすり刺さっています。
ちなみに彼我の距離は五百m以上。
「せっちゃん、腹筋と肺活量凄いね…!」
「えっへん、ですのー!」
そしてかけられる、追いうち。
ロロイが悲鳴を上げる悪魔に、あのヤバい毒矢を打ち込んだのです。
真竜の能力は過たず悪魔の肩に矢を命中させました。
悪魔、墜落。
まるで殺虫剤をモロに浴びた蚊のように、ひゅるるひゅるりと落ちていきます。
その光景に、勇者様をぎょっと驚かせながら。
「ぐっ…くそ、貴様ら………!」
ギラッと、濡れたような瞳が私達を睨みつけます。
眼の奥に、どろどろと煮え滾る憎悪がこんにちは!
「おお、しぶとい。凄い。まだ元気だ」
あの毒を喰らって、まだ意識があるなんて…!
どんな生態してるのか、徹底的に調べてみたい!
まあ、げほごほ吐血代わりに紫煙噴きまくってますけどね!
でも確実に弱っています。
弱っているのなら、きっと今が好機です…!
先ほど、まぁちゃんの力を借りてシャイターンさんと話しました。
その時に、教えてもらった言葉があります。
即ち、悪魔ヤマダを無力化…再起不能にさせる、便利な呪文を!
それを今使わずして、いつ使いましょう!
だから私は、ヤマダに聞こえる様にしっかりはっきり大きな声で言いました。
「―― チ ュ ウ ニ ビ ョ ウ 」
「っ」
…あ、ヤマダさんの肩がびくって跳ねた。
よくよく見ると、その顔が蒼白になっているような気もします。
おお、効果は絶大!
言葉の意味はよくわかりませんが、これを言えば黙って大人しくなるってシャイターンさんが言った言葉は本当でした。
それではこの調子で、どんどんさくさくいきましょう…!
「ええと? なんだっけ? 終末を統べる最強の…? 爆炎に支配された荒野をさすらう……えっと黒衣の剣士? ストーム――」
………はて。このあと何だったかな。
なんかこれを言えば面白いことになるらしいけれど。
シャイターンさんが教えてくれた文言はやけにくどくて意味不明で、よくわからなくなっちゃった。
だけどやっぱり、効果は絶大でした。
「やめてぇ俺の黒歴史ぃぃいいいいいいいいいっ!!」
続きが思い出せなくて言い淀んだ、丁度のタイミングで。
私の声をかき消そうとしてか、被せるように上がった悲痛な絶叫。
怪我した個所はそっちのけで、何故か胸を強く掴んでのた打ち回る、ヤマダ。
「もうっ 俺はもうっ 卒業したんだからぁぁああああああっ」
「――んと、チュウニビョー」
「んいやぁぁぁあああああっ!」
何だかよくわからないけれど、飛んでもなく大ダメージ。
地面の上をごろごろごろごろごろごろごろごろごろ…っと転げまわるヤマダの姿に、私もちょっと引きました。
そこには、どうやら精神的苦痛を受けたらしき悪魔がこれ以上ない程のダメージに悶え苦しんでいて。
シャイターンさんに教えてもらった呪文の効果凄いな、と。
私はただただ感心するばかりなのでした。
本当は、当初違う展開を考えていた訳ですが。
山田さんの起死回生の一撃でハリセンを失い、窮地に陥った勇者様の元へ剣を取り戻したオーレリアスさんとシズリスさんが間一髪駆けつけ、剣を投げ渡す。いうなればそう、バタ●さんのように。
まるでパンの交換シーンのアンパ●マンの如く剣を取り戻した勇者様が、そのまま高出力サン☀ビームで反撃に出て、最終的に格好良く勝利を収める………という展開を考えてはいましたが、そんな欠片でも格好いいのはMr.残念な勇者様らしくないかな、と止めにしました。
あと山田さんは卒業したと主張しておられますが、実際にどうなのかは不明です。