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171.その名はキャロライナ・リーバー

田中さんはどこまでも田中さん。



 突如として私達の目の前に現れた悪魔。

 その名はヤマダ。

 なんだかこれもあまり聞き慣れない響きのお名前です。


「それで田中は! 田中はどこだ!?」


 そして何やら熱烈にタナカさんを求めていらっしゃる様子。

 タナカはどこだも何も、あの巨体が目に入らないんでしょうか?

 というか、何をしに来たんでしょうね。

 

 首を傾げる、私達。

 そんな私達の、目の前で。


「田中とやら、出て来い…!! 隠れても見つけるぞ!」


 いやいや、タナカさんは全く隠れていません。全然隠れていませんよ。

 だって、いうのに。

 あの悪魔さんは堪え性がないのか…それとも、馬鹿なのか。

 いきなり戦闘態勢☆な洒落にならないオーラが噴き出してるんですけど…!

 漏れ出た瘴気で、周辺の建物が吹っ飛びそうなんですけど!

 わあ、危険人物だ。

 人じゃないけど、間違いなく危険人物だ!

 いえ、危険悪魔?

 何だかいきなり出てきて、いきなり悪さを始めたのは悪魔として正しい姿なのかもしれませんが…出てくる切欠にされたっぽい私としては、冷や汗ものです。

 止めて!

 これ以上、街を破壊したら勇者様に怒られる!

 だけどそれも、時遅し…。


「何やってるんだ、お前達はーっ!!」


 じっと悪魔ヤマダの観察をしていたら、横合いから思いっきり叫ばれました。

 見るとそこには、満身創痍そうに見えて全然そんなことない勇者様。

「わあ、勇者様! いつの間に!?」

「………堂々と歩いて戻ってきたのに、気付かなかったんだな」

「うわー…全然気付きませんでした」

「それよりリアンカ! 君…悪魔を呼び出すとか何を考えてるんだ!」

「誤解です、勇者様! 私達が呼び出そうとした悪魔は、アレとは別の悪魔で!」

「………それでも悪魔を呼び出そうとしたことには変わりないんじゃ」

「私が呼び出そうとした悪魔は、全然別モノです! あんな人間臭い台詞は吐かないし、悪い意味で浮世離れしてますから!」

「それのどこが安心材料になるのか教えてくれ!」

「胴体ないのに人体切断マジックの被検体になりたがるんですよ!? 傘の上で独楽を回すのもとっても上手なんです!」

「どこの大道芸人だ!?」

「更には傘を回しながら足と手でジャグリングをしつつ、綱渡りとかしてくれるんですよ! しかも爪先立ちで!」

「リアンカ、冷静に考えてくれ…それは悪魔じゃなくて、芸人だ!」

「ちなみにそれら、寝ながらやれるんですからね!」

「どんな寝相だよ、おい!!」

 私の知っている、愉快な悪魔シャイターンさん。

 だけど出現した悪魔ヤマダさんは、全然そんな楽しい生き物じゃなさそう…。

 飴玉の一つもくれない悪魔なんて、お呼びじゃありません…!

「待て、教えてくれ…っ! 君は悪魔に一体何を求めてるんだ!?」

「強いて言うのであれば、夢と希望を」

「それは確実に俺の知っている物騒な悪魔像と180度別物だ!」

 正気に戻れ、と。

 勇者様が私の肩を揺さぶってきますが…

 勇者様ったら、失礼!

 私はちゃんと正気ですからね…!


 この悪魔さんが何のつもりで乱入してきたのかは知りませんけど、なんだか場が今まで以上に収拾つかなくなりそうな予感☆

 …うん、抹殺しとこうかな。


 むぅちゃんに目配せを送ると、びしっと親指を立てて返してくれました。

「待て、お前達。今の不穏なジェスチャーは一体…」

「勇者様は、きっと度重なるアタックでお疲れなんですよ…ロロイ?」

「らじゃー」

 にこりと笑いかけると、ロロイが即座に動きました。

「待て! 待って! 本当に何をする気なんだ…!?」

「勇者様、ごめんなさい…!」

「だから不穏な真似はやめてくれと!」

 勇者様の背後に即座に回ったロロイが、勇者様の腕を固定します。

 さりげなく近寄ったリリフは、勇者様の足にしがみつきました。

 ふふふ…竜の馬鹿力で抑えつけられたら、如何に勇者様といえど動けますまい。

 私達はこくりと頷き合い、爽やかな笑みを顔に張り付けました。

「勇者様、ごめんなさい!」

「リアンカ達がやろうとしていることは、事前に謝って済むことなのか…っ!?」

「そこらへんは、うん、勇者様の御心次第かな☆」

「物凄く不安なんだけど!!」

 勇者様の背中越しに、ロロイに目で合図。

 ちゃんと私の意を汲んでくれたロロイは、今度も即座に動きました。

「もがっ!?」

 勇者様のお口に、西瓜の残骸(主に皮)を突っ込んだのです。

 ふう…これで口封じは完了ですね!

 私がちらりとむぅちゃんに目を向けると、彼も頷き返してくれました。

 面倒臭がりだけど、更なる面倒の予感にやる気を出したのでしょう。

 これ以上、面倒を被らないため。

 そう判断したむぅちゃんは、とってもやる気です。

 ………殺る気です。


 私は表面上にこやかに、友好的な笑顔を浮かべました。

「こんにちはー」

「ん?」

 そして何の警戒心も抱かせない自然さで、とすとすと歩み寄ります。

 何をしに来たのか不明瞭な、悪魔さんの手前まで。

「なんだ、お前」

「嫌ですね、タナカさんの情報を差し上げたのは私でしょうに」

「ん? お前…シャイターンと通信していた奴、か?」

「大当たり~…ってな訳で、ごめんなさい!」

「!?」

 無警戒で、動きに隙が多くって。

 見るからに非戦闘員だからこそ、悪魔さんに生まれた油断。

 私、そういうの突っつくの大の得意です☆

「喰らえ! 最高に辛い唐辛子キャロライナ・リーバー(魔境アルフヘイム産)!」

「ぐふぁっ!!?」

 私は悪魔さんが私に対して油断している隙を、盛大に突っつきました。

 具体的に言うと、右手に隠し持った真っ赤な危険物を悪魔の口めがけて突っ込みました。そりゃもう、全力で。

 ふふ…相手が人間の姿をしていて、良かった。

 お陰で私の手でも余裕で届きます。

 目を白黒させるどころから真っ赤にさせて、悪魔悶絶。

 多分、突っ込まれた衝撃で噛んじゃったんだろうな。

 味わっちゃったんだろうなぁ…。

 でも、そこで止めません。


 いつも使っているブート・ジョロキアの軽く1.5倍以上辛いとされる、恐ろしい唐辛子。しかもこれは、魔境アルフヘイムの趣味人が面白半分冗談半分で弄られたという特別製。

 漏れなく、味覚が死にます。


 さてこれが、悪魔にどこまで効くのか…肉体強度と味覚は別だと思うけど!

 間違っても吐き出されないよう、準備していた私の左手が閃きました。

「!!」

 ぺたん、と。

 私は準備していた特性湿布を悪魔の顔…口に張り付けました。

 超強力な粘着力は、密閉力も完璧です。

 そんな簡単には剥がせませんよ?

 まぁちゃんでも5分はかかる、特別な粘着力を発揮します。

「~~~っ!!」

 ほんの気まぐれか、突発的な思いつきか。

 何の事前調査も、目的の明示もせずに現れた悪魔さん。

 彼も出てきてそうそう、こんなことになるとは思わなかったことでしょう…。

 現在進行形で、酷い目に遭っています。

 まだこれといって、本気を出していない内から。


 顔に張り付いた湿布を引っぺがそうと、もがく悪魔さん。

 口の中が凄いことになっているんでしょうね…

 目は本当に真っ赤で、ぼろぼろ涙が出てこないのが不思議なくらい。

 それまでタナカ、タナカと騒いでいたことも忘れて一所懸命に四苦八苦。

 間違いなく、怯ませることには成功したようです。


 さて、このままなら落ち着いたら報復として私が槍玉にあがります。

 でも、それは回避させていただきましょう。


「むぅちゃん!」

「うん」

 

 悪魔の隙が本格的なものになった頃合いで、むぅちゃんが動きました。

 魔法は使いません。

 だけど生まれ持った魔への耐性と、人間を超える身体能力があれば十分です。

 悪魔に音もなく接近したむぅちゃんは、がしっと悪魔の身体を掴みました。


 そして。


「タナカさん、ぱーすっ!」


 悪魔、投げたよ。


 普段はもやしっぽいというか、魔法しか使わない上に薬房に籠りきりなので忘れがちですが。

 むぅちゃんは半魔。

 その膂力には、人間を超える物があります。


 そしていきなりかけられた、声。

 出てきた瞬間は注目したし、名前を呼ばれて首を傾げていたけれど。

 自分に向かってこない様子を見て、問題なしと判断していたのでしょうか。

 もしくは悪魔の声を、「そういう鳴き声」と思っていたのかもしれないけれど。

 ずっとタナカと叫びながら傍迷惑な瘴気をだだ漏れにしていた悪魔を無視して、まぁちゃんとどんちゃん…じゃない、ドンパチやっていたタナカさん。

 だけど明確な呼びかけの声に、ひょいっと此方を向きました。

 その顔面めがけた命中コースで、宙を舞うヤマダ。

 真正面から様子を目にして…

 果たして、年齢一万超過のドラゴンさんは怯まず。

 さも当然といった具合で、自然と動いていました。


  ぱくっ


 わあ、ホールインワン☆

 放物線を描いて宙を飛んだ悪魔の小さな後ろ姿は、何か飛んできたとみるや考えることもなく大口を開けた、とってもビッグサイズなドラゴンの口の中へと消えていきました…。

 即座に口を閉じる、タナカさんが見事です。

 タナカさん、こんな状況でもやることにブレがないね…。

 安定感抜群☆なタナカさんに、ちょっぴり脅威を感じました。

 何の疑問も差し挟まずに、開口待機かますとは…


「『うむ。ぴりりと辛口……まぐまぐ』」


 あ、タナカさんのもぐもぐ咀嚼対象も悪魔ヤマダの方に移ったみたい。

 興味が逸れたことで、隙をついた悪魔の右腕が脱出するのが見えます。

 あの液体、タナカさんの涎かな…。

 べっとり濡れてるけど、不思議と損傷は少なそう。

 悪魔の流石の肉体強度、かな?


 ………まあ、それは良いんだけどね?


「悪魔食ったよ、あのひと(ドラゴン)…」

「お腹壊さないかな」

「タナカさんなら大丈夫じゃない?」

「生命って儚いものね………悪魔が一般的に『生命』と表現して良い生き物かは存じませんが」

「アレって宗教的な生き物だよね? 生死の概念ってあるの?」

「さあ…」

「………この結果を導き出しておいて、言うことはそこなのか」

「あれ、勇者様おつかれー?」

「ああ、お陰様でな…!」

「ふう…やれやれ。でも勇者様、考えてみましょう?」

「…何をかな?」

「ほら、ご覧下さいよ! タナカさんのお口の中に見事ないないできたから、見ての通りさっきまで街に被害を及ぼしていた悪魔の瘴気が綺麗すっきり悪魔ごとないない出来ましたよ!」

「さも良いことした!みたいな顔で!」

「あれ、勇者様は悪魔を野放しにした方が良かったんですか? ほら、常識的に考えてみましょうよ」

「……………リアンカ、君は常識を語る前に常識について言葉の意味を勉強し直してきた方が良いと思うんだ」

「あれ、でも悪魔を退治するのは良いことですよね?」

「そんなさも「常識!」みたいに…って、あれ? えっと? あれ? え…っと、………それで合ってる、のか? あれ?」

「えっと勇者様、なんでそんなに怪訝そうなの?」

「え………まさか、リアンカが常識的な行動をした!!?」

「わあ、そこまで驚愕されることにリアンカちゃんビックリ!」

「そんなのこっちが吃驚だよ! でも待て、待って! 魔境の常識的にこの展開はありなのか!? 魔物はともかく、魔族やら魔族やら魔族やら魔神やらと仲良しこよしなハテノ村住民的に、この展開はありなのか!?」

 わあ、勇者様が物凄くテンパってる…。

 あれー? 私、勇者様がこんなに驚くことしたっけ?

「!!?!? ど、どんな生き物も生物としての良し悪しは置いて個人として捉え、種族がどうのじゃなく人格や行いで相手を測って付き合いを決めるのが魔境式じゃないのか…?!」

「まあ、おおむねその通りですが」

「じゃあさっきの、悪魔だからって理由で問答無用!みたいな展開は一体…!?」

「まあ、まあまあ勇者様、落ち着いて。そんなの決まってるじゃないですか」

「何が!?」

「瘴気ばらまいて建物壊されて、迷惑だったからですが」

「………」

「倒壊した建物の巻き添え食らって、万が一にも怪我したらどうするんですか」

「……………」

「私が怪我したら、漏れなくまぁちゃんと悪魔の最終決戦が始まって、本気を出したまぁちゃんの攻撃で国が滅びますよ」

「…………………」

「せっかく近くに私がいることと、ここが勇者様の故郷であることを考慮して、今だってまぁちゃん手加減してくれてるのに…冗談で済ませる余裕が吹っ飛んだら、周辺国を巻き込んで大きなクレーターになりますよ」

「……………………………………………それは勘弁してほしいな」

「ですよね! まあ、建前的な理由を色々並べはしましたが、本音は迷惑だったからと、タナカさんの面白い反応を見てみたかったからですが!」

「…って、それが本音かオイッ!!」

 最後にぺろっと本音を溢してみたら、勇者様が頭を抱えました。

 蹲って、何かブツブツ言っているようです。

 うん、ごめんね。勇者様。

 今の言葉、本音なんだ☆


 さてどう勇者様を宥めようか。

 そう思っている、端で。



 ――しゃぎゃぁぁぁあああああああああっ



 タナカさんの、今までに聞いたことのないような怒号が轟きました。




 まあ、うん。

 あれで終わる訳がないよね。


 生死の概念に、私達が謎を感じたその通り。

 これしきのことで簡単に悪魔が死ぬはずはなかったのです。


 ………多分確実に、タナカさんの涎塗れにはしてやれましたけどね。






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