170.悪魔召喚
シャイターンさん(右腕)は、黒い獄炎を未だ火柱の形で保持しています。
だけどやっぱり、むぅちゃんや子竜、せっちゃんに確認してもらったら案の定。
炎は炎という形で残っていますが、その魔力は残存するものが少なく。
魔法による炎でも、実際にはただの炎とあまり変わらなくなっているとのこと。
魔法による下地が整っているので、悪魔の干渉で消えずに残っているだけだと。
やっぱり、と私は思ったんです。
やっぱり、魔力がないんだろうなって。
だって、シャイターンさんの右腕が既に復活しているんですから。
思いがけずシャイターン(右腕)さんを復活させることになってしまった炎。
つまりは、まぁちゃんの獄炎。
その内包されていた魔力は、シャイターン(右腕)さんの封印を打ち破ることに消費され、潰えてしまっているのでしょう。
ただ炎という形骸だけが残っている。
そして復活したばかりのシャイターン(右腕)さんはきっと、魔力が足りない。
炎を操って火柱を上げていますけど、それもシャイターン(右腕)さんのなけなしの魔力を無駄に浪費しているだけとなっているようです。
今の魔力が足りない右腕に、使わせたい魔法があります。
その為にはまず、此方から魔力を補給してあげないと…
「という訳で、むぅちゃんガンバ!」
「ま、良いけどね」
肩をひょいと竦めて、むぅちゃんは請け負ってくれました。
周囲への被害と言う懸念事項をロロイが解決してくれたので、気兼ねしないことにしたのでしょう。
………むぅちゃんが必要以上に思い切りのいい魔法を使っても驚きません。
一方、ロロイの方は…
「……………」
………相変わらず、無言でじっとりと私を睨んでいます。
逃げたり籠ったりする気はないようですけれど、無言の抗議が雄弁です。
元々吊り目のロロイが睨みつけてきても、生意気そうな雰囲気が割増しになって、私としては可愛いだけなんだけど。
ここで頬を緩めたりしたら、本気で見限られる恐れがあります。
実際問題、この面子で一番まともに水を操れるのはロロイだけです。
せっちゃんもできなくはないと思いますが…
「あに様ぁ、フレーフレーっでっすのー♪」
………呑気にまぁちゃんを応援するせっちゃんに任せるのは…
なんと言うか、ちょっと勇気が要りますね。うん、不安なので止めましょう。
あれで実力者なのですが、普段の甘えんぼな印象が強すぎて…
………余程のことがない限り、せっちゃんには失敗の許されない仕事をお任せしたくないなぁ、なんて。
そう思う私は、間違っていますか?
でもきっと、そう思ったのは私だけじゃない。
「フレー、フレー! あ・に・さ・まぁー!」
「応援サンキュウせっちゃん! 妹の応援に応えて唸れ、兄様スパイラル…!!」
「きゃーっ♪ あに様すぱいらるー!」
スパイラルあに様の七連続攻撃!
岩棚のドラゴンは累計7777のダメージを受けた!
岩棚のドラゴンは様子をうかがっている!
似たような顔をした私と、むぅちゃんと、子竜二人。
私達は…元気に応援する魔王妹からそっと目を逸らしたのでした。
仰け反って倒れかけたタナカさんに、危うく勇者様が押し潰されそうに…。
間一髪、回避に成功していましたが。
…というか、とばっちり回避が段々洗練されていってません?
「それでリアンカ、もう始めても?」
「は…っ あ、そうですね。それじゃあそろそろ…
…ってそういえば最後の仕上げに使う重要アイテムを受け取っていませんでした」
「………受け取る? 何を、誰から?」
怪訝な顔のむぅちゃんに、にっこりと笑って。
私は先程目を逸らしたばかりの、可愛い従妹を呼びました。
「せっちゃーん♪ おいでー!」
「はいですのー!」
元気な挨拶で、意外な機敏さを発揮して飛びついてくるせっちゃん。
私は可愛いせっちゃんの身体を受け止め、そのまま勢いを殺すことなくくる~りと一回転。しゃらんら!
愛らしく見上げてくる愛らしいお姫様のほっそい体を抱きしめます。
「せっちゃーん、私、飴がほしいなぁ」
「まあ、姉様! お腹がすきましたのー?」
「何かおやつ持ってない、せっちゃん?」
「えと、はい! それでしたら此方をどうぞ、ですのー!」
そう言ってせっちゃんが差し出してくれる、巾着。
その中には持ち運びしやすそうなお菓子がごろごろ。
きらーん☆
私の目が、光りました。
この緑の目は、お菓子の中に埋もれた小さな包みに釘付けです。
「せっちゃん、これちょうだい?」
「はいですのー! リャン姉様に差し上げますの」
「わぁい、ありがとう、せっちゃん♪」
そう言って私が摘み出した、それ。
丸く親指ほどの大きさに包まれた、お菓子。
茶色い飴玉 (蟹みそ味)。
やっぱりあった。
絶対にあると思ったんです。
あの悪魔は、子供に会うと毎回飴玉をくれます。
そしてせっちゃんのことは、お年頃だけど未だに『子供』認識…!
あの悪魔は年齢ではなく、どうやら見た目で分類しているようです。
まぁちゃんのひいお祖母ちゃんは三十一歳まで飴玉を渡され続けて度々キレていたそうだけど………そのお婆様って、どんな見た目なんでしょうね?
まあ、良いです。
今は飴玉が此処にあることが重要なんですから。
せっちゃんがおやつを持ち歩いていて、良かった。
栗鼠みたいに食べなかったおやつの溜め込み癖があって良かった…!
私はせっちゃんに感謝して飴を受け取りました。
無駄にはしないからね、せっちゃん!
そして私は、むぅちゃんとロロイに目線で合図を送り。
頷き返すむぅちゃんを余所に、ロロイには視線を逸らされながら。
ようようにして、実行の時。
さあ、悪魔召喚…ですよーっ!
不吉にして洒落にならない儀式の名前を心の中で叫んだ、瞬間。
余裕もなくそれどころでなく、先程から吹っ飛ばされまくりで此方のことなど正直気にしていないだろう勇者様から…
……………何故か、ギンッと睨まれたような気がします。
まるで「何かしようとしてるだろう、お前」という声が聞こえてくるよう…
…視線だけでツッコミを入れられるようになるなんて、勇者様の成長が凄い!
でも私の気のせいで、勇者様の視線に含めるものなどないかもしれません。
うん、やっぱりきっと気のせいかな(棒読み)!
そうして、争う魔王とドラゴンの隙をついて。
むぅちゃんの大火炎が、炎の龍となって顕現した。
「わー…壮観だね」
「……………ちょっと、僕も予想以上だったな」
出てきた魔法の物凄さに、やった本人が顔を曇らせています。
予想以上に大技になっちゃったってことですか、ねえ。
しゃぎゃあぁぁぁぁああああああああああああああ…っ
「「「「………」」」」
ぱかっと、炎の龍が口を開けて。
声帯なんてない筈の喉から、叫びが迸る。
思わず全員が、無言で真顔。
争うまぁちゃんとタナカさんの動きまで、一瞬止まっちゃいましたよ…!?
「お、お前達なにやってんだオイぃぃいいいいいいいっ!!」
勇者様の虚しい叫びは、明らかな非難の色。
もう確認する前から、私達が何かやったものと決めつけています。
そんな最初から決めつけるなんて…悲しいですね。
確かに犯人は私達だけど。
ぎゃぉぉおおおおおおおおおおおおおおんっ
「ちょ、おい、アレどうするんだーっ!!?」
「勇者様、ふぁいと!」
「頑張れ勇者さん」
「え、俺に丸投げ!?」
勇者様の顔が、ざっと青褪めました。
それはそれは青褪めました。
まるで、漁獲された烏賊のように。
…はい、いつものことですね。
きゃおぉぉぉぉおおおおおおおおおおっ
「わ、わ、わーっ!!」
そうして、再び。
今度は炎龍に突進を喰らって、勇者様は大慌てで回避する羽目になりました。
その様子を見ながら、私達はポツリポツリと思うところを語ります。
「………ねえ、あれなんか意思もっちゃってない?」
「あ、リアンカもそう思う?」
「わあぁ…むぅちゃんのドラドラさん、かっこいいですのー!」
「主様、その言い方だと…まるでどこかの猫のようです」
「いや、気にするとこってそこじゃねーだろ」
思わず、素に戻った私達。
あまりの威容を誇る炎の龍…だけど圧巻だとは思いません。
とんでもないことしちゃったな、とは思うけど。
脅威とか恐怖とか精神的圧迫とか感じないのは、普段日頃より格上の化け物と和気あいあい仲良くしているからかな!
「どうします、リャン姉さん。勇者さんもそう長くは保ちそうにないですけど」
そう言う傍から、勇者様は腹に減り込む勢いで突っ込んできた炎の龍を剣で受け止めています。
ぎりぎりと鍔迫り合いの、力比べか根比べか…
まるでこの場にいる者達の力量を察しているかのようです。
己の敵わないであろうまぁちゃんやタナカさんを綺麗にスルーして、勇者様に襲い掛かる炎の龍。
…こちらに来ないのは、せっちゃんがいるからか造物主であるむぅちゃんがいるからか、わからないけれど。
龍は脇目も振らず、勇者様に夢中で。
だけど炎の高熱で、勇者様の持つ剣がみるみるバターのように溶けていきます。
所詮は、間に合わせの剣。
間に合わせは間に合わせに相応しく、それなりの強度しかなかったのでしょう。
じわじわと失われていく、武器。
時間をかければかけるだけ、勇者様の不利です。
うん、どう見ても限界間近ですね。ヤバいです。
「っロロイ…!」
「わかった!」
まるで予め打ち合わせでもしたかのような、呼応するロロイの声。
私の考えるところを、指示を受けるまでもなく察していたのでしょう。
私が一体、何を望むのかを。
「行け…っ!」
そう言って、ロロイが掲げた手を真っ直ぐに振り下ろす。
何故か執拗に勇者様に襲い掛かっている、炎の龍へと。
ロロイの手の動きに、合わせる様に。
全身から立ち上った、蒼い魔力。
それが空気中の水分と結合し、大きな力を秘めた『水』になっていく。
その様子が、私の目にもはっきりと視認できました。
そして、そこに出現したのは…
しぎゃぁぁぁあああああああああああっ
まるで炎の龍をそっくり正反対にしたような、青い蒼い水の龍。
己を炎の龍の天敵であると、そう見止めた瞳で。
ロロイの指示を受け入れた龍は一直線、一目散に炎の龍へと向かっていき…
………そして何故か、勇者様と激突しました。
「うわぁぁあああああああああああああっ!?」
弧を描いて、吹っ飛んでいく勇者様。
さよなら! さよなら! さよなら…!
「………私、ほとぼりが冷めるまで勇者様には会いたくないな」
「奇遇だね。僕もだよ」
「割と、俺も…」
思いがけない事態を前に、私達は三人そろって悄然と項垂れました。
誰も、わざとじゃなかった。
本当です、本当なんです…!
……………本当だよ?
遠くから、勇者様の尾を引く叫びが聞こえました。
「お前達、後で話を聞くからなーっ!!」
……………私達全員の、お説教タイムが確定した瞬間でした。
「………あは、あはははは…うん、忘れよう」
「なかったことにして、そろそろ本題に移ろうか。それじゃロロイが周辺の土地をカバーしてくれている間に指示された行動に移るよ」
「ロロイの方は大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫…だ、よ。うん…。俺は炎龍の影響を押さえるだけだし。周辺を分厚い水の膜で遮断しているから悪影響は少なくて済むと思う。今の内に終わらせよう」
「そうです。勇者さんが戻ってくる前に全部を収めておけば、何とか許してもらえるかも知れません」
「そうだね。それじゃああの龍…タナカさんの口元に突っ込ませるよ」
言葉にして言われてみると、改めて考えてしまいますが…
結構私達、大胆なことをやらかそうとしている気がしなくもありません。
「それじゃあ、どーん!」
軽く、そう言って。
むぅちゃんは自らの手を振り、風を絡め取ります。
それをそのまま、炎龍へとぶつける勢いで放ちました。
炎の次に親和性の高い、風の攻撃。
だけどそれは龍の炎をかき消すこともなく…
ただその身を、突風の前の木の葉のように吹き飛ばしました。
抵抗しようと龍が身をくねらせ、反抗心を現わしても無駄。
むぅちゃんの魔法は完璧に、自らの被造物・炎龍を吹き飛ばしてしまいました。
真っ直ぐに狙った方向へとぶつかるよう、その威力や角度を計算した上で。
そして、
ちゅどおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお…んっ
「たーまや~♪」
「かぎやー、ですの~♪」
王都のど真ん中で、より一層派手な花火が炸裂しました。
すかさず、私はその渦中へと投げ入れます。
蟹みそ味の、飴玉を。
………この飴玉は、シャイターンさんの飴玉。
彼が、魔力で作りだした食用アイテム。
その中には、シャイターンさんの魔力がたっぷりと詰まっています。
悪魔に帰属する魔力が、純粋な魔力の塊に指向性を持たせる。
私の狙った通りに行くと良いのですが…
でもきっと上手くいく。
私の胸には、確信がありました。
魔力はほとんど空っぽで。
目も耳も口もない右腕一本。
それでは限界があって、現に捕獲されて逃げることも叶わない。
腕一本では出来ない限界が、右腕を苦しめる。
だったら、どうする?
その右腕だったら、どうする。
手そのものなのに手も足も出ない状態だから。
腕は、呼んだ。
己が無抵抗にされるがまま蹂躙されずに済む方法を求めて。
右腕は、呼んだ。
理解できない周囲の状況。
混乱を奇麗さっぱりと整理し、出来なくなっていた手段を取り戻すために。
悪魔の右腕は、呼んだ。
――己の、本体を。
即ち魔境は魔王城の奥深く、暖炉の一つを占領する…悪魔シャイターンを。
この地に至るまでに移動し、通された。
蟹みそ味の飴が残してきた魔力の残滓を辿り行く。
細い、細い魔力の繋がりを強固に補強して。
腕は、己の頭部を求めた。
そうして今この場に、臨時のホットラインが繋がった。
魔力の通った後を道筋として、悪魔との通信回線が。
場に、声が響く。
抑揚のない、『人間味』など欠片もない声が。
「――『やほやっほー…こちらシャイターン(頭)、くりかえすこちらシャイターン(頭)。そっち、誰ぞおるんかのー…?』」
………だけど台詞の内容には人間味がありまくりだった。
あの声を聞くと、思わず苦笑が漏れます。
シャイターンさん、いつも完全なる思いつきと気まぐれで喋るからー…
「相変わらず、口調が安定しないねー…」
「『むむっ その声は! …誰だ!?』」
「リアンカちゃんですよー」
「『おおぅ、リャン嬢ちゃん! 御機嫌麗しゅう?』」
「突然だけどシャイターンさーん、お宅の右腕君が大ピンチですよー」
「『なにおぅ!? うちの右腕めはもう何かヤンチャしとるんかい!』」
「具体的に言うと、ドラゴンにかみかみされています。このままだとタナカさんの餌食でーすよー」
「『Oh my god!! どうりで右腕の辺りがむず痒い気がすると思ったら!』」
「いや、悪魔が神に祈ってどうするんですか…そんな無駄に流暢に」
こうしちゃいられーん、と。
間延びしたそんな声が聞こえた瞬間。
どごぉぉおおおおおおおおおんっ
………周辺一帯に響き渡る爆発音が炸裂しました。
シャイターンさん…やることが派手すぎるよ。
そうして漂う硝煙の香りと煙が晴れた時…
そこに、いたのは………
「田中さんってのはどこだーっ!?」
眠そうな眼の、場違い感溢れる黒い髪のお兄さんで。
誰もが吃驚と眼を開き、突如いきなり降ってわいた青年を凝視する中で。
私は叫んでいました。
「あなた誰ですかーっ!?」
「えっ!?」
吹っ飛ばされた先から歩いてきていた勇者様が目を剥きました。
「あの不審者、リアンカが呼んだんじゃないのか!?」
「呼ぶには呼びましたけど! 私が呼んだのはシャイターンさんです。キャラが行方不明になっていて、胴体と右腕が現在お留守の、おとぼけ悪魔さんですよ!
あの人は胴体も右腕もあるじゃないですか!」
「それを判断基準にされたら大概の人は当てはまらないと思うぞ!?」
「大概の人が当てはまらないからこそ、最大の特徴と言えるんじゃないですか? それより本当に、私はあんな人知りませんー!」
「じゃあ、彼は誰なんだ…!」
混乱して叫ぶ勇者様と、戸惑って叫ぶ私。
アレは誰だという思考に二人同時に辿り着き、これもまた同時にぐりっと見知らぬお兄さんへ視線を向けました。
私達の、大きな疑問の眼差し。
突然の来訪者に、まぁちゃんやタナカさんも視線を注いでいます。
全員からの注目を受けて、青年はふっと笑うと口を開きました。
「俺は山田…!! 田中がいると聞いちゃ黙ってはいられない!
………んで、シャイターンを押しのけて来てやったぜ!」
そう言って、きらりと歯を光らせてニヒルな笑顔。
黒髪の眠たそうな顔をした、人間にしか見えないお兄さん。
彼はシャイターンさんの旧友で…
「ヤマダ…?」
聞いたことのない名前…
でもよくよく考えてみれば、シャイターンさんが地獄に入るお友達の名前としてあげていたような気がしなくも…
………つまり、シャイターンさんのお友達?
のんびりと気さくな、魔境の魔王城に住む悪魔シャイターンさん。
私が呼んだのは、彼だったはずなのですが………
その出番を奪って現れたのは、悪魔のヤマダさんでした。
!! ENCOUNT !!
山田さんが現れた!
山田さんは此方の様子をうかがっている!
【山田さん】
悪魔Lv.35
HP3240 MP5000
【技】あに様スパイラル
魔王が妹へのサービスの為だけに生み出したサービス技。
ヒーローショーの必殺技並に派手だが、それだけの技。
七人のあに様が回転しながら敵を討つ…!