169.たまや
悪魔召喚までいけませんでした…また、次回に挑戦!
ぴゅるるるるるるる……………ちゅどーんっ!!
風を切る音の彼方から、勇者様が吹っ飛ぶのが見えました。
たーまやー………
現在、王都のど真ん中にて。
突如として勃発した存命一万年超えのドラゴンと、大陸最強魔王様の激突戦。
そして怪獣大決戦の中に、単騎突入していった勇者様。
事態は結果をご覧じろ。
うん、見事に勇者様が弾き飛ばされて吹っ飛びました。
………あの角度は、首を変に捻るか頸椎折るかしていそうな角度でしたね。
勇者様、無事ですか?
「ゆーしゃっさまー! 生きてますかー!?」
「か、かろうじてー…っ」
――あ、返事がありました。ただの屍じゃないようです。
勇者様が頭から突っ込んだ、壁。
崩れ落ちた瓦礫をガラガラ掻きわけて、勇者様がぴょこん!と頭を出しました。
「ひ、酷い目に遭った…!」
そうは言いながらも、特段怪我などもない様子で。
こき、と首を鳴らしてはいますが打撲も骨折もしてないみたい。
おおぅ…やっぱりぴんぴんしていますね。
勇者様、貴方は本当に人間ですか…?
相変わらず、既に人間を辞めてる疑惑の尽きない人です。
「リアンカ、どうするの?」
「どうって、何が? むぅちゃん」
「勇者さん。やっぱり陛下達の相手は荷が勝ちそうだけど?」
むぅちゃんは、さらりとした声でまぁちゃんを『陛下』と呼びました。
周囲に人間が一人でもいる間は、一応は気を使って『まぁ兄』と昔の呼び方をしていたけれど。
半径km範囲に人間がいないことを確信しているのでしょう。
久しぶりに、その呼び方は常の『陛下』に戻っています。
むぅちゃんはハテノ村の村民だけど、半分は魔族ですからね…
「んー…私としては、シャイターンさんの腕が無事に戻れば万々歳。でも勇者様は王都を守りたい……手遅れっぽい気もするけど」
「どうする? 助ける?」
「…私が助けるって決断したら、むぅちゃんは助けるの?」
「まさか、面倒。それに体を張って陛下を止めようなんて自己犠牲は持ち合わせていないよ。無駄だし」
僕はまだ肉塊にはなりたくない、と。
清々しいまでにきっぱりとむぅちゃんは言い切りました。
うん、私もその気持ちはよく分るよ!
「でもそれじゃ、なんで私に行く末を委ねるような物の聞き方するの?」
「だってリアンカ、勇者さんのこと気に入ってるでしょ」
「うん、気に入ってるよ。お友達だし」
「このままじゃ勇者さんの肉体に欠損が出てもおかしくないよ」
「まっさかぁ、勇者様だよー!………と、言ったらそれで誰もが納得しそうな気がするのは私だけ?」
「…ううん、僕も納得しそうになった」
「……………でも実際、そろそろ危ない気もするんだよね。まぁちゃんも勇者様のこと気に入ってるけど、身の安全までには注意を払ってくれなさそうだし」
「なまじ生命力が強い分、特にね。自分よりずっと実力は下だって認識はちゃんと出来てるけど、しぶと過ぎるから陛下の認識が甘くなってる気がする」
「うん、本当に歯牙にもかけないくらいに何も出来なかったら、逆に気を使うんだけどー…勇者様、人間とは思えないくらいに生命力強いからね」
「ちょっとやそっとじゃ死なないから、気を使う必要ないと思われてそうだよね」
「実際に、絶対そう思ってるよ。だって今見てても勇者様のこと気にかけてすらいないもん。放っといても死にやしねぇって思ってるよ」
結果、全く気を使っていないまぁちゃんの攻撃に、勇者様が必要以上に巻き込まれている訳ですが。
ちゅどぉぉぉおおおおおおんっ
「――のわぁぁぁああああああ!?」
遠くから、勇者様の悲鳴がまた聞こえてきました。
聞きようによっては悠長な、切羽詰った色のない悲鳴にも聞こえます。
………私の耳が勇者様の悲鳴に慣れちゃって、気が緩んでるだけかな。
でも何にせよ、まぁちゃんが攻撃の際に巻き込まれる勇者様への配慮を怠っているのは明白で。
「うん、そろそろ本格的にヤバい気がする」
「奇遇だね。僕もそう思うよ」
頷き合う私とむぅちゃんの眼差しは、不思議と凪いだ海のように平坦でした。
「…でもここ、勇者さんの国なんだよね。ここで勇者さんが殉職…それも陛下のとばっちりで、となると流石に居心地が悪いかな。隠蔽する時は本気でやるけど」
「勇者様の五体に欠損が出たりすると、居た堪れないよね…。絶対に、宮廷は上を下への大騒ぎになるよ」
「耳に劈く、轟音の如き号泣の嵐…想像しただけで鬱陶しいね」
私とむぅちゃんは、再びこっくりと頷きを交わしました。
「それじゃ、どうしようか」
自然と此方に足並みを揃えようとするような、その言葉。
先程まではうんざりしたような顔で面倒だと言っていましたけど…
放置した方が余程面倒で煩わしい展開になると判断したのでしょう。
再び私に意向を尋ねてきたむぅちゃんの姿勢には、言われずとも協力しようという気持ちがありました。
だったら、私も奥の手を出しましょう。
今の状況だからこそ出来る、奥の手を。
ずばぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ
「――う、うわぁぁぁぁあああああっ!?」
再び遠くから、勇者様の声が聞こえてきました。
勇者様、がんばれ。
超がんばれ。
後少し持ちこたえたら、助け………
……………ん? アレは助けになるのかな?
……………………………。
………………………。
………うん、まあ良いや!
取り敢えず事態を動かす切欠にはなるでしょう。
それが勇者様にとって幸となるか不幸となるか…
それは、幸運の女神様に祈っておけば何とかなるでしょう!
私、信仰心ほとんどないけど!
そうして、私は行動を開始しました。
それが勇者様にとって、良いことか悪いことかは後に判断を任せることにして。
「それで何するの?」
「うん、シャイターンさんの腕をちょっと利用しようかなって」
「…腕って、あれタナカさんにまだ捕まってるよ」
「それでもまあ、何とかなるでしょう。むぅちゃんには火の魔法をお願いします」
「まあ、良いけどね」
シャイターンさんは、長いこと氷の力で封じられてきた悪魔です。
封印を解く鍵は封印の力を上回る膨大な魔力と、熱。
まぁちゃんの炎なんてきっと最適でしたね。
ドラゴンシチューでも目覚めちゃってましたけど。
………こんな人間の国のど真ん中で、制御の利かない悪魔の腕に目覚められたら対処に困ります。
でももう、目覚めちゃってます。
目覚めたモノは、仕方ありません。
利用しましょう。
封印が解けて以来、魔王城に居候している悪魔のシャイターンさん。
悪魔は厳密には魔族とは別の生き物です。
色々と似た部分はありますけれど…そう、もっと宗教的な?
神々がどうの、堕天使がどうのと私にはよくわかりませんけれど。
魔族よりも精神的で宗教に縛られた不可解な邪悪の権化。
それが悪魔だと、私は認識しています。
存在の凶悪さで言うなら、きっと魔王のまぁちゃんの方がぶっちぎりですけど。
なので、魔王城に住む悪魔はとても珍しい。
一般的な悪魔は、地の底に籠って出てこない引籠りさんだし。
そんな悪魔のシャイターンさんは、魔王城の一室…
数ある居間の一つの、大きな暖炉に住んでいます。リアル灰かぶりです。
何千年と氷漬けになっていたせいで、すっかり冷え症の寒がりになっちゃって…炎や熱が身近にないと、落ち着かないんだそうです。
真夏の日中に、カンカン照りの中日向ぼっこして脱水症状起こしても懲りずに日向ぼっこするくらいに寒さが苦手です。
だから、シャイターンさんは炎を好みます。
それも飛び切り魔力濃度の高い、魔法の炎を。
「という訳で、むぅちゃん。あの右腕に極上の火炎魔法ぶつけてあげて」
「別に良いけど、辺り一角焼け野原になるよ?」
こっちは魔境と違うから、とむぅちゃんが言います。
…魔境は土地自体に膨大な魔力があるので、むぅちゃんがちょいと魔法を使ったところで土地の魔力に掻き消されるなり負けるなりして、過剰な影響が広範囲に及ぶことは少ないそうだけれど。
ここ、人間の国ですからね。
土地の力が魔境よりも格段に劣るせいで、むぅちゃんの魔力に土地の方が負けてしまうそうです。
「それってヤバい?」
「ヤバいヤバい。魔境だったら土地の方がカバーしてくれるけど、こっちだと土地が負けるんだよ? 僕の魔法の威力が、必要以上に土地に干渉するんじゃないかな。結果、本来の威力以上の大火炎地獄が出没しても僕は不思議に思わない」
「わーお…」
私達の感覚は、やっぱり育った魔境基準。
魔境に適した魔法を覚えたむぅちゃんの力は、人間の国では強すぎるようです。
これが人間の国の感覚で魔法の使い方や威力の調整を覚えた人だったら、逆に魔境を「魔法を使い難い土地」だとか「魔法の威力を必要以上に掻き消す土地」だと認識するんでしょうけれど。
魔境の土地の影響ありきで魔力を調整してきたむぅちゃんにとって、人間の国は必要以上に魔法が強力になってしまって使い辛い土地、となってしまうようです。
小さい魔法なら、まだなんとか威力も調整できるでしょう。
最初から使った魔法が思った以上の威力で発現する前提を理解しているのなら。
だけど今回の私の注文は、大火力。
飛びきりの魔法を使ってほしいんですけど…
流石に、むぅちゃんは難しい顔をしています。
この状況で大きな魔法を使ったら、王都が焦土と化すそうです。
「民衆は避難済みだけど…逃げ遅れがいたらマズイかな」
「じゃあ、リャン姉。俺が周囲を水で囲ってカバーする。そうしたら周囲に被害は飛び火しないだろ」
そう言って面倒を請け負ってくれたのは、私の使役。
水の真竜ロロイでした。
…そうか、ロロイは水の竜。
炎の影響を抑え込むのに、これほど適した子はいない。
その魔力も真竜という種族故に、子供であっても確実にむぅちゃんの魔法を捩じ伏せることが適うくらいに高い。
生まれつき魔力と親しむ種族だし、土地に応じて調整をするのは容易そうです。
それに水であれば、どれだけの威力を出しても大災害には繋がり難い…
…ここが水に弱い土地でなければ!
………山からパイプで水を引いていると、前に勇者様が言っていましたよね。
それってつまり水路はあっても、大きな川は近辺にないということで。
だったらロロイが実力を出しても、被害は抑えられる?
いえ、水竜のロロイだったら、被害を出さないように抑え込めるはず。
「ロロイ、貴方が水竜で良かった! ついでに最強の竜種で助かった…!」
「やった、リャン姉に褒められた」
「ロロイ、可愛い子…!」
心なしか嬉しそうな子竜の頭を、私は全力でわしゃわしゃと撫でまくりました。
それを、せっちゃんが羨ましそうに見ている…。
「リャン姉様、せっちゃんも撫でてほしいですのー…」
「せっちゃん可愛い…!!」
「リャン姉様、だいすきー…!」
可愛かったので、ロロイとせっちゃんをまとめて胸に抱き込みました。
ロロイが顔を真っ赤にしてわたわた慌てていましたけど…
うん、可愛いから良いと思います!
「りゃ、りゃん姉さ…っ はな、はな、離し…!」
「あ、ロロイって水のにおいがする」
「――!! に、におい、とか…!」
「リャン姉様、本当ですの? ロロ、水のにおいがしますの?」
すりすり、せっちゃんがロロイの首筋に顔を埋めます。
すんすんと、子犬みたいに鼻を鳴らして…
「ふ、二人とも止めてよーっ!!」
終いにはロロイからのじたばたという抵抗が激しくなって。
ロロイらしからぬ切羽詰った声で、半泣きで。
あ、しまった…ロロイ、思春期だった………
やっちゃった、と。
私は気まずい思いでそっとロロイを開放してあげました。
「……………」
う、怨めしげに上目遣いで睨まれてる…。
これから大仕事、なのですが。
やりすぎによってまたロロイがどこか狭い場所に籠って出てこなくなったりしないかなー…と。
ほんの少し、心配になってしまう私でした。
一体まぁちゃんvs田中さんの勝負で、何が起こっているのか…
次回、あに様がすぱいらる。