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164.あ、勇者様が……… 

←今回もかなり不憫。

勇者様にはもう、強く生きろとしか………いや、死ぬなとしか言えません(爆)


 取り合えず、勇者様に対してやりすぎました。  

 つい、やっちゃった(汗)


「おい、見たか。あの集団」

「ああ、あのすっげぇ金ヅルだろ…?」

「ちょっと見ただけでも首やら耳やら手指やら、服の装飾だけでも一財産だぜ?」

「あんな無防備にぶら下げて、どこの箱入りか知らねーが………カモだな」

「ああ、カモだよな」


 そんな会話が密やかになされた、路地裏。

 絶好の獲物と見て取った集団に対して、舌舐めずりが止まらない。

 彼らの運命が悲惨なものに塗りたくられようとしている、麗らかな午後。

 カモと見定めた相手の性質の悪さを、彼らは全くわかっていなかった。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 


 食べ歩き、万歳…!

 まぁちゃんが惜しみなく、湯水のように食べ物を買ってくれます。

「まぁちゃん、お金持ち!」

「屋台の食べ歩き用商品なんざ値段もたかが知れてるからな」

「でも6人分だよ?」

 更にその内の、ロロイとリリフの真竜コンビがかなり食べます。

「お前らって懐が広いよな」

「それって胃のこと? 胃が広いって言いたいの?」

 でも、否定はしません。

 だって美味しいんだもん。いくらだって入っちゃいます!


 そうやって、私が祭りの珍しい食べ物で至福を味わっている最中でした。

 そいつが、やらかしたのは。


「きゃーっ ひったくりよぉ!」


 なんと、ひったくり!?

 吃驚した目で周囲をきょろりきょろきょろ。

 …見回したら、何故か私の方が周囲から多大な注目を浴びておりました。

 え、まさか?

 ひったくりが出た→注目を受ける私→私はひったくりじゃない。

 …と、なると?

 

 私が持っている荷物なんて、食べ歩きの食べ物。

 それか、常に携帯しているポーチくらい、で……………

 顔が引き攣ります。

 まさか、まさかと恐る恐る腰のあたりに視線をやってみると…

「……………ない」

 あるはずのモノが、ありませんでした。


 危険なアレコレから、貴重なアレコレまで!

 私が必要かな、と念のために詰め込んだアレやソレまで!

 その全てが詰め込まれた、私のポーチが…

「みぃ―――っ!!?」

 自覚した途端、思わず奇声を発してしまいました。

 そんな態度に出ちゃうくらいに、ヤバい。


 危険! 危険な事態です!

 誰よりも、ひったくり犯にとって…!

 というか、荷物返して下さい!!

 その中、今日は本気で洒落にならないブツが…!!


 私の顔面は蒼白。

 私が荷物を取られたと察したまぁちゃんの顔………怖くて言えない。

「…リアンカ? あのポーチの中身は?」

「……………私特製の毒霧八種(×3)と、傷薬と胃腸薬、魔境産バハムート唐辛子スプレーと、それから湿布薬とあと色々」

「その色々の辺りが、滅茶苦茶怪しいのは気のせいか?」

「黙秘します」

「うん、取り返さねぇとヤバいな」

「流出したら、勇者様にマジ説教喰らうのは確実…」

「そうしょんぼりすんな。まぁちゃんが取り返してやる」

 わあ☆ まぁちゃんの頼りがいバッチリな宣言!

 彼はやってくれる気です! なんて従妹思いな魔王様でしょう!

 ………それはそれでまずい気がするのは、果たして気のせいでしょうか。


 果たして、麗しの魔王様はにっこりと笑いました。

 獰猛な、肉食獣を連想させる笑みで。

 そして、ぼそっと呟いたのです。


「【自動追尾式・光弾、炎弾、氷弾、石弾、雷弾:行け】」


 ま、まぁちゃんが本気を出したーっ!?

 

 魔法を使う時は常に無言。

 特に何も言わず、前振りなしで魔法を炸裂させるまぁちゃん。

 彼が何かを言って魔法を発動させようなんて姿、見るのも初めてで…取り返すというか、むしろアレは証拠(ポーチ)ごと隠滅しようって感じに見えるのは気のせいかな。

「って! まぁちゃん、駄目! 今日のポーチの中身は火気厳禁!!」

「え、マジで?」

 そう言いつつも、既に魔法は放たれた後。

 勢い凄まじく飛んで行って………うん、回収不可能だね☆

「――あ、ひったくり犯、死んだな」

「死んだね、これは」

 ロロイとむぅちゃんが、二人こくこくと頷き合っていて。

 私も素直に思ったわけです。

 同感だ、と。


 だけど実際は、そう素直にことは運ばなかったようで。

 というか素直にそうことが運んだら、きっと周囲を巻き込んだ大惨事に発展していたでしょうけれど。

 魔王の脅威を阻むのは、誰か?

 それは定番のお約束、決まってますよね?


 ――勇者様です(笑)




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

   


 己の相手を見誤り、うっかり高をくくったひったくり犯。

 そんな彼の末路は…

 手を出した相手が相手なだけに、その時点でGo to hell.

 

「へへ、ここまで来れば…」

 にたりと厭らしい笑みを浮かべる男。

 彼の手には、どこにでもありそうなありふれたポーチ。

 だけど見るものが見れば、希少な魔獣の革製だとわかるだろう。

 きっと、この国の故買屋で売り払えば適正価格より落ちるとは言っても、三か月は軽く遊んで暮らせるお金になる。

 窃盗を繰り返す過程で目が肥え、それなりに適正価格というものが読める様になっていたひったくり犯は、ポーチを眺めるだけでにやにやと笑みが止まらない。

 そんな貴重なポーチに入っているのだ。

 中身も、さぞや…

 

 膨らむ、妄想。

 高まる、脈拍。

 嗚呼、何と見事な獲らぬ狸の皮算用。

 男の命運は既に風前の灯火。

 だけど本人はそんなこと知らず、仲間と合流しようと気楽にたらたらと歩く。


 急げ、ひったくり犯!

 走れ、ひったくり犯!

 死に物狂いの全力疾走をしたところで、逃れられはしないだろうが!


 幸福な未来でにやける男の、遥か後方。

 高み、空の果てから。

 男を目がけて急降下してくる怪しげな何かが、キラーン☆と光った。

 それは光であり、炎であり、氷であり、岩石であり、雷であった。

 一直線、真っ直ぐ過ぎるほど真っ直ぐに、それは男の後頭部を狙っている。

 恐らく、直撃した瞬間に炸裂するであろう。

 そして男の頭は、一人トマト祭になるはずだ。

 そう、見事な『潰れトマト』に………




 いつの間にか時間は丁度いい具合。

 ひったくり犯も、人混みが一番混雑する機を狙って窃盗したのでしょう。

 さて、それでは本日で一番混雑する機会とは何時か?

 簡単です。

 そう、その時間は丁度………王室のパレードと時間がモロ被りで。

 その時、既に勇者様は凶運にロック☆オンされていたのかもしれません。

 


 視認も難しい速度でひったくり犯に接近する魔王の魔法弾。

 大通りの向こうを悠々と逃げるひったくり犯。

 その、対角線上。

 良すぎるほどに抜群のタイミングで、大通りを通りかかったのは本日の目玉。

 そう、王室パレードの一行。

 その中でも一際人目を引くのは、パレード用の山車に乗った勇者様。


 さあ、皆様!

 「ここは人類最前線」を読んでくださっている皆様ならば、おわかりでしょう!

 この後、何が起ころうとしているのか(爆)!



 直後、勇者様の即頭部に魔法弾(光)が直撃した。



「…っぐは!?」

 狙撃手も驚きの、クリティカルヒット!

 鈍い音を立てて、勇者様の即頭部に炸裂する魔法弾(光)。

 山車の上から転げ落ちかけた勇者様は、それでもまだ生きていた!

 結構ぴんぴんしていた。

 だけど魔王の魔法はやはり威力が高かった。

 山車の上、勇者様は蹲って頭を押さえ、耐え難い痛みに悶える。

 生理的に涙が滲んだ目で、何が飛来したのか確認しようと上空を見上げると…

 …どう見ても直撃コースで此方へ更に被弾しようとしているアレやコレ。

 凶悪な四つの光を見つけてしまった。

 ぎょっとする勇者様。

 いきなり王子がよくわからない攻撃を受け、倒れたと周囲は騒然。

 警備の者達が今にも踊りだしそうなほどに狼狽している。

 勇者様は、魔法直撃による威力ですぐさま悟っていた。

 自分以外の者が対応できる魔法ではないと。

 自分以外の人間が何かしようとしても、死ぬだけだと。

 未だ悶絶モノの痛みは感じていたのだが、勇者様は悟る。

 ここは、自分が何とかしなければと。

 何しろ此方に向かってくる魔法弾は、あと四つもあるのだ。

「………この威力の魔法があと、四つ。なんだ、誰か本気で俺を殺す気か!?」

 勇者様が感じていたことは、事実。

 彼以外の者が喰らっていたら、きっと上半身が弾け飛んでいただろう。

 それほどのやばい魔法を前に、勇者様は逃げることなど出来ない。

 何故なら彼が逃亡してしまえば、それすなわち大惨事の始まりだからだ。

 勇者様は腰に下げていた儀礼用の剣を抜いた。

 その剣はあくまでも、儀礼用。

 武器としての性能などお慰み程度にしかないが、それでも素手で立ち向かうなどという無茶を行うよりはマシなはず!

 勇者様はそう信じて、騒ぎの中で動きを止めた山車の上、空を睨む。

 しかし勇者様が直撃を喰らった折、やはり山車の位置は少し移動していて…

 ぎょっとした。

 勇者様は、ぎょっとした。

 何故なら魔法弾の直撃コースは、まっすぐと勇者様の位置よりも若干後ろ…

 ……彼の両親である、国王夫妻の椅子を目指していたからだ。

 より正確に言うと、王妃の椅子を。


「母上、危ない!」


 そこからはもう、咄嗟の行動だったとしか言えないだろう。

 勇者様は母君目指して向かってくる魔法弾(炎)を確認すると、考えるより先に体が動いていた。

 そう、魔法弾と王妃様の間に立ちふさがったのだ。

 己を立てにしようというのだろうか?

 いいや、その手には剣を構えている。

 勇者様は体に染み付いた反射行動を…

 射掛けられた矢を切り払うのと同じ要領で、その剣を振るっていた。


  ボンッ


「ぐ…っ」

 被弾する瞬間、炎の魔法弾は確かに勇者様の剣を受けた。

 人間とは思えない、恐ろしい技量だ。

 勇者様の剣の技は冴え渡り、炎を真っ二つに切り裂いたのだから。

 上下に切り裂かれた炎の下側は、切られた反動で地に叩き落された。

 そのまま「ぼひゅんっ」という音がして………

 ……………地面に穴が開いていた。

 山車を付きぬけ、地面に穴が開いていた。

 底など見えない、地の底まで届きそうな穴が…

「ほ、炎が突き抜けたのか…!?」

 上側に切り裂かれた炎は空に弾かれ、軌道は人々から遠く外れていった。

 それを思うと、炎の魔法弾を防ぐのには成功したと言えるだろう。

 だが。

「くっ…この剣はもう駄目か!」

 勇者様の手にある剣は、あくまでも儀礼用。

 見目がしっかりしているだけの(なまく)らが、魔王の魔法に耐えられるはずもない。

 辛うじて一度、炎を切り裂くのには成功したが…

 勇者様の手にある剣には、剣身が残っていなかった。

 金属の部分が、全て溶け消えた。

 今となっては勇者様の足元に、超高温の液状化した鉄がわだかまるのみ。

 こうなっては、もう使い物にならない。

 勇者様は手元に残っていた柄を投げ捨てた。

 だが、新たな剣を得る時間はない。

 もう、氷弾が目と鼻の先に……っ


  ごしゃっ


 勇者様の顔面に、直撃した。

 防げないと見るや背後の両親を守るため、思わず己の体を盾にした結果だった。

「ぅぐっ」

 顔面が、凍る。

 しかし勇者様は倒れなかった。

 膝を折ることも、一歩とずれることもなかった。

 何故なら勇者様の背中には、彼の母君様がいたからだ。

「ら、らい…っ!?」

 一連の思わぬ事態の連続に、王妃様の顔面からは血の気がみるみる引いていく。

 愛息が身を挺して己を庇っているのだ。

 平静でいられるわけがない。

「ら、ら、らいおっと…!!」

 取り乱し、錯乱してもおかしくない事態だ。

 それが母親であれば、尚更。

「あ、あ、あ…ライオット!」

「王妃様! 危のうございます!」

「ライオットが! ライオットが…っ」

「王子様が、あの王子様が防ごうとされているのは御身大事ゆえですぞ!」

「いや、ライオットー!」

 場は、一瞬で阿鼻叫喚。

 あまりに剛速球だった魔法弾の初撃には何が起こったのかわからず、対応できないでおたおたしていた者共も王室一家を守ろうとするのだが…

 現実問題、勇者様に何とかできないものに、彼らが対応できるはずもなく。

 この上はせめて国王夫妻を完璧に守ろうと、息子に駆け寄ろうとする国王夫妻は護衛によって羽交い絞めにされた。

 その間にも、勇者様を悲劇が襲う…!


 氷の次は、石だった。

 それも、五十cmくらいの。


  めしゃっ


 今度もまるで狙ったかのようにクリティカルヒット!

 勇者様の顔面に更なる命中!

 人類の至高! 人類の宝! 人類最高峰の勇者様の美貌が無残なことに…!?

 勇者様自身が顔面を抑えて俯いてしまったので良く分からないが、彼の顔面は果たして無事に済んでいるのだろうか…!

 怪我なんてしたら、リアルに暴動が起きかねないが!

 勇者様への相次ぐ悲運、その不幸に方々から悲鳴が上がる。

 だが、まだ!

 まだ、終わりではない…!


 そしてトドメの雷が飛来して、追い討ちをかけた。



「………~~~~~~~っ!!」



 その日、パレードの最中に起こった思わぬ事態に、人々は阿鼻叫喚。

 混乱と混迷、喧騒は人々を狂気に追いやりつつあったが…

 そんな最中、勇者様の声にならない絶叫が喧騒を切り裂いた。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 騒然と阿鼻叫喚の混迷の中。

 それを離れたところから並んで傍観していた、六人。

 響き渡る絶叫を他人事のように、聞き流しながら。


 私と私の隣に並ぶ、まぁちゃんと。

 それからせっちゃんやみんな。

 みんな揃って遠い目をしちゃいます。


「やべぇな…」

「失敗しちゃったね、まぁちゃん」

「唯一の救いは、巻き添えを喰らったのが勇者さんなこと?」

「いや、勇者が巻き添え喰ったから、あんな大事になってんだろ」

「どっちにしても、肉体の耐久力:人外級の勇者様じゃなかったら確実に挽肉…ううん、もっと悲惨な何か良く分からない液状の物体になってたんじゃないかな」

「あー…うん、アレ見て冷静になったわ。俺、やりすぎたな」

「まぁ兄、遅くない?」


 あの魔法弾を喰らったのが勇者様で良かったような、良くないような………

 被害の大きさとか、混乱度合いとか、諸々考えると悩んでしまいますけれど。

 何とも言い難い、微妙な気持ちで。

 私達はどうしたものかと、この時ばかりは本気で困っていました。




「取り合えず、勇者様………生きてるかな」


「「「「「…………………」」」」」


 みんなの無言が、とっても雄弁でした。





勇者様、死ぬな。

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