163.花でかざって
お祭り大好き魔境人が、とってもうきうきしています(笑)
朝一番から式典は始まり、昼過ぎまで続くと勇者様は言っていました。
それから全員で儀礼色の強い昼餐会をこなして、王都を一周練り歩くパレードが行われるのだと。
王国のお世継という立場上、勇者様のやることは多そうです。
だけど、それとは全く関係なしに。
自由な立場そのものの私達は、祭りを満喫する気満々でした。
「今日は一日、お疲れ様な勇者様を傍目に目一杯楽しむぞー!」
「おう!」
式典の為に連日をあげてのお祭は、まさに佳境。
だって今日が式典の本番、まさに本番!
王都のお祭りムードは、より一層の高まりを見せていました。
ここはもう、繰り出さなきゃ駄目でしょう!
大人しくお留守番なんて考えは、端からありません。
せっかくのお祭りだから、楽な格好もしたいけどおめかしもしたい。
そんな気持ちを両立させるため、私は薄紅の衣装を広げました。
ハテノ村でいつも着ている、私の普段着用エプロンドレスを。
そうしていつも身につけている必需品のポーチをつけて。
なけなしのおめかしに、髪に花を飾ります。
私の髪色って強い色をしているので、濃い色の花はあまり映えないんですよね。
勇者様の離宮のお庭で摘み取った、白い八重の花弁が可愛い花をもらいました。
同じ花の、色違いのものも。
「せっちゃんは黒髪だから、私と同じ白い花でも十分に可愛いよね」
「わあ、リャン姉様ありがとうですのー!」
せっちゃんの髪の毛は、本当に洒落にならないくらい長いから。
結わずに下すと、普通に地面に引きずります。
なのでこういう人混みの中へ繰り出すとか、野遊びをする時には絡まらないように工夫を凝らさないと大変なことになっちゃう。
「まぁちゃん、そっち押さえてー」
「おー…リアンカ、ピンの追加ここに置いとくぞ」
「あみこみあみこみー…主様、今日も髪の毛のコンディション最強ですね!」
「みゅー?」
「あ、せっちゃん! 頭動かさないでー!」
せっちゃんの髪の毛は、私とまぁちゃんのリリフによる力作と化しました。
白い花と透明な水晶の飾りピンで飾り立てたので、衣装も水晶の飾りのあるドレスで揃えた方が似合うかな?
「せっちゃん、どの衣装が良い?」
「リャン姉様、せっちゃんいつもの格好で構いませんのー」
「えー…折角だからせっちゃんもおめかししようよ。私とお揃い、駄目?」
「リャン姉様とお揃い?」
「うん、おそろい」
「せっちゃん、おそろいが良いですのー!」
「よし!」
ドレスはせっちゃんの普段使いの物を着せることになりましたが、代わりにお揃いで水晶のブローチをつけ、その辺りで妥協することにしました。
そして、手元に。
私とせっちゃんの髪に飾られたのと同じ花があります。
色は、紫です。
「まぁちゃんの髪、白いから白い花じゃ映えないんだよね」
「あに様の髪の毛と混ざっちゃいますのー」
「待て、お前ら」
うきうき髪飾りを用意していたら、まぁちゃんにわしっと頭を掴まれました。
「準備されてる割に使う気配がねーと思ったら……お前ら何する気だ」
「まぁちゃんを可愛く…」
「いや、やっぱ良い。それ以上口を開くな?」
「あに様の髪にもお花を飾りますのー! おそろいですの❤」
「言わなくて良いって言ったのに!」
「観念しよう、まぁちゃん。まぁちゃんの今日の髪型は、お団子ツインテールって決まってるの」
「よりによってそのチョイスか!」
いつもは私とせっちゃんがいくら髪の毛で遊んでも、基本放置なのに。
何故か今日はまぁちゃんから強固な抵抗にあいました。
何故でしょう、解せません…。
「流石の俺も、あの混雑しまくりの往来でお団子ツインテールは嫌だっての。
人混みで潰れたり引っ掛かったら悲惨なことになるだろーが」
「え、じゃあ、お団子ポニーテールで」
「あんま変わんねー…!」
「それじゃあ、あに様の髪はお団子トリプルテールが良いですのー!」
「それだけは絶対に断る! 断固として断る! むしろ状況悪化してるじゃねーか。三つもお団子庇いきれるかっての!」
………結局、まぁちゃんの髪型はポニーテールで妥協してもらうことになりました。その代りふんだんに花と黒いリボンで飾ります。
でもやってみたかったな、お団子トリプルテール………。
「むーぅちゃん♪」
「やだ」
「問答無用!」
「リリフ♪」
「はい、リャン姉さん!」
「リリフったら良い子!」
「ロロイー?」
「もうどうとでもすれば良い…」
「ロロイ、目が諦念に染まってるわよ?」
残念ながらやってみたい髪型を実現させてもらえる髪の長さを持つ人は、まぁちゃんの他にいなかったので、断念しましたが。
それでも仲間達を次々に捕獲して、その頭に花を飾っていきました。
むぅちゃんの頭に、オレンジ色の花。
リリフの頭に、赤い花。
ロロイの頭に、黄色い花。
全部咲かせてやりましたよ!
それからせっちゃんのにゃんこ達の首輪に、小さな花輪をくくりつけて。
カリカの首にも、花飾りをつけてあげました。
「よし! みんなおめかし完了!」
「僕はおめかしというより芸人か何かに仮装させられた気分だけどね」
「おめかし完了!」
「リャン姉、ムーの愚痴を華麗にスルーしたな」
「ロロイ、カリカのことよろしくね?」
「がるぅー」
「………俺、すっかりコイツの世話役が板に付いた気がする」
面倒見の良いロロイは、なんだかんだでカリカにいつも構っています。
私としても構いたいんだけどね、本当は。
なんか、私よりもロロイの方に懐いている気がするんだよね…。
飼い主の尊厳が、危機にさらされています。
「お祭り見物、準備完了ー」
「かんりょーう、ですの♪」
そうして私達は、王都に繰り出しました。
お城側がつけてくれようとした、護衛の一切を振り払って。
わーい、遊ぶぞー!
あーそーぶ、ぞーっ!!
端から見ても、明らかに。
私とせっちゃんは、全力ではしゃぎ倒していました。
だってお祭り好きなんだもん…!
王都の賑わいは、凄いものでした。
この前、勇者様達とお忍びで徘徊した時よりもずっと凄いや。
人の波に逆らえば、途端に押し潰されて流されそう。
でも私達に限って言えば、そんな心配はいりません。
まぁちゃんとせっちゃんの超絶美貌兄妹のお陰です。
二人の凄まじい美貌が無意識に他者を威圧して、避けさせていくからです。
わあ、海が割れるみたいー…
二人が傍にいる限り、人に呑まれて苦労するということはなさそうかな。
無意識で、しかも魅了効果を抑制した状態でこれですからね…。
まるで腕にぶら下がるようにして、まぁちゃんと腕を組むせっちゃん。
私はせっちゃんとは反対側で、まぁちゃんと手を繋いで。
リリフも迷子にならないよう、いつも通りロロイと手を繋いでいます。
そのロロイの頭の上に、前足を投げ出して乗っかかるカリカ。
むぅちゃんはちゃっかりまぁちゃんの背を盾にして、一番楽に歩行しています。
代わりにむぅちゃんの手に、せっちゃんの猫ちゃん達を抱えさせました。
「わあ、まぁちゃん! あれ何かなー?」
「食い物だな」
「あに様ぁ、あれは何ですのー?」
「ああ、食い物だな」
「まぁ兄、アレなに…?」
「食い………いや、なんだアレ食えんのか?」
ロロイの指さす先には、露店の軒先に連ねるようにして、謎の干物が……
そうですね、五十体ばかり置かれていたでしょうか。
全長百三十cmくらいの、銀色した人型のナニかの干物が。
えーと、指の数は三本? 目がやけに大きいね。
………あれ、今微かに動いたような…?
「取り敢えずアレは食えなさそうだし、他の露店も見てみるか」
「あ、うん。それもそうだね!」
とりあえず用途が良く分からなかったので、他のお店に行くことにしました。
「わあ、見て見てあに様! 旅芸人さんがいっぱいですの。楽しそうですの!」
「この辺は旅芸人が芸を披露するエリアと化してるみたいだね」
「おー………って、あれバードじゃねーか?」
「あ、本当だ」
曲芸を披露したり手品をしたり、動物に芸をさせたり。
旅から旅へと地域を巡って芸を披露する身軽な芸人さん達が、噴水の前に各々のスペースを確保して芸の披露を行っています。
多彩で注目を浴びる芸が披露されていれば、その前には人だかりが。
あまり注目を集めることのできない未熟な芸が披露されていれば、その前には孤独が横たわっています。
そんな中で最多の観衆を確保している芸人は、明らかに見覚えのある人でした。
観客の数=芸人としての質と考えれば、この場で最高峰は彼ですか…。
画伯の盟友・吟遊詩人のバードさん。
お客のクレーム対応も完璧な彼は、今日も絶好調にノリノリで歌っていました。
「『――かくして白い衣装は風に飛び散り血で赤く染まる。
花婿は自らの花嫁にと定めた女神の化身に渾身のアッパーを食らった――』」
「………アイツ、なに歌ってんの?」
「でも微かに、どこかで聞き覚えのあるような…知ってる歌っぽい気がする」
「せっちゃん、これ子守唄に歌ってもらったことがありますの」
「「ああ」」
バードさんは、何故かこの場で魔境の民謡を熱唱していました。
人間の国で聞くには場違いな印象だったのでパッとは出てきませんでしたが、馴染み深い歌だけにすぐに思い出します。
そして思い出せば、懐かしい歌なので思わず歌詞が口をついて出ます。
「『――さあ、今だ花婿。残すところは10カウント! 唸る聖書はもう不要。あとはただ勝利を掴みとれ』」
「「「「『勇者は指輪を捧げ、牧師がチョップを振り下ろす! ああ、駄目だ吟遊詩人。それは罠に違いない!』」」」」
ちなみにこの歌の早口言葉もびっくりな歌詞は、如何に滑舌よく歌いきるかが最重要課題です。テンポはゆったりなのに、歌詞詰め込み過ぎなんだもん。
しかし相変わらず、意味のよく分からない謎めいた歌詞ですねー…。
「………おや?」
途中から歌声に他の声が混ざったことで気が付いたのかな。
きょとんとした顔でバードさんが顔をあげ、私達と目が合いました。
にこ、と笑みを浮かべて。
それからバードさんは何事もなかったかのように一曲歌いあげました。
そこで一区切りをつけ、観客からのお金を掻き集めて顔を上げます。
「これはハテノ村御一行さん! わざわざ歌を聴きに来てくれたんですか?」
「いや、っていうかお前まだこの国にいたのか」
「この見逃せない稼ぎ時をわざわざ見逃す奴は、そもそも芸人失格ですよ!」
「そう言うバードさんの手には、随分な大金が集まったみたいだね!」
「お陰で懐ぽかぽかです! 本当にお祭って良いですねぇ」
うっとりと蕩ける顔の、バードさん。
その目は金の亡者の目に見えました。
「どうです? 今なら皆さんに一杯くらい奢るだけの余裕はありますけど」
「いや別にいらねーよ。金ならこの前、お忍びの時に十分な額を換金済みだし?」
「そういえばこの人達お金持だった…!」
「私とまぁちゃん達を一緒にしないで下さいよ、バードさん。
まぁちゃんがお金持ちなのは確かですけど!」
「………リアンカさんも充分な額稼いでるでしょ。知ってるんですよ」
「あれぇ? なんでか私まで金持ちを妬む目で見られたー」
今日のお祭で得た飲食物の悉く、その全ての代金を私はまぁちゃんに賄ってもらっているっていうのに!
こちらのお金を持っていない私まで、なんでそんな目で見られるんでしょう…?
魔境では普通に普及している飾り玉一つとっても、人間の国々では物凄い値打ちがつくのだそうですが。
そのことを知らない私は、バードさんの目に困惑を浮かべて首を傾げます。
まさか自分が結構な額のお金に化ける諸々を平然と身につけているとは知らず。
それがどんな災いを招くのか、私は全く自覚していませんでした。