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155.アルコール度数40%



「全く、まぁ殿は…」


 肩の重い気分で、軽く溜息をついてしまう。

 波乱含みとなること間違いのない、今夜。

 俺はいつにも増して気が抜けない状況に、浮かれていた気分がみるみる引き締まっていくのを感じていた。

 女装男(タナカさん)のパートナー回避に成功したからと、無意識に気を抜いていたらしい。

 こんなことじゃ呑みこまれてしまう。

 魔境に。


 状況を甘く見ていたらしい自分のお気楽さに、軽く嫌気がさしてしまった。

 自分を嫌っても、良いことなんてありはしないのに。


「リアンカ、もうまぁ殿は…………、、、リアンカ?」


 握っている筈の手の先に、違和感。

 打ちひしがれようとも、手放さなかった。

 握っていた、腕の先。

 逃がす余地など、どこにもなかった筈なのに。


 なのに、反応のないソコに、違和感があって。


 俺に腕を引かれるまま、付いて来ていたはずなのに。

 そこにいる彼女に、違和感は隠せなくて。

 目で辿った先には、太い指。太い手首。

「……………」

 見るからに、明らかに。

 リアンカの物とは、太さが違う。

 ずっとしっかり、握っていた筈なのに。


 別人のものとしか思えない指から、手首、腕、そして肩。

 目線で辿っていくほどに、自分の顔が引き攣っていくのが分かる。

 俺の手は、きっと露骨に震えていた。

 まさか、まさかという………恐れに。


 そして、俺は意を決して見たんだ。

 俺が握っていた手の持ち主の、その顔を。

 そこにいたのは………


「………タナカ、さん」

「『うむ。苦しゅうない』」


 

 ………そこにいたのは、女装ドラゴンの耽美な顔だった。



「……………」

「『……………』」

「………リアンカ、は…」

「『リアンカ? …ああ、フランのことか』

「って、そうだった。俺には彼の言葉がわからないんだった…!」

「『フランであれば、先ほどツーステップで飲食コーナーの方へ向かったがな』」

「済まない、タナカさん…何を言っているのか、俺には分からないんだ…!」


 リアンカは、どこだ…!?

 いつの間にすり替わった!?

 どうして俺は気付かなかったんだ!


「なんてことだ…っ」


 俺は、人目も憚らず両の腕で頭を抱えた。

 やってしまった……

 嵐を、魔境の地雷を、解き放ってしまった………

 ――心中を、そんな言葉で埋め尽くしながら。



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



「あ、これ美味し…」


 美味しい物を食べると、満足感が違いますね。

 ほうっと感嘆の溜息とともに、舌鼓。

 もう! 舌鼓なんていくらでもポンポン打っちゃう!

 流石はお金持ちのお上品な王宮に広げられた御馳走…一味も二味も違います。

「うーん…クリームに何か隠し味がありそう。これ何だろう? このパイは…」

 夢中で目移りしながら、気になった料理を確実に摘まんでいきました。

 舞踏会の御馳走なので、がっつり食べる系よりも軽食っぽい食事の方がメイン。

 でもその方が品数多く摘めるので、色々な味が楽しめます。

「このエスカベージュ、初めて食べる味ですねー…」

「姉様、こちらも美味ですの」

「んー? こっちも美味しいよ、せっちゃん」

「姉様も一口どうぞ♪ はい、あーん…ですの!」

「あ、うま………せっちゃんも、はいあーん」

「あーん♪」

 二人仲良く、美味しいを共有です♪

 せっちゃんは嫌いな物なんてないし、なんでも美味しそう。

 私だって美味しい料理にほわほわと幸せな気分。

「かーも♪ かもー、かもー♪」

「わあ、脂が乗ってて美味しそうだねぇ」

「せりざわかもー♬」

「…せりざわ?」

 せっちゃんが美味しそうにはぐはぐと、鴨のハムを咀嚼しています。

 でもせりざわ?ってなんだろう。

 疑問に思いながらも、不思議は全部炭酸水と一緒に飲み下しました。

 ぐいっと一気!


 ……………って、これ。

 炭酸水じゃないや………。

 え、えと、これは…この味は………もしや。



 す、すぱーくりんぐわいん………?



 気付くと同時に、喉の奥がカッと熱くなるのを感じました。

 同時に、やけに体感温度が上がるのも。

 幸い、意識ははっきりしていたけれど。



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 一刻も早く、問題…や、騒動を起こされる前に回収しないと!

 そんな気持ちで、会場の中を足早に移動しようとして。

 だけど行く先々、三歩あるくごとに誰かしらに呼びとめられる。

 挨拶回りだけでなく、引き留めて会話を望む華やかな装いの人々。

 でも、今は。

 王子として、あるまじきことではあるけれど。


 今は、そんな彼らも眼中に留めておくどころじゃなかった。


 放っておくことは、どう考えても。

 そう、どう考えても。

 良いことなんて…一つもなさそうで。

 降り積もり、圧し掛かってくる心労に、なんだか不安が渦巻いて。

 胸の奥が、そわそわと、そわそわと。

 どうしようもなく、言い知れない恐怖から逃れたくて。

 会話に応じ、なるべく早く会話を切り上げようと頭を回転させながらも。

 俺の目は視線の届く範囲をさり気無く走り、見慣れた姿を探す。

 あの鮮やかに印象に残る、鮮烈な赤い色を。


 ………でも、なんで。

 なんで、あの目立つ姿で、色で。

 こうも注意に引っ掛からないんだろう…?

 あの姿なら、どこかで目に留まってもおかしくないのに。


 その、瞬間。



   ぞくっ


「………っ」



 背 筋 を 、 悪 寒 が 駆 け 抜 け た 。


 …なんだか、とてつもなく嫌な予感がした。



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



「………わぁ♪ 勇者様たっけてー」


 口から思わず、そんな一言。

 物事を穏便に済ませたい時に、絶対にしちゃいけないこと。

 物事を荒立てちゃいけないってこと。

 何故だか今は、それが驚くほどに気にならない。

 意識に留まらず、滑って行こうとするんです。

 ついうっかり全ての手加減を忘れて、大きな騒動を起こしてしまいそうになる。

 それは、流石にまずいよね…? うぅん、まずかったっけ?

 まずかったような………そんな気が、しないでもないような……………?


 なけなしの自制心を投げ捨てちゃったとしか思えない自分の衝動に、我ながらまずいなぁと思いました。

 思いながらも、自分を戒めようという気にならないところが一番まずい。

 このまま何をやらかすか、自分でも未知数です。

 勇者様ー、危険人物がここにいますよー。

 自己申告するから回収に来てー。


 そしてそんなまずいまずいと思いながらも、表面上には出てこない…

 ううん、顔に出るほど気にならない、現状。

 ぽやんとした様子が、余裕に見えたのでしょう。

 わたしの緩んだ顔に、雰囲気に。

 ヒステリックに空気も裂けよと叫びが上がる。


「ちょっと貴女、聞いていまして!?」


 目の前で、憤慨する彼女。

 麗しの縦ロールは、どうやらタナカさんの焼き鏝性とは違って純天然百%

「くるくるだね! くーる、くーる~…ぱーっ!」

「やっぱり何も考えていないでしょう!! あと、誰がパーですの!?」

 きぃきぃと騒ぐ彼女には、なんだか蝙蝠の鳴き声が思い出されます。

「ねずねずちゃん、ここにいたの? 六年も迷子になるなんて舐め過ぎだよ…」

「ねずねずちゃん!? 貴女、頭おかしいんじゃなくて!?」


 私は、酔っていました。

 誰が見ても、一目瞭然。

 この上なく、酔っていました。


 そして、絡まれていました。

 え? 私の方が絡んでいるように見えるって?

 ノンノン、順序が逆です。

 彼女達の方が私に絡んできたので、折角なので絡み返してあげているだけです!


「それでえーと、どちら様でしたっけー?」

「その問い、何度目ですの!? もう何度も申したはずです!」

「んん? レッドキャベツのポプリを作ってるハナコさんだっけ」

「何故そうなりますの! わたくしはクレア公爵家の長女エレミヤだと…!」

「うんうん、セシールちゃんね。覚えましたよー」

「全然違いますわ…!!」

 何故か私に正気に戻ってほしいらしい、セシールちゃん。


 彼女はその辺歩いていたボーイに言いつけて水を持ってこさせると、私に呑ませ………や、呑ませずにぶっ掛けてきました。


「わあ、冷たくって気持ちいーい♪」

「なんですの、その余裕!? わたくしの行動が悉く無駄にされている感がどうしようもありませんわ…! 水をかけましたのよ!? 何故平然としていますの!?」

 ぎりぎりと扇を握りしめ、今にもへし折りそうな憤慨ぶりを見せてくれます。

 わあ、素敵な反応…! 

 まるで絵に描いたようなありがち反応に、無性に笑いが込み上げてきました。

「やだ、そんなに喜ばれちゃうと私、照れちゃう☆」

「どうしてこの方、何をやっても堪えませんの…っ」

 怒り心頭に達したのでしょうか。

 血が急激に頭にのぼって、強い衝撃でも受けちゃった?

 ふらふらと倒れそうになるセシールちゃんを、左右背後からはっしと支えるのは彼女のお取り巻きちゃん達。

 色とりどりの可憐なお花ちゃん達が、涙目でセシールちゃんを励まします。

 わあ、お花畑ですね!

 ふんわり膨らんだバルーン型のドレスが、本気で花のようでした。

「エレミヤ様、気を確かにお持ちになって!」

「誰か、エレミヤ様に心を落ち着かせる香を…っ」

「エレミヤ様、しっかり!」

「私たちが付いていますわ…!」

 健気なお花ちゃん達は、まるで自分達の女王であるかのようにセシールちゃんを恭しく扱います。

 うぅん、伊達に公爵家のご令嬢なだけありますね。

 しっかりとご自身の取り巻きで派閥を形成しちゃってるようです。

 えーと、お取り巻きの数は…ひー、ふー、みー、よー………んと、たくさん!

 まるで女王蜂ですね☆

 目がかすんで何人か分身しているように見え…それでも十分な人数はいそう♪

 そんなお花に取り囲まれた、縦ロールのお姫様。

 わあ、絵になるね☆

 画伯に良いお土産話ができましたねー。

 沢山のお花みたいな取り巻きを率いた、金髪縦ロールの、ツリ目で気位の高そうな面立ちをした、生粋のお嬢様。ちょっと生意気そうで、気が強そう。

 …うん、画伯が喜びそうなネタです。

 これは魔境に帰ったら、詳しく話して聞かせてあげないといけませんね! 

 私は使命感に駆られ、ふらりと気の遠くなりかけた様子の令嬢に接近しました。

 相手を緊張させたり警戒させない自然さで。

 がしっと、彼女の両肩を鷲掴み☆

「ひっ…な、なんですの!?」

 混乱するセシールちゃんにゼロ距離頭突きがでいそうなほど、ぐぐぐいっと顔を近づけました。今にも額が接触しそうな、鼻と鼻が触れあいそうな至近距離。

 ぐいぐいと力を入れて私を押すのは、間違いなく離れたいからでしょうね!

「なん、な、な、なあ…っ」

「口、ぱくぱく……金魚みたいね、セシールちゃん」

「エレミヤだと申してますでしょう!?」

 カッと目と口を開いて怒鳴る顔も、気の強さ満点です。

 まじまじ、じろじろ眺め倒します。

「本当になんですの、貴女…っ」

 身を捩るエレミヤちゃんを、試しにぐっと抱きしめてみました。

 至近距離からふわりと香るのは、とろりと甘い花の香水。

 でも私の鼻は誤魔化せませんよー。

「わあ☆セシールちゃんっておませさーん………媚薬の混入された香水なんて、箱入りお嬢様には三年早いですよ? こんなの使ってたら痛い目見ちゃいますよー」

「!?」

「この匂いは、アレかなー…仙女草の実に、艶食鹿の骨、香大蛇の血にぃ…サキュバスの乳? わーお強烈☆ こんなマニアックな物よく手に入りましたねー」

「~~~っ!?」

 私が一つ一つ、香の正体を暴くごとにセシールちゃんの身体が跳ねます。

 この反応は確信犯ですね。

 媚薬の混入された香水を身に纏うとか…誰か落としたい男でもいるのかな。

 でも媚薬に頼るとか。うん、親御さんが泣きますよ。

「セシールちゃんたら見たとこ、かなり若いに媚薬で勝負するのは早いですよー。あと三年。いや二年しないと痛々しいだけですよ? 痛々しいというか…痛い?」

「よ、余計なお世話ですわよーっ!!」

「もっと成長出来そうだしぃ、成熟した大人の女になってからでも遅くないって」

「だから、余計なお世話だと…っ!」

「こんな色っぽい香りを纏うなら、やっぱりあと三年かなぁ」

 言いながら、柳の如く細い腰を抱きしめてみます。

 むぎゅっと密着。

 互いの体形が分かるくらいにくっつくと、何故かセシールちゃんが体を強張らせて大人しくなりました。大人しくというか…硬直?

 無駄な抵抗が消えたのを良いことに、更にぎゅーっ!

 ………意外に胸がありませんね。この感触は詰め物ですか。

 これからに要期待、という感じ?

「うーん…セシールちゃんには未来への期待も込めて、敢闘賞を送っちゃおうか」

「だから、余計なお世話だと!」

 もうセシールちゃんは涙目で、声も動揺に揺れています。

 うんうん、若い若い。

 というか…


「でも、勇者様は肉食系の女性がこの世で一番苦手だから、媚薬香水は逆効果ですよ? そもそも薬物耐性が高すぎて効かないでしょうし」


 ……私が放った、その言葉。

 その言葉に、セシールちゃんの身体が本格的に硬直しました。



 何の用件で絡んできたのか。

 実はおちょくり過ぎて未だに聞いてはいないけれど。

 でも私に声をかけてきた女性の集団ってことは、用事なんて多分一つですよね?

 当たりをつけて鎌をかけてみたのですが、案の定。

 体を硬直させたお嬢さん達は、気の毒になるくらいに顔を引き攣らせていて。

 言うまでもない反応に、私は堪え切れずに笑ってしまいました。


 貴族の箱入りお嬢様、わかりやすーい(笑)!


 


解き放たれた災厄。

しかもほろ酔いで、ちょっとタガが外れ気味(笑)

いつも以上に、より一層の威力を発揮する予感。


恐らく、しばらくはいつもに輪をかけてやりたい放題になるんじゃないかと…

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