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154.みんな通常運転

勇者様が一部社交しています。

そして作中、明らかな未成年者がお酒をほしがっていますが。

作中世界は日本よりも未成年者の飲酒は緩い世界だとご理解ください。


 何と言っても、他国の方々を交えての大舞踏会。

 そこでどんな騒動が起きても、起こしても。うん、起こしても。

 動揺した姿や、不手際手抜かり、その類を見せる訳にはいきません。

 勇者様は。

 何事もなかったような顔で、このくらい平気ですよ~と。

 そうアピールする為にも、勇者様は泰然自若と振舞わないといけない訳で。


 そして当然の如く、自然な流れで。

 それに付き合わされる、パートナーの私。


 ………しまった、悪戯が過ぎて自分の首絞めた。


 後悔先に立たず。

 今更やっちまったと先のやり過ぎを悔いても後の祭りです。

 そして私が国王夫妻退場の原因だと、一応は自覚があるつもりです。

 その起因を作ったのは王妃様だと思いますけれど。

 まあでも、その王妃様にこんな畏まった場で卒倒するくらいの衝撃を与えちゃった点は素直に反省しましょう。

 舞踏会が終わった、その後でやるべきでした。


 まあ、自業自得。

 やってしまったことは仕方ないし、責任も取らないといけません。

 ……………そんな訳で、今現在。


「ご機嫌いかがですか、殿下。……いや、そのようにお美しい方を伴っていらして、ご機嫌がよろしくないということはないでしょうけれど」

「今晩は、楽しんでもらえているだろうか」


 私は、勇者様のご公務に付き合わされていました。

 勇者様の元へ挨拶回りに来る人の列に対応する作業。

 そう、これは作業です。

 

 穏やかに微笑む、勇者様。

 その手は、私の手首をがっちりと握っていました。

 一番問題児の私さえ確保しておけば、後は安心だろうと高をくくるように。

 ちょっと勇者様は、まぁちゃん達を信頼しすぎじゃないかなー…

 言われてみれば、自分から騒動を起こしそうな面子…でもないけど。

 でも私一人が問題児でもないのに…なのに、一人だけ捕獲中。

 力が入ってる訳じゃないんですけれど、容易には振り解けなさそうな感じです。

 最小限の力加減で、最大限の効率を生み出していますね。どんな技術だ。

 傍目には柔らかく掴んでいるようにしか見えないので、まさか拘束されているとは誰も思わないでしょう。

 時折、油断なく私に注がれる勇者様の視線。

 それは私がふらふらと移動し、何かやらかさないかと心配する色で一杯でした。

 そんな手元の状況を、さして隠してもいない訳で。

 当然ながら、挨拶に来た人は目に留めちゃうわけで。


「いやはや、これは…熱烈なことですなぁ。麗しい女性が相手であれば仕方のないことですが、そのように情熱的な面が殿下にもおありだったとは………この麗しいお方は、そのように手放し難いですか」

「ははははは…」


 私は客観的に見て、問題を起こさないように拘束されているだけなのですが…

 まあ、見えませんからね。

 見ちゃった人はなんというか…

 勇者様が情熱的に私を引き止めているように錯覚しちゃうようで……

 話しかけてきた方も、勇者様の女難の一端はご存知なのでしょう。

 …まあ、この国の上層部の方は全員知っていそうな気もしますが。

 ちょっとビヤホールに転がっていそうな体型の貫禄溢れるおじ様は、勇者様が掴んだ私の手に目をやって、驚きにひょいっと目を見張りました。

 それから楽しそうに、「殿下もいつの間にかお年頃になられていたんですなぁ」とか呑気に呟いています。

 いや、勇者様の現状はお年頃どころじゃないんですが。

 しかし勇者様の女難がどれだけの災厄か…細かいところまでは知らない方だったのか、それとも知っていて楽観的思考の持ち主だったのか。

 楽しげな様子の貴族のおじさんは、心底から信じきった様子で、勇者様の調子の良いことを話しかけ始めました。

 なんか、今にも自分の武勇伝とか語っちゃいそうな雰囲気です。


「殿下にはもうずっと決まった方はいらっしゃいませんでしたね。ずっと何方も特別な方を作らなかったのは、彼女のためなのでしょう?」

「はは…どうだろう。特別な人に違いはないんだが」


 特別は特別でしょうねー…

 女性に食われることを恐れて女性恐怖症にまで陥った勇者様。

 そんな彼の、たった一人の女友達…という意味ですが。


「こうしてお放しになられないのも、案じられる気持ちがよく理解できますよ。

見ただけで素晴らしいとわかる方は稀ですなぁ」

「そうだね、本当に彼女は片時も目が離せないんだ」


 そうですね、言葉通りの意味で。

 勇者様、嘘は言っていません。


「おやおやこれは…お若いですなぁ。そんなに心配なさらずとも、殿下のお相手に不埒な真似に走る無粋な者など、今宵はおりませんよ?」

「いや、ただ個人的に、彼女から目を離すのが恐ろしいだけで…傍を離れるのが、どうにも心配になってしまう」


 そうなんでしょうね、言葉通りの意味で。


「これは当てられてしまいそうですなぁ…しかし男は時にどっしりと構えることも必要ですぞ? 大らかに、女性がどんなに奔放に跳ね回っても、しっかりと受け止めてしまえるだけの度量を示せば女性も自然と寄り添うものです」

「どっしりと構え、奔放な振る舞いを見守る…ということか。ははは……………ちょっと、難しいかもしれない…なぁ」

「おやおや、殿下のような勇猛な英雄でも、女性にはかないませんか」

「そうだね………女性は、こわいものだ」


 特に勇者様にはそうでしょうね、言葉通りの意味で。


「いけないな、情けない有様で。こんな弱気じゃ、皆に呆れられてしまいそうだ」

「いやいや、私などは今夜でぐっと一層、殿下に親しみを感じさせていただけましたぞ。恐れ多いことですが」

「そう言ってくれると、心も休まる。だが女性はどうかな? 幻滅したりとか…」

「それはないでしょう。むしろ、殿下は常に勇ましい国の英雄ですからな。少々弱気なところを見せたとて、むしろより一層の親しみやすさと人気を勝ち得てしまうのではありませんか? 羨ましいことですなぁ」

「…………………そうか。そうだろうかー…」


 勇者様! いま私、勇者様の心の声がばっちり聞こえましたよ!

 本当はこう言いたいんですよね!

 ――だったら、変わってくれ…。

 なんか、怨嗟が混じってそうな声が聞こえた気がします。

 というか、勇者様の声で脳内再生されちゃいましたよ。


 そんな調子で、深いものを滲ませつつも概ね表面的で薄っぺらい会話が何回も何回も、何回も繰り返されました。似たような挨拶と会話ばかり、何回も。


 ただの挨拶と侮るなかれ。

 飽きます。

 単純に、飽きます。

 そして、飽きても逃げられないという精神的苦痛。

 何これ、何かの拷問?

 あと、私のことも何だか値踏みされているのを感じます。 

 それはもう、ひしひしと。

 うん、もうちょっと、その露骨な視線は隠そうか!

 全然知らない初対面のおじさんおばさんに値札をつけられる感覚が、どうにも不快で仕方ありません。

 …よく、勇者様はこんな苦痛一杯のお仕事に微笑み笑顔で向き合えるものです。

 いや、勇者様の場合は笑顔でいることも仕事の一環なんでしょうけれど、ね…。

 でも何だか、うん。

 若干、尊敬しそうになりました。


 勇者様に挨拶に来る人の列は、途切れない。

 立場上、パートナーの私も付き合わなきゃいけない、と。

 そうこうしていると、どうしても…ね。

 仲間達への、注意が薄れる訳で。

 監督する立場の勇者様が、こんなところに釘付け。

 …となると、どうなるか。

 騒動の匂いが、私の鼻をかすめました。

 何しろ騒乱の種は、魔族につきものなんですから。


 そうして、勇者様の見ていない時に。

 案の定、地雷を踏みこむ馬鹿が華麗に登場→退場しようとしていました。


 奇跡のように麗しく、妖艶な魔王兄妹。

 その姿は見る者を陶酔させ、神秘の泉に突き落とす。

 どうにも近寄りがたい、侵し難いオーラが全開です。

 しかし、何と言うことでしょう!

 この世には、どこにでも一人はいるようです。


 空気を読めない、お馬鹿さんが。


「あに様ぁ、もう一曲! もう一曲!」

「こらこら、せっちゃん。そんな酒の一気を促すが如きコールを上げられたら、あに様お酒呑んじまうぞ」

「それじゃあ、せっちゃんも呑みますの!」

「駄目。せっちゃんの飲み物は此方の素敵な乳酸菌飲料って決まってんだ」

「あうあうあう~…あに様ぁ、せっちゃんもウォッカ呑んでみたいですの」

「よりにも寄ってそのチョイス! 早まるな、せっちゃん!」

「でも、素敵なにおいがいたしますのー…」

「お前はカブトムシか!?」

「かぶかぶ~! せっちゃん、カブトムシですの。だからぐいっと!」

「…いや、カブトムシはかぶかぶとか鳴かねーからな?」

「うゅ…じゃあカツオムシ、ですの?」

「カツオムシってなんだ! 鰹!?」


 ………口を開かなければ、神秘的。

 しかし口を開けば開いたで、別の意味で神秘性が増したような気がします。

 どちらにしろ、遠巻きにされていることに違いはないのですが。

 そんな最中、空気の読めない馬鹿(チャレンジャー)が現れたのです。


「――美しい黒髪の方。お酒を召されたいのでしたら、私と一緒に杯をどうです?」


 そんな声が聞こえて、背筋がぞわっとしました。

 一瞬、大爆笑しそうになったじゃないですか!

「どちら様、ですの?」

「しっ 見ちゃいけません、せっちゃん…!」

 いきなり話しかけてきた男の姿を隠そうとして、かな。

 まぁちゃんが、せっちゃんの目をさっと手で蔽い隠し、背で庇います。

「あに様。でも話しかけて下さったのに、黙殺するのはとても失礼ですの」

「おやおや…隣の方は、兄君でしたか。言われてみれば、面立ちが似ているようですね。これは、私も意味のない嫉妬をしてしまったものですね。罪な方だ…」

 貴方の発言の方が、よっぽど罪ですよ。腹筋の耐久力的に!

 どうしよう…微笑み以上の笑いはしちゃいけない。

 しちゃいけないって、わかっているのに…!

 魔王兄妹に話しかけた酔狂なお馬鹿さんは、どうやらせっちゃんが目当てみたい。このロリコンめ!

 せっちゃんの年齢は、十五歳。

 社交界的にはデビューしててもおかしくなくって、むしろ寿命の短い人間なら十五歳とか結婚適齢期の入口をうろちょろしている感じ…でしょうが。


 … で し ょ う が 。


 何しろ、見た目が幼いもので。

 体なんか、思いっきり細いし。

 犯罪臭。もろに犯罪臭!

 衛兵さぁーん! こんなところに犯罪者(予備軍)がー!!


 私の頭の中では、既にあのお馬鹿さんは変態(ロリコン)に確定していました。


 そしてそんなお馬鹿さんの末路は、一つですよね?


 私は、笑いました。

 何だか穏やかな心持で、心がふわっとします。

 ふわっと笑って、勇者様の袖をさり気無く引張ります。

「リアンカ?」

 御挨拶の応酬に気を取られて、全く注意を払ってなかったのでしょう。

 何たる不用心な…

 一番気を付けるべき私(自分で言ってみました)が目の届く場所にいるからと言って、油断しちゃ駄目ですよ。

 私以外の人だって、目を離したら危険な部類の生き物なんですから!

 でも、私を確保できていることで、やっぱり油断していたのでしょう。

 私は我ながらアルカイック臭い笑顔のまま、勇者様の注意を向けるべき方向へ促して差し上げます。


「勇者様、あれ(笑)」

「??? ――ッ!?」


 私が指差した方向へ目を向けて、勇者様が引きつけでも起こしたみたいに、全身をびくんと跳ねさせました。

 だって視線の先に、いたんです。

 怒れる鬼神様(まぁちゃん)(笑)が。


「ははははは………てめぇ、俺の目の前で俺の妹にちょっかいをかけるとか……

良い度胸過ぎて、捩じりたくなるなぁ…おい」


 まぁちゃん、まぁちゃん、どこを捩じるの? くび?

 ここでそんなことをやったら、大惨事だよ?

 そう思いながらも、とばっちりが怖くて止めない私。

 だって止める程の義理は、あのお馬鹿さんにないし。

 でも、勇者様は違うよねー……

「な、なんてことを…」

 恐怖の戦きか、なんなのか。

 とりあえず戦慄していることは確かでしょう。

 勇者様が冷汗をだらだらだらだら、滝の汗。

「あはは(笑) 見て、勇者様……儚い命だよ」

「リアンカ、彼はまだ死んでない!」

「でも、これから儚くなっちゃうんだね…わあ、惨劇の舞踏会」

「どこのサスペンスだ、それ…!」

「一寸の虫にも五分の魂って言うけど…彼の命は、五分も保つのかなぁ」

「五分の意味が違うからな、それ!」


 勇者様は、時々とっても細かいところを気にしすぎだと思うよ、うん。


 しかしこうしていても埒は明かないし、放置は危険だと思ったのでしょう。

 それでも気を緩めることなく、私の手首を握ったままでしたが。

 勇者様は慌てて挨拶の行列からまろび出て、まぁちゃんに駆け寄りました。

 勇者様ー、慌てすぎて私の足が宙に浮いてるんですがー…


「まぁ殿、頼むから…!」

「あ? なんだどうした、勇者。もうお勤めは良いのか?」

「――って、あれ? なんか普通だ…」


 平然と、怒りの見えない様子で振り向くまぁちゃん。

 そのきょとんとした様子に、勇者様もきょとん。

 きょとんとした顔で向き合う、勇者様と魔王様。

 釈然としない面持ちで、勇者様が困惑を口にしました。

「まぁ殿…その、こう言ってはなんだが」

「なんだよ?」

「セツ姫に声をかけてきた彼を、抹殺しないのか?」

「抹殺!?」

 あ、お馬鹿さんが反応しました。

 その言葉を吐いたのが勇者様だからか、妙な危機感を覚えたようで。

 ずざっと後退り、思わずと距離を取るあたりは賢明です。お馬鹿さんなのに。

「なに言ってんだ、勇者。そりゃ確かに気持ちのいい思いはしねーけどな? 流石に俺だって、いくらなんでも声をかけてきたぐらいで消滅させたりはしねーぜ? 何しろ、まだ実害は出てねぇしな」

「俺は消滅とまでは言っていないんだが…」

 まぁちゃん……本当は、消滅させたいんだね。

 それが窺い知れる、本気の目をしていましたよ。この兄馬鹿。

「そう、殺るなら状況証拠が揃ってからだ」

「冷静に虎視眈々と殺害機会を狙っている!?」

「おいおい、人聞きが悪ぃな…俺だって忍耐と我慢って言葉は知ってんだ。

ここは人目もあるし、こんな席じゃ仕方のねぇ部分もあるって納得してんだぜ?」

「そ、そうなのか…? とてもそうは見えないんだが………」

「ああ、そうさ。お前の顔を立ててやるつもりだってあるしな」

「えーと……本当だろうか…?」

「そんな訝しげに言うんじゃねーよ。ま、とにかく。余程のことがない限りは、今夜は大人しくしてるだろーさ。視線と声かけくらいなら大目に見るし、大事になるようなこたしねーよ」


「――じゃあ、まぁちゃん。お触りは?」

「ははははは……触った部位を骨まで炭化させるくらいで許してやろーじゃねーか。勿論、下手人のな?」


 まぁちゃんは、やっぱりまぁちゃんでした。

 うん、それ結構な事件だよね。

 表沙汰になったら、勇者様が泣くよ?

 勇者様も聞き捨てならなかった様子で、血を吐くような叫びを上げます。

「言ってる端から大事発言してるじゃないか…!!」

 勇者様が引き攣った顔で魔王様(まぁちゃん)の襟を掴み、がくがくと揺さぶっていました。

 勇者様、魔境ならともかく…ここ、公衆の面前ですよ? 良いんですか?

 ついうっかり我でも忘れたかのような勇者様の振る舞いに、舞踏会の華やかな席はほんの少し騒がしさを増したようでした。






勇者様の胃が、そのうち溶けそう。←いつものこと。

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