153.はじまりを告げるダンス
舞踏会、だもん♪
卒倒してしまった王妃様と、王妃様を運搬する為に一時席を外した国王様。
まさかの、ホスト側の主役二人の一時離脱です。
そんな時、勇者様はどうするか?
勇者様は王子様です。
たった一人のお世継で、国王夫妻の実子。
…となれば国王夫妻が席を外した場合、勇者様が負う責務も明らかですよね。
顔を見せない国王夫妻の、代理です。
「あに様、踊りましょーですの♪」
細く小さく、やわらかい。
そんな白い体を、柔らかな若紫の衣装で飾り立て。
魔境のお姫様は兄の袖をつんつん。
ちょっと摘まんで引張りました。
「まあ、待て」
だけど、当のまぁちゃんは待ての一言。
「せっちゃん、前の時も全然踊っていませんのー…今日は一晩中でも踊り倒したいですの。ねえ、あに様ぁ…」
「踊りたいのはわかったし、異論はねーけど。でもまだ舞踏会始ってもねぇだろ」
「あうー…」
溜息をつくまぁちゃんに、眉尻を下げるせっちゃん。
わあ、一刻も早い開催を期待されていますね!
だ・け・ど。
舞踏会の始まりを告げる、最初の一曲。
舞踏会の主役ともいえる立場の方が始まりの一曲を踊らないことには、誰も踊りだせないそうで。そういう伝統だそうですが。
今夜の舞踏会でいうなれば、国王夫妻がその役を務めるはずでした。
………が。
王妃様は卒倒!
国王様は王妃様を安置しに一時離脱!
始まりようがありません。
こういう場合には、その代りとなる人………まあ、一人しかいませんが。
そう、勇者様が最初の一曲を踊らなければなりません。
その相手役は、当然ながらパートナーの私で。
……うん、集まる注目が鬱陶しい。
これがVIPの、尊重すべきご令嬢とかお姫様とかがいたら、その女性と王子様であるところの勇者様が踊る流れなのでしょうが。
今夜は他国の賓客も盛りだくさん。
勇者様との婚姻を狙うお姫様も、盛りだくさん。
そんな中で序列を付けると争いの種にしかなりません。
そもそも人類盟主国と呼ばれるこの国が順位付けなどやろうものなら、それが世界公式の序列となりかねないそうで。
このお城の人達も、中々気を使うそうです。
そういった点も踏まえ、序列がどうのといちゃもんをつけない人材として私も中々貴重な立場に居させていただいているようです。
でも勇者様と踊ると、確実に後が面倒です。
パートナーだと衆目に認める最初の一曲なんて、それだけで後が面倒です。
……でも、わかってます。わかってますよ!
原因を作ったのは、私な訳で。
ここは諦めて、踊れという流れ…なのでしょうね。
だから、踊らないといけない………の、ですが。
「いっそみんなで踊らない?」
始まりの一曲とはいっても、曲目が決まっているとは誰も言っていませんよね!
上げ足とって、私が勢いよく申し立てます。
「ここはハテノ村伝統、祭りの村踊りで!」
「田舎の踊りが此処で出たか」
「あの踊りも、せっちゃん好きですのー!」
わぁっと大喜びで、ノリノリに上機嫌で。
好意的に後押しをしてくれたのは、まぁちゃんとせっちゃん。
「………あの、円形舞踏…か?」
訝しげな勇者様が、首を傾げます。
「あれも、村の踊りなんて規模ではないと思うし、構わない気もしなくはないが………きっと、錯覚だろうな」
「錯覚なんて、そんな酷い! 枠の決めつけは良くないですよ!」
「う………リアンカ達と接していると、価値観の基準に狂いが出るなぁ」
しみじみ口調で言われちゃいました。
そんな算段を、こっそり立てていましたら。
ずおおおお、と。
勇者様の背後に迫る、黒い影!
「ワルツでお頼み申す」
わあ、『おうさま』だぁ!
妙な気迫で持って凄んできたのは、儀典礼にまつわる責任者、『おうさま』姿の大臣ヘルバルトさん!
今日もやっぱり、格好に気合いが入っています。
心なしかお鬚の角度がいつもよりぴんと鋭角的に尖っていました。
後ついでに、目も尖っていました。
「殿下、予定が押しているでござるが…」
「わ、わかった! いま踊るから!」
顔面をぐいぐいずいずい寄せてきて、間近から真顔でこんばんは!
………ヘルバルトさんのどアップは、地味にきついです。
超接近された勇者様も辛いものがあるのか、顔を引き攣らせて願いを聞くのみ。
まるで逃げるような素早さで、動作も流れるように私の手を取ると…
そのまま、勇者様は私をダンスフロアに連れ出しました。
……勇者様の癖に、こちらに隙を与えないとは…!
ぱちくりと目を瞬きながらも、口を差し挟む暇もなく。
私は、ダンスフロアに躍り出ていました。
だって勇者様がステップを踏む。
巻き込まれるように、私の足がそれについて行って。
音楽は、更に私の後から付いてきました。
王室ご自慢の、宮廷楽団とやらが華やかな音色も高らかに。
いま、始まりのファンファーレを告げます。
舞踏会の開幕です…!
普通、踊り出しは選ばれし一組が踊って始まるモノですが。
私の「みんなで踊らない?」という言葉が、気に入ったのかな?
ぴょんと跳ねて、大はしゃぎ。
せっちゃんが、まぁちゃんの袖を引きました。
それに分かっていると言うように、まぁちゃんが頷いて。
滑らかに、私達に一歩遅れて踊り出す。
まるで勇者様が引きつれて来たかのように。
絶世の美男子と美少女は、妖しく華やかな花を添えます。
黙っていれば、二人とも艶やかで麗しい。
黙ってさえ、いれば!
いえいえ喋っていても麗しいんですけれど、ね?
口を閉じている時の、あの闇の中で秘かに囁きを交わす秘密ごとみたいな、胸の騒ぐような背徳感溢れる妖艶さは圧巻です。
口を開いたら、ぱっと霧散する感じですが。
そういえば妖艶な美貌だったと、思い出す心持です。
そんな男女が、複雑なステップで自由奔放に踊る訳で。
うん、勇者様と私に寄せられた注目が分散しますね! 素晴らしい!
それから「みんなで」という主様の望みをかなえるべく、後に続けとリリフがロロイを巻きこみ、続いて踊り出し。
これはあぶれたな…と呟いたむぅちゃんが、タナカさんの腕をわっしと掴み…
「『タナカさん、踊れる?』」
「『む? 我が六桁に及ぶ生涯を侮るでないぞ。踊ることなど容易いことだが』」
「『そう、なら大丈夫かな』」
………むぅちゃん、何たるチャレンジャー!
というか今、さり気無くタナカさんおかしなこと言わなかった…!?
タナカさん………あなた、何年生きてるの?
「………リアンカ、なんだか凄いことになっているんだが」
「騒動になってない内は気にする必要ありませんよ!」
「なってからじゃ遅いんだよ!?」
圧倒されたのか、踊る面子の鮮やかな足捌きに恐れをなしたのか。
勇者様が華々しくオープニングを飾ったというのに新たな乱入者はなく。
いや、本来は踊り出した主催者がある程度は踊った段階で、他の踊りたい人達が自由に参入して、舞踏会は開幕を告げるそうですが。
ダンスフロアを独占支配しているのは、殆どが魔境出身者ばかりで。
「まぁ殿と姫は…凄いな」
「あの二人は、本物の化物ですからね」
化物の魔王兄妹は、身体能力からして私達とはかけ離れた領域にいました。
流石、まぁちゃんせっちゃん!
………人間には追いつけない領域をひた走っていますねー。
足捌きと身のこなしが、私達とはレベルの違う意味で凄いことになっています。
音楽に合わせて踊っているだけだし、異常事態にはならないとお思いでしょう。
しかし魔王兄妹が本気を出すと、ナチュラルに空を飛んでいるように見えます。
錯覚とか、比喩ではなしに本気で。言葉通りの意味で。
地に足がついていません。言葉通りの意味で。
楽しさに浮かれて自由にステップを踏み始めると、あの兄妹はこうなります。
足捌きが高速過ぎて、地面と接地しなくなるんですよね…
まあ、あの兄妹が本気で化物なのは、まあ、いつも通りです。
通常運転、通常運転(笑)
でも、一番すごいのはタナカさんでした。
タナカさんが、踊っています。
踊り狂っています。
ひとりで。
むぅちゃんはどうした。
よく見ると、むぅちゃんは何時しか群集に紛れ、一人でジュースを飲んでいて。
むぅちゃん! キミは何故、タナカさんを野放しにしているんだい!?
目で問いかけると、むぅちゃんも目で応じてきました。
――タナカさんが、一人で踊りだしたから手が空いて暇になった?
OH…なんたることでしょう。
どうやら、タナカさんが一人で踊っているのは放置されたからではなく、自主的な行動によるもののようです。
手持無沙汰なむぅちゃんは、早々に離脱!
だってタナカさんが、ワルツを踊らないから…。
踊れる、と。
自信満々に言い放ったタナカさん。
確かに、その言葉に偽りはありませんでした。
だってタナカさん、ワルツを踊れるとは一言も言いませんでしたしね!
それは祈祷とか奉納とか、神に捧げる系のダンスに見えました。
「……………創作ダンス?」
「いや、それともちょっと違うだろう…」
たった一人でくるくると、くるくると。
何だかタナカさんの周囲だけ、空気が違いました。
明らかに宮廷舞踏とは別系統のダンスを無心に踊るタナカさん。
それはダンスというより、舞?
何だか今にもトランス状態に陥りそうな…
アレこそまさに、周囲の視線を釘付け。
人数を投入することで、目立つにも視線を分散させようと思ったわけですが…
いつしか、会場中の視線はタナカさんが独り占めしていました。
ぽかん、と。
唖然とした顔で、皆がタナカさんに釘付けです。
あとあと、タナカさんに「あの舞は?」と聞いてみました。
なんでも正式に習ったわけではなく、見て覚えた…つまり見よう見真似だったそうですが、上手に再現できたと、どこか得意げ。
そっかー…あれ、上手に再現できたんだー………
本当に、何処で覚えてきたんですか。
「『我が六桁に及ぶ生を侮るでないぞ。長く生きていれば【神】と崇められることもあったりなかったりするものだ』」
「タナカさん本当に何年生きてるの!?」
なんですか、その謎経験。
タナカさんは底知れないなぁと。
未知の経験値を積んでいるらしいと、急速に乾燥した目を向けてしまいました。