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152.おかあさま卒倒

9/30 修正



 女装男子を引き連れて、やって来ました舞踏会。

 とりあえずタナカさんはお腹が空いたらしいです。

 まだ舞踏会も開幕していないのに、気付けばふらふらいなくなっていました。

 空気も読まない自由な竜は、今頃自由に飯を食い漁っているのでしょうか…。

 多分、お腹が満足したら戻ってくると思います。

 探そうにも探しに行けないので、私はここで待つしかありません。

 

 …ん? なんで探しに行けないかって?


 ………今の私が、盛大に注目を浴びているせいですよ。

 お陰で、迂闊に動くこともままなりません。

 理由は勿論のこと、一つでしょう。


 …私が、勇者様にエスコートされてこの場に現れたからです。

 そりゃもう、驚天動地といった有様で絶叫&卒倒&驚愕の嵐でしたよ…。

 ちなみに絶叫したのも卒倒したのも、極楽鳥のように着飾ったお姉様達です。

 そんなに、勇者様が女性をエスコートしたのが残念なのですか…

 これはますます、一人になんてなれません。

 一人になった瞬間、見計らったように猛女軍団が詰めかけてきそうです。

 そんなことになったら、私でも何をするか……まあ、ね。

 勇者様に責任を擦り付けて逃げ出す他に、どうすればいいのでしょう。

 わからないので、いざそうなったらそうなった時に考えましょう。

 問題の先送り上等です。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 その日、王国で。

 声にならない絶叫が轟いた。

 (→主に淑女)

 

 見慣れぬ風貌、見慣れぬ衣装。

 新鮮さどころか、ガツンと頭に響く衝撃を持って。

 その場に現れた彼女に、彼女をエスコートする彼に。

 誰もが、その目を釘付けにされていた。

 

 女達は、彼の王子が身内でもない女性を(・・・)エスコートしているという事実に、衝撃を受けて身動きも出来ず。

 男達は、彼の王子がエスコートしている娘の身なりに目線を逸らせない。

 平たく言うと、娘さんの胸元と腰から下の滑らかな足にガン見状態だ。

 あまりに過激な露出に、胸の高鳴りが止まらない。


 娘さんの胸元と足は、大胆過ぎるほど過激に露出していた。

 

 まあるく大きく円形に広がったスカートが主流の女性達と比べると、浮いているどころではない。

 紅色の髪、移りゆく紫、辿り着いた青。

 色の変わりゆく様を全身で表わす、異国風の姿。

 いや、異国のどこの衣装でも、あのような姿は見たことがない。

 来歴の知れない、斬新な衣装。

 彼女の姿はあまりに艶めかしく、あまりに眩しかった。

 特に胸元と足。

 

 彼女は、舞踏会場中の男性諸氏の視線を独占していた。


 未だかつて、王子が身内以外の女性を公務抜きでエスコートしたことはない。

 他国の賓客への歓迎を現わす、持成しの一環で時折義務的に手を取る以外で、彼が個人的に選んだ女性を伴ったことはなかった。

 今夜、までは。

 

 皆の注目を掻っ攫ったあの女性は、王国の重要な客人という訳ではない。

 あまりの斬新さに、皆は衝撃を受けて気付くのに時間を要したが…

 良く見れば、あの女性は王子の個人的な(・・・・)客人であった。

 そう、個人的な。


 つまり今宵、王子が彼女を伴ったのは……私的な選択の、故。


 女性達は認めたくない。

 頑なに、怨嗟を込めて睨み上げる。

 しかし冷静な頭を持っている者達にしてみれば、見ただけで明らか。

 あの女性は、王子が自分で選んだのだと。

 舞踏会で伴うとは、そう宣言されたも同然。

 例えそこに、選択の余地がなかった結果だったとか。

 他の選択肢は絶望的だったとか。

 王子が逃げを打ったとか。

 まあ色々な事情が裏側に介在していようとも。

 それでも、王子が自分で選んで女性を伴ったという事象は公然の事実として印象付けられ、撤回されることはない。

 ああ、あんな女性が…というかあんな衣装が王子の趣味かと。

 一部に深刻な誤解を与えながら。

 今までに一度も私的なパートナーを選んだことのない王子だったからこそ、印象はより強く人々の認識を染め上げる。


 舞踏会には、女性の憎悪と怨嗟の声が充ち満ちようとしていた。


 そして、男性達の好奇心も。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



「まあ! まあまあまあ…!」


 今夜最も喜びをあらわにし、興奮に頬を染めた人。

 それは勇者様のご母堂…実の母、王妃その人のようでした。

 いま、彼女はなんと言いましょうか…目ぇギラギラさせて、私の手を取り現れた勇者様に詰め寄らんばかりなのですが。

 ………勇者様のお母様、息子さんの嫁問題で頭悩ませてるから要注意だと、勇者様やらその側近やら、皆に言われたし。

 前に見た様子からも、何となく察するものはあったけれど。

 いざこうして目の前にすると…何故でしょうか。逃げたい。

 何だか、あのぺっかぺかに光る眼差しが、私を勇者様のお相手認定しようとしているような…うん、誤解です。


「ライオット…! 貴方、とうとう!?」

「母上、お気を確かに。それからきっと誤解しています」

「まあ! お母様に何を言ったって、誤魔化されませんよ? うふふ…そうよね? 選んで、応えてもらったのでしょう?」

「誤解です」

「もぅ…っ! ライオット、あなた照れているのでしょう!」


 きゃーあっと叫びながら両手を頬に当てて、いやんいやんと身を捩る…

 ……勇者様のお母様。

「勇者様、勇者様のお母さん若いね!」

「リアンカ…っ 他人事で済ませて面倒を俺に押し付けようとしていないか!?」

「うん、誤解を解くの頑張ってね☆」

「くっ…」

 面倒なことになっても、最悪の場合は魔境に帰っちゃえばそれで済みます。

 私は、ですが。

 勇者様は故郷で実の両親なのでそんな訳にもいかないでしょうが。

 しかし切実に困るのは、勇者様御一人。

 うん、頑張れ☆

 私は助ける気、零です。


「ねえ、折角ライオットが帰っているのですもの。それに各国の方々もいらしてますし…丁度良い機会です。明日の式典後…いえ、明日の夜は別の予定がありますわね。明後日の夜の席でこの際、婚約発表だけでも…」

「母上ぇ!?」


 ………勇者様のお母様、抜け目なく畳掛ける気ですね。遣り手です!

 って、それどころの段じゃないですね…。

 流石に婚約がどうのと言いだした女性を放置しているのは面倒というか…

 ………危険です。

 そうなった時、情報に踊らされて逆上した肉食系お姉様方の動向が読めません。

 外堀を容赦なく埋めようとする女性を放っておくと、厄介です。

 気付けば身動きが取れなくなっちゃいそうですし…実際、事実無根だし。

 仕方ありません、勇者様に助成しましょうか…。


「王妃様、王妃様」

「あら、お義母様と呼ん…」

「いえ、王妃様で。王妃様、なんだか思考がスキップで階段飛ばしに駆け上がろうとしていませんか。階段二段飛ばしくらいの勢いで」

「楽しそうだけれど、スキップで階段飛ばしは少し危ないのではないかしら…?」

「母上、思考がずれていますよ!」

「まあ、私が何を言いたいかといいますと…考えてみましょう!」

「「?」」

 ぴょこっと私が人差し指を立てて声を上げると、王妃様と勇者様が揃って首を同じ方向、同じ角度に傾げました。

 おおう…流石、親子。癖が同じですか。

「王妃様、私は面倒が嫌いです」

「好きな人間は珍しいと思いますわよ?」

「そうですね。そして私は自分の嫌なことを回避する為なら、手段を選びません」

「まさか…」

 ここまで宣言したあたりで、勇者様の顔から血の気がざばーっと引きました。

 最早、条件反射ですね。

 ただ私達の行動パターンに巻き込まれたことのない王妃様の方は、理解が及ばないのでやっぱり小首を傾げているだけですが。

 そんな彼女にも分かりやすく!

 私は宣言して差し上げました。

「もしも私を嵌めて勇者様とのゲリラ婚約発表を行うつもりでしたら…その脅威を回避する為に何でもやります」

「まあ、面白い…国家権力(わたくし)に、どう抗うおつもり?」

「勇者様、勇者様! お宅のお母さん、国家権力と書いて私と読みましたよ!」

「母上、公私混同は施政者として褒められた姿ではありませんよ!?」

「あ、あらあら…ライオット、怒ってしまったの?」

「母上…お願いしますから、王妃として人前では模範的な態度を」

「勇者様、勇者様、お説教タイムは後に回してもらっていいですか」

「………リアンカ、何を言う気なんだ?」

「いえ、ちょっと…そう、私をゲリラ的に勇者様の婚約者として広く広報してしまおうとするのなら、ですけど」

 私は一度そこで言葉を止めると、深く息を吸い込んで言い放ちました。


「そんなことになったら、私は即座に逃走を図る上、替え玉(フィアンセ)としてナターシャ姐さん(雄)かあの状態のタナカさんを投入しますよ。ついでに今後一切、勇者様の社交界でのパートナーにあの二人以外のイキモノを認めません」


「それ一番割を食ってるの、俺なんだけど!?」

 驚愕の眼差しで、勇者様。

 勇者様が酷い目に遭うのなんて、今更でしょうに。

 うん、なんか抗議していますが、ここは無視しておきましょう。

「おーい、リアンカ? (まぁちゃん)のこと勝手に嫁にやるなー…?」

 まぁちゃんが何か横合いから抗議を入れてきましたが、気にしません。

 大体まぁちゃんったら寿命長いんですから、長すぎる人生でちょっと野郎の婚約者の座を掻っ攫ったりしてみても支障はないでしょう。

 ないと思うし、私は異論を認めません。

 私は真っ直ぐに王妃様の瞳に集中です。

 絶対に、目を逸らしません。

 王妃様は王妃様で、ナターシャ姐さん(雄)を思い出したのでしょう。

 その顔が引き攣り、額に冷汗が滲みました。

「聞きなれない名を耳にした気がするのだけれど…タナカさん?」

「あそこにいる、アレです」

 私が指さす、その先には。


「はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐ…」


 あんたの胃は無限胃袋か、と。

 むしろ異次元かと聞きたくなるペースで食べ物を口に運び続けるタナカさん。 

 間断なくというか、際限なくというか。

 なにその、わんこ蕎麦みたいなペース…

 元々、本来の姿はとんでもなく巨大な体躯を誇る竜ですからね。

 あの肉体を維持するだけ食うとなったら……王宮の食糧庫、保つかな。

 何だかタナカさんが、一人でここの料理を全て食い荒らしそうな気がしました。


 私が示した方向に目線をやって、ぴしりと王妃様の笑顔に罅が入りました。

 まあ、でしょうねとしか言いようがありませんが。

 だってそこにいたのは、どこからどう見ても耽美系美少女(顔だけは)。

 文句なしの、小柄な美少女(顔だけは)。

 しかしながらその肉体は…うん、ある意味ナイス☆ボディ………。


 どっからどう見ても、筋肉質な野郎です。

 ドレス、ぴちぴち(笑)


 小柄だけど、隠せない。

 その屈強な戦士が崇め立て、崇拝しそうな素晴らしい肉体。

 筋肉の付き方、盛り上がり方が筋肉マニアには理想的☆なことでしょう。

 しかも無駄に鍛えられた部位は一切なく、どこまでも実用的。

 使う筋肉はしっかり鍛えあげ、使わない部分は削ぎ落したように鋭い。

 実際に闘う男の体つきです。

 アンバランスさが全くありません。

 筋肉愛好者には鍛えすぎて不格好になる人も多いと聞きますが、タナカさんは本当にどこまでも戦士の理想を体現したような筋肉でした。


 そんな野郎が、可憐なふりふりドレスを身に纏っている訳ですが。

 うん、ぴちぴち。

 ぴっちぴちじゃなくて、ぴちぴち。

 ピンクのドレスがとっても無残☆

 男だと如実に明らかながらも全体的に細身だったナターシャ姐さん(雄)よりも、有る意味で精神破壊力の極めて高いお姿です。

 しかも体がアレなのに顔は耽美系美少女というのがエグイ。

 耽美系の筋骨隆々なお兄さんなんて、一部のマニアックな方々以外に需要はあるのでしょうか。

 しかも今は、まともな服を着ているのならまだしも…女装です。

 この上なく麗しく、髪型だって縦ロールで気合いを入れました(せっちゃんが)。

 ばっさばさの煙るような睫毛だって、今は鏝の力で上向きカールです。

 しかし体はやっぱり、目を逸らしちゃいたいくらいに、ぴちぴち。

 あれはドレスを着ちゃいけない。着せちゃいけないイキモノです。

 まあ、着せちゃいましたけど。

 ですが王妃様のお美しい顔が、素敵に強張っています。青いです。

 麗しい物に囲まれて生まれ育った美意識の高そうな貴夫人には、女装男など受け入れがたい生き物でしょう。

 素材が素晴らしいだけに。


 私はくいっと親指でタナカさん(お食事中)を指したまま。

 王妃様に向かって、にま~っと口元だけで笑います。

「どうですか、あの女装筋肉が婚約発表の席で息子さんの隣に並ぶとなったら…」

「勘弁してくれ!!」

 私は、本気です。

 勇者様がどれだけ懇願しても、やる時はやります。

 いざとなったら、本当にまぁちゃんかタナカさんを替え玉にしてやる…!


 勇者様(むすこ)を見てー、タナカさんを見て―、また勇者様を見て。

 その様をありありと想像しちゃったのか。

 王妃様、が。


「い、いやぁ…っ」


 青い顔で、上体をふらりと揺らし…


「王妃!」

「母上、お気を確かに!」

「う、うわぁ…っ 勇者様のお母様が!」


 王妃様、舞踏会の席で卒倒!

 ちょっとした騒動です。

 倒れかけた妻の身体を咄嗟に抱き支えた、国王様のナイス反射神経☆

 奥様に負けず劣らず青いお顔で、口元を微妙に歪めておいでです。

 溜息交じりに、国王様が仰いました。


「ライオット…何故、お前の仲間達は舞踏会の度に誰かが女装しているんだ…」

「まだ二回目だし、恒例行事扱いするのは早すぎますよ父上!?」

「勇者様、論点そこ?」

「……お友達も、妃はか弱い。悪戯は程々に、な」


 そう言って、国王様は王妃様を別室まで休ませに行かれました。

 国王様の即位十周年を祝う式典の、前日。舞踏会。

 その席で王妃様を卒倒させちゃった、私☆

 そんな私に対して、勇者様のお父様はかなり寛大だと思いました。


「リアンカ……母は、あまり打たれ強くないんだ。王妃として敬われてきた人だから。手加減してくれ」

「わー…済みません。勇者様のお母様だから、もうちょっとメンタル強いかと」

「世間一般の女性は、魔境級の冗談の類に耐えられないからな!? そんな耐久力のある淑女は、滅多にいないからな!?」

「私としたことが、限界を見誤っちゃいました☆ 私もまだ未熟ですね……」

「リアンカ実は全く反省していないだろう」

「いえいえ、反省していますよ。相手の許容量を測り間違えるなんて…」

「反省点ってそこか!」


 なにはともあれ、こんな感じで。

 こうして、騒動とともに式典前夜の舞踏会は開催となりました。

 波乱の夜の始まりです!






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