151.だいどんでん
大どーんでーん返~し!
何とびっくり、勇者様が逆転ホームランを打ち上げました。
何の話かって?
エスコートの話です。
ことの経緯は、こうです。
もう空気からして既に、「勇者様の相手はどうせタナカさん(耽美風)だろ?」というものが出来上がっちゃっていた訳ですが。
そんな雰囲気の中、堂々と空気を読めるどころか顔色まで読めるはずの勇者様が毅然とした態度でこう仰られたのです。
もう、宣言せずにはいられないという、そんな決意篭った眼差しで。
「タナカさんのエスコートは、断固拒否する」
それはもう、断固とした声でした。
「勇者様ったら! そんなはっきりと…タナカさんに失礼ですよ!」
「そうだな。こんなに可愛く化けたタナカさんになんて事を言いやがる。
お前の為に化けたってのに、なぁ?」
「本当にそうか? 本当にそうか!?
男が男にエスコート断られて、そんなに大きな衝撃を受けるのか!?」
「世の中には趣味趣向の異なる人がたくさんいるんですから、そんな人だっていますよ! 広く探せば」
「まず間違いなく、この場にはいないだろう!?」
「……まあ、そうですね」
その点は、確かに認めなくちゃいけませんね。
ですが勇者様…タナカさんは何とも思っていなさそうですが、それじゃあ面白くないじゃないですか。
私達の本音は多分、勇者様にもばれているでしょう。
だからこそ面白がっているのが伝わって、嫌そうなのだと思います。
しかし何食わぬ顔で、まぁちゃんが勇者様を言い諭します。
…そのお顔は真摯なものでしたが、逆にそのお陰で嘘臭くなっています。
「いいか、勇者。そもそもことの起こりを考えてみろ? なんで女装するんだ?」
「なんでって…」
「勇者のエスコート相手をする為、そうだろ? 何しろお前には女が群がる。それを退ける為にも、万民を退けるだけの威力を持ったエスコート相手がお前には必要な訳だ」
「待て、そういう話だったか…!?」
私の記憶が確かなら、より正確にいうのであれば。
女性の妬み嫉みが怖いねっていう話が発端だったような…。
「まあまあ細かいことは気にすんな」
「自分に関わることで、気にしない訳にはいかないだろう!?」
まあまあと宥めながら、まぁちゃんは退かず。
そして勇者様も退かず。
このまま両者は脆い均衡の上に拮抗し続けるのかと。
そう思いきや。
「確かに俺の体質のこともあって、まともな出席が難しいことはわかる。
だけど、もう二度と女装男をエスコートするのは御免だ…!」
勇者様の口から、血を吐くような叫びが迸りました。
勇者様………そんなに、ナターシャ姐さんと踊るのは嫌だったんだね。
あの時の切羽詰った様子を思い出すと、さもありなん。
そう思っても仕方ないよね、という感想が胸の内から湧いて出ますが。
それを認めると面白くないので、ここは茶化す一択ですよね?
「じゃあ勇者様、タナカさんは嫌として。誰も伴わない訳にはいきませんよね?
それじゃあ誰をエスコートするつもりなんですか?」
「――ナターシャの再来はお断りだからな?」
「えーと、じゃあ他に…」
「とにかく、女装男をエスコートする気は一切ない!」
「それじゃあ女装抜きで男(ノーマル仕様)をエスコートするんですか?」
「どうしてそうなった!? 男から離れろ、男から!
というか、何故そんなに俺に男をエスコートさせようとするのかな!?」
「え、ネタ的に? それも面白そうかなぁって」
「完全に笑いものにする気満々か!」
「じゃあ誰をエスコートするんです! 肉食系の怖いお姉様方が笑って流してくれそうな相手は、後は老婆か幼女くらいですよ?」
「そこでリアンカっていう選択肢はないのか!」
「ありません!! ……って、え?」
………え?
え、え、えぇ……?
「勇者様、私をエスコートするつもりだったんですか?」
吃驚して勇者様の顔を見上げると、一瞬だけ勇者様も面食らった顔をして。
不機嫌そうなお顔でふいっと逸らされてしまいました。
横顔をじっと見つめると、気まずそうに身じろぎ。
勇者様も咄嗟に口を付いて出たのがその言葉だったのか。
そこにどんな思惑があるのか、深い意味はあるのかないのか。
ただ叫んだ後で僅かに、はっとした顔をしました。しまった、みたいな。
横を向く今のお顔も、何か言いたげで。
よく見ると、耳と頬の一部が若干赤いような…赤信号?
照れてるの?
それとも怒ってるの?
ねえ、勇者様、どっち?
何だかもじもじしている勇者様は、ある意味で通常運転ですが。
その咄嗟の発言を聞き咎めた人がいました。
誰とはいいません。
まぁちゃんです。
それはそれは優美に妖艶に。
珍しく真っ白な衣装を身に纏っているせいか、いつもと印象が違いますね。
何処となく天使のような雰囲気を漂わせながら。
それでも笑顔だけは…いえ、眼差しだけは暗い色を宿したまぁちゃんが。
地を這いそうな、声で。
「勇者?」
万感こもった、そのお声。
たった一言に、何だか物凄く様々な感情が集約されています。
そのたったの一声に、人類の救済者(笑)たる勇者様がびくーっと反応しました。
思わずといった様子で、いきなり気をつけ!
直立不動です。
背筋がピンと伸びましたよ。
いや、元から姿勢のよい人ではありますが。
「てめぇ、いい度胸だな。ん?」
優しそうな笑顔なのに、まぁちゃんの眼差しが言っています。
――てめぇ、地獄を見るか? ん?
何だか音声付で再生されそうなほど、目がモノを言っています。
うん、きっと私のこの台詞の予想は大当たりでしょう。
勇者様の顔が、胡瓜のように青褪めました。むしろ緑。
勇者様…そんなところでまで、人類の限界に挑戦しなくても。
葉緑素を持たない身で、そんな無理をなさらなくてもよろしいんですよ…?
血の気が引いたお顔は、まるで人形のようで。
かたかたと、小刻みに肩が震えています。
私がこうして、まぁちゃんの副次音声を脳内再生できるくらいですから。
その仄暗い気迫を真っ向からぶつけられた勇者様は、きっと堪ったものじゃないでしょう。
こうして傍にいる私にとっては、無風状態ですが。
まぁちゃんがピンポイントで放った殺気が、今こうしている間にも勇者様の精神を苛んでいるのだと見ているだけでわかります。
まぁちゃん、手加減してあげて!
勇者様、打たれ弱いんだから!
しかし復活は早い勇者様のことなので、すぐに立ち直るでしょう。
魔王の殺気に打ちのめされても三分で復活しますよ、三分で。
…こうして考えてみると、魔王の殺意に三分で復活するって勇者様凄いですね。
その精神、超合金製?
普通は、まぁちゃんの殺意込みの一睨みなんて食らおうなら泡吹いてぶっ倒れて、心身ともに強靭なモノをお持ちでない方はそのままご臨終一直線なのですが。
まぁちゃんもわかっているので、普段はかなり手加減して生きているんですよ?
なんとも寛大な魔王様ですね!
間違ってもうっかりで誰かを殺さないよう、気を使っているのを知っています。
まぁちゃんだって、魔王様ですからね。
殺すつもりになった時は、全力の本気で容赦なく殺しにかかりますが。
しかし無為な殺生は好まない、とても環境に優しいクリーンな魔王様です。
自分よりもかなり弱い生き物に囲まれているので、そうやって生きるしかないまぁちゃんは、とっても窮屈そう。
でもその窮屈そうな様子が、勇者様には最近緩和気味です。
だって勇者様、何したって死なないんだもん。←キケンな過信。
本当はそうでもないんでしょうが、そうと思わせてくれる生命力。
まぁちゃんも同じ思いなのでしょうか。
最初はかなり手加減していたみたいですが、勇者様が本気で堪えた様子を中々見せないので、うっかり箍がどんどん緩んでいるようです。
その計り知れない許容量的に、気付けばエスカレート状態。
勇者様もまぁちゃんも、互いにどんどん相手の反応に応じて何だか互いに慣らし合っているみたい。そしてどんどん最初に設定した枠を超えていく、と。
………これも、一種の修行なのかなぁ?
勇者様の人知を超えた強靭さが、何だか魔境に来てから磨かれたもののような気がしてきました。
その人外ぶりを成長させたのは、まず間違いなくまぁちゃんですよね?
さて、現実逃避も止めて現実に目を向けてみましょう。
まぁちゃん→慈母の笑みで勇者様を威圧中。
勇者様→小刻みに震えつつ、青い顔で威圧され中。
うん、勇者様がんばって!
だけどそんな最中。
そう、誰もが勇者様がまぁちゃんによってへこまされ、精神的に傷を負って引き下がる様を予見していた中。
思ってもみないことが起きたのです。
下克上。
そんな言葉が、私の脳裏に浮かびます。
それも仕方がないと思うんですけれど、ね。
だって――
勇者様が、まぁちゃんに。
青い顔をしているというのに、どこにそんな勇気があるのか。
とても真っ直ぐに、逸らすことのない強い視線を向けたのです。
真正面から注がれた、真摯な瞳。
まぁちゃんが怪訝そうに眉を寄せる目の前で、勇者様が…
「まぁ殿」
「なんだよ?」
「敢えてわざわざこんなことを言うのも、心苦しいんだが…」
「なんだ? はっきり言えや」
促すまぁちゃんに、ひたりと注がれる視線。
強い意志と、揺ぎ無い覚悟。
勇者様…彼は、物凄い切り札を持っていたのです。
「ほんの数時間前なんだが………俺の全身を完膚なきまでに痛めつけ、骨を折り、内臓を傷つけ…まず間違いなく、一般的な治療法では再起不能の怪我を負わせてくれたのは、誰だっただろうか」
まぁちゃんが沈黙しました。
よく見ると、その目が泳いでいます。
…うん、沈黙するよね。するしかないよね。
勇者様は、追撃を惜しみませんでした。
挙動不審の一端を見せたまぁちゃんに、逸らすことのない眼差しで続けます。
「――危うく、リアンカが塵と消えなかったのは…まぁ殿を止める存在がいたからだと思うんだが。文字通り骨を折ったのは誰だと?」
それを言われると、私にもまぁちゃんの加勢は出来ないね。
まぁちゃんの目は、今や泳ぎ方も堂に入った豪快さでバタフライ状態。
ざっぱざっぱと荒海を掻き分けん勢いで泳いでいます。
そして額からは、だらだらと冷や汗が大瀑布のように…
流石のまぁちゃんも、数時間前のタナカさん騒動では思うところがあったのでしょう。完全に我を忘れていましたし。
危うく星を降らせて(物理)タナカさんごと私の存在を抹消するところでしたし。
それも自分で思いとどまったわけではなく、文字通り勇者様やロロイが体を張り、リリフが機転を利かせたお陰でそんな未来が回避できたわけで。
勇者様が食いとどめて時間稼ぎをしていなかったら、私は今頃お星様に潰されていましたね。うん、きっと。
そのことをちゃんと理解しているから、まぁちゃんは盛大に動揺していました。
こうして。
よくわからないうちに成り行きと?
何だか場の流れ、的に?
何故か、私が勇者様のパートナーを勤めることになっていました。
とてもとても厄介そうな予感がするのは、私だけでしょうか…。
勇者様、起死回生の下克上。
たぶん一回か二回くらいしか使えない回数限定の必殺技ですが。
勇者様の性格的に、それ以上しつこく引きずるのは無理でしょう。
さて、さてさて。
次回以降はようやく舞踏会。
何が起きるのか、何を起こすのか…
ネタは思いついても、実はまだよくまとまっていません。
いつも通り、行き当たりばったりになると思います。
もしも何かやってほしい要望があれば、まだ入れられる段階なので検討しますよー。