150.認識の違い、感覚の違い
ご要望があったので、今回はリアンカちゃんのドレスの話です♪
ちょっと、どうしようかなぁと思いつつ。
結局、私はまぁちゃんのご両親にもらったドレスに袖を通しました。
するりと肌を滑る感触は、原材料はなんだろうと首を傾げるような新感覚。
何だか凄く気持ち良いけど、これなんだろう?
首を捻りながら、衣装を身に着けていきます。
いつもの服よりも大人びた仕上がりになりそう…
………これは、髪も結った方が良さそうかな?
いつもは着ない、青いドレス。
でも紫色の差し色が、私の髪の色と調和しています。
アレです、紫→青のグラデーションだから、何だかしっくり。
私の髪が紅なので、赤→紫→青とバランスが取れています。
まぁちゃんのご両親は、そこらへんも狙ったのでしょうか。
そうして、着替えるのに暫し時を要して。
着替え終わった姿を皆に見せに行くと、硬直した方が一人。
「……………」
私の姿を見て、硬直したのは勇者様でした。
見る間に、頬が赤く染まっていくんですけど……
あれ? 怪我の後遺症…?
それとも性質の悪い病気か何か…?
「り、リアンカ…?」
「はい、大丈夫ですか勇者様」
「いや、大丈夫じゃない……」
「ええ!? ど、どこか辛いんですか…!?」
「辛いといえば、辛いかなぁ…」
そう呟いたきり、勇者様は頭を抱えてしゃがみこんでしまいました。
あれ? いつもの勇者様だ。
「勇者様、本当にどうしたんですか?」
「そんな無邪気に聞かないでくれ…君、わかってないだろう」
「わからないから聞いてるんですよー?」
何をそんな、当然のことを……
「はあ…」
勇者様は溜息をついて、疲れたように肩を落とされました。
えー…? 私、そんな反応をされるような何をしたんですか?
私に向けられる、勇者様のじとっとした物言いたげな目。
何ですか、言いたいことがあるなら口で言いましょうよ!
じゃないと口にチャック縫いつけますよ!?
「リアンカ、君さ…」
「はい」
「ドレス単体を見ただけだったら、よく分かんなかったけど、さ……
…うん、マネキンに着せてた訳でもなかったし」
「なんですか、歯切れ悪いですねー。私のドレス、何かおかしいんですか?」
なんでいきなり、私の衣装の話に…?
え、ええ…? 前、ドレスをお見せした時はこんな反応なかったのに。
もしかして私の格好、やっぱり何かおかしいの?
魔境? 魔境のデザインだから???
勇者様、舞踏会で着てもおかしくない、大丈夫だって言ったのにー…
私は今更な勇者様の拒絶反応っぽい変なリアクションに、おろおろおろおろ。
急に勇者様が駄目だしでもしてくるのかと、不安でおろおろしてしまいました。
おろおろ、おろおろ。
そんな私の様子に、勇者様が更に深い溜息をつく訳です。
それが何だかやっぱり拒絶に思えて、私はちょっとびくついてしまいました。
だけど勇者様は苦笑いで。
腰も軽く強靭なバネでひょいっと立ち上がると、私を見下ろしながら困ったように笑いました。
「そのさ、リアンカ…そのドレス、露出度だの切れ込みだの、過激すぎないか?」
「え、なんだそんなことですか!」
もう! 思わせぶりに勿体ぶるから何かと思ったら…!
私はちょっと、自分の体を、ドレスをまとった全身を改めて見回してみました。
うん、異常なし!
…デザイン以外は!
「でも勇者様、この程度の過激さは魔境じゃ珍しくありませんよ?」
「うん、でもね、リアンカ」
きょとんと首を傾げる私に、勇者様は殊更、ことさら優しく囁きました。
「ここ、人間の国だからね…?」
それこそ、やっぱり今更だと思った私です。
生温いものを見るような勇者様のお顔に、逆に生温い笑みを返してあげました。
「目立つ……絶対に目立つよ、リアンカ」
「そうですかー…それは大変ですねぇ」
「なんで他人事!?」
しかしこんな露出程度でがたがた言わないでほしいものです。
そんなにおかしく見えなければ、それで良いのです。
魔族のわがまま☆ナイスボディのお姉様方に比べれば、私の体なんてこの程度。
二の腕とか、ちょっと柔らかそうなのが気になる程度です。
でも、自分の体を悲観したりはしません。
私の身体にだって、それなりにいいところはあると思うんです。
魔族のお姉様方と、比べちゃいけませんけれど…!
「大丈夫だよ、勇者様」
「なにが!?」
「私、そこまで見られない体はしてないと思うから! 多分!」
「全然大丈夫じゃない…!」
うん、そこまで見苦しくないと思うんだよね。
醜くて目の毒ってほどでもないでしょうし、見ただけで潰れるような異常能力も持っていません。
これでも田舎…辺境……いや、魔境育ち!
都会育ちの怠惰で矯正下着の手放せない貴族のご令嬢方に比べると、余程引き締まった体をしている自信はありますよ!
何せ、年中魔境という異常地帯を駆け回っていますからね!
外敵に襲われる危険はあまりありませんが、地域独自の異常発達を遂げた植物や天然自然の罠満載な魔境です。あっちそっちひょいひょい飛び回るのだって、これで結構危機感満点なんですから。
臨場感溢れる毎日のお陰で、弛んだところのない体を維持出来てますからね!
胸が開いてようが、足が大胆に露出してようがどんと来い!
「違う……俺が言いたいのは、違う…!」
勇者様が再び頭を抱えてしましました。解せぬ。
勇者様が私の全然分かっていない様子に、ある種の絶望を感じているとか。
そんなことを、私が知る由もなく。
説き伏せようとして無駄を悟ったのか、諦めたのか。
勇者様はどこか鬼気迫る、必死な顔で私の肩を掴んできました。
「あ…っ」
掴んだ後で、熱いものに触っちゃったかのように手を引き離しました。
え、何その蛙が逃げる時のような素早さ。
「ご、ごめん…」
「???」
「その…えと、な……………ああ、やっぱり分かってないのか………」
勇者様の顔の、絶望具合がいい感じに増しました。
いったい、何なんでしょう?
「………この子は、絶対に分かってない…!」
まさか今更、私の剥き出しの肩に素手で触ったことに動揺しているとか、私は全く思い至りませんでした。
そんな私に、勇者様は舞踏会が始まる前から大いなる疲労感で肩を落として。
「取り敢えず、リアンカ………舞踏会で、あまり男性に近寄ったら駄目だ」
「勇者様も、大概過保護ですよね」
「もう、それでも良いから…! 絶対に、一人にならない! 男には近づかない! ほら、復唱!」
「えー………と、一人にならないし、知らない人には近づかない」
「それ、絶対に守ってくれよ!?」
「………勇者様って大袈裟だよねー…」
そんなにこのデザイン、問題かなぁ?
私の着用したドレスは、まぁいつもより胸元が開いていますけれど。
あと、スカートの裾に大胆な切れ込みが走っていますけど。
うぅん…どうなんだろう?
淡い紫に染められたレースと、青い蒼い不思議な布。
総レースの、若干体が透ける薄衣は太腿の三分の二が隠れるくらいの長さ。
同じレースで作られた幅広の首飾りで首全体を覆い、その上にドレスと揃いの青いチョーカーをつけて。あしらわれた宝石は、私の髪のような赤。
チョーカーの後ろから伸びる形で紐は私の肩を下り、胸の横を通り、ドレスがずり落ちないように繋がっています。
胸元は本当に大きく開いていて、谷間を隠す気が一切感じられません。
総レースの薄衣を下に着けていなかったら、胸が完璧にポロリ状態に陥る危機感と戦う羽目になっていたでしょう。
胸の直ぐ下には、薄水色の幅広の帯。
前でリボンの形になっていて、中央には紅い宝石。
そして細長い紫色の宝石が垂らされる形で揺れています。
帯の下から太腿三分の一の位置まで薄衣と同じレース。
そして真っ直ぐにすとんと落ちる青いスカート。
勇者様が問題に感じているらしいスリットは、左側に深く入っています。
………帯のところまで、深く。
うん、下にレースの薄衣がなかったら、流石に恥ずかしいけれど。
実際には下に来ている衣のスカート部分が太腿の大部分を隠しているのでそこまで恥ずかしくはありません。
レースだから、微妙に透けてるけどね…!
袖はどうしようかなぁと思いましたが、着けることにしました。
レースの薄衣の袖は指が出ないくらい長いので、そのままでも良かったんですけれど。別途、ドレスと同じ布で作られた袖が付いていたんですよね。
此方は逆に、レースの下に着ければ丁度良い感じです。
レースよりも長い袖なので、注意していないとうっかり地面に引きずってしまいそうだから気をつけないと。
………うん、どっちにしても、私の手が完全に見えません。
特に手を使う予定は今のところありませんが…料理を食べたりする時には思いっきり袖まくりしないと危険ですね。超使いづらい。
足元にはドレスと一緒に送られたネイビーブルーの細い靴。
踵が高い靴は履き慣れてないから、転ばないように注意しないと!
勇者様に言わせれば、目に毒なことこの上ない衣装で。
色々と、本当に色々と問題点があったのでしょうけれど。
私は完全に長い袖と靴の踵に気をとられ、勇者様の訴えたかった問題点には全く気付いていませんでした。
真上から見下ろしたら、いい具合に胸元が見える…とか。
大きく開いた背中の白い肌が、煽情的に見える…とか。
先代魔王夫妻の贈ってくれた衣装に、異性に対する数々の罠が仕込まれていたとか。
魔境ではこの程度の露出、今更だったので。
そのことに対する、勇者様の動揺など気付きもしない私だったのです。
「まぁ殿! あの格好を許していて良いのか…!?」
「あ? 何が?」
「あの露出度以外に何がある!」
「んー…? え、でもドレスならあんなもんだろ?」
「くそ…っ 緩過ぎだろう魔境基準! 異性との接近には慎みがどうのと細かく注意できるのに、なんで服装チェックは緩いんだ!」
「いや、わかるだろ」
「…ああ、わかるけどな! 魔族、本当に薄いもんな! 薄いというか、軽装過ぎるからな!? 体に自信あり過ぎだろう、魔族!」
「俺は未だかつて、肥った魔族という珍妙な存在にお目にかかったことないぞ」
「自信があればどれだけ薄着でも構わないのか…!?」
「それ言っちゃ、なあ…ヨシュアンの母方の実家なんぞ、凄ぇぞ。セイレーンの里だからな。腰に薄絹巻いてるだけで、殆ど裸と変わんねーし」
「魔族に公序良俗という概念はないんだろうか…?」
「というか俺はむしろ、何で今更お前がリアンカの露出で目くじら立ててんのか気になるんだが」
「……ここが人間の国だからだよ! いいか、人間の男は狼なんだ…!」
「人間の男が言うなや」
「はっきり言って、俺は人類で最も安全な男だと思う」
「開き直るな、おい。………まあ、いい。てめぇがそこまで焦るってことは確かに貴族の野郎共は危険なんだろうよ。あの程度の露出で焦るくらいな」
「俺が焦る焦ると、強調することに意味があるのか…?」
「人間の元締めが注意しろって言うんだから、俺もちゃんといつも以上に気にかけとくさ。それで万事解決だろ」
「本当に、本当に頼むぞ…!? これで目を離した隙に何かあって、結果的に怒り狂ったまぁ殿が大乱闘、国家滅亡なんて冗談じゃないからな!?」
「その本人目の前に、よく言うな、お前…」
本当に、勇者様の度胸の良さは並ではないと思います。
何だか必死そうにまぁちゃんと会話しているようでしたが…
最後の方だけ聞き取れた内容は、まぁちゃんが魔王だと分かっていて訴えるには結構勇気のいりそうなものでした。
全員が着替え終わり、舞踏会の開催までの時間をまったり過ごしている合間。
一度始まったら勇者様は挨拶回りをされる立場だったり何だったりするので悠長に食事を取る暇もないということで。
サディアスさんの用意した軽食を、皆でぱくつきます。
そんな時、鋭い瞳に真剣な色を乗せて。
緊迫感を全身で表現しながら、まぁちゃんが重々しく口を開きました。
「さて、大体全員の準備が整ったところで最大の案件だ」
「女性陣の衣装が過激すぎること以上に、懸案事項が何かあるのか?」
「過激?」
「うみゅ?」
きょとんと首を傾げた私達に、勇者様が深い溜息。
え、何事と一瞬思いましたが…
同じタイミングで首を傾げたせっちゃんを見て、納得しました。
「――ああ、確かにせっちゃんの衣装は危険ですね。この超絶美少女のおへそに、変態の多発が案じられます」
「リアンカ、今日の君には他人のふり見て我がふり直せという言葉を送るよ…」
「???」
疲労感たっぷりに、勇者様が肩を落とされました。
また勝手に、今回は何に気落ちしているんでしょう?
「衣装の問題は、まあ置いといて」
「置いておくのか…」
「もっと、どでかい問題があるだろ?」
「え? あったか…?」
素で。
勇者様が素で、首を傾げています。
でも私達も他人のことは言えず、皆で首を傾げる訳ですが。
そんな私達に、まぁちゃんは言ったのです。
「ずばりアレだ。今日のエスコートの組み合わせ――どうする?」
その瞬間。
ハッと息を呑み、勇者様が硬直する姿を間近に目撃してしまいました。
固まっちゃうなんて勇者様ったら!
もうほとんど、貴方のエスコート相手は確定でしょうに。
今更そんな問題で体を強張らせる勇者様は、とても往生際が悪い人だなぁと思いました。(子供の絵日記調)