148.麗しきかな、夜の蝶
メルヒェン再び(笑)
勇者様が咳き込んでいます。
めっちゃ咳き込んでいます。
ナターシャ姐さん、の一言で。
「勇者様、しっかりしてください。冗談ですよ?」
「げほっ……じょ、冗談っ?」
「考えてもみましょう、再現しようにもサルファがいません。こんな時に限って」
「こんな時でもなければ必要とされないのはアレだけど…いなくて良かった!」
「奴がいないと、あの見事なお化粧(爆)が出来ませんからねー…だからと言って、私の技術ではあれを再現できそうにないですし。残念なことですが」
「俺は全然残念じゃないけどな…!」
「なのでここは、ニューフェイス☆タナカさんに頑張っていただこうと思います」
「ほけきょっ!?」
「『むむ? 呼んだか?』」
のそりと身を起こす、タナカさん。
その体は悠々とカウチに寝そべって――
「待て、さっきから誰だ誰だと気になってはいたけど……あれタナカさんか!?」
あ・れ・は誰だ! 誰だ!? 誰だ!!
タナカさんです。
驚愕の眼差しで、タナカさんを見つめる勇者様。
その視線の先には、タナカさん…と、私の認識する人物。
桃色のメッシュが入った、灰色の長い髪。
麗しのばさばさ睫。
真珠の如き光沢を宿した、不思議な白い肌。
常に潤んだような瞳に光るのは、金色のお月様。
身長は意外に低く、私より少し低いくらい…百六十cmあるかないかの、低身長。
そこには性別を感じさせない、耽美系・白皙の美人(雄)が寝そべっていました。
「タナカさん、付いて来るって言って聞かなくて…」
「姿を見ないから山に帰ったかと思ってたんだけど!?」
「そんな姿を目撃しましたか? あの大きいのが飛んでたら目立つと思うけど」
「………してない、な」
結局、私と御先祖様が別人だという認識は、曖昧なまま。
もう穴倉で寝るのは嫌だ、付いてくるとタナカさんに切々と訴えられました。
穴の底は寂しいと言われると、数千年も蝉のように冬眠していたタナカさんを突き放すのも何故か心が痛み……………そこに乱入して「冗談じゃない」と叫んだまぁちゃんと、ちょっと悶着ありましたが。
最終兵器「お願いまぁちゃん❤」というおねだり攻撃で黙らせました。
本当に、まぁちゃんってば私とせっちゃんに甘いんだから☆
うん、良いと思う。
そこが素敵すぎるよ、まぁちゃん。
まぁちゃんからの許可も引きずり出し、タナカさんは大喜び。
派手に喜びはしませんでしたが、無言でも全身から「嬉しい」オーラを立ち上らせていました。犬だったら、確実に尻尾がばさばさ振られてますよ。
なんだかこのままハテノ村に帰る時になっても魔境までついてきそうですが…
もしもハテノ村で飼っている羊に手を出したら、その時はまぁちゃんにお願いして全力でぼこってもらおうと思います。
「あの阿呆みたいな巨体じゃ王宮に入りきらないから、コンパクトになってってお願いしたんですよ。タナカさんに」
「思っても、実際にそうお願いするリアンカは凄いな…普通、コンパクトになってなんてお願いするだろうか」
「自力で小さくなるか、壺に詰められるかどっちが良いか聞いてみました」
そうしたら、「壷は窮屈そうだからご免被る」とタナカさんが言いまして。
それじゃあコンパクトに、と迫ったらあの姿になりました。
そりゃ、年月を重ねた竜は魔獣系の竜でも器用に色々覚えて、物凄く強く賢くなるとは知っていましたが。
タナカさん、人に化ける術覚えてたんですね…使う機会、なさそうなのに。
当然の如く、その術の完成度は物凄く高くて。
未だに蜥蜴男(笑)状態にしかなれないナシェレットさんのレベルを遥かに凌駕しておりました。
おい、駄竜……生まれつき竜だったくせに、元蜥蜴(五㎝)に負けてるぜ、駄竜。
御年一万年超の本領、こんなところでも見せていただきました。
どこからどう見ても、ちょっと美人過ぎますが人間にしか見えません。
ただ身長が低いところは…
もしかしたらかつての体長(五㎝)の影響が出ているのかもしれませんね。
今の本性は、そん所そこらの竜よりずっと大きいですが。
でもこのコンパクトサイズなら、余裕で出来ますね!
「という訳でタナカさん、今からとってもカラフルでふりふりで、ピンキーな服に着替えましょうか!」
「待て。ちょっと待て、リアンカ。あの竜に何をさせる気だ!?」
「何って…ナターシャ姐さんの代打を」
「よし、ちょっと深呼吸してくれ」
「? いいですけど……すうぅぅぅ…はあぁぁぁ…すうぅぅぅ…はあぁぁぁ」
息を吸ってー、吐いてー。
すってーーーーー………
はいてーーーーーーーー……………
「肺活量凄いな!? だけどここで披露しなくて良いから!」
勇者様に止められました。ストップ、深呼吸。
その状態で、呆れ顔の強い勇者様がこう言いました。
「よし、それじゃあ冷静になった頭で言ってみよう。何をさせるって?」
「華やかに花開け、夜の蝶」
「どうか考え直せ…!」
勇者様はがっくりと膝を床につき、慟哭するように叫びました。
まるで喉から血でも吐きそうな勢いです。
「勇者様…」
哀れなそのお姿。いつものことですが。
私は勇者様の傍に膝をつくと、そっと囁くように声をかけました。
「エスコート、頑張ってくださいね…」
「問答無用で敢行させる気だな!?」
勿論、そのつもりに決まっているじゃないですか。
ほら勇者様、後ろを見て下さい。
せっちゃんが嬉々として、嬉しそうにタナカさんの髪にリボンを結び始めていますから…今更止めるとは勇者様でも言い辛そうな、その笑顔。
勇者様は、喉に何かが詰まったような声を出して沈黙してしまいました。
がっくりと項垂れた背中に、毎度おなじみの哀愁がこんにちは!
もうこれは決定でいいと思います。
中止は不可の、女装計画が始動しようとしていました。
――見て下さい、このばっさばさ睫毛!
きらきら光る、白い肌!
貴族のお嬢様方には、肌の光沢を出す為に金粉や真珠を砕いた粉を肌にはたく方々がいると耳にしますが。
そんなことするまでもなく、完璧なキラキラお肌がここにあります。
………このキラキラ具合は、本性の鱗の光沢が反映されているようですが。
「タナカさんったら、元から性別不詳気味だからほんの薄化粧で美貌のお姉様に変貌できそうですね! 体は普通にごついけど」
「タナカさん、お綺麗ですのー! 体はあに様みたい、ですけども」
「せっちゃん、これ俺より肉付いてるからな? あに様と全然違ぇーからな?」
「うん、普通に凄く体格のいい男の人の体つきだね」
「普通なのか凄いのか、どっちだソレ」
現在、私達はタナカさんドレスアップ☆大作戦に挑戦中です。
勇者様も最初は呆れた顔をしていましたが…
今では、すっかり部屋の隅で打ちひしがれておいでです。
さて、そんないつも通りの勇者様はさて置き。
私達はドレスを着せる為、タナカさんの服を剥ぎ取りました。
一応、パンツは穿かせたままだけど!
見た目が性別不詳なので、あまり脱がせても気になりません。
いえ、脱がすまでは気になりませんでした。
脱がせてみたら、そこにあったのは予想外…予想以上の体躯です。
………元が大型肉食の本性をお持ちのせいでしょうか…
手足が、予想外にごつい。
いえいえ、優美で耽美なお顔に騙された訳でも、小柄だから侮っていた訳でもないのですが……手も、足も大きいですね。
ドレス丈は普通の女性の物で入るかと思われましたが、残念無念。
そんなことはありませんでした。
まず、胴が入りません。
なにこのお腹。腹筋われわれ。貴方、カブトムシですか?
「………まぁちゃんより、凄いかも」
「いや、俺より筋肉付いてるだろ。これ」
「まぁちゃん、細いもんねー…ガリではないけど」
「魔族だからな。身体能力、魔力で補ってっし」
コルセットの戒めぐらいじゃ、びくともしそうにないです…
くっ……こうなったら、くびれは諦めるしかありませんね。
それでも各所、むりやりドレスに詰め込んだらドレスが弾け飛びそうな体格をしておられます。
ああ、なんて素敵な大胸筋………素敵すぎて、残念なことこの上ありませんよ。
「………鉋で削ったら、何とかならないかな」
「わあ、せっちゃんそれ知ってますの! 削り節ですなのー」
「あ? 竜の削り節? ………旨いのか?」
「食べたことないから分かりませんですのー」
「でも腐っても竜……鰹節よりずっと硬そうですね」
「それ以前に削ろうとするなっ!?」
鉋を手に取って危険発言を溢していたら、勇者様に鉋を取り上げられました。
ちっ………残念☆
「しかしこうなると、用意していたドレスは入りそうにないです」
「待て。用意していたってなんだ、用意していたって」
「いやほら、ナターシャ姐さん再び☆を狙っていたわけで」
「つまり、まぁ殿寸法…か」
「そうです。まさか、サルファが消えるとは思ってもなく」
「くっ…サルファが消えて、良かったのか悪かったのか……!」
「それ、まぁちゃんかタナカさんかというだけの違いですよ?」
「どっちもどっち!」
「いえいえ全然違いますよ。妖艶系のまぁちゃんと、耽美なタナカさんと」
「どっちも女装じゃないか…っ」
「それじゃあ、勇者様が女装しますか?」
「…公共の場で、それも公務の場でそれは勘弁して下さい!!」
そうして、勇者様の苦悩を糧に。
「あーもう! 丁度いいドレスがなーい!! まぁちゃん!」
「おう、任せろ」
「――また捕獲されたにゃぁぁああっ!?」
まぁちゃんが妖精の名付け親を捕獲したり。
「という訳で、ドレス一丁!」
「『ドレス一丁? 一丁………ドレスとは、豆腐の仲間なのか?』」
「…って、また男にドレスですにゃっ!? なんで毎回男用のドレスを出させるにゃ!? 貴方達、変ですにゃ! 頭おかしいですにゃ!!」
「待て、それは俺も入っているのか…?!」
「勇者様ったら…行動を共にしている時点で、傍目には立派な類☆友ですよ?」
「く…っ」
捕獲した妖精の名付け親に、男性サイズの可憐なドレスを供出させたり。
「あに様、タナカさんの髪の毛まきまきにしてよろしいですの?」
「おう、巻いて巻いて巻け巻け! 縦ロールにしろ! 絶対似合うから」
「『……ほほう、くるくるぱーだな』」
「てめぇ全国一千万の縦ロールさんに謝れ!」
「まぁちゃん、縦ロールな人って一千万もいるの?」
「知らね。でもそんくらいいても良いんじゃね?」
「根拠全くなし…!」
全員総がかりで、タナカさんの豊かな髪の毛 (ピンクメッシュ)に鏝を当て、くるくる縦ロールを量産したり。
「耽美なタナカさんの顔に合わせて、可憐な方向性で攻めてみようと思います!」
「その場合、責めを受けるのは俺じゃないのか…?」
「勇者様、責めじゃなくって攻めですよ?」
「肉食系かぁ…」
「がんがんいこーぜですのー。いっちゃいますのー」
「絶対に、心臓発作的な意味で打撃を受ける御老体がいるからやめて下さい…っ」
そうして、完成したのは。
「は………ハイパータナカさんEX.っ(爆笑)!!」
…と、私が爆笑し。
「やだ、タナカさんったら美人(爆笑)!」
……と、まぁちゃんが爆笑し。
「『う…窮屈だな』」
………と、タナカさんが首を傾げました。
可憐でハイパー美人なタナカさんが、そこにいました。
これはもう、マドマアゼルタナカとお呼びするべきでしょうか…
「取り敢えず、源氏名を決めましょう!」
「もう好きにしてくれ…」
「何で勇者様が頭を抱えるの?」
「一番被害を被るのは、どう考えても俺だろう…?」
「否定はしません」
「否定してくれ…せめて、形だけでも!」
「形だけで良いんですか?」
「………済みません。やっぱりいいです。変な希望は持ちたくない」
そうして、一夜限りの幻。
麗しき夜の蝶。
可憐なタナカ改め、レディ・ロッテ(仮)。
鮮やかな耽美系女装男が、華やかな舞踏会場に降臨したのでした。
色々わかっていない田中さんが抵抗しないのをいいことに、好き勝手(笑)