143.囚われの地雷
色々と、大変なことになります。
まぁちゃんぶちキレ…!
なんだか遠い遠い御先祖様(直系)と因縁があるっぽい、大きなドラゴン。
えーと、あの、御先祖様と一体どういった御関係で…?
どうも友好的には見えない様子の、激昂したドラゴンさん。
貴方は一体、どちら様なのでしょうか…
御先祖様は一体、何をなさったんでしょうねー…
…といったことを考えていたら、あら不思議。
………巻き込まれました。
『GYAOOooooooooッ! GULuLuuu…!?』
いませんよー。
もう、帰りましたよー。
そんなこと言っても耳には入りそうにない、その様子。
これどうしたものか。
そう思っていましたらば。
あのドラゴンが、何故か私をぎらりと睨んだ訳ですよ。
何故に?
『SYAaaaaaッ!』
………え、私?
指名されたのが私だと思い当たった瞬間、背筋に悪寒が!
ち、違いますよー!!
はっ………これか! この髪色か!?
私の髪の毛は、見事に赤い紅色。
御先祖様と、全く同じ色です。
竜は、ド近眼でした。
私には、近眼としか思えないその乱行…
まさか私と御先祖様の魂が近い気配をしている、とか。
竜が気配で人物判断している、とか。
そんな事情を全く知らなかった私にとっては全くもって予想外。
竜が私を捕獲しようと、挑みかかってきます。
「させるかっての!」
そしてまぁちゃんに殴りとばされました。
お見事ー!!
体格差があろうと何のその。
駄竜を相手に鍛えた感覚も見事に、まぁちゃんが竜を殴りとばしたのです。
………です、が。
それで終わらなかったのは、竜の根性でしょうか…。
この竜は、ファイトがあり過ぎました。
ぎんっと強い眼差しは、私を射抜くようで。
まぁちゃんに殴られてもめげない、その根情。
奴は、とんでもない竜でした。
まぁちゃんに殴られたら、例え竜でも失神必須なのに。
殴られて吹っ飛ぶ一瞬で、この竜は。
まぁちゃんだって油断していなかっただろうに。
たった僅かの一瞬で、その前足の意外と繊細な動きをする指が。
私を、かすめ取っていったのです。
そしてまぁちゃんの殴った勢いで、そのまま。
ええ、そのまま。
そのまま、勢い任せに空へと吹っ飛んだ、竜。
私もまぁちゃんの打撃の勢いでついでに空へと攫われて。
…物凄い勢いで、一瞬死んだかと思いました。
さ、攫われちゃった…☆
私の顔も思わず引き攣ります。
え、え、え…どうしよう!?
………取り合えず、助けを呼んでおきましょう。
「わぁん! 勇者様ー! たっけてー!」
とりあえずあらん限りの声で叫んでみました。
うん、ここは『王子様(笑)』に助けを求めるのが王道ってヤツですよね。
一応、空気を読んでみました。
だけどそんな私に向けられるのは、胡乱なむぅちゃんの眼差し。
「リアンカ、余裕ある…!?」
「ないよ、そんなもん…!」
「でも本気で切羽詰ってたらまぁ兄さんに助けを求めない!?」
「言われてみたらその通りですが、万民(人間)の期待にお応えしてみました!」
「やっぱり余裕あるじゃないか」
「ないです! 安全保障の一切ない誘拐は初めてなんですよー!!」
だってこの竜、初見の方です。
初めて会う方です。
つまり。
私を相手に容赦してくれる保証の、全くない方です。
そんなものに攫われて、しかも人違いで!
余裕なんて持てるかぁぁああああっ!
思わず、無駄な足掻きと知っていてじたばた暴れちゃいますよ!
「リアンカ…っ」
「わぁん、勇者様ー!」
「待っていてくれ、すぐに助けてみせるから…!」
そのお言葉、素敵素敵です! 紳士…!
真摯な眼差し、真面目なお顔。
そして静謐な気迫に満ちた誠実な声。
勇者様の全身が、言葉にせずとも言っていました。
本気の、心からのお気持ちで。
自分を犠牲にしてでも、私を助けてみせると。
おお……こんな時だけは、本気で頼もしいですね。
茶化すことも、勘繰ることも。
裏を疑うことすらない、まっすぐなお心がけが身に沁みます。
うん、選定の女神様とやら、この人を『勇者』に選んで正解。
だって物凄く、それっぽい。
彼以上に『勇者』と呼ばれるに相応しい人間がもしいるのであれば、それこそちょっと連れてきてほしいくらいですね。
「勇者様かっこいー!」
「こんな時に、なんなんだ…っ!?」
何だか感動したので気持ちのままに応援してみたら、勇者様がずっこけました。
わあ、何故か顔が赤い…
「勇者様、風邪ですか? 破傷風ですか? おたふくですか…!?」
「リアンカ、切羽詰ってたんじゃないのか!? とりあえず、状況! 自分の置かれた状況を再認識してくれ…っ」
「は…っ 私はなにを」
うっかり、現実逃避していました。はっはっは。
…失礼。私だって時には取り乱すんです。
どうやら私自身、安全保障が全くない珍しい体験に動転していたみたいです。
自分の状況を再認識したら、なんだかもうじっとしていられなくて。
竜の手の中にいるのが怖くて、勝手に手足が震えます。
それが、何だか嫌で。
手足の震えなんて、振り払いたくて。
私はばたばたと、手足を振って嫌な感覚を振り払おうとしてしまう。
私は竜の手の中で、あたふたと慌てて。
どうしたものかと、おろおろ狼狽えて。
だってここは、空の上。
ついでに言うと竜の手の中。
空を飛べない私じゃ、どうやって帰ればいいのか皆目見当もつきません。
まあ、何だかんだで誰かが助けてくれると思いますけど。
勇者様が助けてくれなくっても、まぁちゃんかロロイが…!
は…っと、気付いて。
私は慌てて視線を走らせました。
竜を殴った後、隙を突く形で私を攫われた、まぁちゃん。
そんなまぁちゃんは、どう…っ
――まぁちゃんの顔からは、能面のように全ての表情が抜け落ちていました。
体が硬直したのか、驚いたのか。
殴った直後の姿勢の、まま。
こちらに危険な眼差しを注いでいます。
「――よし、殺そう」
うっとりと聞惚れてしまいそうな、蕩けるような声で。
なんとも危険な殺害予告。
ま、まぁちゃん怒ってるぅぅううううううっ
まあ当然ですけれどーーーーー!!
この竜は、その正体を明らかにする前に死ぬかもしれない。
勇者様が暴れるのか、魔王様が暴れるのか。
はたまた元気なうちの子竜たちが暴れるのか。
それは、誰が暴れるかの違いで。
後、誰がやるかで周囲への被害総額が結構大幅に変動しそうな気もするけれど。
なんとなく、竜の未来は確定した気がします。
どんな怪獣大戦争が繰り広げられるのか、知りませんけどね?
…私を巻き添えにしないよう、呉々もよろしくお願いします。
まぁちゃんの危険な顔を見た瞬間に。
多分、私は色々諦めました。
万一にもまぁちゃんが私に危害を及ぼすとは思えませんが…
怒りのあまり思い余ってとばっちりを受けても、攫われる隙のあった自分が悪いと思って甘んじて受け入れようと思います。
………せめて大怪我でも再生可能な大怪我で済みますように。
そんな、半ば自分の安全を諦めたお昼時。
でも私の代わりに諦めないでいてくれた人がいました。
「まぁ殿、抑えてくれ! リアンカが見えないのか!?」
「まぁ兄、リャン姉が超密着状態だぞ!」
勇者様と、ロロイです。
ご免、任せた。
私の身の安全は君らの肩にかかっている!
「わー………」
この空が高度何百mなのか、知りませんけどね?
敵に回しちゃいけない危険人物を、果たして勇者様達が抑えられるでしょうか。
抑えながら、救出困難な上空遥かから無事に救出してもらえるでしょうか。
ああ、なんて困難。
それもこれも、このよくわからない灰色竜さんが私を攫ったりするから!
それも、人違いで!!
「もうっ なんだって言うんですかー!」
何だか、苛々してきました。
苛立ち紛れに、しっかり安定感抜群の、ぶっとい竜の指をぺちぺちと叩きます。
平手平手。
なにこの太い指!
柱!? 柱じゃないの!?
私の胴回りより余裕で太いです。
むしろ私の胴三つ四つ…いえ、五つ分はありそうですね。
そんな指で作られた檻の中。
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち…
いっそ無心になるまでやってやる…!
今、私はペンギンになる!
我ながら訳のわからない行動でしたが、やっている内に楽しくなってきました。
だけどそんな私の行動が、とっても不可解だったのでしょう。
まあ、私も不可解ですが。
灰色のドラゴンが、私に話しかけてきたのです。
『………AGYa?』
「平手で叩いています。目下のところ目標は、ペンギンのフリッパー並みのぺちぺち感を手に入れることです」
『……………Galau?』
「楽しい、楽しくない以前に私はぺちぺちしないといけないんです!
だってペンギンが! ペンギンが!」
『LululululuGYAON…』
あ、呆れた眼差し!
種族が違ってもわかりますよ!? 呆れたでしょう!
っていうか、貴方のいう『不可解』さんは御先祖様のことでしょう!
御先祖様のことであって、私じゃないでしょう!?
「人と混同されるのは苛っとします」
『GULUUUUUU…GAaaa?』
「よくありません! 何かされたら全力抗議と報復措置に出ますよ!?」
…いやまあ、捕まえて満足するとも思っていませんでしたけど。
どうやら私を捕まえてから、その行動を頭上から拝見されていた様子。
でもその言動が予想とは違ったのでしょうね。
今も、私を見下ろしつつ、露骨に首を傾げられています。
拝観料、取っちゃいますよ?
『Garu…Gyagyaguguga』
「………ところでいい加減、それ止めません?」
「?」
「頭のいいドラゴンさんなら、当然人間の言葉だって喋れるでしょ。
それ、頭と心臓にがんがん響いて気持ち悪くなってくるんですよ…健康を害す気なら、抉りますよ」
『AGIYla…!?』
「もう共通語でも古語でも未開の奥地にしかない希少言語でも良いから、ばっちり対応してみせるんで人間の言葉喋って下さいよ。
じゃないと本気で 鱗 溶 か し て 抉 り ま す 」
私の本気が、この真心が伝わったのでしょう!
真顔で、目に力を入れて凝視し続けること三秒。
竜はそっと私から目を逸らしました。
「『以前は問答無用で殴ってきたというのに…少し変わったな、フラン・アルディーク』」
「いや、違うから。フランじゃないから」
「『何を言っている…?』」
「うん、頭おかしいのはドラゴンさんの方ですからね」
そうして、彼の口から出てきたのは『人間の言葉』でした。
………いや、確かに古語でもいいと言ったのは私ですよ?
私ですが、まさかガチで古の言語が出てこようとは。
私も知ってはいても、今までの人生で使った覚えが皆無に近い言葉です。
今から五千…いや、六千年くらいに廃れた言語じゃなかったかな。
微かな名残めいた残滓を現代の共通語は踏襲していますが。
原型といえるものは既に崩壊し、使っている民など既にいないでしょう。
でもまあ、私はちゃんと意味わかりますけれど。
御先祖様の時代には使っていたでしょう、その言語。
それを聞くだけで、そして求める人物の名を聞くだけで思います。
何だろう、この時代に乗り遅れた感じ…
竜からは、古のかほりがしました…。