142.盛り上がらない筈だった決勝戦、別の意味で盛り上がる(パニック)
さあ、灰色の獣の正体は?
色々な意味で付き抜けすぎちゃってた、あの試合。
でもね、勇者様と御先祖様の戦いは準決勝に過ぎないんだよ?
という訳で、本日。
勇者様ががんがんやられて満身創痍から起死回生のサン☀ビームを放った昨日。
あれから一夜明けて、今日この日。
とうとう御前試合決勝戦の開催です!
ただし、昨日の試合が凄すぎて皆いまいち盛り上がらない。
なんとなく、だるだるムードが漂っています。
それも結構濃厚に。
今回の対戦カードは、勇者様vsモモさん。
それだけでもう既に、人類の範疇を出ない試合だと分かり切っています。
超えろ限界とばかり、勇者様が真価を発揮しない試合。
何となく、退屈な試合になりそうな気がしました。
そんな予想も、開始十分で裏切られることになる訳ですが。
ぽかーん、と。
ぽかーーーーーん、と。
もうそうとしか言い表せない、そんな表情で。
ただただ、上空を見上げるばかりの観衆。そして私達。
予想を、裏切られました。
私達が目線をやる、その先。
大空の彼方。
昼の真っ青な空を切り裂くようにして。
灰色の、鋭い光が一直線。
まっしぐらに此方へと…ぐんぐん、ぐんぐん見える姿を大きくしながら、凄まじい勢いで向かってきます。
最初は遠近法という名の魔法によって、その全貌も大きさも掴めませんでしたが。
次第に向かってくる某かの謎めいた灰色さんが、どんな姿をしているか。
そしてどのくらいの大きさをしているのか。
それが掴めるようになってきた頃…
やがてその姿の全容が掴める様になってきます。
すると、観衆の人々が顕著な反応を示しました。
観客席を中心に、阿鼻叫喚の恐慌状態に陥る人間が続出。
みんな、ハプニングに慣れてないんだなぁ。
勿論、ハプニング慣れした魔境の住人は違いますよ?
特に向かってくる灰色のアレがある意味馴染みのある生き物と似た形状をしていたこともあり…結構寛容な気持ちで、見守ることができます。
あれ、一体何がしたいの、どういうつもりなの…と。
ずおぉぉぉおおおおおおんという、そんな勢いで向かって来るもの。
それは、一般にいわゆる『ドラゴン』と呼ばれる形状をしていました。
はい。私の隣にいる使役達、リリ&ロロとおんなじですね☆
そんな、迫りくる脅威(笑)
竜種なんて魔境じゃ結構な頻度で目撃するイキモノですが。
こちら…人間の国々じゃ違うでしょう。
それも大きな脅威として、人間の抗いがたい絶対的な暴力の象徴として記憶されている筈です。そんな大きな生き物が、向かってくる…と。
試合場の真ん中で、モモさんが茫然と目を見開いて、棒立ち状態。
そして勇者様は石畳に膝をつき…
やりきれない様子で、地面に拳を打ちつけておりました。
眉間に深く皺を寄せ、勇者様が私達に不信感丸出しの目を向けてきます。
そんな、疑惑の目を向けられても!
どうやら私達は、勇者様に関与を疑われているようですが…
謂われなき疑いをかけられても困っちゃいますね。
今回は、別に私達の仕込みなどではありません。
そんな何でもかんでも私達のせいを疑われたら、悲しくなっちゃう(笑)
いつか泣いちゃうかもしれないよ、勇者様?
でも、無関係って訳でもなかったんですよね…残念ながら。
やがて私達の視界を大幅に占有して。
その巨体を曝す…竜。
大きな灰色の鱗は、一枚一枚が私の頭ほどの大きさがあるでしょうか。
巨体は竜というにも大きな部類で、駄竜を悠に越す威厳があります。
苛烈な眼差し、凶悪さを絵に描いたような爪。
太い前足の半ばから背中にかける範囲から、突き出し張り出し広がる異形の翼。
尾には鋭い棘がいくつも生え、それ自体が凶器のよう。
何より目を引く頭部の白い角。
無骨さとそれに潜む狂気すら感じさせる迫力のお顔。
だけど眼差しには人間への憐憫と、深い知性。
見ただけで分かります。
あのドラゴンには、自制を厭わない確かな理性があると。
だけどその理性はいま、激情に燃えているようでした。
なんか、めちゃめちゃ猛り狂ってんですけど。
隠しようのない戦意が、竜の迫力を三倍くらいに膨れ上がらせていますね。
あまりの迫力に、観客から失神する人が続出!
倒れる端から絶望的な顔をして逃げる人々。
その合間を潜り抜けるようにして現れる、職業意識の高い係員が倒れた人を回収していきます。
………係員、すごいね。
阿鼻叫喚はますます高まり、恐慌を起こす一般民。
泡を食って大慌て。
やんごとなき身分の方々も、勿論面白がる余裕はどこにもありません。
悲愴な、決死の顔の騎士や兵士の避難誘導に従って、逃げ出す方々。
王族の方、他国の賓客、貴族達。
こういう非常時に、人間の本質が現れるといいますよねー。
わあ、醜くって笑いがこみあげちゃう。
私は侮蔑の顔で、嘲笑うのを止められません。
他人を押し合いへしあい、幼子を突き飛ばして逃げる貴族。
そんな貴族の顔を、冷めた顔で見下す王族。
自分達よりも民の避難を先に、と凛とした顔で命ずる王様。
なりません、御身が先ですと譲らない『おうさま』。
親とはぐれて泣く子供を、慌てながらも助け起こして共に連れて行く騎士。
腰を抜かした老婆を背負い、他に取り残されている者を探す兵士。
………うん、流石は勇者様のお国。
時々屑はいるようですが、全体的に見て善良ですね。
こんな時に現れる本質とやらが、全力で「善」の方向に傾いている人の多いこと、多いこと。
いっそ異常なくらいに良い人が多いんですけど…
「貴方がたも、さあ逃げなくては! 我々が誘導します、こちらです!」
「あ、お構いなく~」
「!? いえ、そういう訳には…!?」
なので当然の如く、私達のことも放っておいてくれないようです。
本当に、非難の必要性を感じていないんだけどなー…
「いいですか、確かにあの混乱に圧倒される気持ちは分かりますが、避難は…」
「ごちゃごちゃ煩いですね」
「は…っ?」
「ロロイ!」
「いえす、まむ!」
私の意を汲んで、ロロイが挙手!
その指先から、何かが出ました。
もやもやした、霧っぽい何か…それが、善良そうな係員をふわっと包みました。
瞬間。
ふらっと足元をふらつかせ、崩れ落ちる係員。
その体を、まぁちゃんがナイスキャッチ!
「………ZZZ」
「寝た! 寝てるぞ、コイツ」
「躊躇いもなく、善良な第三者の意識を刈り取ったものだね」
「一歩間違えば……いえ、それがリャン姉さんの持ち味でしょう」
ただ私達を案じて声をかけ、説得しようとしただけなのに…
それなのに強引に眠らせられた、係員。
いや、まあ、そのね?
私だって思う部分がない訳じゃありません。
でも係員さんがあまりに生真面目だから、こちらが何を主張しても聞き入れないだろうなぁと…
………と、耳障りのよいことをいいますが。
要は説き伏せるのが面倒になっただけなので問答無用の手段に走りました。
仲間達のいっそ感心したという顔。
そんな顔をしていても、私を責めないあたり貴方達も同類ですからね?
私は白々しくも清々しい笑みで、ロロイの頭を撫でて誤魔化しました。
「凄いね、ロロイ! 何時の間にこんな芸当を覚えたの?」
「…リャン姉の睡眠薬を揮発させて混ぜた」
「やだ、ちゃんと人間用の使った?」
間違えて魔族用、獣人用の薬を使っていたら大惨事勃発ですよ?
「大丈夫、瓶に『勇者様用』って書いてあったから」
「駄目じゃん!! 中和! 中和しないと…!」
下手したら、死にます。
前もいいましたが、勇者様ってば薬の耐性付けすぎなんですよ。
お陰で人間用のまともな薬は効きません。
風邪薬ですら人間用だと効果がないので、本人は難儀していますね。
だから私が、勇者様用に特別製のお薬を用意している訳ですが…
本人には言っていませんが、実際のところは魔族用の薬を処方しています。
ですが人間とは身体の構造からしてかけ離れているのが、魔族です。
そんなイキモノの薬、本来なら人間には強すぎて使えないのですが…
勇者様は平気そうなお顔で、ぴんぴんしています。
人外用の薬を処方しても、全然堪えた様子を見せません。
むしろよく効くって喜んでいます。成分が何かを別にしたら、ですけど。
…あの人、本当に人間だっけ? と私が時々思う理由の一つですね。
と、そんな人用の薬を勝手に使っちゃったロロイ。
相手は、勿論ながら人間です。
そして勇者様の国の、公共機関に属する人間を死なせる訳にはいきません。
私は大慌てで、腰のポーチを探りました。
大体基本的な薬は、ここに入れて持ち歩くのですが…
中々、目的のモノが見つからない訳で。
あれー!?
やだやだ、中和薬持ってきてたっけ!?
「もう、ロロったら! 勇者様用のお薬は特別製って教えてなかったっけ?」
「え、そうなのか…? でも勇者って、人間……だった、よな???」
「勇者様は特別なの! 終わってる意味で!」
「こらそこ観客席ー! いま何か、俺に酷いこと言わなかったか!?」
勇者様ったら耳聡い! こんなに勘がよかったっけ、あの人。
………そういえばよかった、かな。
ですがどうやら仔細までは聞こえていないようですね!
何か言われたのはわかっても、何を言われたのかはわかっていない、というところでしょうか。
私は笑って親指をぐっと突きたて、誤魔化しに走りました。
「勇者様、すっごい乱入者が現れたね! がんば☆」
「超他人事!?」
「いやいやだってー、私関係ないし?」
「竜なんて、あからさまに魔境関係じゃないのか!」
「さあ、戦え勇者様!」
「スルー!?」
この時までは、私も余裕でした。
いやまさか、関わりのある相手だ何て思いもしませんし。
だからまあ、ただの偶発的な乱入事件だろうと。
骨を折るのは勇者様一人、がんばれ状態だろうと。
そう高をくくっていた、訳ですが。
それも………いきなり現れた竜の雄叫び…その言葉を、聞くまででした。
あったあったと、私がポーチの中から中和薬を見つけ出したとき。
その大音声が響き渡り、思わず私の手から薬瓶が零れ落ちました。
まあ、即座にロロイがキャッチした訳ですが。
ドラゴンブレスでも放つのか、と。
その勢いで、がっと大きく開かれた口で。
奴は、王都中に響き渡りそうな大音声で叫んだのです。
聞き捨てならない、名を。
『GaaAAAAAAAッッ!!』
待て。
いま、なんて言った。
竜のような、高次の生物特有の、声。
違う言語であると分かるのに、意味を通す圧倒的な声の持つ力。
言語とは別の次元で、問答無用に意志を押し通す。
生物に『言語』という概念がなかった頃の名残。
それは遥か太古より存在し、多くの生物が失った力。
だけど現代その力は、それを失ったイキモノにはあまりに強くって。
問答無用すぎて、受け取る側の魂に対する負荷が強くなります。
そのあたりに気を使って、魔境の竜種達はこっちに合わせて人間の言語を使ってくれるのですが。
その竜は気遣いも何も、欠片もなく。
強引な力技で魂に訴えかけてくるのです。
超聞き捨てならない、その名を。
『SYAGYaaaAAAAAAッ! GaaAAAAAAAッッ!!』
お願いですから、連呼しないでください………
貴方の御所望の方がいらしたのは、昨日の話ですよ…。
――ほら見ろ、やっぱり魔境の関係者だった…と。
私達に向けられる勇者様の眼差しが、とっても痛くて仕方ありませんでした。
珍しく、捻りも何もなくド直球できました。
山田や山田やチュパカブラを期待していた皆様、申し訳ありません。
代わりに、田中が出ます。