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ここは人類最前線6 ~光を受けし人の国~  作者: 小林晴幸
御前試合 ~本戦開始~
138/182

137.しょせん植物



 御先祖様は空に手を掲げてにっこりと微笑みました。

 本当に雷でも降らすのかな?

 …と思ったら、降って来たのは剣でした。


「それは…!」


 勇者様が、驚きに目を見張ります。

 私もちょっと吃驚しました。

「あれって…!」

 我が家の蔵に死蔵されていた、御先祖様の剣!

 ………御先祖様が使用したことは一度もないそうですが、山に捨てても海に捨ててもどんな方法で手放しても御先祖様の手元に戻ってきたという、我が家に代々伝わる呪われた剣です。

 以前、勇者様にも貸したことがある剣なので、勇者様も覚えていたのでしょう。

 呪われた剣の癖に、その威力は凄まじいものがありました。

 勇者様もそれは知っているはずですが…


 …が、御先祖様は手元に現れた剣を見て顔を顰めました。

 そして本気で嫌そうな顔で、一言。


「てめぇじゃねーよ」


 ぺいっと捨てました。

 拾うつもりは一切ないとばかりに、ぺいっと。

 からんからんからん…っ

 虚しい音を立てて、地面に転がる剣。

 ………心なしか、剣が泣いているような気がします。

 しょんぼりとした空気を漂わせる、剣。

 でも御先祖様は見向きもしません。

「俺は剣士じゃねーってどんだけ主張したら理解するんだか」

 そうですね、御先祖様は羊飼いですものね…

 でも、私の隣でむぅちゃんが微妙な顔をしています。


「どうしたの、むぅちゃん」

「いや………冷静に考えたらさ、羊飼いが闘神に成るって…」

「闘神?」

「リアンカ、聞こえなかったんだ?」

「ああ、むぅちゃんも聴力のおかしい生き物だったね」

「僕は精々、一km先の雀の囀りくらいしか聞こえないけど?」

「うん、十分おかしいからね。十分」

 

 人外さん達の、聴覚のおかしさはさて置き。

 死んで人外に至ったという我が御先祖様。

 (生前から人外レベルだったという説もありますが)

 彼は剣をその辺に打ち捨てると、再び手を空に掲げました。

 

 瞬間。

 

 打ち捨てられていた剣が、凄い速度で御先祖様の手に…!

 ………が、叩き落されました。

 そのまま、げしっと踏まれています。

 御先祖は何ということもなかったような顔で、再度手を掲げます。

 じたばた、じたばた。

 御先祖様の足の下で、剣がもがいています。

 あ、なんか…可哀想というか、健気に見えてきました……。

 剣よ剣、剣さん…貴方は何故、羊飼いなんて剣を必要としない人を主に選んじゃったんですか………?

 うん、ご主人様を選び間違えたとしか思えません。

 ですがこれだけ剣が反応する、ということは…

 もしや、御先祖様がしようとしているのは………


 半ば確信を込めて、私は御先祖様の手を凝視していました。

 空に掲げられた、日によく焼けた手。

 そこに。


 ぼんやりと。

 ぼんやり、ぼんやりと。

 何かの影が、集束していきます。


 靄の様な何かが寄り集まり、やがて細長い形を形成して…


 そしてそれは、私や魔王兄妹の見慣れた姿に変じました。

 細長い、まさに棒状というか…棒。

 うん、棒ダイレクト。

 むしろ棒以外に何と呼べばいいのか。

 荒削りながらも、丁寧に整えられたらしいそのフォルム。

 丁度御先祖様の手に、ジャストフィットなその姿。

 御先祖様の異名『檜武人』の由来、そのままに。

 後世に残しちゃった、その武勇伝そのままに。


 

 (ひのき)木刀(ぼう)が、そこに顕現したのです…!



 ………うん、どう見ても禍々しい気を放ってますね。

 昔からまことしやかに「どうも魔剣化してるっぽい」と噂していましたが、本当に魔剣っぽい能力を発現されると、あのビジュアルも神々しく見えてなりません。

 ただし、方向性は確実に邪悪一直線ですが。

 神々しいっていっても、きっと邪神ですよ。邪神。

 でもそんな邪悪な棒を、御先祖様は嬉しそうに握ります。

「ああ、やっぱこれだよこれ。この手にしっくりくる感じ! 流石俺の相棒」

 相棒ですか……棒だけに?

 ぐっぱーぐっぱーと棒を握ったり手を開いてみたりを繰り返し、御先祖様は好戦的な目線を勇者様に向けました。

 勇者様も武器を構えますが…

 勇者様、素で間違えています。


 勇者様の手にあるのは、あのハリセンでした。


 ハリセンの方を構えちゃってどうするんですか…?

 いや、確かにその武器、勇者様が握ると無敵感が半端ないですけど。

 えーと…あれですか?

 ハリセンvsひのきのぼうの、前代未聞の戦いが始まるんですか?

 人間で言いなおすと、勇者vs羊飼い…。

 でも何故でしょう…勇者様が勝てる気が、更々感じられません。

 御先祖様……せめて死なない程度に加減してやってください!

 私は、結構真剣に祈りました。

 その祈りが神格を得た御先祖様に、諸に伝わっているとは微塵も気付かずに。

 ちらりと此方を見た御先祖様が、一瞬、「仕方ないなぁ」とでも言いたげに苦笑したような気が…しました。

 私の錯覚かも、知れないんですけれど。


「そんじゃ、王子サマ(笑)の未知なる扉を開いてやるよー」

「本気か…!」


 勇者様の人間性と常識人の地位を賭けた戦いが、今、始まる!



 

 だけどその試合は、やっぱり一方的な展開を見せました。

 …予想はしていましたが、御先祖様が予想以上に化け物過ぎます。

 その動きに苛烈さはありません。

 ですが無造作な動きが、まるで羽根のように軽い。

 一歩踏み出した。

 そう見えたのに、その一歩で三mは移動していて。

 跳んでいるようにも、足に力を込めているようにも見えないのに。

 軽く振っただけに見えた檜の棒が、石畳をクラッカーのように割砕きます。

 それも、鼻歌交じりに。

 目で追えない程速い訳でも、霞む程に手数が多い訳でもないのに。

 目で追えている筈なのに、追えていない。 

 目で見ている筈の動きが、行動が、結果に繋がってくれません。

 まるで騙し絵でもみているようです。

 どうしてそうなったのかと、分析出来ないのですから。


 檜の棒を構えた御先祖様は、勇者様に棒を突き付けゆらりと揺らしました。

 その次の瞬間、何故か勇者様は頭を強く棒で殴られていて。

 ………頭、石畳にめり込んだんですけど。

「あ、死んだかな…」

「いやー…どうだろ。勇者だぜ?」

「勇者様、ですしねぇ…」

 勇者様は額から血をだらっと流しつつ、がばっと起きあがりました。

 あ、やっぱり生きてた。

 でもそんな急に動いたら、眩暈を起こしますよ…!?

 こっちは、はらはらです。

 でも何となく、何をどうやっても勇者様は死なないんじゃないかな、と。

 その異常な頑丈ぶりに対する信頼が、そして御先祖様の殺しはしない(多分)と読み取れる発言が、緊迫感を削ぎます。

 起きあがり、腕で血を拭う勇者様。

 打撃を喰らって鋭さを増した目が、御先祖様を捉えます。

 御先祖様は、特に身構えるでもなく。

 それどころか追撃等を行おうという気配も、なく。

 勇者様に向かい合う形でだるっと立ち姿を見せ、檜の棒でお手玉をしています。

 ………完全に遊んでますね。

「ん、あと一万と七百九発?」

「そこまでやったら絶対に死ぬだろう!! というか、また十倍増しか!」

「おお、活きが良いね! じゃあどんどん行ってみよっか」

「本当に一万八百発殴る気か…!?」

 にんまりと、猫のように笑って。

 御先祖様がふわっと一歩。

 やはり羽根の様な捉えどころのない動きです。

 御先祖様はまるで羽衣でも羽織っているかのように。

 今度もまた、軽く見えて重い一撃が放たれました。

「くっ…今度は肩か!」

「ん? このくらいの速さだったらもう反応出来んの?

この短時間で俺の動き掴んでくるなんて、勘が良いなー」

 でも、と。

 御先祖様は笑いました。


「でも、まだ甘い」


 その手が、ふわり。

 風に舞う綿雪のように、ふわり。

 そうとしか表現できない動きを見せた後でした。

 何故か勇者様が、後頭部からぶっ倒れました。

「がっ…いっつぅ……!」

「はは。相手の速さに合わせるんじゃなくて、相手を上回る速さで動かないと意味ないぜ? 害獣駆除は早さが勝負! じゃないと手の追っ付かない内に大事な大事な御羊様が食われちまう」

「羊飼いか…!」

「そうだけど?」

「知ってたけどな! 知ってたけどな!?」

 先ほど殴られた場所を、今度は倒れた際に打ち付けたのでしょう。

 本気で痛そうに、頭を押さえながら立ち上がります。

 あああ…また頭からだらだらっと血が。傷口開いたんですね。

 ………よく見たら、頭にたんこぶ出来てませんか?

 雪達磨みたいに、二段。

 わあ、冗談みたい。

 御先祖様も、笑っています。

 いやいや、犯人貴方ですからね?


「あの調子で殴られたら、勇者マジで死ぬんじゃね?」

「ねえ、まぁちゃん」

「ん?」

「まぁちゃんは御先祖様と戦って、ガチで勝てる自信ある?」

「えー………御先祖、まだ本気出してねぇぞ?」

「それはわかるけど?」

「俺が伝説に挑戦するのは、まだまだ早そうだ。いつか超えたくはあるけどな? ………魔境に帰ったら修行しねぇとなぁ…」

「わあ、まぁちゃんがそんなこと言うなんて!」

 こりゃマジでヤバいですね。

 というかまぁちゃんが修行したら、ますます勇者様に勝ち目なくないですか?

 あらゆる意味で、勇者様が死んじゃいそう。

 そう思い至った瞬間。

 私は、自分の顔がさっと青褪めるのを感じました。


「どうしよ、まぁちゃん…勇者様がしんじゃう。

勇者様が、死んじゃう(社会的に)…!!」


 気付かない内に、まぁちゃんの袖を掴んだ手はカタカタと細かく震えていて。

 声には、自分でも吃驚するほどの悲壮感。

 そんな私の頭に、ぽんと手を置いて落ち着かせるように撫でてくれたのは、やっぱりまぁちゃんでした。

「なんだかんだ、リアンカの本当には友達見捨てねぇとこ、俺は良いと思うぜ? そんな良い子のリアンカちゃんに、おにーちゃんが御褒美をくれてやろう」

 見上げると、そこにはニヤッとした笑顔。

 でも目には、とっても見慣れた温かみのある優しさ。

「御先祖を敵に回しても良いってんなら、まぁちゃんがアドバイスしてやる」

「………敵に回す云々とか、どうでも良いよ。

結局私は自分のやりたいようにしかやらないし」

「ん、お前はそういう奴だよ。そんじゃアドバイスしてやろーか。


  ヒントだ。ご先祖の魂が宿ったあの寄り代、何で出来てる?  」


 ……………寄り代…の、材料。

 あははははー……


  答え:気色悪い果実。


 ああ、そっか。

 つまり、そういうこと。


 中身が手に負えないのなら、外側。

 体を構成している素材の方を、どうにかしちゃえば良いと言う話。

 そして果実…要は植物、だよね。

 魂が宿った今の強度がどんなものかは知らない、けれど。

 でも、本質。

 元々備わった属性は、変わらないはず。

 変わりようがない、はずで。


 つまり、あれですよね。


 火をつければ、燃えます。




 → 御先祖様 蓑踊りの危機





フラン:

 凄いことをしているように見えないのに、振り返ってみると

「え…!?」となるような結果になっていることが大体。

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