135.あかいあかい、あかいひと。
あの方、始動…!
どっかで見たような面影漂う、その姿。
アルディーク家の人間に似ているのは、気のせいじゃないと思うんですが…
勇者様も気付いているのでしょうか。
その姿を指差し、固まっていました。
良く見ると、此方をちらちら見ていますね。
やがて思い切ったのか、緊張に耐えきれなくなったのか。
勇者様が躊躇いがちに口を開きました。
「まさかリア…アルディ……ハテノ村の関係者か!?」
うん、勇者様。
当たり障りのない表現を探したんですね。
公衆の面前で、個人を特定できる情報を伏せようという気遣い、正解です。
動揺した勇者様が口にする=気にかけている人間→女の嫉妬という名の憎悪。
そんな未来が垣間見えたので、今一瞬、私は本気で感謝しました。
流石に女の闘いをいきなり派生させられて、今この時、私自身動揺しているのに容赦をする自信がありません。
こんな時に喧嘩を売られたら、うっかり衣服だけを溶かす薬とか頭からぶっ掛けてはっ倒してしまいそうです。
女の子相手に、それは可哀想ですもんね?
…よし、辛うじて私にも自制心が残っているようです。
きょとんとした顔で、周囲を見て。
困惑気味に、眉根を寄せて。
気怠げな…どっかで見たような仕草で、首を解しながら。
周囲に胡乱な眼差しを送っていた、その人。
見たところ私と同年代っぽい青年。
彼は、声をかけられて勇者様へと視線を送りました。
うん、それまで眼中にも入ってなさそうだったけれど。
「………うん? お前、誰?」
そして質問には答えない。
「俺は………この国の第一王子にして勇者、ライオット・ベルツ」
更に向けられた質問には律儀に答える、勇者様。
問いかけ、探るような目の勇者様に対し、赤毛の青年はきょとんとした顔で。
首を傾げながら、重ねて問いかけました。
「ちょっと状況わかんないんだけどさ、この国ってどこ? そんで何、この状況」
「えっ…?」
その言葉に、はっとなったのでしょう。
勇者様が瞬時に厳しい顔になって、審判に目を向けます。
「審判! これは試合に対する、第三者の介入に当たらないのか」
…が、審判はぐいっと親指を立ててきました。
「らぶラビット選手は珍しい術を使う召喚術師として選手登録をしています。
今までの試合も、この一風変わった召喚? を手段としてきました。
流石に、人間を召喚したのは今試合が初めてですが…」
「く…っ 術師の実力、という判断か!」
「大当たりです、殿下!」
召喚術師は本人そのものの強さではなく、召喚した対象を代わりに闘わせる故、召喚したものの強さが召喚者の強さと=で結ばれるようです。
ですが召喚された方が現状を理解していないようですが…
…と思ったら、目を離した隙にあの青年がバニーさんを絞め上げていました。
わあ、召喚主だろうと女の子だろうと、容赦一切なし!!
兎の胸倉を掴んで、いつの間にか宙吊りにしています。
「おいおいおいおい、お前さあ…てめぇ、その面妖なツラ……愛道楽んとこのラブコメ娘じゃねーか。まぁた何か余計なことしてんじゃねーか?」
「あうあうあうあうあう~…なんで、なんで現れたのが貴方なんですかー!
あなた、何千年前の人間だと思ってるんですかー? なんでなんでなんで!」
「煩ぇなー…どうせ俺がこんなとこに急に来たのも、お前が何かしたんだろ。
したんだよな? 他に要因ねーよなー?」
「あうあうあうあうあうあうあうあう~! フランさん、酷い! 酷いですよぅ! 胸毛が抜けちゃうからや~め~てーっ(泣)」
「…で、どうして俺ってば此処にいるわけ? ここ、下界じゃん?」
「無視ですねー!?」
「お前さ、わかってる? 俺、生前の功績と死後の信仰獲得で人神になってるの。それを何の前触れも要請もなく勝手に召喚とか馬鹿じゃね?↑ 馬鹿じゃね??↓」
「ほ、本気で馬鹿を見る目で見られてるー! 吾だって、吾だって貴方が来ると分かっていれば召喚条件変えてましたよぅ…! 『死者含む』じゃなくて『生者限定』って条件にすれば良かった!!」
「ほほーう? 呼んどいてその言い草ね…? 全身毟るぞ、こるぁ」
「ひぃ、巻き舌ー! 怒ってる! フランさんが怒ってるー!!」
「こちとら闘神の端くれだぜ? 血の気多いのは仕方ないない。だから、な?
全身毟らせろもしくは顔面に落書きさせろ。一生落ちない染料で。
そんくらいでチャラにしてやろーってんだから安いもんだよなぁー?」
「や~め~てぇーっ(泣) 爽やか笑顔が超怖い!」
何だか召喚主と召喚対象が、両者の間でしか通じない話をしているようです。
どうやらあのお二人、元々お知り合いか何かのようです。
でも幾つか…ええ、幾つか聞き捨てならない単語が混じっていた気がします。
そもそもバニーさんはともかく、青年の方はそう大きな声で話している訳ではないので、全部が全部聞き取れた訳ではありませんが。
でも何故でしょう………
何やらあの青年を見ていると、本当に何やら既視感凄いんですけど。
チラリと横を見ると、まぁちゃんと目が合いました。
ああ、そっか。うん。
まぁちゃんと似てるんだ。
つまり、ガラが悪い。
まぁちゃんはまぁちゃんで、自身に思い当たるところがあるのかまぁちゃんもこくこくと頷いています。
せっちゃんに「似てるよね?」という意味を込めて視線を送ると、せっちゃんも嬉しそうにこくこく頷いています。
わあ、以心伝心ー!
そんな私達を子竜二人とむぅちゃんが、何故か無言で眺めていました。
強い視線を感じるような…?
困惑しきりながら、律儀な勇者様。
彼はバニーと青年の会話が一段落するまで待っていました。
でも中々ちっとも段落がつかないので、堪りかねてお声をかけます。
「なあ、お取り込み中何だが…そろそろ、良いだろうか?」
待たされている勇者様は、なんだか所在なさそうに肩を落としていました。
まあ、バニーと赤毛の青年の盛り上がりぶりを見るに、蚊帳の外なのは明らかなので仕方ありませんね。
「…ん? 誰、あんた」
「いや、さっき名乗ったと思うんだが…」
「えーと…あ、王子サマ(笑)だっけ?」
「待て。今何か、余計なモノをつけなかったか…!?」
「いやいや何もー? で、この兎の話が全然埒明かねーんだけどさ。
……この状況、なに?」
「本気で、状況を認識していないんだな………」
「そうそう! だから俺に説明よろしく?」
勇者様は深く深~い溜息をついて、簡潔にお答えしました。
「今ここは、御前試合のトーナメント。そしてその兎は俺の対戦相手。
その兎が俺と闘わせる為に召喚したのが、貴方だ」
「おお、わかりやすいね。でも俺に闘う義理、なくない?
俺が本気出したら大惨事だけどさぁ、あんた挽肉になりたい?」
「大口を叩く…と言いきれないのは、その髪色と瞳の色のせいだろうな。
立場上、今まで多くの、本当に多くの人間を見てきたけれど、その色と同じ髪と目を持つ人間を、俺は一人しか知らない。貴方は、ハテノ村の関係者だろうか?」
「ん? なに、俺の村のこと知ってんだ?」
さらっと。
本当にさらっと「俺の村」発言!
私は隣のまぁちゃんを見上げました。
「まぁちゃーん、あの人知ってる?」
「いや、知らねぇ…けど、さっきの話からして、彼奴は生きてる人間じゃなくて死人…いや、神だろ。俺らが知らねーくらい前の奴なんじゃねーの?」
「………神様?」
「ん? 聞こえなかったか? さっきそう言ってたぞ」
「まぁちゃんの性能の良いお耳と一緒にしないでほしいなー…まぁちゃん、その気になったら五kmくらい離れた山奥の栗鼠の鳴き声とか聞き分けるじゃない」
「それ、滅茶苦茶本気になった時な。普段はそこまで耳澄ましてねーよ」
「いや、それでも十分地獄耳…いや、魔王耳?」
「なんだそりゃ」
呆れたと目に苦笑を浮かべ、それでもニヤリと口元で不敵に笑う。
そんなまぁちゃんがひょいっと肩を竦めて、その視線を再び勇者様と対峙する青年に向けるのですが…
そうですか、死者ですか。
あの気色悪い果物を体の代わりにして、憑依させたんですね。
あのバニーさんの言い分を信じるとしたら、ですけど。
でも、死者だとすると…それもハテノ村関係者だとすると、思いっきり聞き捨てならないことをあの兎は口走ってましたよね?
そう、私の耳がおかしくなったのでなければ、ですけど。
あの兎、青年を「フラン」と呼んでいた気がするのですが…
「――なあ、リアンカ」
「なに、まぁちゃん」
まぁちゃんが視線を遠くに向けたまま、とても空々しい笑みを浮かべています。
うん、まぁちゃん。
私もきっと、同じ気持ち。
「お前ん家でさ、愛称でもフランって名前の奴、先祖にいたか?」
「あはは………一人しかいないよ」
「ん、はは……………だよなー」
「やたら長い家系図があるけど、さ。御先祖への敬意と偉業への恐れ多さ、混同されることへの恐怖ってやつから、絶対に子供に付けたくない名前のランキング堂々一位だよ? うん、代々」
「だよなー…!」
私達は悟りきった笑顔で。
ええ、笑えないけれど笑うしかない、そんな気持ちで。
内心で嘘でしょ嘘でしょと、思いながら。
魔境でもっとも有名な、人間の『偉人』と同名を持つっぽい………多分、私達の先祖に当たるだろう青年に、先程以上に強い視線を注いでいました。
………うん、どっからどう見ても、うちの先祖ですね。その髪の色。
あの人が『彼』だというのなら、『神様』というのも納得です。
だって魔境で…その辺の聖職者が布教に来ても太刀打ちできないくらい、熱い信奉(主に魔族から)を集めてますもん。
勇者様、逃げてー。超逃げてー。
その人多分……………………………うちの村の、創設者、だから。
魔境に異名を刻む、伝説の羊飼いだから…!!
当時の魔王と三日三晩互角に殴り合って、武人とはかくあるべしとか何とか信任を寄せられ、死んだ時には親以上に惜しまれたって伝説残してる人だから…!!!
「そうそ、自己紹介されたってのに俺の名乗りがまだだっけ?」
「嫌な予感が…凄まじく嫌な予感がするから、しなくても構わないんだが…!!」
「そー言うなって。俺はフラン・アルディーク、享年123歳の羊飼い兼元村長さ」
「存外長生きっ!? え、いやまて本当に人間なのか!?」
「凄いだろう、キリ番だぞ?」
「キリ番ってなんだ!?」
勇者様が遣る瀬無さそうに叫んでいますが、それどころではありません。
ええ、本気でそれどころではありません。
「檜武人、確定…!!」
もう、この驚愕はその一言に尽きます。
というか本当に、この胸の荒ぶる感情どうしよう。
わあい伝説の御先祖に会えたー!と喜べばいいのか。
それとも、うわぁ伝説の御先祖が出たー!と恐れればいいのか。
私にとっては直系の御先祖ですが、遥か遠い人過ぎてどう反応したものか…
取り敢えず墓掃除と廟の掃除、一度もサボらないで良かった…!
たたられる要素は、少ないに越したことありませんよね。うん。
もう、もう本当にいきなり御先祖様とご対面とか言われてもね!?
そんな事態にいきなり直面! 私はどうすれば良いって言うんですか…!!
「勇者が知る中で、最強の人間…ね。檜武人、すげー………」
ああ、ほら、まぁちゃんまで遠い目してるよぅ…!?
魔境に育った子供なら、誰もが幼い頃から何度も伝え聞く伝説の人。
お陰で感慨も凄いけど、目をつけられたらどうしようという不安もあります。
子孫だから大丈夫!と断言するには、代を重ねすぎてるんですよ…!
「ご先祖さま~ こーんにーちはーですのー!」
………が、そんな私の不安とは、裏腹に。
凄まじく剛毅なツワモノが、すぐ傍にいました。
「せ、せ、せっちゃーん!?」
「あ、ほらリャン姉様! ご先祖様ですのー。姉様にとってもそっくりですのー」
「あ、うん…ずっと代々赤毛&緑の目だけど、始祖から受け継いでたんだねー………って、そうじゃなくてね!?」
「あ、ご先祖様がこちらを向きましたの! ご先祖さまー」
ど、動じない…。
せっちゃんったら、本当に動じない…!
す、凄く普通の態度で、平然と御先祖様に手を振っています。
手を振るとせっちゃんの長い袖もふりふり。
きっととっても良く見えるね…
「おー…せっちゃんだ。生せっちゃん。
隣はリアンカちゃんにバトちゃんじゃねーか。子孫かわいーなぁ、おい」
!!?
に、認識されている………認識、されている…!
ご先祖様、見守って下さっていたんですね………。
御先祖は御先祖で、平然とこちらに手を振り返してきました。
顔、笑顔ですね。
笑いかけてもらって光栄………なの? かな?
「わあ! ご先祖様が手を振り返して下さいましたの!
ほらほら、あに様も姉様も一緒に手を振りましょう~!」
きゃらきゃらと笑って、純粋に喜ぶせっちゃん。
ぴょんぴょん飛び跳ねて、ぱたぱたと手を振っています。
ほ、本当にすごいね、せっちゃん…。
魔境出身者が揃って盛大に顔を引き攣らせ、反応に困る中。
せっちゃんは弾けんばかりに輝く笑顔。
とってもご機嫌な様子で、御先祖様にぱたぱたと手を振り続けていました。
………っていうか、手振るの長いよ!?
御先祖様も律儀に振り返してますけどね!?
私と同じ、あかいあかい、赤い髪のひと。
その魂に、何やら血と共に連綿と受け継がれてきた…
そう、図太さという資質を垣間見たような気が、しました………。
ちなみにフラン・アルディークにはリアンカちゃんのお父様よりもリアンカちゃんの方がずっとよく似ています。
髪の色、目の色は並べてみると全く同じって勢いで似ています。