134.イロモノ☆うさばにー
さあ、気になる勇者様の対戦相手は…(爆笑)!?
「ここは人類最前線5」脇役ラブコメのキーワードでお察し下さい。
気がついたら姿が見えなくなっていたサルファ。
そしてすっきりしたらしく、爽やかになっちゃったモモさん。
そんな二人の試合が終われば、次は勇者様の出番です。
………が。
「勇者様ってイロモノに好かれるというか…なんか呪いでもかかってない?」
「取り敢えず、相手のイロモノ臭が凄まじいな。今回も」
一回戦で、アドレナリンゴンザレフ。
二回戦で、妬み戦士A
じゃ、三回戦の相手は…?
ウサギでした。
バニーでした。
とはいっても本物の兎でも、バニーガールでもありません。
あ、いや、中身はどういった方か知りませんし、もしも女の子ならバニーガールと言ってもいいのかも知れませんが…
「なんだ、この試合…!」
対戦相手を目にした勇者様が、地面に膝をついて落ち込んでいます。
人は見た目じゃないとは言いますけれど、本人が敢えてどういう格好を選んでいるのかは人間性に大いに関係ありますよね。
勇者様の、新たなる対戦相手。
それは不気味な兎の着ぐるみに身を包んだ何者か、でした。
左右で違う方向にいっちゃっている目が、異様過ぎます。
もふもふふかふかなボディではあります。
…が、いっそ神秘的なまでに気味の悪いデザインです。
大きく垂れた耳。
微妙にリアルな、怪しくデフォルメされた顔。
兎がそのまま直立したような、本物そっくりの巨大な体。
うん、全然可愛くない。
兎の着ぐるみはその上からじゃらりと宝飾品やらベールやらつけているので、中の人はお気に入りなのかもしれませんが…
うん、やっぱり全然可愛くない。
むしろ子供が見たら泣き出しそうな不気味さです。
私は対戦表の、相手の名前に目を向けました。
あの奇怪な兎さんは、一体何というお名前で…?
第三回戦 ライオット・ベルツvsらぶらぶ✿らぶラビット
……………。
………。
…え、マジで?
どうしよう、名前までとんでもない痛さです…。
……私はうさバニーとお呼びすることにしましょうか。
バニーさんの登録名は、ちょっとそのままお呼びしたくない類のお名前でした。
うん、取り敢えずラブリーさは欠片もありません。
「試合前に、本人確認をします。らぶらぶ✿らぶラビット選手は一度頭を取って顔を見せてください」
「あ、あいさー…」
うわ、あの審判…真面目な顔してあのリングネームさらっと呼んじゃうんだ。
審判の言葉に、殊勝な態度で兎の頭に手をかけるバニーさん。
予想外に声が可愛らしくて、ちょっと吃驚しました。
そう、鈴を振るような、愛らしい少女の声…で………
どよ…、と。
頭を取って現れた中の人の顔、に…
会場全体がざわめきました。
本当に、これこそ予想外。
うわあ吃驚した! 吃驚した、吃驚した!!
うさバニーの中の人の、その顔に吃驚しました。
何故ですかって?
そりゃ気味悪い兎から、小動物系の愛らしい美少女が出たら超吃驚ですよ!!
え、何その顔。
何これ、詐欺?
あんな不気味な兎の中から、まさか兎さんみたいな美少女が現れるなんて…!
あの着ぐるみが彼女の趣味なら、残念なことこの上ありませんよ!
垂れ目がちの、くりくり赤いお目々。
さらさらしている、肩に届かないくらいの短さしかない白い髪。
ぽってりした唇さえ、まるで果実のような潤いで。
何故、この女の子があんな着ぐるみ…。
常にこの世は無常。
会場全体の、野郎共の惜しむ嘆きが耳に煩い。
そりゃ中身が極上でも、あんな着ぐるみ口説こうなんて思えませんよね。
残念な美少女って、こういうことを言うんですね…。
「はい、ご本人ですね」
確認していた審判の頷きに合わせて、美少女が再び頭を被ります。
そこに可愛らしい女の子はおらず、いるのは薄気味悪い着ぐるみだけ。
野郎共の惜しむ嘆きは、一層深まります。
ですが審判は、そんな野郎共の嘆きに頓着することもなく。
「それでは、試合開始…!」
そうして、試合は始まったのです。
…ですが。
中身が愛らしい女の子と知った為でしょうか。
勇者様の動きが物凄く鈍いです。むしろぎこちないです。
勇者様、紳士だから…。
普通(?)の女の子は殴れないとか思っていそうですね。
見た目はどう頑張ってみても、普通の女の子じゃありませんが。
そんな戸惑う勇者様を、目の前にして。
バニーは何やら苗を一本、取り出しました。
「ぱぱらぱー♪」
あの苗木が、バニーの武器なのでしょうか。
苗じゃあ、投げつけるくらいしかできませんが…。
「ラヴィラヴィラブラブ~♪ らびゅんらびゅーん♪」
………あれ、呪文…かなあ?
兎は謎の歌を歌いつつ、苗をくるくる回しています。
もしかして、アドレナリンゴンザレフの同類でしょうか…
…と思ったら、違いました。
バニーは勇者様をずびしぃっと指さし、言ったのです。
「今から、アンタさんの知る中で人類最強の戦士を召喚するよ!」
「は?」
謎の発言に、勇者様も怪訝そう。
そんな勇者様を大して気にもせず、兎は懐…懐? うん、懐…から水差しっぽいものを取り出します。
どうも苗木に水をかけようってようですが…
「うっふふん♪ ちょこーっと遊びすぎて、上司に罰ゲーム喰らってね~。
今、召喚…っていうか、憑依させるからちょっと待ってて♪」
「…待て、召喚するのは最近の流行りなのか? それと憑依って何だ!」
「恋愛風味の伴わない人間の流行なんてしっらな~い♪ ただ吾は上司にアンタさんと戦って実力測って来いって言われただけだも~ん!」
「色々、色々と言いたいことはある…が、上司って誰だ!?」
「アンタさんの預かり知らない、雲の上の御方ってやつー」
「くそ、なんだか物凄く背筋に寒気がする…!」
そう言いつつも、律儀に待つのが勇者様。
本当に義理固い方ですねー。
私だったら、とうに罠の一つや二つ…
私が呑気に見ていられたのは、そこまででした。
バニーさんが苗木に謎の呪文を唱えながら水をかけます。
すると植木鉢の苗木…よく見ると、全く知らない植物です…が異常な速さでにょっきにょっきと育ち始めて…
「なんだその植物!! 魔境植物か!?」
勇者様、貴方は魔境の植物を誤解している…
いや、探せばあんな異常な育ち方する植物もあるけどね?
でも問題は、あの植物が私にとって…魔境中で植物採取をしまくったハテノ村薬師の当代たる、私も知らない未知の植物ということで。
何が育つのかと、ちょっとわくわく。
やがて大きな、見上げる程に大きな樹木がのそっと生えました。
その大木には、みるみる間におかしな果実が実ります。
………なんか、人の形に見える気持ち悪い果実が。
「おかしい! おかしいだろ気味が悪い!!」
勇者様が喚きます。
うん、その感想同感です。
「まぁちゃん、まぁちゃん! 何あれ気持ち悪い!」
「うわー………ぐろいな。なんか生皮はがれて肉色を曝した人間、って感じ?」
「リアル過ぎて怖いよ、その表現!」
魔王様も認める気持ちの悪さ。
その果実を、兎は鼻歌交じりにぶちぃっと収穫しちゃいます。
………あの兎、何なんだろ。本当に何なんだろ。
良く見ると会場中、ドン引きです。
勇者様も顔を引き攣らせてドン引きです。
「今からアンタさんの知る中で、一番強い人間の戦士をコレに憑依させるよー」
「だから憑依って何だ!?」
「んー…生きてたら、生霊。死んでたら、死霊?」
「お前、リーヴィル殿の同類か…!!」
勇者様…りっちゃんの術はあそこまで気持ち悪いの?
私も疑問たっぷりに、まぁちゃんの袖を引きます。
話題にされた某死霊術師さんの術って、あんな?
「リーヴィルはあんなきもい植物使わねぇからな? 一緒にしてやんな。泣くぞ」
「りっちゃんが泣くところ…ちょっと想像つかないね?
……そういえばりっちゃんって、ここ十年くらい泣いてないよね?」
「あー………昔は結構よく泣いてたな、そういや」
「うんうん、泣きつかれてたよね、まぁちゃんが。サボるのは止めて下さいって」
「最近は泣く前に怒るからなー…
この前も、ヨシュアンの野郎を釘だらけの角材手に追い回してたしな」
「ヨシュアンさん、何したの…?」
あの日の素朴なりっちゃんは、もういない…。
最近はまぁちゃんが逃亡すると、般若みたいだもんね。
あとヨシュアンさんに接する時も、この頃は微妙に般若になってるよねー…。
何をやったの、ヨシュアンさん。
直視したくない、真っ赤な肉色果実。
なまじ人の形をしているだけに、本気で気持ち悪い…。
熟れ過ぎて皮が裂けてるところとか、本当に気持ち悪い。
でもあのバニーさんは、あの果実で何をしようって言うんでしょう?
それがどうしようもなく気になって、私は恐る恐ると視線を試合場に戻し…
本日何度目か分かりませんが、吃驚しました。
うさバニーさんが、あの果物に水差しから謎の液体を注いでいます。
その液体の量は、ゆうに水差しの容量を超える水量で。
「なんだその水差し! おかしいだろう!?」
試合場に膝をついた勇者様が、我慢できずにバンバンと床を叩いています。
うん、おかしい。
でももっとおかしいのは…
………あの果実が、どんどん姿を変えているように見えるのですが。
勇者様は、まだ気づいていません。
遠くから俯瞰している、私達観客だからこそ気付ける変化。
どんどん、どんどん形が変容しているような…
人間でいえば頭部に当たる部分が、赤く。
手足は肌色に染まり、ぶよぶよしていた柔らかさがしっかりと引き締まった…本物さながらの、手足のように。
注がれる液体は色を変え、流れを変えて、果実を更に変容させます。
何か衣服っぽいモノまで形成されてきましたよ。
そのことに、勇者様もとうとう気付いたようです。
「なんだ!? 魔法か…???」
非現実過ぎる光景に、頭が混乱しているようですね。
やがて最後の一滴まで謎の液体が注がれ終えた、後。
そこにいたのは………
「ま、まさか貴方ですか…!? え、なんで!?」
何故かうさバニーさんの、戦慄の混じった声。
己の作りだした結果に、本気で慄く…声。
うん、なんでやった本人が驚いているのか、わかりませんが。
そこにあったのは、果実ではなく。
そこにいたのは、人間。
多分恐らく、人間。
人間にしか見えないのに、なんだか言い知れぬオーラのある人…でした。
でも何だか、どこかで見たような?
うぅん……………あの面影、どこかで見たような…
私の周囲では試合場を見た後、何故か皆が私に視線を注ぎます。
まぁちゃん、ロロイ、せっちゃんまで。
その視線、何か痛いよ。
首を傾げる私は…しばらく見た後。
唐突に、本当に唐突に、その人の配色に見覚えがあることに気付きました。
そう、それは、鏡で。
もしくは家の中、父さんの姿に。
家に飾られた、何人かの御先祖様の、絵姿に。
あの色を、見たような気がします。
果実が変容を果たし、現れた人。
その人の髪は、真紅の、深紅の、あかい色。
二つの瞳は、濃い、濃い緑。
アルディーク家の代々の直系が、御先祖様から引き継いだ色。
その中でも特に濃く、鮮やかな。
一族の中でも数代に一人しか生まれない、特に強い色。
その色を、姿を見ただけで。
魔境の者はこう判断するでしょう。
ああ、ハテノ村の村長さんとこの者か…と。
世界は、広い。
広い広い世界に、同じような色を両方併せ持つ人も他にいるでしょう。
でもでも、だけど。
なんで今ここで、こうして見ているのか。
私はより強い非現実的な気持ちで、ぼうっと視線を引き寄せられていました。
あの人が、何故だか凄く、私の視線を引き寄せるから。
まぁちゃんも、せっちゃんも。
いつしか食い入るように、あの人を見つめていました。
そして勇者様の顔は、盛大に引き攣っていました。
愛の神
「ラブコメの神、最近他の業務サボり過ぎ。神なのにさぁ、特定の人間を加護もないのに構い過ぎ。特別なしるしのない人間を贔屓しないでよ。上司のこっちが抗議されるんだから」
ラブコメの神
「え、ええーっ!? 愛神様だって贔屓してるじゃないですか」
「あれはいいの! ちゃんとしるし付いてるでしょ。加護を持つ人間には干渉OK! 問題なのは、特別何てしるしもない人間に構い過ぎることだよ。お前、遊び過ぎ」
「えぇー…最近面白くなってきたのに。だってあの人間、どんどん墓穴掘るから…!」
「あれは確かに見てて面白い。だけどさぁ、君とラッキースケベの神と、二柱がかりで構い倒し過ぎるよ。だからペナルティね」
「何で吾だけですか! ラッキーちゃんも! ラッキーちゃんも!」
「あの神は愛の管轄外! 欲望の神んとこの下級神だし」
「それじゃ本気で吾だけですか…!」
「そ。丁度人間時間の来年、母様が目をつけた人間を摘み取ろうとしてるみたいだからね。どれだけ抵抗力つけてるか分かんないし、ちょっと偵察がてら力量測りに行ってよ」
「うわぁ、それ下界に行けってことですよね…ラッキーちゃんに録画頼んでおかなきゃ」
「あ、言っておくけど神としての力の諸々は封じるから。気配も何もかも封じるし、基礎能力人間並みに落すからね?」
「なんですと…!? それじゃあ、吾は普通の人間以下の非力な小娘と変わりませんよ! そんな状態で、どうやって大の男と戦って来いっていうんですか…」
「そこは工夫次第じゃない? 神器の一つ二つは貸してあげてもいいけど?」
「……………それじゃ、招魂の樹と水差しのセット貸して下さい」
「じゃあ、それで。丁度、下界じゃ武術大会開くみたいだし、それに合わせれば都合よく戦えるんじゃない? あまり荒らしたら、選定の女神に抗議されそうだけど」
「じゃあちょっと頑張ってきます…」
「………その着ぐるみで行くの?」
「これは吾のトレードマーク! なんです!!」
「はぁ……折角中身、可愛く作ってあげたのにな。この機会によさげな人間でも籠絡して狩ってくればいいのに。愛の管轄に属する神の癖に、君、恋愛面充実してないし。恋人の一人もいないじゃない」
「吾は見てくれに寄ってくる男に辟易するより、他人の恋愛に首突っ込んでしっちゃかめっちゃかに掻き回して、右往左往する人間に腹抱えて笑ってる方がよっぽど充実します。この生き様、誰が否定しても貫く覚悟ですよ!」
「………うん。そういうとこ、僕の作った神だよね」
以上、ラブコメの神が下界に下りた経緯。