ネット上にはなぜ「毒」が蔓延するのか:背景に潜む「マノスフィア」と「インセル」を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真:イメージマート

 ネット上からリアル世界へ波及する誹謗中傷が、大きな社会問題になっている。最近の研究から、こうした言動の背後にあるネット利用者の心理を考える。

マノスフィアとインセル

 英国の少年が犯罪を犯してしまい、その動機にSNSでのコミュニケーションやイジメがあっという動画配信サイトの作品『アドレセンス』(Netflix)が話題だ。全シーンがワンカットで撮影され、その手法にも驚かされるが、若い世代に広がるネットやSNSの影響はすでに看過できないほど深刻なことを思い知らされる。

 もちろん中にはスポーツや勉強に集中する人もいるだろうが、古今東西、思春期の男性の頭の中は、異性やセックスのことでいっぱいだ。彼らは自らの外見にこだわり、相手に好かれようとし、コミュニケーションに挑んで特に失敗する。

 こうした思春期男性の言動も古来から変わらないが、強い影響をおよぼしているのがネットやSNSでの言動だ。特にジェンダー平等が進む英語圏では、男性の権利復権の動きであるマノスフィア(Manosphere)の考え方がネット上で反響しつつ、反動的により過激な主張になり、いわゆるトキシック・マスキュリニティ(Toxic Masculinty、有害な男性性)として無視できない社会的病理にもなっている(※1)。

 また、冒頭で紹介した動画には少年に投げかけられるスティグマ的な言葉として「インセル(Incel、Involuntary Celibateの略)」が出てくるが、これはネット上で性的なアイデンティティをこじらせた「非自発的独身者(不本意にパートナーを望めないと思い込んでいる人)」集団を指す。そして、マノスフィアはインセルを多く含み、異性へ憎悪をつおらせた挙げ句、しばしば事件性のある過激な行動を起こしかねない存在とされている(※2)。

 こうしたネットやSNSでのマノスフィアの考え方は、政治の世界でも影響力を増し、2024年の米抗大統領選挙でのトランプ再選を実現させた原動力の一つとされている。そして、こうした動きは、男性の権利復権や反フェミニズム、反LGBTQから範囲を広げ、ミソジニー(女性蔑視)なインセルを包含しつつ、ヘイトクライムなどの差別意識、極右イデオロギー、エセ科学、陰謀論、フェイク・ニュースなどと結びつき、社会的弱者への攻撃やポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)に対する過度な反応などへ波及していく(※3)。

政治や社会へ大きな影響が

 ネット上の情報に強く影響を受けるのは、思春期や英語圏の男性だけではない。日本でもSNSなどでいわゆる「犬笛」(暗喩や暗示、示唆や教唆)で呼びかけられたユーザー(老若男女を問わず)が攻撃対象である個人へ誹謗中傷を繰り返し、リアル世界でも非通知の迷惑電話や相手宅周辺の徘徊などにおよぶような違法行為が国会でも問題視されるようになっている。

 ネットやSNSなどでこうした「毒」を含んだ言動が拡散する背景には、知名度や影響力のある発信者への信奉と狂信、ミソジニー(女性蔑視)やヘイトクライムなどの差別意識がある(※4)。発信者の情報に正当性があると信じ込み、時として社会的な弱者叩きやポリティカル・コレクトネスへの反感がない交ぜとなってプラットフォーム上で共振し、拡散し、中には暴力的言動を実行してしまうユーザーが出てくる。

 そして最後に忘れてはならないのが、こうしたプラットフォームを駆動するスポンサー企業の存在だ。ネット上の情報の多くはアフィリエイトのような広告収入を得ることを目的にし、例えばYouTubeで視聴回数を稼いで収益化させることがフェイク・ニュースや「毒」を含んだ情報を拡散するための一種の動機になっている(※5)。

 以上をまとめると、ネット上に「毒」を含んだ情報が拡散し、リアル世界へ暴力的な言動が波及する背景には、ジェンダー平等の流れによる男性の疎外感情があり、政治や社会へ大きな影響をおよぼし始めている。特に、思春期世代への影響は無視できないものとなっていて、スポンサー企業への規制、ネットやSNSなどの年齢制限を含む対策の議論が必要だろう。

※1-1:Mike C. Parent, et al., "Social Media Behavior, Toxic Masculinity, and Depression" Psychology of Men & Masculinities, Vol.20(3), 277-287, April, 2018

※1-2:Carol Harrington, et al., "What is "Toxic Masculinity" and Why Does it Matter?" Men and Masculinity, Vol.24, Issue2, 17, July, 2020

※1-3:Simon Copland, "Weak Men and the Feminisation of Society: Locating the Ideological Glue between the Manosphere and the Far-Right" Global Perspectives on Anti-Feminism, Edinburgh University Press, 2023

※1-4:Phillip L. Hammack, Adiana M. Manago, "The Psychology of Sexual and Gender Diversity in the 21st Century: Social Technologies and Stories of Authenticity" American Psychologist, Vol.80(3), 375-388, April, 2025

※2-1:Roberta Liggett O'Mallery, et al., "An Exploration of the Involuntary Celibate (Incel) Subculture Online" Jounral of Interpersonal Violence, Vol.37, Issue7-8, 24, September, 2020

※2-2:Matteo Botto, Lucas Gottzen, "Swallowing and spitting out the red pill: young men, vulnerability, and radicalization pathways in the manosphere" Journal of Gender Studies, Vol.33, Issue5, 23, September, 2023

※2-3:David S. Smith, et al., "“Even though I’m not an incel, I’m still an involuntary celibate”: A journey in and out of inceldom" The Communication Review, Vol.28, Issue1, 24 July, 2024

※3:Mariel J. Barnes, Sabrina M. Karim, "The Manosphere and Politics" Comparative Political Studies, doi.org/10.1177/00104140241312095, 17, January, 2025

※4:Raquel Recuero, "The Platformization of Violence: Toward a Concept of Discursive Toxicity on Social Media" Social Media + Society, doi.org/10.1177/20563051231224264, 20 January, 2024

※5:Wajeeh Ahmad, et al., "The Role of Advertisers and Platforms in Monetizing Misinformation: Descriptive and Experimental Evidence" National Bureau of Economic Research, Working Paper 32187, March, 2024

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科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。東京都医師会タバコ対策委員会委員。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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