(ある1滴が:3)共生への不安、時に刃に 条例反対「日本らしさ揺るがす」

 ■「みる・きく・はなす」はいま

 札幌市議会で3月末、違いを尊重し、多様性と包摂性のあるまちづくりを目指す「共生条例」が可決された。外国人市民が10年間で1・6倍に増えたことや、男女の地位が平等と感じる市民が約10%と低迷したことなどを背景に市が提案していた。

 自民党の一部議員らのほか、100件以上の陳情が寄せられるなど、反対の動きがあった。

 市内の語学講師の女性(56)は、外国人住民の増加が「『日本らしさ』を揺るがす」などの考えから、市の共生条例に反対した。女性にとっての「日本らしさ」とは、ルールを守り、調和を重んじることだという。

 ネットで、日本の慣習を尊重しない「外国人」の話や、「移民を受け入れると犯罪率が上がる」という話を読んだ。この冬も、雪まつり会場でスタッフに突然、雪を投げつける外国人の配信動画が拡散し、女性は「やっぱり」と意を強くした、と主張する。

 女性は「#DEI条例をつくるな」とフェイスブックに書き込み、4千人超のフォロワーに拡散を呼びかけた。DEIとは、多様性・公平性・包摂性の英語の頭文字。米国ではDEIの推進に反対するトランプ政権が「反DEI」を掲げていて女性は評価している。

 普段は数十件ほどのパブリックコメントは市内外から2千件以上。「障害者への差別はない」「性的マイノリティーとの共生に懸念がある」など反対が目立った。

 条例には、他者への直接的な中傷を防ぐ狙いもある。女性は「外国人や性的少数者に攻撃的なことはしない」という。

 男女共同参画社会基本法(1999年)や障害者差別解消法(2016年)、LGBT理解増進法(23年)など、多様性や公平性、包摂性を推進する法律は日本でも施行されてきた。選択的夫婦別姓の議論も盛んだ。ただ、こうした法律や理念への反発が、先鋭化し、他者への攻撃につながっていく場合もある。なぜなのか。

 差別や偏見の心理を研究する清泉大の北村英哉教授(社会心理学)は「異なる価値観の流入が、自分たちの生活に影響を与えるかもしれないという不安。コミュニティーの同質性を揺るがすという、脅威に対する防衛反応だ」と説明する。価値観の合う仲間からの共感を得たい。人を非難することで、相対的な自分の価値を上げたい――。そんな心理が原動力になるという。ただ、「実際に他人を攻撃する人はごく少数だ」。

 ■ネットで名指し「出ていけ!」

 多様性の推進で先行するのが川崎市だ。外国人住民は、人口の約3%にあたる約5万人。市は05年、多文化共生社会推進指針を定めた。その趣旨で「地域社会が豊かになる一方、文化の違いから摩擦が生じる場合もある」と説明した。同市では80年代、市内居住の外国人の大半が韓国・朝鮮籍だったが、グローバル化が進む中、05年までの約20年間で外国人の数は約2・5倍に増え、国籍も多様化した。

 さらに、13年から在日コリアンが多く住む地区などでのヘイトスピーチが相次いだことを受け、市は19年、条例を制定。外国にルーツを持つことを理由とした、公共の場での差別的な言動に刑事罰を科せる全国初の条例だ。市はこれまでに、ヘイトがなされていないか、街宣活動など48件の状況を確認してきた。

 それでも日常生活に制約を受ける人がいる。

 住民と在日外国人が交流する施設の館長を務める、在日コリアン3世の崔江以子(チェカンイヂャ)さん(51)はヘイトが始まった当初から実名で抗議してきた。

 結果、攻撃の的にされた。ネットでは名指しの掲示板がつくられ、「死ね」「日本から出ていけ!」といった攻撃を受ける。鉈(なた)を購入したという書き込みもあった。

 条例制定後、リアルな中傷や脅迫は減ったが、ネットでのバッシングが活発になった。開示請求で書き込み主を特定すると、川崎市から遠く離れた、顔も名前も知らない人からのものばかりだったという。「匿名で、スマホをいじって書き込むという行為が及ぼす影響の大きさを自覚していないのだろう」と思う。

 投稿主は忘れたとしても、新たに見た人が感化されるかもしれない。言葉の刃(やいば)が、いつか本当の刃として自分に襲いかかるかもしれない。外出時は防刃用のベストとアームカバーを身につける。

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