“カープ女子”は知らない「昭和の広島ファン」が起こした“暴動事件” 巨人ナインを襲撃した1976年の「酷すぎる仕打ち」を振り返る

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「張本がバットで殴った」と大騒ぎに

 試合終了後、球場前に停めてあった巨人のバスに約500人が押し寄せ、ステップに足をかけていた張本に襲いかかる。張本は「やめろ!」と手にしていたバットを向けたが、それでもファンは殴りかかってきた。バスの中から長嶋監督が「構うな。バットを振ってはいかん」と大声で制止する。バスにも瓶や小石が投げつけられ、窓ガラスが割れた。

 そんな混乱状態の中で、張本に「謝れ!」と突っかかったAさんが頭などに負傷して病院に搬送された。群衆に押し出される形でバスの前にいたBさんも、窓から突き出された2、3本のバットが当たり、左目の下を4針縫うケガを負った。激高したファンたちは「張本がバットで殴った」と騒ぎ立て、約1時間にわたってバスを取り囲んだ。

 また、バスに乗り遅れた王貞治、土井、山本、国松彰コーチの4人は、三塁側シャワー室に避難して、騒ぎをやり過ごした。

 広島市民球場では、前年9月10日の中日戦でも両軍ナインの乱闘がきっかけで2000人のファンが暴徒化し、谷沢健一、星野仙一ら中日の選手・コーチ9人が負傷する事件があったばかり。同球場では「警備に自信がない」という理由から、翌日の同一カードを中止にした。群集心理の恐ろしさだが、前年の教訓はまったく生かされなかった。

 翌日の地元紙は「張本、ファンに暴行」と報じ、全国紙も「巨人軍選手が殴る ファンをバットで」(朝日新聞)の見出しで報じるなど、事件の波紋は広がる一方だった。

選手が傷害容疑で取り調べを受ける事態に

 ファンから訴えを受けた広島西署は4月19日、張本を傷害容疑で取り調べた。「(バットで)殴ったなんて、とんでもない。急にファンに取り囲まれ、殴られたり、突かれたりした。やられたのは僕のほうだ」と張本は暴行を否定したが、広島県警は目撃者の供述をもとに5月18日、傷害容疑で広島地検に送検した。

 だが、その後、張本が襲ってきたファンを手で払いのけた際に別の選手がバットで頭を叩いたことも判明し、8月23日、「夜間の異常に混乱した中で瞬間的に発生した事件であるため、目撃者の証言が細部で矛盾したり、途中で変わったりした」などの理由から証拠不十分で不起訴になった。

 かつての暴れん坊も「(6月の)公判のとき、検事さんが『真実はひとつしかない』と言ってくれた。その言葉を信じてきた」と神妙そのものだった。

 本拠地がマツダスタジアムに変わり、“カープ女子”の出現以降、昭和期の“気の荒いカープファン”のイメージも、すっかり過去のものになった感がある。

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 第3回記事、〈昭和の阪神ファンは怖すぎた…巨人との優勝決定戦に敗れ3000人が甲子園に乱入! 逃げ遅れた王選手は殴り倒され、球場周辺は“無法地帯”に〉は5月5日(月)に配信します。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘!激突!東都大学野球』(ビジネス社)。

デイリー新潮編集部

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