東京の西の郊外のあきる野市には茅葺の屋根の広徳寺があります。臨済宗建長寺派のお寺で室町時代の応安六年(1373年)に鎌倉建長寺の心源希徹禅師に請うて創建された古刹です。境内が1万2千坪もあり大木に囲まれた静かな別世界です。
このお寺は「写真で見る奇蹟のように残った茅葺屋根の古刹」という題で2019年10月28日にご紹介しまさいた。
ところがこのあきる野市には平安時代の末期に計画され1191年に創建された真言宗豊山派の大悲願寺があるのです。
昨日の午後に車を駆って写真を撮って来ました。その写真をお送り致します。

1番目の写真は大悲願寺の楼門です。1613年慶長18年に建てられた後、1669年寛文9年に再建されました。
現在の建物は1859年安政6年に再々建されたものです。
両脇に仁王像が安置され幕末期の絵師藤原善信、森田五水により、見事な天井絵が描かれています。東京都指定文化財です。

2番目の写真は1794年寛政6年建立の観音堂です。阿弥陀如来三尊像が安置されています。国指定重要文化財です。
三尊像はいずれも木彫寄木造漆塗、平安末期の特徴をしめしています。

3番目の写真は観音堂の拡大写真です。華麗な作りになっています。観音堂軒下の見事な彫刻は、https://4travel.jp/travelogue/10535290 をご覧下さい。

4番目の写真は本堂です。本堂には木彫り座像の大日如来を祀っています。
建築年は1695年元禄8年8月です。
木造伝阿弥陀如来及び脇侍(千手観世音菩薩・勢至菩薩)座像は平安末期作で、国指定の重要文化財です。

5番目の写真は庫裏の前の紅葉です。
兎に角いろいろな歴史のあるお寺です。
例えば1623年元和9年には仙台藩主伊達正宗が秋川の鮎魚に来た時大悲願寺に立ち寄り、この時庭に咲き乱れていた白萩を譲ってほしいと後に書簡を送ってきました。これが芝居で有名な「千代萩」の元祖との言われています。この手紙は白萩文書といわれ現在お寺に保管されています。
故事来歴の話が多い寺ですので一度是非訪問することをお薦め致します。
このお寺は「写真で見る奇蹟のように残った茅葺屋根の古刹」という題で2019年10月28日にご紹介しまさいた。
ところがこのあきる野市には平安時代の末期に計画され1191年に創建された真言宗豊山派の大悲願寺があるのです。
昨日の午後に車を駆って写真を撮って来ました。その写真をお送り致します。
1番目の写真は大悲願寺の楼門です。1613年慶長18年に建てられた後、1669年寛文9年に再建されました。
現在の建物は1859年安政6年に再々建されたものです。
両脇に仁王像が安置され幕末期の絵師藤原善信、森田五水により、見事な天井絵が描かれています。東京都指定文化財です。
2番目の写真は1794年寛政6年建立の観音堂です。阿弥陀如来三尊像が安置されています。国指定重要文化財です。
三尊像はいずれも木彫寄木造漆塗、平安末期の特徴をしめしています。
3番目の写真は観音堂の拡大写真です。華麗な作りになっています。観音堂軒下の見事な彫刻は、https://4travel.jp/travelogue/10535290 をご覧下さい。
4番目の写真は本堂です。本堂には木彫り座像の大日如来を祀っています。
建築年は1695年元禄8年8月です。
木造伝阿弥陀如来及び脇侍(千手観世音菩薩・勢至菩薩)座像は平安末期作で、国指定の重要文化財です。
5番目の写真は庫裏の前の紅葉です。
兎に角いろいろな歴史のあるお寺です。
例えば1623年元和9年には仙台藩主伊達正宗が秋川の鮎魚に来た時大悲願寺に立ち寄り、この時庭に咲き乱れていた白萩を譲ってほしいと後に書簡を送ってきました。これが芝居で有名な「千代萩」の元祖との言われています。この手紙は白萩文書といわれ現在お寺に保管されています。
故事来歴の話が多い寺ですので一度是非訪問することをお薦め致します。