彼が1702年に残した文章には、ある生き物の精密なスケッチが添えられている。細長い胴体に、触手をもつシンプルな体のつくり。触手には、刺胞が備わっている。そう、それこそが、ヒドラである。
レーウェンフックは水辺でヒドラを見つけ、つぶさに観察した。胴体を伸び縮みさせ、ときに触手を動かすヒドラの様子が記されている。それだけではない。彼の観察眼は、科学者さながらだった。
ヒドラが、どのようにして殖えるのか──。オスのヒドラとメスのヒドラがいるわけではなく、一匹の親ヒドラの胴体から、子のヒドラが新枝のように出てきて成長し、分離していく。彼は、そんな記録を残した。ヒドラという生き物は、“微生物学の父”によって見出されたのだ。
ヒドラには、もう一人の“父”がいる。レーウェンフックと同じオランダで家庭教師をしていたアブラハム・トランブレーだ。レーウェンフックがヒドラの記録を残した後、トランブレーも、水路の水草に付着しているヒドラを発見する。彼もまた、ヒドラを採集し、どんな行動をするかを観察した。
彼は、ヒドラが光の強い場所を好み、明るい場所へ向かって移動していくことを発見した。ヒドラは胴体の足にあたる部分から粘液を出し、普段は何かに付着して生活しているが、ときに足を剥がし、触手を巧みに使って、まるでしゃくとり虫のように歩いて移動することがある。
さらにトランブレーは、ヒドラがもつ“特殊能力”を見出した。彼はあるとき、ヒドラの体を切り刻んで、バラバラにしてみたのである。普通の生き物は死んでしまうだろう。しかし驚くべきことにヒドラは、切り刻まれた小さな断片からでも、体全体を再生させたのだ。
私が高校生のときに研究していたプラナリアのように、ヒドラはとても強い再生能力をもっている。ヒドラは2つに切断すれば、2つの個体になるし、4つに切断すれば4つの個体になる。切断した断片のそれぞれが、数日の間に完全体に再生するのだ。
さらに体を擦りつぶして細胞同士をバラバラにしたとしても、それを一箇所に固めて置いておくと、新たな個体が形成される。その旺盛な再生能力を利用して、トランブレーはヒドラの体を切断し、異なるヒドラから得られた断片を器用につなぎ合わせ、まるで接ぎ木のようにして、新しい個体をつくることにも成功した。
彼は“実験生物学の父”と呼ばれている。生物の体に細工をほどこして実験をするという生物学の方法論は、ヒドラから生まれたといっても過言ではない。