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Life|義を捨て、本質に辿りつくことができるか

ドラマ「JIN −仁−」が3週間続けて土日に再放送されていた。現代から幕末の江戸にタイムスリップした脳外科医の南方仁が、幕末の志士たちよ交流をしながら、医療を通じて明治維新に影響を与えていくストーリー。

初回から江戸の市中にコレラが蔓延するという、現代のコロナ禍に重なることもあり、ついつい観続けてしまった。

昨日5/3で最終回を迎えた中で、徳川に恩義に酬いるべく薩長を中心にした官軍(新政府軍)との戦いに命を差し出す武士の姿が印象に残った。

武士の世を終えられず死を選んだ男たち

とくに印象に残ったのは、仁先生が江戸に来た時から家族ぐるみで付き合いのある橘家の当主の恭太郎が、江戸城下の徳川配下の彰義隊に参加する場面だった。

大政奉還が成り、徳川家が一大名になり、朝廷が中心になった新政府が誕生したことで、江戸にいた徳川家の家臣たちが挙兵するということは、反乱を意味していた。新政府軍は、最新の銃や大砲をもって進軍するなか、彰義隊は己の身のみで戦うほかなかった。

恭太郎は、直属の役人で坂本龍馬を狙う者たちに、家族を人質にとられ、恩人の龍馬暗殺を命じられるも、仁先生や恭太郎の妹・咲(仁先生と両想い)にその策略を見つかり、龍馬を追い詰めるも、けっきょく暗殺を遂げることはできなかった(物語のなかで龍馬は、別の理由で殺害される)。

自らが犯した罪を償う方法を考えていた恭太郎は、これまで徳川家に仕えてきた恩義を晴らす彰義隊に参加することで、大義と己の罪を混合させて命を散らそうと上野に向かった。

しかし、恭太郎を連れ戻そうと、上野の山に駆け付けた咲が流れ弾に撃たれてしまう。その咲を恭太郎が、近くの堂宇で野戦病院を開いていた仁先生のもとに連れ込んだときに、蘭方医師、東洋医師が協力して幕府軍や旧幕府軍という属性に関係なく、目の前の負傷者を助けようとする姿に感銘を受けて、戦いに戻らず堂宇に留まることを決意する。

そんな恭太郎に、同じ旧幕府軍の武士が「腰抜け」と罵倒して戦場に戻っていく(つまり、覚悟をもって命を落としにいく)。

自分の判断が正しかったのか、疑問がよぎる恭太郎に、仁先生は、恭太郎さんは、徳川幕府のために命を懸けているのではなくて、いつだって橘家のために命を懸けているのだから、死んではいけないといいます。

この上野戦争は、僕たちが知る歴史と同じく、わずか1日で新政府軍の勝利に終わり、恭太郎は生き残った。

仁先生が、現代に戻ったあと、橘家は明治維新後に開業し、橘醫院を開くのだが、2010年に戻った仁先生がそこを訪ねたときに、恭太郎が上野戦争の野戦病院で見た、イデオロギーを超えた医師の哲学に感銘を受けて、世界的にも最先端な医療保険システムの策定の礎を築いていたことを知る。

恭太郎は、武士という職業を明治維新を機に捨て、新時代にあったシステムを作り、世に残る仕事を成し遂げたのだ。

ちなみに、上野戦争のあとの世界は物語で描かれていないが、僕たちが知る日本史にほぼ沿うとすれば、近代国家に急速に変容していく日本になかなかフィットすることができなかった武士という職業の人間たちは、西郷隆盛を神輿に担ぎ、武士として死ぬことを本懐として、西南戦争で散った。

武士が絶滅した瞬間だった。

100年後の人たちから、現在はどう見えるのだろうか

幕末の武士たちのように、大きな歴史の転換のなかで、社会のシステムが変わったときに、いままで支えてきてくれたものに恩義や仁義を感じて変化を受け入れて対応できずに、社会からふるい落とされてしまうことがある。

しかし一方で、「JIN −仁−」の恭太郎のように、武士という道をドロップアウトできる人もいる。物語では、「徳川に尽くすのではなく、橘家に尽くしてきた」という言葉によって、それを成し遂げた。

ここにどんな差があるのだろうか。

そこを解くには、社会が作った道徳、つまり「」を一つひとつ解いて、「本質」に迫る必要がある。

橘家は、なぜ徳川家に忠誠を誓っていたのだろうか。

強烈な封建社会のなかで己の家を子孫永年にまで残すために、君主に忠誠を誓っていたからではないか。家や家族というシステムは、子孫を残すために作られたものだとすれば、非常に効率的なシステムであっただろうし、そこに疑問をもつことはなかっただろう。

そこに、社会は個人の集合体であるという未来の価値観をもった仁先生がきたことで、思想が急進的になり、医療保健システムという仁先生から聞いたことを頼りに、私たちが知る歴史よりも早く実現させた。

もちろん物語はフィクションなので、実際にこんな風に武士が医療保険システムを作ったという事実はない。なので、武士を捨てた方が良かったということを単純に論じることはできないのはわかっている。しかし、それでも、やはり未来的な価値に気づくことができれば、旧来のシステムに対して殉教するようなことは、もったいない、本質的ではないと感じるのではないだろうか。

新型コロナウィルスとの戦いは「戦争」と表現している国もある。

僕たちも、もうコロナ以前の世界には戻れないことに薄々気づいている。今まで当たり前に自分たちの中にインストールされている価値観を見直し、本質にたどり着いて、OSそのものの入れ替えが必要になってきている。

編集者としての僕は今、100年後の未来から見たら、どんな風に見えるのだろうか。

コロナ禍のなかにあって、どれだけこれまで積み上げてきたものを崩して、本質にたどり着くことができるかどうかが、大事になってきているような気がする。その本質を見つめ直して、もう一度積み上げていくような行為をこれからしていかなければいけない。

JIN −仁−」のなかで、野戦病院の堂宇に残った恭太郎になるのか、医療によって救われた命を再び戦のなかに戻り、無駄に命を捨てた武士のようになるのか。

社会によってつくられた「」ではなく、己の中にある「本質」のために、命を燃焼させたいと、今、強く思っている。

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江六前一郎|Ichiro Erokumae|Food HEROes代表
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コメント

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わかります。わかります。

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