※本稿は、島田裕巳『日本人にとって皇室とは何か』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■近未来小説「AAゴールデンエイジ」のリアルさ
今から6年ほど前のことになるが、2019年に、愛子内親王が天皇に即位したときのことを描いた近未来小説が話題になったことがあった。
それは、「AAゴールデンエイジ」というタイトルの小説で、ネット上に公開された。
作者は、「オジョンボンX(OjohmbonX)」という1985(昭和60)年生まれの人物だが、八潮久道(やしおひさみち)という名前で、2024年4月には『生命活動として極めて正常』(KADOKAWA)というSF短編集を刊行している。「AAゴールデンエイジ」は、投稿サイトである「カクヨム」で現在でも読むことができる。
タイトルからはまったく想像できないが、これは愛子内親王が天皇に即位してからの物語になっていて、舞台は2050年と設定されている。
この時代、日本ではじめて女性の首相が誕生する。それが、子役として名をはせ、現在では女優、タレントとして大活躍している芦田愛菜だというのだ。
タイトルに使われているAAというイニシャルは、愛子内親王のAと、芦田愛菜氏のAである。小説のなかで、2人はスーパーレディーに設定されているが、なぜか次のように、友だち以上に親しい関係を結んでいることになっている。
もちろん、この小説は徹頭徹尾フィクションである。ただ、ひどくリアルなところもある。
■小説で描かれる悠仁親王の「皇籍離脱」
それは、愛子天皇が誕生する経緯である。愛子内親王が天皇に即位するのは、現在のところ皇位継承資格者の第二位にある悠仁親王が、天皇に“即位したくない”という理由で失踪してしまったからなのだ。
そのことについて小説では、「しばらくして大学生になった悠仁親王が行方不明になるという事件が起こった。宮内庁はその事実をひた隠しに隠したが5日後に情報がリークされると連日連夜メディアはその話題一色になった。誘拐、失踪、殺害、あらゆる憶測が取りざたされたが、7日目になって本人の映像がYouTubeに公開された。皇族を離脱したいという意思が語られた18分間の映像だった」と述べられている。
その映像のなかで悠仁親王は、自分には「国民の一人となって働き、誰かを支えていきたいという思いがずっと強くあった」とし、それとともに「国民統合の象徴としての責務を果たし得るのかという疑問も、同時に強くなっていった」と語った。そこで、「自身の信ずる役目に殉ずるべきではないか」と考えるようになったというのだ。
■「ひー君はね、天皇になることへの葛藤があったよ」
こうした出来事があったことから、皇族会議において、悠仁親王の皇籍離脱が認められ、それが愛子内親王の天皇即位に結びつくことになる。小説のなかで、愛子天皇はのちに、「ひー君(悠仁)はね、はたから見てても『天皇になること』への葛藤があったよ。もう、葛藤している時点でなれない。だからあたしが手を差し出したってだけで、正直あたしは天皇になってもならなくてもどっちでも良かったんだよ」(同書より)と語ったということになっている。
そこで、愛子天皇が自らと悠仁親王の違いを、「帝王学」を受けているかどうかに求めている点は、興味深いところである。自分にとって叔父にあたる秋篠宮文仁皇嗣(こうし)(皇位継承順位第1位の皇族)は、自らも帝王学を受けていないので、それを子である悠仁親王に行うことにためらいがあった。ところが、愛子天皇の父である現在の天皇は、自分もそうであったように、「そういう教育しかできなかった」というのである。
こうした「AAゴールデンエイジ」の設定は奇抜で、30歳で即位した愛子天皇はそのときすでに結婚していて、子どもも男子が3人、女子が1人生まれていた。その後も子どもを生み続け、小説の終わりの箇所では14人目を妊娠していることになっていた。
これなら皇位継承も万全ということになるが、都市工学を研究し、都市計画史の論文で博士号を取得したというのは、現実の愛子内親王とは大きく異なっている。愛子内親王が学習院大学で学んだのは日本文学であった。
■愛子天皇を待望する人たちの不信感
もう一つ、愛子天皇待望論が盛り上がる背景には、現在、皇嗣と位置づけられている秋篠宮とその一家に対する国民からの根強い不信感がある。どれだけの国民が、そうした感覚を抱いているかは定かではないが、週刊誌などでは秋篠宮家を批判する記事が数多く掲載されてきた。
現時点で、次の天皇になる可能性がもっとも高いのは悠仁親王である。そこで、秋篠宮家からの即位を好まない人たちが愛子天皇を待望している面がある。
実際、皇室制度が危機に瀕(ひん)していることは間違いない。先の天皇が高齢であることを理由に譲位したことで現在の天皇が即位したわけだが、59歳での即位は歴代の天皇のなかで第2位にあたる高齢である。
第1位は62歳で即位した光仁(こうにん)天皇で、光仁天皇は平安京遷都(せんと)を実現した桓武(かんむ)天皇の父にあたる(本書で後述するが、同年齢で即位している皇極天皇は、斉明天皇としての重祚(ちょうそ)であった)。
■血脈によらない皇位継承への女帝の悲願
なぜ光仁天皇がそれほどの高齢で即位したのかといえば、その先代にあたる称徳(しょうとく)天皇(孝謙天皇の重祚)が女帝で、後継者を定めないまま亡くなってしまったからである。そして日本の女帝について語る際、この称徳天皇は決して外せない存在だ。
称徳天皇は寵愛(ちょうあい)した道鏡(どうきょう)を次の天皇に即位させようとしたものの、その構想は、宇佐神宮から八幡神の託宣(たくせん)がもたらされることでついえた。このときのことは、『続日本紀』に続く『日本後紀』に詳しく述べられている。
称徳天皇は夢のなかで、道鏡を皇位に就けるべきだとする託宣の真偽を確かめるために、出家して法均(ほうきん)と名乗っていた女官の和気広虫(わけのひろむし)を勅使として遣わすよう、八幡神から託宣を下される。ただ、広虫が病弱で、都から宇佐までの長旅には耐えられないということで、代わりに弟の和気清麻呂(きよまろ)が派遣された。
清麻呂は、最初の託宣が下されてから3カ月後の769年8月、宇佐に参宮し、宝物を奉った上で、天皇からの命令である宣命を読み上げようとした。すると、禰宜(ねぎ)であった辛嶋勝与曽女(からしますぐりよそめ)がその宣命を聞くことを拒んだのだった。そのことに不審を抱き、清麻呂が再度宣命を読み上げることを願ったところ、与曽女は八幡神を呼び出した。
■道鏡への寵愛があまりにも深すぎた称徳天皇
すると、身の丈が三丈(約9メートル)もある僧形の八幡神が現れ、「我が国では主君と臣下とを明確に分けている。ところが、道鏡は道理に背いて、外れたことを行っている。つまりは、天子の位を狙っているのだ。そのため、神々は怒り、その祈りを聞こうとはしない。お前は、帰って私が言うとおりに奏上しなさい。天皇の位は必ず天皇の跡継ぎになるものに継がせなさい。お前は、道鏡の怒りを恐れてはならない。私が必ずや事を処理するつもりだ」という託宣を下したのである。
八幡神が僧形で現れたのは、この時代には八幡神は神の身を脱するために仏道修行を行っているという信仰が存在したからである。清麻呂は、この託宣をそのまま称徳天皇に伝えるが、道鏡を皇位に就けようと考えていた天皇は激怒し、清麻呂と姉の法均を流罪に処してしまう。称徳天皇はあくまで道鏡を皇位に就けようとしていたのだ。
仮に、称徳天皇と道鏡の間にただならぬ関係があったとしても、両者の間に子どもがいたわけではない。称徳天皇は生涯にわたって未婚で、子をもうけてはいない。
道鏡が皇位に就いたとしても、さらにその跡を継ぐ者はいない。道鏡も僧侶である以上、独身で子がいないからである。その点で、称徳天皇の試みは、皇位継承という観点からは矛盾している。それについては、天皇の道鏡に対する寵愛があまりに深かったからだと解釈されてきた。そして皮肉にも、称徳天皇の行為がこのようにとらえられてきたことが、女性・女系天皇が否定される一つの要因にもなったのである。
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宗教学者、作家
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。
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